わたしはかつて、Vtuberだった。 作:雁ヶ峰
「デジャヴってあるじゃん」
「はあ」
「既視感って言った方が良い?」
「いえ、デジャビュはわかりますけど」
「今日の行動、起こったことを全て記録することが出来たとして、それを明日の自分にARで体験させた場合、一日の全てにデジャヴを覚えることが出来るのかどうか」
「出来ないんじゃないですか? 人間、案外些細なことは覚えていないものですよ。鳥が飛び立つだけでも新しい発見に見えますからね」
「木から猿が落ちると万有引力」
「林檎の川流れ」
そこから生まれたアップルジョン。
「それで、デジャビュがどうかしたんですか?」
「今二周年記念イベントのアーカイブ見てるんだけどさ」
「あぁ」
「まさか本当に使うとは思わなかったよね」
──"可憐、使うから"
あのメッセージが、まさか本当に文字通りだとは思わないだろう。思い出などのエモ材料として使うものだとばかり思っていたら。
──"私は故人の葬式でしんみりするのが一番苦手でね。騒いで、楽しそうにして、そいつの今までを笑いながら語り合って、弔いたいタイプなのさ"
──"別に可憐は死んだわけではないですよ、遥香さん"
──"おっとコイツぁ失礼。というワケで用意しました皆凪可憐の身体ァ!"
「MINA学園projectのモデルは全員身内のクリエイターが作ってたから、著作権も所有権もあっちにある。そして通す必要のない許可もわたしから取ってある。文句を言われる筋合いがないから、じゃあやろう。そんな感じか」
「見た目が完全に同じ中身の違う存在を作れるのがバーチャルの良い所ですね」
「再現CGだったね。思い出を振り返るという名の」
──"どうだ……悔しかろう。ふっふっふ、みんなの愛した可憐の身体がココにあるぞぅ。ひぇっひぇっひぇっ、こんなところを触ってみたり、めくってみたり"
──"蹴りますよ"
──"蹴ってから言うんじゃない!"
「セクハラ、になるんだろうか」
「どうなんですかね。等身大フィギュアみたいなものですし、ならないんじゃないですか?」
「等身大フィギュアがまずもうセクハラでは?」
「さもありなん」
何もない真っ白い空間。地平。しかし地平線は無い。空が無いのだから、境界線は生まれない。
そこで五人。少女たちが、見えない椅子に座っている。中心にはT字に手足を伸ばした中身のないモデル……皆凪可憐の姿が。
「それで、それがデジャビュとどう繋がるんですか?」
「いやぁ、これ最初も最初、配信をする前の話なんだけどね。クリエイターの人に"ちょっと動いてみてください"って言われてみんなで3Dモデルのテストをしたときがあって。で、わたしだけ上手く行かなかった事があったんだよね」
「ああ、まぁトラッキング技術はまだまだ進歩の甘い技術ですからね。上手く行かないときはとことん上手く行きません」
「五、六回。やり直したんだ。その時も遥香さんはわたし……というか皆凪可憐の身体に重なってみたりスカートをめくったりお腹周りをくすぐったりしてたな、って」
「小学生ですか。というかそれデジャビュではなくないですか。デジャビュって、実感したことが無いものを過去に実感したことがあるかのように感じる事ですよ」
「……じゃあ今の話ナシで」
「ペアー」
セクハラを敢行する遥香さんに、コメント欄は「さすはる」だの「手つきがオヤジ」だの「あら^~」だのの声。あんまり"不謹慎"だとか"ふざけるな"だとかのコメントは無い。上位チャットではないにも関わらず、だ。これより前、HIBANaの所に凸をしに行ったシーンでは、「いいのか」「大丈夫なのか」「どっちにも迷惑だろ」とか「まだ擦るのかよ」とか流れていたにも拘らず、である。
どういう心境の変化か。
あるいは、中身あるHIBANaと中身無い可憐での区別をつけているのかもしれない。
