緑谷出久と黒血   作:292299

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狂気の波長について

彼女が寝ている間に、他の家へ僕は預けられた。

その間に彼女は居なくなって、再び会うことはなかった。

お母さんが警察に事情を説明して、僕は何も知らされなかった。

僕は何も知らなかった。

そういう事になった。

お母さんが、おかしくなったのは、それからだ。

 

「お母さん! どうしたの!? 大丈夫!?」

「大丈夫よ、ちょっと切っただけだから」

 

お母さんが腕から血を流していた。

いくつも切った痕があって、すごく痛そうだった。

それから毎日のように、お母さんは腕を怪我していた。

お母さんが血を流しすぎて気絶し、僕は隣人へ助けを呼びに行く事もあった。

僕が救急車の呼び方を覚える頃になると、お母さんは入院した。

 

病院から電話が掛かってきた。

病院へ行くと、お母さんは彼女のようになっていた。

白くて冷たい、彼女のようになっていた。

まるで眠っているようだった。

その意味を僕は知っている。

 

「緑谷出久くんだね。お父さんについて聞きたい事があるんだ」

 

僕を病院まで運んでくれたのは警察の人だった。

 

「お父さんは今、どこにいるのかな?」

「分かんない。ずっと見てない」

 

「それは、いつの頃から?」

「えっと、彼女が居なくなった頃から」

 

「彼女? ああ、君の家で亡くなった子かな?」

 

ああ、やっぱり。

彼女は死んでいた。

悲しむよりも先に恐怖した。

 

彼女は個性をあげる、そう言った。

どう考えても、そのせいで死んでしまったのだろう。

僕のせいで死んでしまった。

罪を告白するのならば今しかない。

それでヒーローに成れなかったとしても構わない。

彼女の死んだ原因を隠すのは、ヒーローの行いではない。

 

本当は察していたはずだ。

おかしく思って、お母さんに聞くべきだった。

それなのに僕は目を逸らし、無知を装っていた。

だって個性を得たと言えば、誰に貰ったのか言わなければならない。

 

「僕に個性をあげたから、彼女は亡くなりました」

「それは、どういう事かな?」

 

「僕は無個性だったんです。でも今は、彼女にもらった個性があります」

「それを誰かに相談したことは?」

 

「いいえ」

「どうして言わなかったんだ?」

 

少しだけ変わる口調。

警察の人は怒っているようだった。

怖いけれど、僕は答えなければ成らない。

それは勇気なんて前向きな物ではなく、後ろから追われているようだった。

逃げるのは止めて、立ち向かわなければならない。

ヒーローとしての僕が、罪を犯した僕を見ていた。

 

いいや、違う。

他の誰でもない。

罪を犯したのは、ヒーローになりたい僕だ。

また僕は自身を切り離して、罪から逃れようとしている。

そうすれば、また気持ちいいのだろう。

そうして浮いてしまう僕を、僕は心に縛り付けた。

 

彼女について僕は話す。

僕が罪を犯した、あの日の事を話した。

すべて話し終えると、僕は児童相談所へ連れて行かれた。

警察ではなかった。

 

「僕は逮捕されないんですか?」

「刑事裁判、つまり俺たちの領分じゃない。おまえの処分を決めるのは家庭裁判所だ」

 

お葬式へ行った。

お母さんとお父さんは骨になった。

ヒーローを望んだ、その結果に思えた。

他人事のように流れる景色を掴み取り、僕の物にする。

そうして切り離した痛みを抱えて、自覚しなければ成らない。

 

痛みで心が潰れそうになる。

でも僕は被害者ではなく、加害者だ。

涙を流して同情を買うのは許されない。

 

もう死にたかった。

でも、それは痛みから逃れる行為だ。

僕は痛みを自分の物として、目を逸らしてはならない。

そうして何度も何度も繰り返して、逃げようとする僕に言い聞かせた。

 

家族を失った僕は、血縁に引き取られた。

でも、最初は優しかった人も、おかしくなっていく。

怒りっぽくなって、いつも見えない何かに追われているようだった。

 

物を投げられる。

棒で叩かれる。

首を締められる。

 

でも彼女に与えられた個性が、痛みを通さなかった。

僕の体は鉄のような強度で、素手ならば逆に怪我を負うだろう。

だから罰を与えるため、その人は車で何度も、僕の上を往復した。

もう、他人の視線に拘らないほど、正気を失っていたのだろう。

その人は逮捕されて、僕は児童相談所へ戻された。

 

