あいかわらず、体は自由にならない。
彼女の思うように動き、僕は見ているに過ぎない。
これは僕の脳が、彼女の波長に干渉されているのだろう。
僕の脳が乗っ取られて、彼女の脳として機能しているのだ。
彼女の記憶に僕が入ったのではなく、彼女が僕の脳に侵入している。
彼女は個性を自由に扱い、体内の血液から剣を作り出していた。
それは体積は明らかに、子供の血液量を超えている。
しかし、どこかへ血液を蓄積している様子もない。
彼女の個性は体積を変えないまま、血液を圧縮しているのか。
ドクターは死体を、原形すら残らないほど改造する。
僕の見たことのないドクターの姿だ。
悪意もなく殺意もなく、ただ楽しそうだった。
これは僕の妄想という訳でもないだろう。
ドクターは作品に愛着を持って愛称を付けている。
彼女も死体から作り出された、その1体らしい。
そんなドクターに対して、彼女は嫌う訳でも怒っている訳でもない。
「ボクも他人のことは言えない性癖だからなァ」
それは共感ではなく、後ろ向きな同情だった。
他人の性癖を悪く言えば、自分の性癖も悪く言われて仕方ない。
彼女にとって重要なのは、他人の命よりも同族のドクターだった。
そういう彼女の性癖は、壊れている人間だ。
死体を見ると抱きしめたくなって、胸から溢れ出る感情がある。
それは冷たい感情ではなく、温かくなるもので、それこそ彼女の愛だった。
病院の地下に彼女は軟禁されている。
軟禁と言っても彼女の意思に近く、強引に脱出する事は可能だ。
ドクターに言われたから地下に留まっている、その程度の理由だった。
そんな彼女は叶えたい夢を持っている。
愛を知らないまま死にたくない、という願望だ。
なぜか彼女は理由もなく、生き急いでいた。
与えられた命が短い訳でも、死体から作られた体が弱い訳でもない。
いつも死ぬ可能性を捨て切れず、その前に願いを叶えたい様子だった。
もしかすると死んだ時の記憶を覚えていて、それに急かされているのかも知れない。
「ドクター、ボクは恋をしたい。だから外に出して」
「ラグちゃんの頼みでも、それは無理じゃ。繁殖機能は付けておらん」
すると呆れたよう彼女は言う。
「ドクター、人と愛し合う方法は繁殖だけじゃないよ」
「女の子の死体なら用意できるんじゃが、それではダメか?」
「おねがい、ドクター。ボクは武器だから、使い手がいないとダメなんだ」
「ううむ、まだ次の製造まで時間が掛かるからのう」
「波長の合う相手じゃないとダメだよ。誰でも良い訳じゃない」
「知能が高すぎるのも問題じゃな。次は、ほどほどにしておいた方が良いかも知れん」
「ボクは恋を探しに行きたいんだ」
ドクターは折れて、彼女を外出させる。
その代わりとして、彼女に発信機を埋め込んだ。
ワープの個性によって、病院から離れた所へ送られる。
身元の分かる病院服は脱がされ、男の子の服を着ていた。
彼女は男女も構わず声をかけ、そして愛す。
彼女にとって愛すという事は、他人にとって殺すという事だ。
だからと言って殺したい訳ではなく、愛したいから殺すのだった。
でも、彼女の求める相手ではなかったらしい。
殺して、殺して、殺して、死体の中身を覗くように探し続ける。
そんな事をしていたものだからヴィランとして周知された。
何も知らないまま店に入った彼女は、警察官に取り押さえられる。
不利と悟って狂気の波長を解放し、人々を発狂させた。
ヒーローが駆け付けた時、すでに彼女は姿を消していた。
そうして逃走に成功した彼女は隠れ潜むようになる。
そんな彼女は気の向くままに移動する。
でも、僕の知っている風景へ近付いていると僕は分かった。
彼女に自覚はなくても、まるで最初から僕を目指しているようだった。
その途中で会った人を、勘違いで殺しているのかも知れない。
そうして彼女は誘われるように、子供の頃の僕を見つけてしまった。
その時に感じた衝撃こそ、恋なのだろう。
彼女は一目で、運命の相手と分かった。
でも、同性という問題がある。
だから彼女はワンピースに着替えた。
名も知らない少女の首を切断して、その服を奪った。
泣き叫ぶ保護者も同じように殺して、無感動のまま捨て置いた。
