わたしはかつて、Vtuberだった。 作:雁ヶ峰
NYMUちゃんとのコラボ動画が上がった。
初動再生数は上々。流石はNYMUちゃんの知名度、といったところか。加え、評価も凄まじく、評判もいい。
そして、まぁ。
「新人の宣伝のために無理矢理絡まされてNYMUちゃん可哀想」「やっぱ運営の意図が透けてると純粋に楽しめなくなるよなー」「NYMUにすり寄ってくるな」「NYMUファン吸収する気満々じゃん」「こっちは頑張って住み分けしようとしてるのに、コラボとかしないでほしい」「転生半月でほかの女に手を出すのか」「今のところディバの汚点にしかなってなくね? やめたら?」「皆凪可憐って誰? 無名のやつ出すなよ」
見本市である。
一部だけを抜粋したけれど、もちろんこれの何倍もの批判が集まっている。他、セクハラコメントも多数あった。そういうのはこの動画投稿サイトのポリシー違反に引っ掛けられるので、普通に通報を入れる。どこぞの匿名掲示板と違い*1、この動画投稿サイトの規約が存外厳しいという事を知らない人が多すぎるとは思っている。まぁ、規約を読まずに同意する人ばかりだからね。
見るからに捨てだろうアカウントも多数あったけれど、それ以上に目についたのは、MINA学園projectでよく見る名前。そりゃあそうだ。だってNYMUちゃんのファンの大多数はわたしになんて興味がない。HIBANaを絡めて批判する人は、わたしとNYMUちゃんの双方を知っている人になる。
片方を批判するために片方の擁護に回るのは、まぁ、フェイクニュースの流布や炎上の鎮火、他、情報の隠蔽など……とにかく不都合な真実がある場合によく見られる光景だ。そういうのは意図的であるけれど、こっちは無意識……というか、下位互換。"嫌い"をこき下ろすには、"好き"を持ち上げないと表現し得ない人間は結構いる。
NYMUちゃんだけを見たいのに、という層もいるだろう。それはNYMUちゃん側のファン。興味がないものに対して攻撃的で排他的になりがちなのは、知的生命体のサガだろう。人間だけじゃなく、ほとんどの動物が突然目の前に現れた"知らないモノ"に対して攻撃的だ。自身のパーソナルスペースから除去しようとしたり、威嚇したり、自分以外の仲間を先に行かせたり。
とにかく"未知に触れてストレスを覚えたくない"という感情は、まぁまぁ当然のもの。
自らがそういう行動をしていないか心配であれば、無理矢理にでもほかの側面に愛を持ってみる事だ。ニュースで流れる事件。SNSで叩かれている誰か。片一方に愛を持ち、相手を不快に思うのなら、相手を愛していると自己暗示をかけて考えてみると、違う真実が見えてくるかもしれない。
ま、オタクというのは愛の強い生き物だ。愛の強い生き物をオタクと呼ぶ、といった方が正確か。
そういう習性なのだ、と思うと面白くも思えてくるだろう。これに共感出来たら、おめでとう、批判を楽しむ感覚のステップを掴み始めているという事だ。第一歩、というヤツ。
なお、傾向が強いのがオタクであるというだけで、未知を排斥せんとするのはオタクだろうがそうでなかろうが関係なく同じである。不快をスリルに誤認して、自ら未知を求めに行く特異個体もいるようだけど。冒険家、というのがそれだ。
「お姉さんは、高いとこ得意? ジェットコースターとか」
「苦手。落ちたくなる」
「怖いんじゃないんだ」
「無意識に落ちようとする自分が怖い」
お疲れさまでしたの会、みたいな。なんとNYMUちゃんの家にお呼ばれして、プチパーチー。である。高校生の女の子の家に行くという一大イベント。NYMUちゃんのファンに刺されるかもしれない。そいつが本当にファンなのかどうかはわからないが。
ちなみにNYMUちゃんの家族はNYMUちゃんが最大規模のファンを擁するVtuberであることを知っているので*2、わたしが来ることはすんなり受け入れてくれたらしい。なんならわたしの歌を車の中で聞いたりしているらしい。ありがとうございます。
結構な頻度でNYMUちゃんはコラボ相手を家に呼ぶ。人によってはお泊り会配信なんてこともしている。HIBANaは配信活動を行わない、という事をNYMUちゃんにも伝えてあるし、流石に今配信をするとチャット欄がセクハラで埋まりそうなので、今回は自重する流れとなった。
「ほんとに泊っていかないの?」
「ワタクシシャカイジン」
「むぅ」
三月一日。日曜日だ。せめて昨日であれば考えない事もなかったけど、今日は無理。そもそも着替えなんか持ってきていないし。
NYMUちゃんは不満そうだが、もうすぐ春休みに入る高校生と違って社会人の三月は忙しいのです。確定申告終わってない奴がいるんです。わたしはそれを催促しなきゃいけないんです。