僕は痛みを受け入れる。

それとは別に、ヒーローならば救わなければならない。

でも狂ってしまった、その人を救う方法は分からなかった。

何を言っても僕の言葉は、その人に届かなかった。

 

オールマイトならば、どうしたのだろう。

きっと、その人を救うまで、諦めないに違いない。

その人に僕は会いたかったけれど、お医者さんに止められた。

僕を無個性と診断した、あの有名な、お医者さんだ。

 

「君が近付けば、さらに悪化するじゃろう」

「おかしくなったのは、僕のせいですか?」

 

「どうして、そう思ったのかな?」

「最初は優しかったんです。あんな事をする人じゃなかった」

 

「君のせいではない。原因は君に与えられた個性じゃ」

「個性の?」

 

「君に与えられた個性は血液で、流体でありながら鉄のような強度を持つ。本来、このような金属流体は水銀か、あるいは君の体が蒸発するほどの高熱を宿しているはずじゃ。しかし君の体温は、タンパク質が硬化しない程度しかない。面白いじゃろう?」

「面白いんですか」

 

「いや、すまん。興味の出る話題から入ろうと思ったのじゃが、余計な事じゃった。研究者は誤解されやすが、けっして命を軽く思っている訳ではないんじゃよ?」

「お医者さんじゃないんですか?」

 

「研究によって、人を救う医者じゃ。じゃが、金の亡者とも言われておるよ、ホホ!」

「そうなんですか」

 

もしかして今のは、笑うポイントだったのかな?

 

「君の個性は、ある電磁波を放っておる。1から3ヘルツのデルタ波じゃ。これが他人の脳へ届くと自殺衝動を喚起する。これをワシは、狂気の波長と名付けた」

「じゃあ、みんなが、おかしくなったのは」

 

お医者さんは肯定した。

 

「脳の神経発達によって、この電磁波を受けた結果は異なる。未熟な神経回路網であるほどデルタ波の干渉は大きくなり、この狂気の波長に対する抵抗力は弱まるのじゃ。これをワシは4のステージへ分類した」

 

嬉々として語るお医者さんに対して、僕の意識は遠くなる。

それでも僕は、この話を受け止めようと意識を強く持った。

無知から、僕が殺してしまった人々を知るために。

 

「ステージ1、自殺衝動を他者へ転換する」

 

僕を引き取った人は、僕を痛め付けた。

それは自殺衝動に耐え切れず、他人に押し付けたからだ。

 

「ステージ2、自殺衝動に耐え切れずに自害する」

 

お母さんは自身を傷つけていた。

自殺衝動を他人に押し付ける事はなかったけれど、自身に向かってしまった。

 

「ステージ3、」

 

お母さんの精神は未熟だったと、そう言うのだろうか。

そうは思えなかった。

 

「でも、大人です。大人なら子供よりも、心は発達しているでしょう?」

「子供が思っているほど、大人は大人ではないんじゃよ? 他者を傷付け、その他者を傷付けたという事実から目を逸らし、自身を正当化する。他人から受けた痛みを、また他人へ押し付け、自分に都合のいい真実しか見えん」

 

「お母さんは、そうじゃなかった! 僕が無個性と分かった時も優しくて!」

 

ーーごめんね、イズク

 

傷だらけの赤い腕。

白くて冷たい。

死体。

 

「お母さんは優しかったんです」

「ステージ2、少なくとも君を傷付ける事はなかった。しかし自殺衝動に抗うこともできなかった。狂気の波長を相殺するほど、神経は発達していなかった。これは心という曖昧な概念ではなく、物理的な神経の問題じゃ」

 

「お母さんは強かったんです」

「それでも足りなかったという事じゃよ」

 

「あなたは、どうなんですか?」

「もちろん対策を施しておるよ」

 

「対策があるんですか!?」

「波長である以上、その法則に縛られる。障害物に強く、理論上は惑星を射程に収める。しかし混線という性質は変えられん。もっとも、核爆発どころか大地震を超える出力じゃ。同じ波長を打つけない限り、現実的ではないのう」

 

「惑星って、地球全土!?」

「理論上の話じゃ。現実には、そうなっておらん。不思議じゃのう」

 

いつ起動するのかも分からない終末装置と同じ話だ。

もしも狂気の波長が世界に広まったら、どのくらい人は生き残るのだろう。

 

