わたしはかつて、Vtuberだった。 作:雁ヶ峰
アップロードされた動画と、流されたCM。どちらもに名を連ねるHANABiさんを繋がりに、"友人"と"HIBANa"が同一人物である、という噂が広まるのは時間の問題だった。というか、その日のうちには、その"友人"と"HIBANa"、……そして"皆凪可憐"が同一人物であろう、というまとめまで、上がっていたらしい。
すでにSNSツールには「捨てた」とか「尻軽」とか「あの時のスパチャ*1を返せ」とか……まぁ、一般的に言うココロナイコトバが沢山溢れている。
中には「まだはっきりわかったわけでもないのに、新人を叩くのはどうなのか」とか。「MINA学園projectに迷惑がかかるから名前を出すのはやめろ」とか。擁護に見せかけて、自分たちも叩きたいのを我慢しているんだ、とでも言わんばかりの投稿がちらりほらりと。
ちなみに掲示板は確認していない。あれは、見なければ見えないものだ。SNSのそれと違って流れてくるものでもないソレを、わざわざ見に行ってわざわざ批判されるほど、わたしは被虐嗜好ではない。陰での批判は存分にやればいいと思う。そのためのアンダーグラウンドだ。人間は、吐き出さなければ生きてはいられない。
誹謗中傷自体は罪だが、自身の好悪を打ち明ける分には当然の権利だ。好きだと言う者がいるのだから、嫌いだという者がいるのはおかしいことではない。ただ、それを。それを本人に聞かせるように言うのが、"傷つけたい"という意思が見え隠れするから、嫌われるという話。
アンダーグラウンドで、見えないところで。嫌いな者同士が嫌いを共有する分にはどうぞお好きに、と思う。
少なくともわたしは皆凪可憐として活動していた時に、掲示板を覗いたことは一度もなかった。
ライバーやクリエイターに留まらず、発信者が自身の発信の結果を見たい、と思う事は、それもまた当然だろう。所謂エゴサ。あるいはパブサ。しかしそのサーチ範囲は自分で見定め、セーブする必要がある。SNSツール内のみ、とか。自身の動画についたコメントのみ、とか。万人には受け入れられない、という言葉が古来よりあるにもかかわらず、万人の反応を見たがるのは発信者の悪いところだ。
見ない事。閉じる事。知らないものに感情は働かない。それは好奇心も嫌悪感も同じである。
インターネットを上手く使う、という話だ。
さて、それでもこうして、批判は出てくる。見えてくるところに。
SNSツールというものが発信ツールであるとわかっていない層も多少はいる。聞かせるつもりのなかった愚痴が聞こえてしまうこともある。そういうのはまぁ、仕方がない。無知を叩いても出てくるものは何もない。寛容に無視をするのが最もメリットのある行動だろう。わざわざブロックなどして、敵に仕立て上げる必要はない。
厄介なのは聞かせるつもりで批判を行う相手だが、自身のメンタルが弱い自信があるのなら、即ミュートするのが良い。わたしのように批判を楽しめる者でない限り、害意のある相手を視界内に入れておくことは推奨しない。
批判を楽しむ、というのは。
まぁ、自分を演者であると見ている部分が大きいのだろう、と思う。
わたしはあくまで皆凪可憐の依り代だと。1年前までは確かにここにいた皆凪可憐は、しかしもういないのだと。そして今、HIBANaという人間が、わたしに憑いたのだと。
それに向かう批判はエンターテイメントだ。劇を見ている感覚。あるいは、もっとわかりやすくいうのなら、アニメキャラクターの行動に集まる批判を、否定を、声優の立場で見ている感覚。「そういう批判が来るだろうな」「この行動は否定されるはずだ」という認識が強いから、わたしも視聴者の立場で、観客席から事を眺められる。
少なくとも今、皆凪可憐に対する「尻軽」だの「MINA学を捨てた」だの「幻滅」だの……まぁ、面白いくらい予想通りの言葉は、わたし自身には何も届いていない。可憐ちゃんが可哀想だ、という気持ちは多少ある。でもそれはわたしではないのだ。
ただし。