「わかってないけどわかった……じゃあ、乾杯しよっか」
「ん。それじゃ、収録お疲れ様でした」
「かんぱーい!」
こつん、とプラスチック製のグラスをぶつけ合う。もちろんお酒ではなく、ジュースで。余談だけど、NYMUちゃんのお母さんはイタリアの人らしく、そのままの見た目でVtuberになれそうな美女だった。耳が長かったらエルフかと思うくらい。日本語はあんまり上手ではないとのこと。わたしもイタリア語はあんまり上手じゃないのでお相子。
それにしても。
「ニコニコだね、金髪ちゃん」
「だって、推しが家に来たのです」
「オタクだね、金髪ちゃん」
好きなものを好きと言うようにしている、と言っていたっけ。
表情にもそれが表れるから、この子は可愛らしいのだろうなぁ。なんて。
「あのすっごい絵を描いてくれたHANABiさんにも来て欲しかったなー」
「あの人は仕事以外では外出しないから……今も作品制作してるんじゃないかなぁ」
「お休みしないの?」
「多分なんかアーカイブとか動画とか見ながらやってると思うよ。娯楽が仕事になってるわけでも、趣味が仕事になってるわけでも、その反対になってるわけでもなく……あの人は全部並列なんだよね。娯楽と仕事と趣味を同時に出来る」
「ほへー……」
正しい反応である。わたしも初めて仕事場を見たときは、何やってんだこの人と思った。
本人曰く、それが一番集中できるらしい。マルチタスクだから、余ったタスクを他で埋めないと要らない事を考えてしまうらしく、集中したいことに集中できないのだとか。シングルタスクとマルチタスクはそれぞれに一長一短である、というコト。
忙しくないと、追い詰められないとやる気が出ない人間みたいなものだ。きしかいせい。
「そろそろお菓子を開けたいと思うのですが、お姉さん」
「なんでも食べるよ。美味しい物なら」
「MINA学のMVを点けてもいいですか」
「素晴らしい事考えるね君。いいよ」
感嘆なのか皮肉なのかは受け取り手次第である。
NYMUちゃんの部屋にある小さなテレビ。それをリモコンで操作して……最近のテレビって動画サイトが見られるのか。
慣れた手つきでリモコンの十字ボタンで操作をするNYMUちゃん。流石にオタク用アカウントは分けているらしく、アカウント名は見覚えのない文字列だ。一応覚えておこう。
「気のせいでなければこれは可憐のソロ曲なんだけど」
「MINA学のファンになったのはホントだよ。でも、私はお姉さんのファンなのです。なので最初にお姉さんの曲を聴いてから、MINA学の曲を聴くというルーチンなのです」
「サイデッカー」
そんならしょんない。
自慢げに話されちゃあ敵わない。可愛らしい。
NYMUちゃんはコードの長いイヤホンをテレビ脇から引っ張ってきて、それを両耳につけようとして……止まった。片方を外して、イヤホンを見て、わたしを見て、イヤホンを見て──それをティッシュで拭く。
で、それを。
「聞く?」
「むしろ歌おうか?」
「え!?」
わたしは可憐ではないけれど、別に可憐の歌は歌える。歌声が似るかどうかはわからないけど。既に世に出された歌というコンテンツをわたしが歌うのはカラオケとなんら変わらない。むしろ完璧に覚えている分気持ちよく歌えるまである。流石に一般邸宅で大声を出すわけにはいかないからボリュームは絞るけど。
NYMUちゃんは何度も何度もイヤホンとわたしを交互に見て、「いや……」とか「でも……」とか「いやいや!」とか「でも、でも!」とか「EAR」とか「DEMO」とか呟いている。最後のは嘘。捏造。
「い、今は……可憐ちゃんを聞きたいので!」
「苦渋の決断だね。……わたしも、久しぶりに聞くかぁ」
「じゃあ、はい」
はい、と。
イヤホンの片方を渡される。あのこれ、反対側なんだけど。
……わざとだろうか。なら仕方がない。
わたしは左耳に、NYMUちゃんは右耳にイヤホンをつける。テレビに向かってわたしが左側に、NYMUちゃんが右側に座っていたので、必然。肩を寄せ合って、引っ付くような形での視聴になった。
これほど近づいてもNYMUちゃんは何も言ってこない。あれ、邪な発想に至ったのわたしだけ説。自戒。モーセ。
「可憐ちゃんの──最後の曲」
「ほんとに好きなんだね。わたしも嬉しいよ」
「うん『誕情』っていうタイトルも好き」
『誕情』。
それが、最後の曲。皆凪可憐の最後の曲のタイトル。
MINA学園を卒業する歌。飛び立ち、羽ばたく歌。最後を祝い、送り出し、祈りを上げる曲だ。
作詞はわたし。作曲伴奏動画制作mixはHANABiさん。
