わたしはかつて、Vtuberだった。   作:雁ヶ峰

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全方位に尖っている物体。



それは翼から。

 謙遜が美徳であるなどと、欠片も思っていない。

 

 歌が上手いと言われたらありがとうと返すし、声が綺麗だと言われたら嬉しいと返す。そんなことはない、なんて絶対に言わない。まだまだだよ、なんて口が裂けても言わない。

 だって、わたしなら。

 わたしなら、自分が褒めた相手が素直に称賛を受け取らないなんて──不快だ。不快。嫌だ。嫌いだ。だって、褒めているのはわたしだから。わたしが褒めているのだ。わたしが讃えているのだ。それを、そんなことはない、などと。

 否定をするな。わたしの感性を、わたしの感想を。

 そう思う。だから、わたしは謙遜をしない。相手に謙遜をさせたくない。

 

 ……HANABiさんに出会ってから、この感覚はより強くなった。

 HANABiさんは凄い。イラストを描ける。楽器が出来る。音声編集もできる。文章も書けるし、動画編集も出来る。いくらかまだ出来ない事はあるけれど、自分の作品の幅を広げるための努力は決して怠らないし、それを苦にも思っていない。無理矢理覚えているのではないのだ。自身に習得できる自信があるから、貪欲に技能を求める。

 わたしには無いものだった。才能という言葉で置き換える事が出来るほどの自信。自分はなんでも出来るのだという、どこまでも傲慢な才覚。

 わたしとて、自身の得意な分野──それは歌にまつろうあれこれであれば、自信がある。それについて遜るつもりはないし、真実劣るつもりもない。しかし、出来ない事は出来ない。()()()()()()()()()()()()()()()がいくつかあることくらいわかる。自己分析は好きだから。

 

 だから、わたしはわたしに出来ない事が出来る人を、心から尊敬する。憧れるし、称賛するし、評価する。

 HANABiさんはその最たる人なのだ。

 感覚としてはわたしと同じなのだろう。つまり、わたしにとっての歌。彼女にとっての得意分野が──"創作"というジャンルそのものであるのだ。彼女は自らが歌う事以外の表現方法において、絶対の自信を持っている。

 だというのに。

 だというのに、彼女は面と向かって褒められると、それを覆す。世間からの評価であれば、礼は言えども誇りさえしない彼女は、しかし。わたしが褒めると、決まってそんなことはないと言うのだ。

 

 少々。多少。否、多大に──不愉快だった。それは。親友と言えど、身内だからこそ、受け入れられないスタンスだった。わたしはわたしに自信がある。わたしはわたしの感覚が素晴らしいものであると信仰している。だから、わたしの感覚を否定するHANABiさんが──許せなかった。

 

 まぁ。

 許せなかった、である。許せない時期があった、とも言い換えられる。

 

「懐かしいですね。初めての喧嘩でしたっけ、それ」

「うん。会ってから半年も経ってなかったよね」

「いきなり冷たい声で、"ねぇ、それやめてくれない?"なんて言ってくるものですから、割と焦りましたよ」

「嘘。"……あぁ、嫌いなんですね。こういうの"って言ったじゃん」

「い、言ってませんけど!?」

 

 都合、真っ赤なウソである。欠片も真実が混じっていないから堂々と言える。

 初めての喧嘩だった。意気投合して、HANABiさんのマンションに入り浸るようになってからの、初めての喧嘩。といっても一日と経たず……というかその場で終了したそれだけど、久しぶりの"不快"という感覚は……なかなか、心地の良いものだった。

 身内にでないと。相手が発信者でないと。わざわざ怒ったりしないから。

 

「でも今でも謙遜するよね、HANABiさん」

「これでも治ってきた方なんですよ? 杏さん以外になら、褒められたときはちゃんと嬉しく思うようにしました」

「あぁ、そこに関しては平行線だからね」

 