わたしはMINA学園projectの厄介オタクである。であるので、HANABiさんに向かう中傷投稿やMINA学園projectに対する中傷投稿に対しては、何の注意もなく、何の警告もなく、何の躊躇もなく──通報し、報告し、投稿と投稿者のアカウントのスクリーンショットを撮って、URLを保存して、ブロックする。
財宝を狙う盗掘者に対する即死トラップのようなものだ。わたし自身へのそれでないのなら、わたしは容赦しない。
……まぁ、批判を楽しめない子達に気を付けるべきことを述べるのなら。
「それで」
SNSツールに流れる「MINA学のみんなは被害者なんだから、荒らさないでください」という……かつて、自分を推してくれていたアカウントの投稿と、その投稿に対するファン同士の争いを見ながら、そんなことを考えていた。
「どうしますか、新しいモデル。可憐ちゃんと同一要素があると延焼しますよね」
「影法師がいいな」
「……影法師、というと……黒子ということですか?」
「ステージのモデルで光が当たったときだけ顔が見える、みたいなやつがいい。普段は逆光みたいになってて、顔も体の細部も見えないやつ」
「ふむ……」
いつも通り、HANABiさんのマンション。ただし、リビングではなく、仕事部屋。二台のパソコンと二枚ずつのモニタ……ディスプレイっていうんだっけ? がある、THE・プログラマーみたいな部屋。偏見だけど。
棚にはいくつもの本。イラスト関係、言語関係。他、観光旅行に図鑑など、様々な蔵書が。外出嫌いのHANABiさんが何故観光旅行の本を持っているのかというと、モデリングやイラストを描く際に参考になるから、なのだとか。
HANABiさんがパソコンに向かっていて、わたしは聞かれた事に答えるだけの時間。だから手持ち無沙汰で、SNSツールを弄っていた。ちなみにまだHIBANaとHANABiのアカウントは設立されていない。しなくていいのなら作るつもりもない。
……NYMUちゃんのアカウントや、他所属ライバーのアカウントが個別に存在する辺り、作れって言われる可能性は大きいけれど。
「作れる? 技術的に無理ならいいんだけど」
「いえ、それは大丈夫なんですけど、……邪推されないかな、って」
「させたきゃさせてあげればいいよ。考察要素なんて、物語には必須でしょ」
「まぁ通るかどうかはわかりませんけどね……。それで、その中身の顔はどうします? イメージが湧いてないんだったら、可愛い系とかカッコイイ系とかだけでこっちで仕立てますけど」
ふーむ、と思案。HANABiさんの言う通り、可憐ちゃんに共通する要素があるのはいただけない。それで成長した皆凪可憐とか言われたら、結構嫌だ。成長なんかしていないから。関係も無いし。
しかし、顔。顔かぁ。顔ねー。顔。
顔。フェイス。ハガー。
「少年っぽいのがいい。クールでダウナーな感じで」
「……まぁ、今回は配信ツールを触らないから大丈夫、です、よね」
「それはわたしがポンコツだと言いたいのかな?」
「い、いえっ、杏さんは思ったよりドライな人だな、って会った当初思いましたけど、配信中は基本何やってもそうはならんやろって方向に転がっていくなぁとか決して!」
「くっ、オタクの意見!」
「あ、あといいんですか? 少年だとお姉さん扱いされないですけど」
「……! それは困る。こまりみ深志(35)。あー、うーん、じゃあ怪しいバーテンダーみたいな感じ」
「どうしてもクールにしたいんだ、という思いは伝わりました」
皆凪可憐の衣装は基本可愛い系だった。フリフリだったり、ちょっと露出多めのアイドル衣装だったり。それはそれで楽しかったし、それはそれで輝いていたけど、うん。
要はイメチェンである。髪型変えるみたいなもんだよね。ロングからショートにする、くらいの。
「男性的なのがいいんですか?」
「そこはどっちでもいい。年上感とクール感があればいい。ピアスとか開けたい」
「それはえっちですね」
「そう。えっちなの」
オタク同士である。