「他に対策はないんですか?」

「脳神経を発達させ、狂気の波長に干渉する余地を与えない事じゃ」

 

「神経の発達?」

「要するに自殺衝動を受け止め、目を逸らさず、それでも生きようとする事じゃよ」

 

生きている、それだけで狂気を振り撒く。

死ななければ僕は、また誰かを殺してしまう。

世界のために僕は死ぬべきなのか。

 

「僕は死ぬべきでしょうか」

「彼の個性を解き明かす前に死なれては困る」

 

愚問だった。

生きる事は正しいのか。死ぬ事は正しいのか。

その答えを他人に求めるのは、責任を逃れようとしているに過ぎない。

尋ねながら僕は密かに、生を与えられる事を期待していたに違いない。

僕の命の責任を、他人に負わせてはならない。

決めるのは僕だ。

 

「ヒーローに成りたいんです。オールマイトのようになりたい。他人に迷惑をかける僕は死ぬべきなのかも知れない。でも、まだ死にたくない。お願いします。狂気の波長を抑える方法を調べてもらえませんか」

 

もしも他人に死ねと言われたら、どうするのか。

生死の問いに、死ねと言われたら僕は、どうしていたのか。

その意思に従って死ぬのだろうか。

僕が死ぬことは決して、悪いことではない。

 

でも、僕はヒーローになりたい。

恋に焼けるように、愛に溶けるように、想い続けている。

ヒーローになりたいと望み、彼女に与えられた。

それが僕に残された全てだ。

 

「僕はヒーローになって死にたい」

 

どんな形で死ぬのかを選びたい。

 

「どちらにしても君を安楽死させる権利は、どこの誰にも許されてはいない。ある日、突然ヒーローがヴィランとなって君を殺さない限りはの。もちろん、君が自殺する権利も与えられておらぬ」

「そう言ってくれて、ありがとうございます」

 

僕は死を背負った上で、ヒーローへ進み続ける。

もしも他人に死ねと言われたら、なんとか説得するしかない。

僕に対して、そう言うのは当然のことで、間違ってはいない。

 

「では、まずは引っ越しじゃ。私の病院へ来てもらう。君の個性を治療するという名目で、後見人に代わる家庭裁判所の許可は取ってある。保護者の件で、ずいぶんと時間は掛かったがのう。あとは君に同意してもらうだけじゃ。子供を働かせるのは違法だから給料は払えんが、その代わりに生活費は掛からんぞ。ホホ!」

「ハハハー」

 

僕を笑わせようとする、この人なりの冗談なのだろう。

僕は空笑いしつつ、そう思った。

 

「あの、さっき僕が遮ってしまったステージ3を聞かせてもらえませんか?」

「ステージ3、自殺衝動を留めるものの受け止め切れん。自害は自制できるとしても、動くこともできないじゃろう」

 

ようやく狂気と拮抗できる、という事か。

 

「ステージ4、自殺衝動を受け入れ、それでも生きたいと願う」

「僕は、それが出来ているのでしょうか?」

 

「家族を失った子供の脳神経が、刺激によって急速に発達するのは前例としてあるじゃろう。むしろ子供であるほど、神経は著しく発育する。もっとも大人になってから、その反動として精神が不安定になるものじゃ。子供の頃は天才だった、という奴じゃよ」

 

僕は今、未来を前借りしている状態なのか。

 

「周囲の環境に求められて大人になる事と、自ら大人になろうと成長する事は、同じように見えて神経回路の発達が異なるのじゃ。歪な環境によって構築されるのは、歪な神経回路網じゃよ」

 

このままでは、いずれ代償を支払う時がやってくる。

環境に追われて大人になるのではなく、自ら大人になる意思を持たなければ成らない。

 

僕はヒーローになりたい。

それは僕の自己顕示欲から来るものなのか。

それとも人を救いたいからヒーローになりたいのか。

あるいはヒーローへ近付くために、ヒーローとなるのか。

 

「ステージ4に、どうすれば成れますか?」

「自殺衝動という過大なストレスを受容できる神経回路の発達じゃ。嫌な感情や記憶から目を逸らせば、その部分の神経は衰え、君の個性が放つデルタ波の干渉を受けやすくなる。このステージ4を言葉として表すならば、受容、感謝、慈悲、忍耐、ユーモア」

 

受容、感謝、慈悲、忍耐、ユーモア

 

「そして死が待っているとしても、希望を持って未来へ進むーー勇気じゃ」

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