 パズルのピースのような話。わたしが、自身に出来ない事が出来る人を尊敬しているように、HANABiさんもまた、自身に出来ない事……理解さえ出来ないという歌が出来るわたしを、心から尊敬していた、というコトなのだ。

 HANABiさんにとって、自身の才能……創作という得意分野のすべてを以てしても、わたしの歌には到底及ばないと。そう感じていたから、わたしに。とりわけわたしに褒められた場合のみ、否定をしていたのだと。

 

「これは、私の感性ですから」

「平行線だね。理解が得られないと理解しているのだから、それ以上は求めないよ」

 

 そういう意味でも、わたしとHANABiさんは比重の高い相棒だと思う。互いが互いに欠けた最高を持っていて、その欠けた部分が他の尖った部分と丁度合致した。パズル。あるいは、ニコイチ。互いに1.5。

 故にもうHANABiさんを許せないとは思わない。そして互いに補える部分が明確になったから、よりわたし達は仲良くなったのだ。

 

「それで、春藤さんの件はオッケーで返していいの?」

「……険悪になってもいいのなら」

「仲悪いの? 春藤さん側はそういう風には見えなかったけど」

「いえ、その……作曲家同士の合作って、傷の付けあいなんですよ。モース硬度式なんですよ」

「合作してる時に空気悪くなるって普通じゃない? わたし、雪ちゃんとデュエット出すとき終始喧嘩してたよ」

「理解があるのなら、大丈夫です。あ、わたしはチャットのみの参加でお願いします」

 

 あぁ、仲が悪いわけではないけど、良いわけでもないらしい。そういう風にしてるから同業者からも性別知らないとか言われるんだと思う。まぁ性別なんて、どっちでもいいのは事実なのだけど。

 先日フレンドになった春藤さんへ、SNSツールでOKを返す。とはいえスケジュール調整はマネージャーさんの仕事で、わたし達が勝手に決めるものではない。NYMUちゃんとのカバー収録もあるし、くわえて近々PV……MVではなくDIVA Li VIVAのとあるPVに関する撮影をお願いしたい、という話も来ていて、結構忙しいのだ。

 平日はわたし、普通に仕事だし。夜な夜な、こうしてHANABiさんの部屋に寝泊まりに来ているとはいえ、だけど。

 

「そういえば一枚絵できましたよ。折角なんで、SNSで蔓延してる泣いた髑髏を随所にあしらってみました」

「流石」

「あんまりグロテスク寄りの絵って描かないんですけど、面白いですね、人体の図解本って」

「新しく買ったの? HANABiさんなら、無くても描けそうなのに」

「描けますよ。でも、折角先人が見本を残してくれているんですから、イチから私の中に構築するより、上澄みを模倣した方が早いじゃないですか。アレンジもしやすいですし」

「オリジナルに拘らないのはHANABiさんの強みだね……」

 

 自身の作品を高めると判断した表現は積極的に取り入れる。この人が新しい技術の習得にそこまで長い時間をかけないのは、こういう基本姿勢に由来するのだろう。

 

「完全オリジナルって利点ほとんどないですよ。井の中の蛙大海を知らずってやつです。全世界の海を泳ぎ切った蛙の方が、私は好きですね。強い個体です」

「浸透圧で死んじゃわない?」

「克服した個体なんでしょうねぇ」

 

 それは既に蛙ではないような。

 

「オリジナリティというのは、沢山の……無数の他者の作品を自身に読み込ませて、いるものといらないものを分別して、アクセントとして自身のアイデアを加えたものを言うんです。そうすることで、自身の発想が何と似ているか、何と違うのか。異質なのか、平凡なのか。そういう世間の基準、みたいなものが見えてきますからね」

「世界中の音楽を熟知していたら、全く新しい音楽が作れる?」

「もう残ってないんじゃないですか? 多分100年くらい前までに出尽くしましたよ。あとはアレンジの世界です。"新しさ"ではなく"違和感"を目指すのが現代のクリエイターですよ」

