緑谷出久と黒血   作:292299

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死から逃れる者はいない

狂気の波長は、当然ながら波長の一種だ。

電圧の測定によって、その波長は数値化できる。

僕も自身の脳波を測定することで、その結果は脳波計へ出力された。

 

脳波は安定しない。

脳波計で線として見れば、先の読めない動きだ。

この波形にリアルタイムでタイミングを合わせるのは無謀に過ぎる。

そもそも僕は、まず自身の脳波を操作しなければ成らなかった。

 

通常、デルタ波は覚醒時に検出されない。

でも僕の年齢ならば、まだ覚醒時に検出される事もある。

今の内に感覚を掴まなければ、やがて睡眠中にしか現れなくなる。

そうなれば薬物によって、脳波を操作しなければ成らない。

 

デルタ波は、いつでも現れる訳ではない。

まずデルタ波を、いつでも出せるようにする。

正確な脳波を知るため穴を開け、電極を埋め込む試みもあった。

でも体に浸透した彼女の個性は異物を認めず、穴を開ける事も叶わなかった。

 

2年目。

小学校の通信教育を受けるために勉強も行う。

雄英高校へ入学するのならば、普通の学校では難しい。

僕の場合、狂気の波長を考えれば通信教育しか選択できない。

雄英高校へ入学する前提の通信教育なんて、人数は限られる。

デルタ波を訓練する時間を削っても、小学校の受験勉強は行う必要があった。

 

しかしヒーローになる選択を捨てれば、デルタ波の訓練に集中できる。

僕がデルタ波の訓練を受けているのは、狂気の波長を抑えるためだ。

彼女に会うという理由もあるけれど、それは僕の個人的な理由に過ぎない。

でもヒーローになる事と、狂気の波長を抑える事は、別件だ。

 

ヒーローを諦めて、デルタ波の制御に専念するべきだ。

ヒーローを目指せば勉強する時間も、肉体を鍛える時間も必要になってしまう。

そう思ってドクターに相談した。

 

「ならば研究者を目指すといいじゃろう。ワシの力を借りられなくなっても、君の力で目的を達成するために資格と財力は必要じゃ。あるいはヒーローとなって、ワシに恩を返してくれると嬉しいぞ、ホホ!」

 

ドクターは僕を治療してくれている。

そのために大きな負担を負っている。

狂気の波長を制御して終わりではない。

 

ヒーローは目的ではなく手段だ。

目的は波長の制御、そのための手段が勉強だ。

ヒーローになる事も手段の1つに過ぎない。

 

3年目。

小学校へ合格し、通信教育が始まった。

勉強に時間を取られ、デルタ波を訓練する時間を削られる。

 

4年目。

デルタ波を意識して出せるようになったものの、気絶する事が多くなった。

何の前触れもなく意識が絶たれ、いつの間にか気絶している状態だ。

これはデルタ波を出せるようになったものの、制御できていないからだ。

食事している途中で皿に顔を突っ込み、物を落として片付け、階段から落ちる。

彼女の個性に体を守られていなかったら、死んでも不思議ではなかった。

こうした意識障害によって、全体の作業速度が低下している。

 

5年目。

デルタ波による意識障害の回数は減りつつある。

デルタ波の制御は安定し、テスト波形と同調する訓練を始めた。

しかしデルタ波の周波数を下げると、意識障害によって先へ進めない。

何度も繰り返し、少しずつ慣れて行くしかないのか。

意識障害の度に訓練が止まるので時間が足りない。

 

6年目、

アルファ波の訓練も始まった。

デルタ波という前例のおかげで、修得は早い。

それにデルタ波と比べれば、アルファ波は安全だ。

デルタ波とアルファ波は、まだ別々に訓練している。

 

7年目。

テスト波形におけるデルタ波の同調は上手くできている。

デルタ波の同調と共に、アルファ波における同調の完成度を高めよう。

 

