「強くてスゴイ!だから凄い。オムラは大きく、つよくなる」
重金属酸性雨の雨音の中、誇張広告ツェッペリンがマイコ音声でがなりたてる。昼にも関わらず、その街は真っ暗だった。
「ワーオ、パッパオー!」
「ララバイ的ブッダ」
「実際健全?いえ猥褻重点な」
その下をロボットのように動く市民。全員が編笠やトレンチコートで身を守り、何人かは指がケジメされ、また何人かはほとんど義体と化している。
「アー?キル・ナイン・ユー!コロース!」
「アイエエ!アイーエエエエ!」
そして路地裏で理不尽に殺されるホームレス。この日本の首都ネオサイタマにおいて、あまりにも普遍的な光景である。この裏では、暗黒メガコーポが陰謀をめぐらせ、さらにその裏で邪悪ニンジャ組織が私腹を肥やしているのだ。薬物と猥雑マイコサービスが氾濫するネオサイタマで、民主政治は今や衆愚政治と化し、存在するハズもないカイジュウ対策が大真面目に論じられている始末だ。...そして、
「頭上を見ろ、ビジョンは、ハードコア・・・」
やさしい旋律を口ずさむのは、頭に角を生やした少年。フォウ・ミサキである。フードを被り、防水パーカーを着て町を歩く。今日は同居人のセバタにおつかいを頼まれ、わざわざ酸性雨に打たれている。フォウは、実際あの狂人から一刻も多く離れたかったので、いまここにいるという訳である。
だが、必ずしもあの狂人が悪夢なわけでもなかった。外を見ることは実際楽しい。自分の不幸せを忘れられるからだ。ニンジャなる怪奇存在に絡まれることも無くなって久しく、この世界に漂着してからもう半年が経とうとしていた。
「イラッシェー!」
「すみません、ザゼンドリンクを1パック」
フォウはもしかすると、一生をこの世界で過ごすことになるかもしれない。だが、それを解決する方法などあるだろうか?自分が何故ここへ来たのかもわからないのに、どうやって帰るかなぞ見当もつかなかった。たぶんこうやって、ネオサイタマの住人として生活するようになるだろうな―そのくらいの考えしか、今のフォウにはない。
「ただいま、セバタさん」
「おかえり!フォウ=サン!」
屈託のない笑顔でセバタが出迎えた。長髪を後ろで結び、PVCハカマを着用した姿に、UNIXのモニタ光が反射している。腕は青くサイバー発光する義手になっていた。淡く光るサイバネアイを細めて笑う彼はおおむね善良に思えるが、実のところ弟を改造・監禁する異常性愛者である。フォウにとってはほとんどブッダデーモンのような存在だ。
「ザゼンドリンクは買ってきてくれた?」
「買いましたよ。はい」
ザゼンドリンクはセバタが好んで買う商品である。なにやら大量に飲んでいるのだが、好物だろうか?
「あんまり飲みすぎないでくださいよ。吐かれたら、そうじ大変ですから」
「ハハ!悪い、でもさ、ホラ、何でも使えって言うだろ」
セバタは笑って言った。そして、指でLAN端子を持つとフォウに言った。
「そうだなあ、フォウ=サンは少し待っていてくれよ。しばらくしたら、ゴハン作るからさ」
そう言って、目を閉じ、LAN端子をジャックインすると、ザゼンドリンク4瓶をグラスに入れて一気飲みした。
「はッ、あああ・・・」
サイバネアイの右目がチカチカと明滅し、白目を剥いてがくがく身体を震わせる。そして、糸が切れるように倒れ、キーボードに頭を突っ伏した。コトダマ空間なるものに入った、ということらしい。もっとも、フォウにはラリっているようにしか見えないのだが・・・
(((やっぱり狂人は狂人だな)))
フォウは思い、用意してくれた寝室に針路を変えた。
フスマを開けると、一筋のシワもない、整然としたフートンがフォウを出迎えた。奥にはやはり整然と、「不如帰」とショドーされている。セバタの几帳面と手先のワザマエが発揮されたのであろう。寝心地は想像以上に良さそうだが、フォウはまだ寝る気は無かった。ごそごそとタンスから手帳とペンを取り出す。自分のこれまで体験したことを書くつもりなのだ。
「ええと・・・・・・??」
だが、フォウには重大な問題があった。ボールペンが使えない!エンピツが無いかどうかも探したが、発見できなかった。発見できないからには書くこともできない。苦慮とともに、フォウは手帳をしまった。無意識にショドー紙を殴りつけようとして、左腕で押さえる。ストレスが溜まっている証拠だろうか?
「どうしようか…」
壁にもたれかかりひとりごちる。なんとなく、自分の腕がなまっているような気がして恨めしい。どうごまかしても、心の奥底で自分は戦いを求めているのだ―自分が病的に嫌がっていた戦いを。
重金属酸性雨はその思いをも洗い流すように、箱舟伝説の豪雨めいて降り続けていた・・・
ーーーーー
酸性雨が降り続ける。降る酸性雨は免疫の無い市民を殺し、機械を錆び付かせる。屋根無い限り、酸性雨からは逃げ出せない。
「・・・」
それは、
だが、ブッダも彼女に対する慈悲を持たない。この街で、神など信じない方がよいだろう…だが!