 

 視聴者はそれを新しさと錯覚してくれますからね。 

 なんて。HANABiさんは、少し悪そうに笑う。悪そうというか──愉快そうに。

 

「まったく違う文化の……宇宙人やら異世界人やらが来てくれれば、創作文化は新しいステージに行けると思いますけど、現状の文化基盤から生まれる芸術創作のシンギュラリティはもう来ないんじゃないですかねぇ」

「HANABiさんでも無理?」

「無理かどうかは知りませんけど、やりません。本当に新しいものって、その時代においては評価低いんですよ。後世において評価されることはありますけど。私が杏さんと目指したいのは、今の最高のその先です。正直、私が死んだ後の評価とかどうでもいいですから」

「それは確かに」

 

 終わった後の評価を気にする程、わたしも焦ってはいない。

 

「死んだ後に何かに生まれ変わって、わたしの評価を眺められるなら話は別だけどね」

「転生してもエゴサするんですか。まぁ私もすると思いますけど」

「芸術家とか哲学者はみんな生まれ変わったらエゴサしそう。自己顕示欲しかないじゃん、歴史に名を遺すクリエイターって」

「偏見が酷すぎる」

 

 あ、そういえば。とHANABiさんは手を叩いた。

 PCに向かっていた体を椅子ごとくるりと回して、言う。

 問う。

 

「杏さん、もし生まれなおす事が出来たら。人生をやり直すことが出来たら。どんな人生を歩みたいですか?」

「世界を半分くれてやる系?」

「この間SNSで話題になってたんですよ。心理テストです」

 

 高校生の昼休みみたいな話題振りである。しかも入学直後。まだ仲良くなり切れていない時間。

 ……くわえて、多分これ心理テストじゃないなぁ。

 

「やり直したくないね。わたしは今の人間関係をリセットしてまで得られるものがあるとは思えない」

「おお……!」

「わかった。相性テスト」

「はい。ちなみに私だったら、もっと早く杏さんにコンタクトを取る、という人生を歩みますね」

「相性は?」

「親密度0%です。相性最悪」

「へぇ、良いね」

 

 じゃあやっぱり、ニコイチだ。

 同じ感性を持つ二人より、違う感性の二人の方が、幅も広いだろう。HANABiさんもそれが狙いだったらしく、嬉しそうに笑っている。わかってて聞いたのだ。ずるい人。

 ずるい人だ。本当に。

 

 本当に──可愛らしい人だと思う。思った。

 

 思っただけ。

 

 

 ●

 

 

 バーチャルの世界というのは、基本的には肯定意見の世界だ。

 害意を持って侵入してくる者もちらほらいるが、あくまで基本の話。視聴者と呼ばれる人たちと、ライバーと呼ばれる人たち。それらは互いにリスペクトしあって、好き合って世界を形成している。

 それはかつてアングラ寄りの動画投稿サイトにあった"コミュニティ"という文化と同じもの。こちらでいうチャンネルの主と、それを囲う視聴者。今や世界中にあるオープンな生配信・生放送においても、同様の文化が見られる。

 所謂、内輪ノリというヤツ。

 自身に関係する創作へのハッシュタグを決めたり、アニメラジオのようなオリジナル挨拶を作ったり。

 それは決して悪い事ではない……というか、むしろ積極的にやった方が良いとわたしは思っている。

 

 新規視聴者の獲得は大事であるけれど、それに向けたコンテンツというのは、既存視聴者にとっては酷くつまらないものになりがちである。ゲームの中盤にいきなり序盤のチュートリアルが挿し込まれる感じ、と言えばわかるだろうか。

 すでに出来上がった雰囲気に水を差すような、折角獲得した視聴者を手放すようなコンテンツ作りでは、本末転倒であるのだ。

 

