闇を抱えた提督がブラック鎮守府に着任するお話 作:はやぶさ雷電
鎮守府の修理はもう終わっていた。
執務室を出て放送室に向かおうとすると、水着を着た艦娘が一瞬見えた。なんだか俺が出てきたのを見て隠れたようにも見える。今後を考えると、いつまでも怖がられているわけにはいかない。艦娘達とのコミュニケーションは増やすべきか。早速声をかけてみることにしよう。
艦娘が見えた曲がり角までゆっくり歩く。ちょっとした会話をするだけ、大したことをするわけでもないのになんだか緊張してきた。そもそも会話って何を話せば良いんだっけ。分からなくなってきた。
不安からか、無意識の内に視線が下がっていく。俺がこんなんでどうするんだと、心の中で自分に気合いを入れる。気が付くと曲がり角を通り過ぎそうになった。その瞬間、急に頭に強い衝撃を受けた。
「さようならでち。」
そんな冷たい声が聞こえた。視界が少し揺れ、音も意識も全てがぼんやりする。そのまま倒れそうになるが、なんとか一歩足を出して倒れるのを阻止する。
「いってぇ!」
めちゃくちゃ痛い。遠のきかけた意識を声を出して引き戻す。ふらつきながら壁に寄りかかって、そっと頭の痛いところを撫でる。血は出ていないようだが、ちょっとたんこぶになってるかもしれない。だんだん視界も元に戻ってきたが、痛みで少し涙目になる。
「な、何で平気でち!?」
全然平気ではないが、声のした方向にゆっくりと体を動かして視線を向ける。その声の主はさっき俺が見た、水着を着た艦娘だった。その手には魚雷を握っている。
・・・魚雷?
衝撃でよく分からなかったが、硬いもので殴られたような気もする。
「その魚雷で俺を殴ったのか?」
彼女は魚雷を慌てて後ろに隠して、そっぽを向いて黙ってしまった。
「爆発はしない?」
「信管は抜いてあるでち。」
一つ息を吐いてばつが悪そうに答えた。俺も彼女の回答を聞いて、安堵の息をついた。
「司令官?何かありましたか?」
朝潮の声がする。恐らくここでの声か、殴られた時の音が聞こえて不審に思ったのだろう。朝潮の声を聞いて彼女は顔を青くする。朝潮っていつも皆に怖がられていないか?
そして二人の目が合う。それと同時に彼女は逃げ出そうとしたが、朝潮の方が一歩早く動きだし、すぐに捕まってしまった。
「ようやく捕まえました。あなた達が姿を隠している間に、こっちは襲撃を受けて大変だったんですよ!?どこに居たんですか!どうして敵の接近を教えなかったんですか!!」
「朝潮、ストップ。落ち着いて。」
珍しく朝潮が熱くなり、声も大きくなっていく。だが冷静さを完全に失っているわけではないようで、俺の声を聞いてすぐに止まった。だが彼女に向けている視線も、掴んだ手も離さなかった。
「少し、話を聞かせて欲しい。朝潮も手を放してあげて。」
彼女は小さく頷き、朝潮もゆっくり手を放した。
「まずは自己紹介しようか。俺は黒鋼光夢、ここの提督になったばかりの者だ。君は?」
すぐに返答はないが、黙って待つことにした。そろそろ夕食の時間だからだろうか。周りは静かだった。ゴーヤは怯えたような様子で俯いて、俺と朝潮に視線を交互に向けていた。そして覚悟が決まったのか、逃げられないと悟ったのか、ゆっくりと口を開いた。
「伊五十八です。ゴーヤって呼んでくだち。潜水艦でち。」
うーん、名前を聞いてもピンと来ない。本当に初対面のようだ。
「よろしく。じゃあ、一つずつ聞こうか。まず、何で殴りかかって来たの?」
隣から色々聞こえてきそうだったので手で止める。そのお陰で何も言ってはこなかったが、すごく圧を感じる。
「知らない提督がいたからでち。何かされる前に殺るしかないでち。」
言い方から察するに、潜水艦達は過去に酷い目に遭っていたのだろう。そして新しい提督が来た事で、再び辛い目に遭うと思ってやったという事か。