「…!」
ホーリーブッダ!彼女は生きていた!双眸を開き、機械的に辺りを見渡す。黒い髪と瞳は、
「イプシロン」
彼女は喉に繋がれたコードを震わせ、そう言った。だが、その声には何の感情もこめられていない。まるでUNIXの合成音声の如く無機質である。立ち上がり、当ても無く歩き始めた。右腕がキシキシと音を立てる。…ブッダ!彼女は一体何者だと言うのか!?
ーーーーー
「おうい、フォウ=サン!ゴハンできたぞ!」
「…んぁ、はい…」
死んだように壁にもたれかかり、眠っていたフォウはセバタに叩き起こされた。考え事をしていると、なんだか眠たくなってしまった。結局自分の疑問にケリをつける事はできず、そのまままどろんでいたのだった。
「ホラ、久しぶりに頑張ってみたんだ。成せば成るもんだな!」
チャブ・テーブルに奥ゆかしく並べられているのは、スシソバであった。スシがソバにトッピングされている。
「こ…れは、食えるんですか」
「食えるよ!ダイジョブ、任せとけ」
恐る恐る、すすってみると…ソバ・ツユとソバ・ヌードルが絶妙なバランス!オイシイ!フォウは夢中ですすっていた。
「ハハハ、随分がっついてるな。落ち着いて食べな、急いだヒキャクがカロウシしたって言うだろ」
そのコトワザの意味はよくわからなかったが、フォウは一呼吸おいて、目を輝かせてセバタを見た。
「…すいません、ぼくこんなおいしい物食べた事なくて」
「そら面白いジョークだ!ハイスクールでもそんなの聞いたこと無いぜ」
「違いますって!本当です!」
恐れていたはずのセバタの優しみに触れ、フォウは初めて楽しくセバタと語り合っていた。時は日没に差しかかろうとしている。…日没しても、大して明るさは変わらないが・・・
ーーーーー
少女は歩く。義手の状態はキシキシという音にしては順調である。…ネオサイタマにおいて女性が一人出歩くことは、死地へ赴くことに等しい。だが、彼女にはあまり人が近づかなかった。ファック&サヨナラを趣味とするヨタモノでさえも。何故か?それは、彼女の超然的アトモスフィアが知らず知らずに人を遠ざけていたからである。彼女を前にした人間は、ニンジャとは違う威圧感を憶えるのだ。
「…イプ、シロン、」
断続的に彼女は呟く。まるで壊れたフロッピーのように繰り返す。それしか考えていないかのように。後は、何かを捜すように辺りを見回すのみ…
ーーーーー
「…それでさ、コトダマ空間に行くと、上のほうに黄金の立方体が見えるんだよ」
「それ幻覚かなんかじゃないですか?」
「そんな訳ないだろ!実際フォウ=サンにも見てもらいたいな」
ジョークには聞こえない。マジメに聞いていたフォウであったが、そこは流石に苦笑いした。
「遠慮しておきますね」
「それで、いろいろ調べてみたらさ」
セバタの語り口が急に真剣になった。その目は鋭くなり、顔から笑顔が消える。フォウも連鎖的に真剣な顔となっていた。
「オヒガンとコトダマ空間って、やけに似てるんだ」
「おひがん?」
「アノヨ、って言ったらわかりやすいか。要するに、死後の世界ってやつ」
死後の世界…フォウは固唾を飲んだ。自分の今まで殺してきた相手は皆、そこにいるのだ。
セバタが語りを再開した。
「まあ、とにかく、そことコトダマ空間は似ているんだ。黄金立方体、七つのトリイ・ゲートウェイ・・・」
ーーーーー
「…イプ…」
一体どこまで、この少女は歩くつもりだろうか?動きにまったく疲れは見られないが、ネオサイタマの工場ばい煙と、酸性雨が確実に義手や身体を蝕んでいるはずである。…やがて、ジョルリ人形めいて不自然に倒れた。前のめりに道路に突っ伏す。すぐ立ち上がろうとするが、突如、頭をかかえ苦しみ始めた!だが、表情ひとつ変えず無表情、年に反してやや大人びた顔がいっそ不気味ですらある。まるで廃品オイランドロイドだ!そして、不意に宙を向き、憎しみをこめた声で宙空に言った。
「イ…フォ…ウ、……美…咲…!」
ワッザ!?彼女はフォウのことを知っているというのか!?仮にそうであれば、何たるブッダのイタズラであろうか!…酸性雨の騒がしい雨音すらも、彼女のジゴクめいた叫びを掻き消すことは不可能だった。
ーーーーー
「でも、そのオヒガンに行かない限り、本当にそうかわかんないじゃないですか」
「いやさ、それオレがオダブツじゃないか。コワイだよ」
「その昔の本が本当かもわからないでしょう」
セバタの小部屋は、興味を持ったフォウとセバタによる論戦の場と化していた。セバタの仮説についての。その仮説というのは、
「やっぱりよくわかんないですよ、その―コトダマ空間とオヒガンが同じ空間だとか何とかっていうのは」