8年目。

デルタ波からアルファ波へ変化させる訓練が始まった。

中学校の受験にも備えなければならない。

 

9年目。

中学校も通信教育だ。

雄英高校を受験するのならば、肉体を鍛える時間も増やす必要がある。

筆記試験に加えて実技試験もあるからだ。

テスト波形を用いた変化の訓練も始まった。

デルタ波を引っ張るようにアルファ波へ変化させる。

 

10年目。

テスト波形を用いて熟練する。

本番で失敗は死を意味する。

来年は高校受験だ。

でも、オールマイトの母校である雄英高校、そのヒーロー科に通信教育の制度はない。

僕は登校するために、狂気の波長を抑えなければ成らない。

来年に本番を行っても安定させる時間は必要で、他に問題が起こる可能性もある。

雄英高校を受験するのならば、余裕のある今年中に本番を行う必要があった。

 

 

実験の参加者は、僕とドクターだ。

外部から完全に隔離された部屋で行う。

僕も来たのは始めてだけど、病院の地下は専門の施設があるらしい。

電極を脳のある頭と、彼女の脳である心臓の位置へ設置する。

人口呼吸器を装着し、目を閉じた。

 

《10ヘルツ》

 

僕は開始時の脳波から、意識して周波数を下げる。

脳波は電気活動を現し、完全に起きている時はベータ波だ。

しかし、僕の脳波10ヘルツはアルファ波となる。

日常生活の間も脳波を制御するために、アルファ波の波長を意識していた。

言うまでもなく意識障害の恐れがあるデルタ波に比べれば、アルファ波は安全だ。

現在の波形に揺れは少なく、非常に安定していると言えた。

 

《5ヘルツ》

 

デルタ波は1から3ヘルツと言われている。

とは言え絶対ではなく、1ヘルツ程度の誤差はある。

そもそも電極を介している時点で、誤差はあるものだ。

 

《4ヘルツ》

 

とても眠くなり、何もする気が起きなくなる。

しかし、そうすれば意識を失うので、僕の行うべき事を考える。

肉体から意識が剥離するような感覚に陥った。

肉体を自分の物でないように感じ、今は何をしているのか分からなくなる。

僕という部品を感じ取る機能は停まり、意識も解体される。

最後まで残るのは、余分な機能を削り落とされた、最小単位の僕だ。

 

《3ヘルツ》

 

彼女の波長も脳波計に出力されている。

しかし僕は、それを目視できない。

単純に見えていなかった。

外から刺激を受ければ、すぐに僕の波長は変わる。

だから僕は今、ほぼ外界と断絶している状態だ

 

《2ヘルツ》

 

僕の波長を変化させ、彼女の波長と重ねる。

問題は、どうやっても波長を感じ取れないことだ。

僕に波長を感じ取る個性はない。

当然ながら20ヘルツ以下は可聴域の外にあり、音として聞き取れない。

 

見えず、聞こえず、何も感じない。

頼りになるのは、これまで受けたテスト波形による訓練だ。

 

《1ヘルツ》

 

まずは様々なパターンを試し、彼女の波長へ接触を計る。

彼女の波形へ近づくほど、狂気の波長は大きく感じた。

彼女へ近づくという事は、狂気の波長へ近づくという事だ。

 

直接に向かうのではなく、わざと遠回りをする。

これは近づくほど、狂気の波長へ引っ張られるからだ。

遠回りをしていれば引っ張られても、狂気の波長へ突っ込む恐れはない。

円を描くようにグルグルと回りながら、彼女の波長へ接近する

じつは僕からも狂気の波長を引っ張っているけれど、相手が大きすぎる。

例えるならば、星の引力に捕まったようなものだ。

 

少しずつ速度を落とす。

狂気の波長は、僕の意識を絡め取っていく。

速すぎれば意識は耐えきれず、遅すぎれば捕まってしまう。

そうなれば狂気の波長ヘ突っ込み、僕は脳死する。

最終的に波長の相対速度を、ゼロにするのだ。

しかし、

 