とりあえず、といった風にHANABiさんがラフ画を描いていく。線の少ない絵は、さらさらと輪郭を描き始めた。正面、横。隅っこに耳。ピアスばちばち。HANABiさんの趣味なのか、色は銀と銀と黒が一つ。うーん、いいねぇ。
カツカツと液晶タブレットにペンシルが当たる音が響く。消したり戻ったりすることをほとんどせずに、それは描かれていく。長い指。身長はわたしと同じくらい。左腕の袖が少し長い。手先は隠れ、ダランと袖が下がる。眼球。碧と翠。ヘテロクロミアではなく、混ざりきっていないマーブル。
衣装は……白衣? バーテンダーどこいった。しかしHANABiさんの筆は止まらない。アシンメトリーの白衣。
描かれていく。描かれていく。
もうHANABiさんの頭の中には完成図があるのだろうか。それとも、筆の動くままに描いているだけなのか。
わからない、けれど。
「……ふぁふ」
眠いので、寝るね。
●
流石は超大手、収録機材は最上のそれ、らしい。らしいというのは専門的な話が理解できないからであるのだけど、まぁ。それなりにだだっ広いスタジオに、骨組みで囲われた壁と、複数台のカメラ。おかれているのはいくつかの椅子と台、テーブル。床にはばミリだろうテープが貼られている。
その中で、わたしは黒い生地に白い点々のついた服を着て、立っていた。このスーツ、結構体のラインが出るので恥ずかしさも多少はあるのだが、その程度なら抑え込める。
そして今回ばかりは。流石に、と。
珍しく、外出……スタジオにまで出向いているHANABiさん。彼女は周囲を気にしてしまわないようにだろう、ヘッドフォンをして、真剣な表情で端末の前に座って、何やら作業をしていた。
収録である。
なお、その場で歌う、という事はない。既に歌は別で収録済みで、それを合わせるだけだ。リズムのために、口パクのために歌うこともあるけれど、どの道音声は収音されないので、本当にどっちでもいい、が正しいだろうか。
やりやすい方でやらせてくれる。わたしの場合は、歌わない選択を取った。
デビュー作はロングトーンの多い、掻き毟るような祈りと宣戦布告、みたいな曲になった。少々の恐怖をスパイスに、荘厳と激しさを併せ持つ……ジャンルとしては、シンフォニックメタル、あるいはエピックメタル、というヤツらしい。
一切降りない、強く強く階段を踏みしめて上がっていくかのような曲調は、自然と手に、心に力が入る。
まぁ今回はMVの収録だ。結構細切れにシーンを繋げるので、一曲まるまる歌う、という部分は実はない。
MINA学園projectの時には無かった機材*2があり、中でも異質なのはこの……砂場、みたいなヤツ。リュードーショーという名前らしいのだけど、これを救い上げては手のひらから零していく、というシーンを撮り続けている。今。ナウ。ing。
撮影とは地味なものである。完成品はそれはそれは荘厳で壮大なものになるらしいのでOK。
「じゃ、一旦休憩はいりまーす!」
そんな、スタッフさんの言葉が響いた。
気付けば4時間半近く撮影を続けていたようで、いやはや、思ったより体力着いてるなぁ自分、なんて。ダンスは体力をつけるのである。今回一切踊ってないけど。
更衣室でスーツを脱いで、ラフな格好になる。すずしい。BellC。
冬の時期とはいえ、室内は適切な温度に保たれている。だからこそ、体力を使えば発熱は当たり前。暑い。そして放っておくと寒くなる事を知っているので、しっかり汗を拭く。シャワー借りちゃおうかなぁ。
「あ、いたいた。お姉さん!」
「ん……金髪ちゃん」
「はい、スポドリ」
……なんて良い子なんだろう。お姉さん君の事大好きになっちゃうよ。
NYMUちゃんが好きなオタク感情はそれとして、ニーナちゃんを好きになってしまいそうである。問答無用でお縄だろうなぁ。
「撮影、順調そうだね」
「ん、見てたの?」
「んーん。さっき聞いた。モーキャプに慣れてるし、文句は言わないけど意見はしっかり言ってくれてやりやすい、ってさ」
「へぇ。高評価だね。ありがたいこと」
「うん……。それでね」
何か。
NYMUちゃんは、言い淀む。言いづらそうに。
気を遣っている、という様相。ふむ。ふむ?