「なるほど、良い判断だね。」
褒められるとは思っていなかったのだろう。ゴーヤは面食らっていた。
「敵にやられる前にやるのは戦いの基本だろう?俺も同じ状況なら同じことしてる。まあ今回は俺が敵じゃなかったってだけだな。」
俺が敵じゃないと言ったところに一瞬反応を見せる。まだ警戒心は解けていないようだ。まあ仕方ない。そんな短時間でどうこうできるものではないし、気長にやっていこう。
「じゃあ次、他に一緒の
「いるでち。」
「ちなみに、皆潜水艦?」
「そうでち。」
是非皆に会ってみたいけど、このままではゴーヤと同じように襲い掛かってきそうだ。ゴーヤをきっかけに打ち解けるまではやめておくか。
「今までどこで何してたの?」
「鎮守府近海の海底で皆といたでち。」
「襲撃には気付いた?」
ゴーヤは静かに頷いた。
「どうして知らせてくれなかったの?」
「知らせようとしたでち!でも何故か通信が繋がらなかったから・・・。」
間髪入れずに答えが返ってくる。俺の目を真っ直ぐ見返して力強く訴えてくる。俯き気味ではっきり見えなかった表情が今は良く見える。
「そんなはずありません。もし仮に本当ならこちらが気付かないはずがありません。」
今まで黙っていた朝潮が言い返した。確かに朝潮の言うことも一理ある。
「本当なんでち!だから提督がやったんだと思って襲ったんでち。信じてくだち!」
だが、ゴーヤが嘘を言っているようには見えない。
「大丈夫、信じるよ。ゴーヤは嘘をついてない。」
俺がそういうと、朝潮は口を開いて何か言おうとしたが、そのまま呑み込んで下がった。様子を見ていると、あまり疑いが晴れたようには見えない。恐らく、ゴーヤのことは信じられていないのだろう。でも俺のことを疑っている訳でもない。何が本当なのかわからなくなっているのだろう。
この状況で疑ってしまうのも分かるが、艦娘はお互いに背中を預け合って戦う。その仲間を信じられなくなっているのはかなりまずい状態だと思う。朝潮が他の皆との関わりを最低限にしていたのも原因の一つなのだろう。
「じゃあ最後に一つ。襲撃前からだと思うけど、どうして隠れてたの?」
ここまで一度も出会わなかった。姿すら見ていない。更に朝潮のあの反応、しばらく帰ってきていなかったはずだ。
「疲れたからでち。帰ってきても即再出撃、もううんざりでち。」
「・・・そっか。」
ゴーヤはそれ以上何も言わなかったが、俺もこれ以上聞かなかった。彼女の表情からなんとなく察してしまった。
潜水艦は燃費が良く、隠密性が高い。それを利用して休みなく資材をとりに行かせるところがあると噂で聞いた事がある。まあそれが原因か、別の理由かはわからないけど。
「はい、終わり!質問多くなってごめんね。じゃあ後は自由にしてて良いよ。もちろん他の
手をパンと叩いてこの重苦しい空気を崩す。出来る限り明るい雰囲気を作ってみる。
「え、何にもないでちか?罰とか・・・。」
あまりにも予想外だったのだろう。拍子抜けしたような顔になっていた。
「して欲しいなら考えるけど、俺は別に良いかなって思った。最低限仕事はしてくれたみたいだし、それ以上をしてくれるかどうかは俺の問題でしょ。」
鎮守府近海で隠れながら敵の接近を発見し、報告しようとした。やっていること事態は近海警備と大して変わらない。報告が届かなかっただけで、役目は果たしたと言えるだろう。
「提督の問題・・・?」
問題は俺にある。彼女たちが隠れていた理由が提督だからだ。そして必要以上に働いてもらうには、やってあげようと思って貰えるようになる事。必要以上の仕事を無理矢理させようとしたら、前の提督と変わらないからね。
「力になりたいと思ってもらえるように頑張るよ。」
彼女たちが隠れなくても良いと思えるように。人類のためなんて大層な理由じゃなくても、せめてこの鎮守府の皆のためにと思えるように。