《0.5ヘルツ》

 

周波数が、さらに下がった。

狂気の波長に絡め取られ、もう離脱は叶わない。

すでに彼女と僕は共鳴を起こし始めている。

彼女の波長が、僕を誘っていた。

 

1つになりたい。

愛し合いたい。

同じ物になりたい。

私と同じものになってほしい。

 

《0ヘルツ》

 

 

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お母さんが僕の首を絞めている。

見たこともないくらい怒って、歯を剥き出していた。

僕は口をパクパクと開けて、涙を流していた。

 

「おまえなんて、うまなければよかった」

 

こんな記憶はない。

お母さんに首を絞められた事なんてない。

お母さんは、そんな人ではなかった。

こんな事は起こらなかった。

 

重要なのは、目を逸らさない事だ。

その光景を否定して、見えない物にしてはならない。

その光景を受け入れて、その光景の意味を考える。

そうして分かった。

 

「ああ、そっか」

 

これは僕の自殺衝動だ。

お母さんが死ぬのではなく、僕が死ねばよかった。

僕の首を絞めているのはお母さんではなく、僕なのだ。

 

床に倒れた僕を、お母さんは蹴る。

蹴られた所は青くなり、僕の体は変色していく。

まるで他人事のように、それを見ていた。

 

「どうして僕を蹴るのだろう」

「おまえが悪いことをしたからよ」

 

「そうすれば僕は悪いことを止めるのかな」

「こうして痛めつければ、もう悪いことをしなくなる」

 

「どんな悪いことを僕はしたのだろう」

「生きていること」

 

「生きることは悪なのかな」

「生きているだけで迷惑なの」

 

「じゃあ、どうすれば僕は生きる事を許されるのだろう」

「死ね」

 

斬死

 

圧死

 

絞死

 

毒死

 

水死

 

死、死、死、死、死。

辺りを見回せば、僕の死体が積んである。

どれほど殺されたのか分からないくらい山となっていた。

 

でも、不思議と安心感があった。

こうして死ねば、もう痛いことはなくなる。

苦しんで生きる事もなく、もう何も考えなくて済むのだ。

 

それが自殺衝動。

苦しみから逃れるための行い。

死んでしまった僕の目は虚ろで、なにも見ていなかった。

 

「死ねと言われても仕方ない。でも、まだ、やることがある」

 

受け入れて、前へ進む。

忘れるのでもなく、目を逸らすのでもなく、誤魔化すのでもない。

心の痛みは消えず、それを抱えたまま、生きるのだ。

 

行こう。

 

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目を覚ますと、ドクターの顔が見えた。

ベッドで横になっている僕を、上から覗き込んでいる。

 

「おお、目が覚めたか、どうじゃ? 体に違和感はないか?」

 

とても楽しそうにドクターは言う。

僕は、

 

「だれ?」

 

と不思議そうに言った。

僕の意思と関係なく体は動き、ベッドから起き上がる。

おかしい。視点が低すぎる。まるで子供だ。

 

「君の名はラグちゃん、ワシの子じゃ!」

「えー?」

 

すごく嫌そうだ。

これは僕ではない。

誰かの体に入り込んでいる。

 

おそらく、ここは病院の地下だろう。

窓はなく、ガラスもなく、ドアは1つだ。

換気用の小さな穴が2つ、部屋の端から風が流れていた。

 

「まずは知能テスト、その後は体力テストじゃ」

「えー?」

 

嫌そうにしつつも、ドクターに大人しく従う。

不思議とドクターの声を聞いていると従いたくなる。

移動の途中で、お手洗いの鏡に映し、今の姿を知った。

 

「子供はかわいいなー」

 

そんな事を言いながら、自分の髪をいじる子供。

彼女の姿を見るのは10年ぶりだった。

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