「わたしがなんで撮影に慣れてるか、ってこと?」
「う」
「その反応は、聞いたね。調べたのかな。まぁどっちでもいいけど」
スポーツドリンクを開けて、一口飲む。失われた塩分と水分が細胞の一つ一つに染み入るような……実際は胃に溜まっているだけのような、そんな感覚。
NYMUちゃんはもじもじと、キョロキョロと。挙動不審だ。
「そう、一年前に、他のトコでVtuberやっててね。なんならNYMUちゃんに憧れて、Vtuberになったんだよ」
「そ、それはありがとう!」
「お礼を言われる事じゃないけどね。それで、まぁ、辞めて。新しくディバで活動始めた感じ。だから慣れてるのさ、こーゆー撮影に」
「……じゃあ、その、さ」
何を言われるのかな、と少し期待していた。意地の悪い部分だ。わたしの。
NYMUちゃんがそんな子ではないとわかっているのに、「昔のトコはどういうとこだったの?」とか「なんで辞めちゃったの?」とか……インターネットにいる"誰かさん達"のように、MINA学園projectを過去の物であるかのように言ったり、辞めてしまったと……過失のように言うのではないかと、期待した。
「お姉さんの歌、いっぱいある、ってことだよね……?」
「……なるほどそう来るか」
これは、わたしの負けだ。わたしの期待通りにならなかったので、わたしの負け。
そしてNYMUちゃんの完全勝利である。パターニングとして追加しておかなければ。
「まぁ、そうだね。皆凪可憐って調べてくれれば、それなりの数は上がってると思うよ」
「ミナナギカレン。漢字?」
「ローマ字でも出るでしょ」
もう一口、スポーツドリンクを飲む。
そういえば、HANABiさんやMINA学のみんなの前以外で、わたしの口から可憐ちゃんの名前を出したのは初めてかもしれない。自身がそれほど気を許しているとは思っていないが……けじめでも、ついたのかね。
NYMUちゃんは携帯端末を取り出して、ミナナギカレンの文字をメモ帳に保存したらしい。チラっと見えた感じ、流石は女子高生のフリック入力速度、という感じ。わたしキーボードなんだよね。あとブラインド設定したほうがいいんじゃないかな、と思った。
「そんなに好いてくれると、嬉しいね」
「全人類聞くべきだと思う!」
「さいでっか」
圧よ。
「……んー、そろそろシャワーでも浴びてくるよ。汗かいちゃったし」
「はーい。撮影、頑張ってね」
「ありがと。あ、そうだ。スポドリのお金、あとで返すよ」
「ふふーん、先輩からの奢りなのです」
「わぁ、良い先輩だ」
そういって。
NYMUちゃんは更衣室を出て行った。うーむ、ああも好いてくれると、なんだか……圧倒されるなぁ。わたしの歌が好きなのか、HANABiさんの曲が好きなのかはわからないけど。
ちなみにわたしはHANABiさんの曲が大好きなので、出会ったその日に割と語った気がする。あの時のHANABiさんもこういう気持ちだったのかもしれない。じゃあ、世代交代じゃないけど、甘んじて受け止めなきゃね。
うかうかしていると休憩時間が終わってしまうので、シャワー室へ急ぐ。スポーツドリンクは持ったまま。
そして、誰もいない更衣室だけが残った。
●
V界隈は、中の人という言葉に非常に敏感である。
中の人。おそらくはスーツアクター、着ぐるみなどから派生した言葉だと思う。そんな中の人……バーチャルライバーに演者がいる、という事実に触れようとしないのが現状だ。「中の人とかいうな」とか「メタいこと言うな」とか……なんだろう、事実は事実として知っているけど、知らないふりをしたい、みたいな感情が読み取れる。
同じく中の人という言葉が使われがちな声優だが、アニメキャラクターと声優の関係は、イコールでライバーと演者の関係である、というわけではない。どちらかというと、ハイテンションキャラが売りの芸人が、オフでは大人しいみたいな話。
バーチャルに関係なく。配信者は多かれ少なかれキャラクターを作っているだろう。