「ちなみにこの再現CGもどき、杏さんは覚えありますか?」
「うん。割と忠実。まぁ動画残ってるの多いからね。オフで遊んだやつとかは、客観視するのは結構新鮮」
「大学生ってブランコではしゃげるんですね」
「いや乗るでしょ。あったら」
「口笛が何故遠くまで聞こえるのかとか言ってそうですね」
「あの山には人がいないからだよ。ポストアポカリプスの少女」
「(post)A(poca)L(y)PS(e)の少女ですね」
街中では遠くまで聞こえない。
そして大学生はブランコではしゃげると思う。というか、箸が落ちるだけではしゃげるのが大学生だ。鬱屈とした義務教育と鬱々とした社会生活の間で数年限りの余暇を過ごす生き物だから。課題とレポートと単位と卒論からその時だけは目を背け、目の前にあるもので心から騒ぎ倒して最終的に"なんで昨日の自分は遊んだんだバカ!"となるのが大学生である。
「まぁ、なんだろうね。ちょっと安心はあるよ」
「MINA学のファンは今でも好きですよ、可憐ちゃんのこと」
「うん。なんか、伝わった」
SNSという悪意の出やすい土壌と、配信という自身を隠しやすい場所という違いはあるのだろうけど、少なくとも見覚えのあるアイコンや名前達が本心を隠そうと思うくらいには、あるいは今だけは否定を潜めようとするくらいには、MINA学は愛されていたらしい。皆凪可憐は、好まれていたらしい。
それを手のひら返しだとは思わない。
一人の人間の中に否定も肯定もあっていいと思う。否定しかしない人間についてはノータッチとする。
──"可憐は考え込むときに人差し指を舐めるよね"
──"最初はタバコ吸ってるんじゃないか、とか言われてたよねー"
──"唇を触る癖のある人は結構いますけど、舐めるまでいくのは初めて見ました"
──"私がクリスマスプレゼントにおしゃぶりを選んだ理由がわかってくれただろうか"
──"そのプレゼントは私に回ってきましたけどね……"
「そんな癖ある?」
「あります。最初見たとき、あ、これキャラ付けじゃなかったんだ、って思いました」
「何故教えてくれなかったのか2文字で」
「悦楽」
もう隠そうともしないのか。
……普通に恥ずかしいな。気を付けよう。
「昨日のドッキリもそうだけど、他になんか隠してる事ある?」
「いっぱいあります」
「怒らないからちょっと言ってみて」
「社長にHIBANaの話をしたのは私です」
「怒るよ?」
「対談の話は私じゃないですよ。ただ、私が初めてDIVA Li VIVAのスタジオに行った時、廊下ですれ違いまして。新人か、と聞かれたのではい、と。同期で気になるやつはいるか、と突然聞かれたため、HIBANaと答えました。他に同期知りませんし」
「他は」
「姉さんには、一緒に住んでる人がいると紹介しました」
「住んでないよ」
「見栄です」
「……見栄なら仕方ない」
「あとエゴサも自重してません。全部知ってます」
「それに関しては、HANABiさんが平気ならそれでいいよ」
「"可憐ちゃん……"という三点リーダ付きのコメントも結構頻繁にしてます」
「本当に未練タラタラなんだね」
なんなんだこの人。
いや、社長の事以外はプライベートっちゃプライベートだから、話してないのは当然かもしれないけれど。別に隠し事のない関係が最高の信頼関係、というわけでもないワケで。
「NYMUちゃんのMINA学風アレンジ衣装ですが、デザインは姉さんでモデリングは私です」
「姉妹協力じゃん。仲良し」
「ええ、私達は仲の良い姉妹なんです。姉さんは認めてくれませんが」
「嫌な思いが出来るって言ってなかった?」
「嫌な思いが出来る事と仲の良い事は両立しますから」
「そうかなぁ」
少なくとも999Pさん側は……。あれ、でも"一緒に住んでる人がいる"って紹介してすぐに相手を確かめに来るのは……ん、やっぱり仲が良いのか……な?