 これは前に述べた宣伝力にも関係する話。

 呼び込むのは外でだけ。内側では魅せる事に集中する。それが内輪ノリというもので、囲いというものになる。大事なのはその空気感を「楽しそうだ」と思わせるコト。内輪ノリを含めてコンテンツ化し、自身でコントロールすることである。

 あるいはわたしが皆凪可憐であった時にやっていたような──視聴者の名前を覚える、という事も。

 

 一対一の個チャでもない限り、発信者に対して視聴者の数が多くなるのは当たり前だ。というか、基本的には一対多。その多が十だったり百だったり千だったり万だったりの差はあれど、沢山の視聴者を相手にするのが発信者というものである。

 だから全員を覚える事は無理だ──と、思われがち。

 実際は。まぁ、得意不得意はあるだろうけど。

 

 案外、覚えている。覚えられる。しっかり見ていれば。

 このアイコンの名前を当てろ、みたいなクイズに答えられる自信はないけれど、この人が自身の配信に来たことがあるかどうか、くらいは漠然と、ぼんやりと、曖昧に、覚えているものだ。

 そうなってくると、今度は自身の無意識がその名前のコメントを多く拾い始める。印象に残るコメントを残す視聴者側の技術もあるのだろう。そういうコメントを残してくれる時点で、その視聴者の囲いは成功しているのだが。

 ともかく、そうして発信者がコメントを拾い始めると、今度は視聴者側が気持ちよくなる。他者との会話なんて自己顕示欲の満たし合いに他ならない。親しさの度合いによって、満ちる度合いも変わってくるが。

 名前を覚える。それが"内輪"の形成に必要な要素の一つになるのである。

 

「……まぁ、それが反転したらどうなるか、って話だよね」

 

 MINA学園projectの配信。先日家に来た遥香さんと梨寿ちゃんのコラボ配信。

 あの二人は姉妹だけど、キャラクターとしての苗字は違う。最初は姉妹だと明かしていなかったためだ。一周年記念の時に明かしてからは、視聴者もそういうものだ、と受け入れてくれているけれど。

 3Dモデルを用いた生配信。流石に動画収録の機材より幾分かグレードの劣るのだろうカメラでは、結構な頻度でモデルの崩壊が起きる。それもまたご愛敬。

 さて、今。

 遥香さんと梨寿ちゃんは、二周年記念にやりたいこと、についての雑談を行っている。視聴者の意見も取り入れていくというヤツで、来場者数は1.3万人と、それなりに多い。

 その、流れていくチャット欄。

 

 ものの見事に。

 

「その三点リーダはどういう意味なんだろうね」

 

 見たことある人ばっかりだった。

 今はそんな流れじゃないというのに、可憐の名前を出す人が。「ナギさん……」「可憐ちゃん……」と名前だけを投稿する人ばかりが。

 続くのは戻ってきてほしい、なのか。帰ってきてほしい、なのか。

 

 本当に──。

 

「愛されてるねぇ、可憐」

 

 なんともまぁ、可哀想に。そう思った。

 

 

 〇

 

 

 ──"さて、もうすぐ二周年記念が迫っているわけだけれど、歌はやるとして、他なんだ。私は罰ゲームのある……敗者の出る企画をやりたいのだが、何か良いアイデアはあるかな"

 ──"運動会。うんうん、梨寿が確定罰ゲームだね。クイズ大会。うんうん、梨寿が確定罰ゲームだね。凸待ち? あー、敗者は出ないけど、それは良いアイデアかもしれない"

 ──"逆凸……ゲスト? おいおい、これは私達の二周年記念だぜ? 外部に目を向けすぎじゃあないか?"

 ──"それとも──誰か、呼んでほしいやつでもいるのかい?"