それは偽りではなく演技だ。技術、と言ってもいい。カメラの前だから、なりたい自分を作る。そこには悪意も害意も善意も好意も発生しない。
しかし、ひとたび「中の人」というワードが出ると、「中の人なんていないよ」のような、ふざけてでも……中に人間がいることを否定するような意見が流れる。
そのくせライバーに批判が集まると、「ライバーだって人間なのだから」や「Vtuberだから何を言ってもいいとか思うなよ」とか……中の人を肯定するような意見が、ファンの間から出てくるのだ。
批判を嫌う事は良い。自分の推しが批判されたら、反論感情が湧き上がるのは当然だ。
だけどどっちかにしてほしい、とは思う。というか、わたしに寄ってこないでほしい、とは思っていた。これはわたしが批判を楽しんでいる、というのも大いに関係あるのだけど、わたしを庇うのではなく可憐ちゃんを庇ってほしいと、そう思う。
今まで味方でいてくれた人たちが、突然可憐ちゃんを置き去りにして違う所で論争を始めるのだ。その孤独さたるや。あぁ可哀想な可憐ちゃん、と思う。
もし、わたしを庇うのなら。
初めから中の人の存在を認知してほしい、とも思う。見たいものだけを見るのは大いに結構だ。だから、これは単にわたしの好悪。好き嫌い。お気持ち表明である。
「うーん、難しい所ですけどねぇ。ちなみに私は可憐ちゃんと杏さん、あとHIBANa。3人いると思ってます」
「そりゃあ良いね。現実のわたしだって多少はキャラ作ってるし」
「己は何者なのか。哲学ですねぇ。あんまり興味ないです」
「HANABiさんはコミュ障」
「ぐっさああああ」
またまた、HANABiさんの仕事部屋。
先日の収録のチェックが主な作業で、プラスして自分たちのロゴとか、表記とか、あと設定とか。その辺の固めに入っている。この作業が地味オブ地味である。ジミヘンかもしれない。
基本的にHANABiさんはヘッドフォンをしていて、マウスをカチカチしているだけ。時たまそれを外してはわたしの要望を聞いたり、気晴らしに雑談したり、違う作業をしたり。
わたしはわたしでエゴサーチ中だ。批判批評、肯定意見や完全に皆凪可憐を知らない人たちの、稀有な、素の感想。特に気に入ったやり取りを一つあげるなら。
──"こんな人どこに隠れてたんだ。ディバの人材発掘部天才かよ"
──"そいつ、元Vtuberだぞ(リンク)"
──"教えてくれてありがとう。めっちゃ気に入った"
という。批判はエンタメだと散々言ったが、もちろん肯定意見も大好物である。HIBANaとしてわたしを知って、可憐ちゃんを好いてくれるのは、二人の後方親面オタクとして嬉しい限りだ。そのままMINA学園projectのオタクになれ、という呪いをかけた。あ、魔法をかけた。
MINA学園projectはいいぞ。
「そういえば、会いましたよ。NYMUちゃん」
「ん、あぁスタジオで?」
「はい。元気いっぱいのJKでした。解釈一致」
「HANABiさんの対極だよね」
「ぐっさあああああ!!」
NYMUちゃんといえば。
そういえばこの時間に、生配信をすると言っていたな、ということを思い出した。
作業に戻ったHANABiさんを余所に、イヤホンを取り出してプラグにザク。アプリから……ああ、あったあった。
どうせ暇なので、聞くことにする。
〇
「そう! そうなの! 会いました……会っちゃいましたHIBANaさん! うらやましかろう!」
●
うるさっ。
……あぁ、音楽聞くために音量大きくしてたんだった。下げよう。
元の声がうるさいとか、それはまぁ、そうだけど。それがいいんだ。
〇
「どんな人か、っていうのはまだ言えないんだけどー、あー、でもこれは言っていいかなー、そー、あのねー、かっこいい人なんだぁ……くぅ~、かっこいいんだぁ!」
「私に無いものを持ってる人! って感じ。憧れと、嫉妬……あるかも~! 今度コラボで歌う約束取り付けたから、楽しみにしててね! いつになるかわからないけど」