静かに再生が開始されたソレは、初めはレクイエムのようなゆったりとした、神聖さを感じさせるそれ。高音のロングトーンが長時間響き渡り、彼女のために用意されたすべてをカメラに収めてから、その声の発信源へ帰ってくる。
一瞬暗転。直後、音色が増えに増えて一気に激しくなる。
NYMUちゃんはイヤホンをしていない方の耳を塞ぎ、イヤホンを耳に押し付け、食い入るようにMVを見ていた。込めた思いは……ありがとう。そして、さようなら、だったはずだ。またね、にしなかったのは、再会する気がなかったから。別の世界へ旅立つような気持ちだったはず。
さようなら、は別に良くない言葉ではないのだ。離別を恐れる気持ちはわかるけれど、散々悲しんで、枯れるほど泣いて、心から感謝をするのが離別というもの。悲哀は悪感情ではない。悲しいと思える時に悲しいと感じられるのは素敵なことだと知っている。
自然と。笑みがこぼれた。
零したのは、わたしだ。なんだか久しぶりに、可憐を近くに感じた気がする。やっぱりわたしはあの子が好きらしい。好きなもの、苦手なものがちゃんとあって、よく笑うあの子が。可愛らしい名前の、可愛らしい少女。
あの子はわたしではない。わたしはもうあの子じゃない。
けれど、何も。
わざわざわたしから──あの子を突き放すようなことは、しなくていいのだ。乞われる事の億劫さに避けてしまっていたのかもしれないけれど。わたしだって、可憐を愛してもいいのだから。
「──"生まれ昇る 望まれて 惜しまれて 飛んでいく"」
作詞をする時、生まれ落ちる、という表現を避けた事を覚えている。わたしはもう落ちてはこない。飛んで行ったまま、帰って来はしない。可能性を期待しないでほしい。続きを望まないで欲しい。
わたしがいなくなるという悲しみを、精いっぱい楽しんでほしい。十分に感じてほしい。
ああ。やっぱり、音楽というものは凄い。
初めて聞いた時の感情を。それを映した憧憬を。記憶を、心を。
思い出すことができる。心が覚えていたことを。
そしてそれは、波及する。
「……」
左目から一筋の涙を流すNYMUちゃんを見て、思った。
あの時のわたしは、皆凪可憐は、ちゃんと。誰かに感動を与えられる存在だったのだと。知っていたけれど、初めて今、自認した。
そういう部分ではまだ、バーチャルは現実に劣っているのだろう。肌に感じて、自覚をする。感覚器の再現。触覚を再現するスーツでも、そういう"空気の変化"のようなものはまだ手の届かぬ領域だ。いずれ届く領域かもしれないけれど、今はまだ。
手のひらを見る。指の動き。口の動き。眼球の動き。トラッキングの精度は日増しに良くなっていっている。技術は常に進化し続けている。それでもまだ届かない領域があり、それを何万年も前から実装している現実があるという事が、とても、とても──焦がれて仕方がない。
わたしの目指す、現実のその先。仮想空間はまだ現実の再現さえ成し得ていない。現実と全く同じものを作って、その上に"先"を重ねる。わたし自身に感動を呼び起こせるものがあると、知った。だから後は、媒体の問題。進んだ気がするのだ。一歩。目標に。憧れに。夢に。その、先に。
「……ふぅ、良い曲でした……」
「──ありがとう、金髪ちゃん。いい気付きがあった」
凄味が出てしまわないように気を付ける。端的に表すなら、興奮している。あぁ、なんて楽しい事だろう。やはりこの子と出会えたのは──わたしにとって、とても良い事柄だったらしい。言葉では人間は変わらない。出会い、それを受けて何を思うか。自身の意識と向き合わなければ、人間は気付きを得られない。
感謝をする。
「よくわからないけど、どういたしまして!」
「うん。どうやらお姉さんは、金髪ちゃんと一緒にいると良い事がたくさんあるみたい」
「え? じゃあずっと一緒にいる?」
「縁が続く限りは一緒にいよう。今日は帰るけどね」
「ちぇ」
その後は、一緒にMINA学のMVを見るなどして盛り上がった。
なんだか高校生の頃に戻ったような──楽しい時間だった。まる。
●
DIVA Li VIVAの休憩スペースへ行くための廊下で、その人に出会った。
車椅子に座った女性。年のころは30かそこら。電動のものらしいそれを器用に運転していて、付き人の姿は見えない。
「こんばんは」
「ん……
お嬢さん。お嬢さんと来ましたか。それはとても小さな子に使う言葉ではないでしょうか。
「あぁ、いや、お嬢さんなんて歳じゃなかったか。申し訳ないね、目が良くなくて」
「大丈夫です。じゃあそれ、自動運転なんですか?」
「いや、覚えてるだけさ。目が悪くなる前から、車椅子だったからね」
どうやら相当、長い間ここに勤めているらしい。すれ違うスタッフさん達が挨拶をして通り過ぎていく。偉い人だったりする?