 

 

 ●

 

 

 ぶっこむなぁ、と。遥香さんは、ニヤニヤした笑みを浮かべて言う。彼女の意思がわたしに向いていないと、何故だろうか。めちゃくちゃカッコよく見える。これはわたしの感性というよりオタクの感性だ。強キャラ感がパない。っぱねー。

 

 ヒッヒッヒ、という魔女か何かと聞き紛う引き笑い。その笑いは、隣にいた梨寿ちゃんの肘鉄によって強制的に黙らされた。ドゴッという音がして、遥香さんのモデルが斜めに捻じれたまま停止する。あぁ、見えてはいけない部分が見えてしまっている。まぁ、モデルの中身は空洞なのだ。

 カメラ前に戻ってきたのだろう*1、よっこいしょういち、と遥香さんが体を取り戻す。

 

 ──"冗談だ冗談。ああでも、これだけは言っておこう。君たちが呼べと言ったんだからな、とね。言質は取ったぞ、と"

 ──"ひひ、二周年記念なのに、まったく関係ないヤツが来ても文句言うなよ?"

 

 嬉しそうに。

 楽しそうに。

 笑う。その不穏さに、コメントは「え?」とか「もしかして……」とか「実現できるの?」とか。まぁ、様々。困惑と期待。あと杞憂かな? どの道、その思考の先にいるのは皆凪可憐か、あるいはHIBANaなのだろうけど。

 

 まぁ、多分。違う。

 この人は。本当に。本当に、まったく関係のない、何の関係もないヤツを呼ぶ気なんだと思う。それが実灘遥香という人間だ。本当に関係のない人を呼んで、「だからしっかり釘を刺しただろう。文句を言うなよ、ってさ」なんて言って、笑うのだ。

 

 ──"驚けよ、諸君。私は君たちが思っているよりすごいヤツなんだぜ"

 

 遥香さんは、あるいはどこぞの影法師よりも深く、高く、口角を上げて微笑んだ。

 

 

 ●

 

 

 どうやっても、終わりというものは来る。

 企業所属のライバーというのはそれが案外明確だ。個人のライバーは言ってしまえば気分次第で活動をやめるから、本人次第では半永久的に続けられるし、ちょっと嫌なことがあった程度で辞める事もある。

 しかし企業ライバーはそうではない。無論嫌なことがあって、あるいは生活面に支障があっての活動休止はあるだろうけれど、基本、企業に属するライバーは契約によって終わりが定められている。

 

 バーチャル界隈はまだ若く、いくつかある企業もまたベンチャーであることが多い。

 そのため、企業のライバーはほとんどが一年契約で、続ける気があれば更新で、という風な形を取っている所が多いだろう。

 一年。一年だ。

 一年後には大学へ行くから。一年間だけなら頑張れそうだから。一年後には、就職をするから。

 ひとつの区切りとしての、契約。

 

「だから、もうすぐ一周年ですね、ってコメントが……微妙にストレスなんですよ」

「現実を突きつけられるから」

「そうです。正直V始めてから、人生楽しくて。最初はゲームやってればお金貰える、みたいな浅はかな考えだったんですけど、最近は……なんだろ、人に見られて、肯定されて、認識されてるってのがめちゃくちゃ楽しいんです」

「でも、もうすぐ終わっちゃう」

「うっ……」

 

 DIVA Li VIVAの休憩スペース。

 そこに、暗い顔をした少女が座っていたので、とりあえず話を聞いてみることにした。あそこまで思いつめていたら、流石のわたしでも声を掛ける。

 少女は高校生らしく、学年は三。大学受験はもう受かったとのことだったが、それはストレスの解放にはならなかったらしい。

 

「まだ発表してないの? 辞めるって」

「……言い出せないんです。怖くて……だってみんなは多分、引き留めてくれるし、でも、無理に笑って送り出してもくれる。怖い。今のままがよかった。終わりなんて考えない方が、ずっと」

 

 肩を抱いて。少女は震える。

 一年の契約。それを更新するという事は、続けるという事。

 

「続ける選択肢は取れないの?」

「……受かった大学は、寮制なんです。第二志望だったから」

「んー」

「言い出さないといけないのはわかってるんです。最後まで言わずに、手紙だけ残して……っていうのは、ちょっと、自分としては、みんなに不義理だから」

「不義理」

 