「──それと」
●
一瞬。驚いた。見ていなかった画面を見るくらい、驚いた。
意思のある声、とでもいえばいいだろうか。強い……爆弾みたいな感情の籠った声だ。画面の中にいる彼女は、牙を剥くような笑顔で、凄惨に笑っていた。
普段の彼女からは想像できない──しかし、時たま。ライブの時に、時たま見せる、野心のような表情。目のギラつきが3Dモデルの奥から伝わってくる。
息を、唾を飲む。
あぁ──中の人とキャラクターを混同していたのは、わたしも同じか。
この子は──バーチャル界において常に最新を行く、最先端にいる少女なのだと。
〇
「MINA学園projectのファンにもなっちゃった……!」
●
──何を言ってくれているのか。
一瞬、爆速で流れていたコメントが止まる。素直で正直で、よろしい。そしてよろしくない。
否、批判批評を緩和させるという点では、
矛先が、彼女にも向く。庇っていますよ、と言っているようなものだ。
彼女自身にそのつもりはないのかもしれない。純粋にMINA学園projectのファンになってくれただけなのかもしれない。
けれど、今の今までHIBANaの話をしていたところにコレだ。「私は関係性を知っていて、その上でどっちも好きですよ」というのを公言したに他ならない。
そういう、みんな仲良く大団円、を好まない人間がいるのだ。
そいつらは個人の好悪に関係なく、大団円であることを嫌う。そして得てして声が大きい。
NYMUちゃんだって、今まで散々見たくもないコメントを目にしてきただろう。それを防御する方法を知っているのだとも思っている。知っていなかったらマネージャーをわたしが叱る。
だが、わたしの持ってきたそれを勝手に背負われるというのは──ああ、この感情は、そう。
癪である。
それは、わたしのものなのに。
「当面のライバルは彼女でいいですかね」
「……聞いてたんだ」
「私、常に8窓してるんですよ」
聖徳太子かな?
「ライバルねぇ」
「言い方はなんでもいいですよ。強敵。あるいは超えたい味方。もしくは憧れ。憧れは理解から最も遠い感情だ、なんていう人いますけど、そんなことはありません。憧れないと理解しようと思えませんから。そして、越えるためには憧れが必須です。越えた後も憧れ続けましょう。その憧憬がある限り、私達は失速しません」
「語るね。熱が入った?」
「これでも小説家なんですよ、私」
熱が入ったんじゃない。
火が付いたのだ。いや、HANABiさんには元から火は付いていた。今点火したのは、わたしだ。
「批判、お好きですよね。杏さん。自分のやることなす事、すべてが勝負事だと思ってますよね」
「あれ、それ話したっけ」
「ただの観察結果です。相手が想像通りの反応をしたら相手の負け。相手が予想を超えたら、それがプラスの形であれマイナスの形であれ、相手の勝ち。そういうルールのゲームで生きている」
心理学者にでもなった方がいいんじゃないだろうか。いや、この人の事だから修めている可能性もある。
すごく、嬉しい。分析されることに喜びを感じる。ましてや相手が身内なのだ。これほど楽しいことがほかにあるだろうか。
「勝ちましょうよ。全人類に」
「大きく出たね。万人には受け入れられないよ?」
「わかりきっている部分は見なきゃいいんです。見なかったらいないのと同じです」
「ヒュウ、それじゃあ全人類は1万分の1もいないんじゃない?」
「問題ないでしょう。それでも世界は美しい、ですかね」
間違いないね。
わたしなら、それでも地球は回っている、かな。
「それじゃあ、気合いれてもろて」
「いえ、もう完成しました。あとは提出だけです。次回作に移りましょう」
「そ?」
「マ」
打倒、NYMUちゃんだ。もちろん仲良くもするけど、それはそれこれはこれ。
創作談義で、夜は更けていく──。
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