「お姉さんは何をしてる人なんですか?」
「脚本家さ。といっても、今は休業中。今日は事務に書類を出しに来たんだよ。傷病手当金申請書、ってやつ」
「脚本家」
「たまに映画の監督なんかもするけどねぇ」
相当に偉い人っぽい。まぁ、だからと言って遜ったりはしないのだけど。
上下関係の拗れ程度で干される会社だというのなら、わたしは潔く辞める所存である。どうやらそうでないようで安心だけれど。
「事務まで一緒に行きますよ。その後お茶しませんか?」
「はは、なんだいそりゃ、ナンパかい?」
「知らない人に声掛けるの好きなんですよ」
だからここの休憩スペースは、結構……というかかなり好き。色んな人が来て、色んな人が話をしてくれるから。別に職業の話を聞きたいわけじゃない。単純に、自身と別の個体がどういう考えを持っているのか、というのを見るのが好きなだけ。
だから老若男女、悩んでいても困っていても、とりあえず声を掛けてみる。事務所内だから安全性が保たれている、というのも大きいかも。流石に街中でやったりはしない。
「……とことん良い子と見た。いいね、じゃあとっとと済ませて、お茶をするとしようか」
「良い子かどうかはわかりませんけど、素敵な出会いになることは保証しますよ」
「それは私のセリフだねぇ」
くつくつと笑う女性。電動音を響かせて動き出す車椅子の速度に合わせて、わたしもゆっくりと歩き始める。道中、北川須美子という名前で、いくつかの作品を聞いた。中には知っているものもあったけれど、大多数は知らないもの。わたしがあんまり映画を見ないというのが大きいけれど、北川さん曰く「世間で有名になる映画ってのは極々一部、氷山の一角も一角なのさ。数百人にしか知られずに埋もれていった映画なんて、星の数ほどあるよ」とのことで、知らなくても大丈夫さ、と言われた。
北川さんはそういう細かなものを沢山手掛けていて、休業中の今も制作を続けているらしい。
事務の人に北川さんの持ってきた書類を提出し、わたしたちは休憩スペースへと向かう。向かった。
適当なところに座って、一息。
「そういえば、お嬢さん。名前、聞いてなかったね。あぁ、本名でなくて、芸名でいいよ」
「HIBANaといいます。バーチャルクリエイト事業部所属の」
「……へぇ。そりゃあ。──あぁ、なんて巡り合わせだい」
「?」
北川さんは。少し声を震わせて。
言う。溜息……というよりは、感動だろうか。
わたしを知っている?