良さはともかく、愛情はありそうだ。それが親愛なのかペット愛なのかはわからないけど。
「私はそれより、"全く関係ないヤツ"枠がHIBANaでなかったことの方が驚きですけどね」
「その辺は噛んでないんだ」
「今回私がやったのは、遥香さんから来たNYMUちゃんの衣装アレンジモデルの制作依頼とHANABi/aNABIHブランドのイメージ崩壊を防ぐためのシナリオ作り、麻比奈さんへの取次くらいですからね。MINA学の方には一切かかわってません」
「ネタバレが嫌だから?」
「関係ないからですよ。何度かMINA学園projectさんの曲を作ったことはありますし、編曲もしましたけど、個人的な深いつながりを持つのは杏さんだけです。部外者ですよ、私」
それはまぁ、そうか。
いうなれば一般人だ。企画立案や進行にまで噛むことは無いか。
「結局アレは誰だったんだろうね」
「考察沢山出てますね。HIBANa説もありますけど、あんまり信じられていない模様」
「わたしも聞き覚えのあるようなないような声で、本気でわかんないんだよね」
「Vtuber関係者じゃない可能性までありますから」
「遥香さんの友人Aとかだったらお手上げだね」
「女性ではあろう、ということしかわかってませんから」
──"全く関係のないヤツを呼ぶと言っただろう。ん? あの王様か? あの王様は何の関係もないけどどっか関係のある気がするヤツだよ。全く関係のないヤツじゃない"
──"私達も知らないんだよねー"
──"知っていると言えば知っているのですが……こんな所に来る人じゃないといいますか"
「雪ちゃんの発言から、有名人らしい、ってのはわかるんだよね。もしくは偉い人」
「わざわざモデル作ってましたからね。顔は隠されていましたけど」
「新メンバーか、ともコメントで言われてたね。本人が否定したけど」
「スタジオ、ディバのスタジオのままで撮影したらしいですから、杏さんは会っている可能性があるんですけどねぇ」
「知らない人いっぱいいるからなぁ。いつものスタッフさんの倍は人数いたから、一人知らない人が増えてたってワカランヌ」
「ワカラジェンヌ」
どこか。
どこかで、聞いた事があるような、気がしないでもないような、という声。最近会った人達、ではない。どこかで聞いた事があって、でも直接話したことが無いような声をしていた。
そんな可憐の再現CG卒業一周年のコーナー、全く関係のないヤツを呼んでみたのコーナーも束の間、二周年記念イベントはだんだんと締めに入り始める。歌やらコラボやら、雑談やらASMRやら何やらとやってきたけれど、最後に何が残っているのか、知らない。ネタバレを見ないようにしていた。ちなみに可憐の身体はまだ置いてある。うつ伏せ横向き。しっかり管理しろ。
「私は結末知ってるので、作業に移りますね」
「うん」
片耳だけになっていたイヤホンを両耳につけて。
見る。
〇
──"さて、そろそろおしまいの時間が近づいてきた。可憐追悼のコーナーでも言ったけどね、私は終わりというものに対してしんみりするのが嫌いなんだ"
──"可憐ちゃんは死んでないってば"
──"言葉の綾だよリーダー。いいだろ、ありがとうとかこれからも応援して、とか。いらないいらない。そういうエモ系に走るのはちょっと面白くないと思ってるんだ。死んでないっていうんなら、尚更にね"
──"だからさぁ、楽しく行こう。というワケで、スタッフゥ~!"
──"あ! 可憐の身体に入った!"
──"フッフッフ、今日まで実灘遥香を応援してくれたみんな、ありがとう! これからも応援してくれ! そして、今日から! たまに皆凪可憐の身体も使うから、やってほしいポーズとかやってほしい表情とかあったら言ってくれ!"
──"ありがとうとかこれからも応援してとかいらないんじゃなかったの……"
──"何を言ってるんだ亜美。応援は大事だぞ。応援なくしてはやっていけないだろう"
──"じゃあ、私は遥香さんの身体、入ってみますね"
──"カオスになるから! カオスになるから!"
──"リーダーにもなってみたいです"
──"梨寿ちゃんはストップ役でしょ!"
──"ふぃー、いやぁ、遊んだ遊んだ"
──"……"
──"……ん? アレ?"
──"──なんで六人全員が動いてるんだ?"