 不義理と来たか。

 随分と、配信活動に救われたらしい。まぁ多感な時期だ。悩みが視聴者を通じて解決することもある。あるいは、配信を行うという……違う自分に本来の自分が感化されて、本来の自分が変わることもある。

 

「……HIBANaさんは」

「そうだよ。一回辞めて、新しく活動してる」

「……前の……ファンの人達に、何か思う所か……ないんですか?」

「思う所? それは、申し訳ない、とか……そういうこと?」

「……はい」

 

 申し訳ない、ねぇ。

 

「全く。わたしは視聴者のために活動していたわけじゃないし、視聴者もわたしのために見に来ていたわけじゃないと思ってるから。どっちが上とか下とかないでしょ?」

 

 だから。

 

「君が覚えてる感謝とか、義理とか。それは大いにぶつけてやればいいと思う。視聴者を沢山泣かせて、君もたっぷり泣きなさいな。でも、申し訳なさはいらないと思う。言い訳をする事なんて何もないし、後ろめたくなる必要もない」

 

 だって。

 

「楽しかったんでしょ? ならいいじゃん。楽しかった事が終わるのは、誰だってつらいし誰だって嫌だよ。嫌だってみんなに言って、つらいって訴えて、ありがとうって言ってお別れをする。最後は楽しく終わりたいとか、最後は笑って終わりたいとか、カッコつけようとするから悩むのさ」

 

 いいかい。

 

「終わりを楽しむんだよ。悲しい事も寂しい事も、嫌だって感情もエンターテイメント。納得なんてしなくていいよ。時間の流れを恨むと良い。それがすべて、君の魅力になる」

 

 ついつい楽しくなっちゃって、語りすぎた感じはある。

 少女はポカンとした顔でわたしを見つめて。わたしは喋りすぎて口が乾いたのでアイスティーを飲んで。

 

 これだけ表情が豊かな子だ。この子の視聴者も、それを求めてきているのだろうし。

 

「……辞めたくないです」

「うん」

「辞めたくないんです。もっと続けていたい」

「うん」

「嫌なんです。みんなと離れたくない……!」

「うん」

 

 とうとう、涙が零れた。悩んでいたのだろう。秘めていたのだろう。

 でも、わたしは少女の頭を撫でたり、背中をさすったりはしない。

 ここで慰めるのは──あまりにも。

 

 勿体ない、と思ったから。

 

「この後、撮影とか入ってるの?」

「い、いいえ……」

「そ。じゃあ今日は帰りなさいな。家に帰って、ベッドの上じゃなくて、パソコンの前に座って悩むと良いよ。君じゃなく、配信者として悩むと良い。それで、出てきた答えを選ぶと良い」

「……なんだか胡散臭い占い師みたいですね」

「憧れる?」

「いいえ、全くです」

 

 へぇ、強がるじゃん。

 いいね、ちょっと評価高いよ。ニジュウマルをあげよう。

 ……まぁ、人生の先達として、これくらいならね。なんならこの子も転生するかもねぇ、なんて。

 

 その時は是非、対談しよう。

 

「HIBANaさん」

「うん?」

「曲、聞かせてもらいますね。帰ったら」

「ヘビロテしてくれていいよ」

 

 Good Luck.若者。

 応援しているよ。

 

 

 〇

 

 

 ──"ということで、ボクは三月を持ってVtuberを引退します。多分卒業配信でもガン泣きするんで、よろしくお願いします"

 ──"それと、相談に乗ってくれた諸先輩方及び後輩ちゃん"

 ──"ありがとうございました"

 

 

 〇

 

 

< 水鳥亜美
.

今日

      
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それよりゲストって誰? 可憐だったらハルさん殴りに行くけど 0:23
      

Aa          

 

 

 

*1
つまり横にいた梨寿ちゃんが椅子から遥香さんを突き落としたという事だが




球体。

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