こういうものである。だが異世界人であるフォウはもちろんのこと、当のセバタも判断しかねていた。それもこれも、確証がないのだ。コトダマ空間はともかく、オヒガンから行って帰ってきた者はいないからだ。頼りになるのは古事記くらいだろう…そこに、かなりマジメな顔をして、セバタが喋った。
「でも、オレはなんとなくそうだと思うんだ。自分の奥底がそう言っている」
「えっ、はい?」
ザゼンドリンクのやりすぎか、セバタは幻聴が聞こえているんだろうか―フォウは本気で、セバタを心配した。すると、セバタはヘラっと笑って見せた。
「あの、大丈夫ですか?」
「ジョークだよ、まさか信じてないよな?頼むぜ、フォウ=サン!」
「ええ、はあ…」
せっかく温まっていた堪忍袋を冷やされてしまい、フォウは肩透かしを食らったように思ってその場にへたり込んだ。そこに、セバタが座り込む。
「いやさ、あんたの言うコトも間違ってないと思うんだけど」
セバタはいたって穏健に、議論を振り出しに戻した。
ーーーーー
少女は、だんだんと歩く半径を絞っていった。彼女のサイバネアイと未知のパワをもって、
「…!」
そこに、窓へ映る人影。そこから一瞬見えたのは―金色に光る髪、無垢そうなヒスイめいた眼、燃えるような赤い角。間違いない!少女は耳から伸びる耳栓めいたコントロールロッドを、耳に挿し込んだ。電子音声が耳から流れる。
「操縦者、座標位置確認中」
「操縦者情報確認。パスコードを入力してください」
「
その瞬間!3kmは離れた場所から無数の欠片が少女めがけ飛翔!フシギ!これはいかなるジツによるものか!?そして、無数の欠片が瞬く間に人型を形成してゆく!
「認証完了。
七瀬 楓。賢明なる読者の皆様ならおわかりであろう、フォウ・ミサキの親友である!彼女はみたび甦ったのだ。この残酷なイクサのために!
「オール・システム・グリーン。基本形態に移行します」
時間にしてわずかコンマ数秒、異常な素早さで、七瀬を中心に3m大の赤い巨人が生成された。それはブーメランめいた投擲武器を持ち、まっすぐにマンションの一室を見据えている。そして、
CRAAAAAASH!
「アイエエエエ!!」
ブーメランを投擲!不幸な隣人を巻き込みつつマンションの壁に甲羅めいたヒビを入れた!
ーーーーー
CRAAAAAASH!
「アイエエ!?」
「うおッ!」
セバタの三インチ先の壁に唐突なヒビ!すわ、テクノヤンクの報復か!?
「ブッダミット!フォウ=サン、タンスからMPを」
フォウはすかさず、タンスの引き出しからMP-IIIKを取り出そうと立ち上がった。だが―
DOOOOM!
「アイエエエ!」
「………え」
ナムサン!第二撃がカーボン壁を完全に破壊!だがようやく、この壁を破壊する者が見えた。…しかし、そこに見える巨人は、フォウの想像だにしない存在であった!
「フォウ=サン、さっさと逃げろ―フォウ=サン?」
「…そんな、そんなワケが」
予想外。その言葉が、もっともフォウの心を代弁した言葉だろう。唇が固まり、冷や汗が背中を伝う―彼女はもう死んだ、ぼくが殺したのだ―では、なぜここにいる?
「フォウ=サン!」
「!!」
はっと、セバタの叫びで我に帰った。
「フォウ=サンはさっさと逃げろ」
「でもセバタさんは!」
そう言うと、セバタはぐっと笑って言った。その目には、奥ゆかしく悲壮な決意が浮かんでいる。
「オレは、兄なんだ。弟を助けない兄にはなりたくない」
そこまで言うとセバタは、ぽん、と力強く肩を叩いた。
「これでお別れだ。オタッシャデー!」
フォウは精一杯に笑顔を作って、ものも言わず駆け出した。だが逃げる気は無い。
自分で撒いた種は、自分が片付けなければならない!
「…困ってる奴を助けないのは腰抜け、だよな」
セバタはそう呟くと、まだ壊れていないフスマを開けた。無数のコードにつながれた弟が見える。そのコードをほとんど断ち切ると、ソクシンブツめいた状態の弟を抱えて足早に出て行った。
フォウは3m大の巨人を前にしてなお、やはり信じられなかった。もう一度、彼は戦うことになったのだ―かつての親友を殺す戦いを。そして、フォウはあの巨人の名を知っている。あの忌まわしい「救世兵器」の名を―
「セブンフォース…!」
今や親友に情け容赦なく刃を向ける少女に、少年はそう呟いた。…和解など望むべくもない。平穏もまた許されないだろう。ああ、ブッダも照覧あれ。これぞ、まさにジゴクだ。どこまでも無慈悲なイクサの幕が、今切られた。
ザ・ソング・オブ・パワ
アドーア・ミー、アイ・アム・サルバーション・ウェポン終
「フラッシュバック、セブン・フォース」に続く
次回最終回です。