愛すために殺すのではなく、奪うために殺した。
そうして彼女は、僕の前に現れた。
彼女の起こした事件について僕は知らなかったのか。
きっとヒーローが絡まなかったから、見逃してしまったのだろう。
僕はオールマイトの動画ばかり見ていたから、彼女と一緒に、ずっと。
そして、あの日だ。
無個性と告げられて、ヒーローになりたいと願った。
彼女から見ると歪んでいた僕の笑顔も、彼女にとっては嬉しい物だった。
彼女の見ている世界は、僕の見ている世界と違った。
他人にとって疎ましい死体を、彼女は美しいと感じる。
他人にとって歪んだ笑顔を、彼女は好ましいと感じる。
彼女の壊れた神経回路は、視覚から入った情報を変質させている。
でも彼女は正常な部分によって、他人と見える世界が異なる事を知っていた。
彼女の半分は人間で、彼女の半分は人間ではない。
だから彼女は願うのだ。
1つになりたい。 (1つになれない)
愛し合いたい。 (愛し合えない)
同じ物になりたい。 (同じ物になれない)
私と同じものになってほしい。 (君と同じものになりたい)
「ーー好きです。 ("ボク"を好きになってほしい)」
そう言い逃げして、彼女は去ってしまった。
僕の答えを聞きたくなかったのだ。
愛してほしいけれど、愛されることを信じていなかった。
愛されるまでは死にたくないけれど、愛されるのならば死んでもいい。
全力で見当違いの方向へ投げつけた、投げやりな愛だった。
ここに残っているのは、彼女の亡骸に過ぎない。
彼女は人殺しだった。
彼女はヴィランだった。
彼女は彼女ではなかった。
君が何であっても、
それでも僕は、君を受け入れる。
君に悪い所があっても、良い所もあると知っている。
だから10年も待たせてしまった答えを返そう。
「君を愛している」
彼の波長は、僕の波長と重なった。
完全に一致した波長は、その出力を跳ね上げる。
彼の力を借りて、彼の波長を引き上げ、僕は上を目指した。
僕の脳内は、真っ暗だった。
上下左右も分からないけれど、とにかく上だ。
そうして脳波を上げれば、意識は起き上がって何とかなる。
しかし進んでいるのか、止まっているのかも分からない。
頼りになるのは、この10年で磨いた脳波を操作する感覚だ。
進んでいることを信じて、上がっていることを信じて、全力で突破を試みる。
「君を救いたい! それが僕のヒーローとしての在り方だ! 誰かの借り物じゃなくて、それが僕自身から湧き上がった願いだ!」
それは胸から溢れ出るように、自然と零れ落ちた。
「ーー僕は、君を愛している!」
僕と君は互いに愛し合って、もう永遠に交わることはない。
「届け! 届け! 届け! 届けぇ!!」
君を失ったことを受け入れ、それでも君を愛し続けよう。
君を失った痛みを、永遠に感じ続けよう。
僕は死んでも、君を忘れない。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」
泣き叫ぶように心の声を上げる。
焼けるように恋をして、溶けるように愛をした。
すでに終わってしまった恋に焦がれ、過ぎ去ってしまった愛に溺れている。
脳内の暗闇に、光が差し込んだ。
まるで星空のように、あちこちへ光が灯る。
電気活動の活発化は、周波数の上昇を示していた。
ドクターの示した。
そうだ、これが、
「ーー魂の共鳴!!」
もっと早く、早くと星空へ駆ける。
駆け抜けた後の光は、流星のように過ぎて行った。
やがて世界は光に満ちて、すべての闇を打ち払っていく。
目を覚ますと、病院の一室だった。
閉ざされたカーテンの向こうから、淡い光が差し込んでいる。
全身に取り付けられた電極は、どこかへ情報を送信していた。
長い夢を見ていたようだ。
それを現実とするために、僕は手を動かそうと試みる。
しかし脳死している間に障害を負ってしまったのか、まったく動かない。
だから彼に頼んで、腕を持ち上げてもらった。
そうして彼の使っていた剣を出してもらう。
僕の手から涌き出た黒血は、その剣を形作った。
彼が遺した個性で、彼の遺した愛情だ。
これこそ彼の、終末を告げる剣だ。
彼の銘はーー魔剣ラグナロク