●
「……まさかホラー展開だとは」
「雪山で遭難した人が四隅で隣の人の肩を叩き合って一打二打三打……一打足りない!! ってなるやつですね」
「井戸から出てきた女性が"私、綺麗?"って言いながら電話をかけてる背後に羊さんがいるヤツ?」
「毎回最後には赤い洗面器を被った人が出てきますね」
エモで終わるのが気に入らないから、わちゃわちゃで終わるのだとばかり思っていたら、ホラー展開だった。まぁ映像上はホラーでも、スタジオでは誰かマイクを点けていないスタッフなんかが動いていたのだろうけれど、千幸ちゃんがよくボロを出さなかったな、と。わたしもあの場にいたら声を掛けてしまっていた自信がある。
「初めの頃は、割と禁忌だと思ってましたよ、ああいうの」
「肉体の入れ替え?」
「だってメタじゃないですか」
それはそうだ。結構やっているVtuberを見かけるけど、それはつまりキャラクターをキャラクターとして認めているようなものである。配信者は勿論2Dモデルや3Dモデルをモデルとして認識しているだろうけど、視聴者はそうではない。正確には認識こそすれど、知らないフリをしたい、というものだ。
そのメタ視点は、ある意味で転生と同じものである。外側と中身が違う、という事。そのもの。
と、考えられてしまいがちである。「いいのか」とか「なんか嫌だな」とか、うまく言えないけど不快感がある、みたいなコメントをする人が感じているのはコレだと思う。
「バーチャル住民がモデルで配信をしている、って考えなら大丈夫なんだよ」
「中身もバーチャルである、という考えですね」
「回りくどオブ回りくどいけどね」
2DモデルのVtuberはこの設定を使いがちな気がする。行動範囲が限られているから、そういう設定にした方がやりやすいのだろう。3Dモデルは良くも悪くも人型である場合が多いため、そのままその人、という風に捉えられがちだ。
複数のモデルを使い分けるVtuberもいるのだ。精神につき肉体一つ、という考えは損しか生まないと思うのだが、まぁそういうこだわり、あるいは一途なのも面白くはある。
「そういえば春藤さんとの曲、仕上げ終わりましたよ」
「あ、まだ出せてなかったんだっけ」
「まぁ今回はボーカル依頼という形ですからね。アップするのもウチじゃありませんし」
「結局HIBANaとして出した曲って、『ヒアモリの塔』とNYMUちゃんのcoverだけなんだよね」
「新曲、出来てますよ」
あんまりバンバン、高頻度で動画を出すのはどうなのか、とは思っている。一ヶ月に一曲ペースでも一年に十二個だ。ただHANABiさんの出したいものが10個以上あるという話だし、やっぱり精力的にやった方が良いのか。
歌メインのVtuber、知り合いにいないからなぁ。
「出すタイミングは考えるとしても、録っておくに越したことはありませんよ」
「それは、そうだね」
どの職業においても腐らない在庫というのは非常に大事である。わたしもHANABiさんもスランプというものに出会ったことは無いが、体調などの面で制作が難しくなることもあろう。だからこそ、録り溜めはしておいて損はない。
まぁ、なんだ。可憐が愛されているのがわかった分、少しだけ。ほんの少しだけ、彼女へ割いていたリソースをHIBANaに戻すべきなのだろう。後方保護者面から、ようやく手を放し。彼女はまだMINA学の中にいるのだと。卒業をしたメンバー、という肩書きで、残っているのだと。
そういう風に思えるのなら──わたしが関わるべくもない。
「そういえば、可憐さんはMINA学園を卒業したワケですよね」
「うん」
「どこへ行くんですかね。職に就くのか、旅に出るのか」
「設定上は読書が好き、ってなってたね。本でも書くんじゃない?」
「読書好きがすべて作家になると思ったら大間違いですよ……」
まぁ、それを想像するのも一興か。一人のオタクとして、可憐のファンとして。
ちなみに読書好き、という設定は……というか好みは、雪ちゃんの好みそのままである。わたしはあんまり本を読まないし。アニメも映画もドラマもそこまで見ない。ずっと音楽ばかり聴いている。もしくは動画視聴。
……とことん雑談に向いていない趣味嗜好だけど、まぁ、口先だけで適当を言うのは得意だから。
「……んー、そろそろお風呂もらおうかなぁ」
「はい、どうぞ」
「一緒に入る?」