「……ちょっとさ、愚痴、じゃあないんだけどね。私の話を聞いてくれないかい」
「はい。それを聞きたくて、お誘いしました」
「ふふ、ありがとう」
握力がないのか、震える手で紙コップからお茶を飲む北川さん。それをゆっくりとテーブルに置きなおして、尚も痙攣を続ける指先を反対の手でさすりながら、口を開いた。
「私はね、見ての通り……病を患っているんだ。症状は全身に広がる麻痺……今はまだ脳には達していないけれど、悪化すれば何も考えられなくなるかもしれないらしい。無論、治療は続けているけれどね」
発症したのは、二年ほど前でさ。
最初は足だけだった。腰から下の感覚がなくなったのが始まり。そこから段々、麻痺は広がってきて、今は両腕も顔の一部も、思うように動かない。これで痛みがなかったら、まぁ耐えられたかもしれないけれど、痛むんだ。凄くね。常に痛くて──とても、生きるのが辛くなってしまった。
苦しくなっちゃってね。痛い、という事は……疲れるんだ。とても。そして、疲れるのも嫌になる。疲れるという事が億劫になるし、痛くて疲れるから、もう、休めない。休む行為が疲れてしまう。
北川さんは言う。腕を掻き抱いて。体を震わせて。
歯を食いしばっているのかもしれない。でも、その顎はカタカタと音を鳴らすばかりで、力を入れ続けられないのが見て取れる。
あれ、でも。
「それでも、創作を止めない理由はなんですか?」
作品は作り続けていると言っていた。辛いだろう。痛いのだろう。
それでも止めない理由は。
「なんで止めないのか、とか。逆にどうしたら止めるのか、とか……そういうのは、考えたことがないねぇ」
震えていた顎が音を止める。そして。痙攣。違う。少しだけ、口角が上がる。笑う、という行為さえも、エネルギーを多量に消費するのだろう。
それでも北川さんは笑って、言う。
「続ける理由がいっぱいあるんだよ。結局私は、物語を書いていたいだけなんだって。死にそうになるたび、死にたくなるたび思い出すんだ」
──。
ああ。そうか。
だから、雪ちゃんは。あの子は止めないのか。止まらないのか。
「……そんな折にね、私はお嬢さんたちのような……色彩豊かなキャラクターが生きている世界を知った。痛みが続く間は何もできないから、映画や動画を見るくらいしかやることがなかったから、たまたま。偶然、知ったのさ。そういう世界があるって」
アニメだってみるし、配信を行う人たちがいるのは知っていたけれど、実際に見るのは初めてで、そこで初めてVtuberという言葉も知った。新鮮だったよ。"そういう手法もあるのか!"ってね。すぐに一本書いたさ。痛みが弱まっている時間に少しずつ、書き上げたさ。参考資料にいろいろ見て漁った。
いろんなのがいるね。やっている事は似通っているやつも多いけれど、たまに天才みたいなやつがいる。これは発展させられる土壌だと思った。
全く違う国のお祭りを毎日見ているような感覚だったよ。面白かった。
……ただ、なんだ。私は存外心の狭いヤツでさ。
そういうのを追っていると、たまに目につくんだ。「このコンテンツは万病に効く」だの「癌が治った」だの……。まぁ、実際のところ。当たり前だけど、効かなかったよ。流石にさ。無理だったよ。どれだけ良い物を見たところで、どれだけ美しい歌を聞いたところで、痛みは変わらないし苦しいのも軽くなんない。
もちろん、ふざけて言っている事はわかってる。でも、ダメだった。
健康なやつらがそういう言葉を発しているのを見るたび、軽い殺意さえ覚えたね。ニヤけ顔で私達の代弁者みたいな顔をしやがって、って。自分の器の小ささに悲しくなったさ。本当に。
「ただ、まぁ、なんだ」
言う。彼女は、今までの沈痛な顔を、少しだけ──柔らかくして。
わたしの目を見て。視界の定まっていないだろうその目を、確実にこちらに向けて言うのだ。
「病気には、効かないけれど……"死ぬには惜しいな"と思わせる程度の効果はあったよ。何度も、何度もね。スポーツ選手が子供たちに希望を与える、なんて話は創作としてよくあるけれど……お嬢さん達みたいなのも、十分」
誰かを救っている、救える存在になっているのさ。
ありがとうよ。
「……うん」
「──だから、伝えといてくれないか?」
北川さんは。優しく、諭すような声でいうのだ。
「それだけは、お嬢さんにしか出来ないだろ。HIBANa宛じゃなくて、お嬢さん宛」
ありがとう、って。私を助けてくれて、ありがとう、って。
可憐さんに、言っといてくれ。
●
HANABiさんの家ではなく、自分の家。ベッドで横になって、読書灯だけを点けて。
思った。考えた。考える。最近あった二つの事。
わたしのスタンスは、あんまり変わっていない。思想も変わっていない。
でも、いくつかの気付きがあった。それによって──靄が晴れた。
そうだ。
わたしは可憐ではない。皆凪可憐ではない。だから、可憐の気持ちにはなれない。
けれど、恐らく誰よりも──可憐をわかっていて。
可憐の言葉を伝えられるのは、メッセンジャーになりうるのは、わたししかいないのだという事に気付いた。彼女に言葉を届けられるのは、わたししかいないという事を気付かされた。
それは、なんて──。
「……格好つけないで言うなら、うん」
エモ、だね。
エモーション。これこそが──情動。
感情を思い出した、なんて。結局格好つけて言ってみて。
わたしは、SNSツールを立ち上げた。自身の名前を再入力する。
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