「……」
「なーんて。流石に狭いよ。じゃ、お先~」
もし、可憐が作家だというのなら。
HIBANaは詩人だろうなぁ、なんて思った。詩集とか出してそう。
●
バーチャルライバーっていうけど、言うほどVRしていないじゃん。と、揶揄されることがある。
……まぁ、これは避けては通れぬ話である。バーチャルライバーの9割が現実で出来る事をバーチャルでやっている、という話は前にしたけれど、そもそもここでいうバーチャルはVR的なVirtualではない、という所に踏み込んでおく。
単にモデルを用いただけの配信では。単にモーションキャプチャーを付けて動画を撮るだけでは。それはただ映像が変わるだけで、仮想かと問われると非常に苦い顔をせざるを得ない。
仮想現実。あるいは人工的に作られた現実の事をVR……VirtualRealityと呼ぶ。VRとは技術の名であり、Virtual単体だと『事実上』、とか『実質』、とかいう意味だ。"実際は違うけど実質現実みたいなもの"、をVirtualRealityと呼ぶ。
さて、バーチャルライバーはどうであろうか。実際は違うけど実質ライバーみたいなもの、だろうか。
勿論違う。実際もそうだし本質ライバーである。みたいなものではなく、配信者そのもの。かつてのわたしが、仮想空間というものに夢を抱いたように。違うのだ。配信をする事や、モデルを用いて雑談を行うその姿がバーチャルかと問われたら、わたしは首を横に振る。
最近は、極一部で、VRを技術として扱うVtuberが出てきている事は知っている。未だすべての視聴者の手元にVR機器が存在し得ない事が普及しない原因ではあるのはわかっている。だが、HMDを被って仮想現実を目の当たりにし、視覚と聴覚だけでも完全に取り込んだ、VRのコンテンツが本来の形を、少しでも思い出させてくれるコンテンツが。
対話を行ったり、散歩をしたり、景色を楽しんだり。家にいては体験し得ない現実を、実質として体験させてくれるコンテンツが、少しずつ、出始めている。
スクリーンに映像を映す、ではない。現実に映像を投影するARでもない。
すべてが仮想の中で、仮想の身体を持つ相手と仮想現実を実体験する。それがVRというものだ。
ライバーも、シンガーも、それはそのままで、VRという技術をコミュニケーションのツールとして扱う。もし現在のように普通の動画配信者とバーチャル存在を分ける区別があるとするならば、そのツールを使う気があるかどうか。ただそれだけだ。
その垣根が、どこまでも勿体ないと、そう思う。
その世界で。今の動画という形ではない、わたしも視聴者もVR技術を用いたその世界で、また歌を歌いたい。視覚だけでなく、聴覚だけでなく。五感すべてを取り込んだ場所で、歌を。空気が変わる、という"実質"を、感情が波のように伝わる"実質"を、創りたい。
「波及する感情こそ、仮想かもしれませんね」
「じゃあ歌は、音楽は、感情の再現が出来るわけだ」
「会話ですらできますから。エモ、というのはソレですよ。仮想的な情念」
「あるいは夢かな」
「そうかもしれません」
そういう意味では。
わたしが、Vtuberであったことを"かつて"と表現したのは──そうでなくなる日を無意識に望んでいたからかもしれない。
HIBANaの欲した答え。
「そういえば、杏さん」
「うん?」
「可憐ちゃんの名前って、杏さんの事を言ってるんですか?」
「ん。まぁ、そうだよ」
それは、最初の最初の話。
あの場に集まった、Vtuberをやってみたい、と言った四人。やろうとしていた姉妹。
キャラクターの名前を決める時に、自らのハンドルネームや好きなものなどから共通点を探し、名前を作り上げた。
だから、皆凪可憐はわたしなのだ。
「意外?」
「まぁ、はい。自分をとことん隠していた杏さんが、それをするのが意外ですね」
「最初は批判なんか受けてなかったからね。今のわたしとは、そもそもの部分が違うよ」
「なるほど……?」
だから、まぁ。
あの頃のわたしは、ただ褒められたかっただけ、という話。
随分とスレてしまったなぁ、なんて。
「HANABiさんは?」
「私は本名花火ですから」
「……マジか」
「嘘ですよ」
なんなんだこの人。
〇
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