雄英高校の広大な敷地にある、嘘の災害や事故ルーム。
そこまでバスで移動した僕らは、ヴィランの襲撃を受ける。
見覚えのある黒い霧から現れたのは、たったの3人だ。
全身に手を貼り付けた変な人、この人は知らない。
黒い霧の人、ドクターへ会いに来た人だ。
改人脳無、ドクターの製造物だ。
「ーー起きろ、ギャラルホルン」
僕に狂気の波長を感じ取る機能はない。
でも彼を通して、それを僕は感じ取った。
止める間もなく狂気の波長は、空間に波動となって広がる。
そうして、みんなの脳に叩き込まれた。
「あああああああああああ!?」「いってーんだよ、クソ!!」「死ね! 死ね! 死ね!」「痛い! 止めて!」「死んでくれよぉ!」「助けてー!」「ぎゃああああああああ!!」「苦しい」「やめろー!」「気持ち悪い」「僕は違う!」「うわああああああ!」「うぜえええ!!」「死にたい」「消えろ! 消えろ!」「オレは悪くねえ!」「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」「おまえのせいだ!」「ひいいいいい!!」「死にたくない!」「やだあ!!」
互いに傷つけ合い、あるいは自傷を試みる。
一瞬にしてクラスは崩壊し、どうしようもなくなった。
あっちこっちで個性が暴発し、とても危険な状態だ。
「先生! 動けますか!」
相澤先生の個性は、視覚を通して個性を打ち消す。
それはヴィランではなく生徒に向かって使われ、最悪の事態を防いでいた。
優先して消すべき個性もあり、すべては救えない。
最も警戒すべき、炎と氷の広範囲攻撃は行われていないようだった。
相澤先生も動けないのか、地面に座り込んでいる。
先生も痛みを受け入れる事はできなかったのか。
過去に僕が抱えていた狂気の波長よりも、影響は強いのかも知れない。
「これは何だ、緑谷」
僕は襲いかかる生徒を、遠くへ投げ飛ばす。
今のは、たしか峰田さんか。
「狂気の波長という、自殺衝動の現れです!」
止める方法はドクターに示されている。
自殺衝動を受け止め、それでも生きること。
あるいは、あの頃は現実的ではなかったけれど同じ波長で相殺する。
彼と共鳴している今ならば、それは可能なはずだ。
「僕の個性で相殺します!」
「待て、緑谷。その波長が電磁波の事ならば適任がいる」
たしかに、移動できる僕まで足を止めるのは厳しい。
「相澤先生! 生徒に戦闘を強いるつもりですか! 撲のブラックホールで防衛し、彼の個性で相殺するという方法もあるでしょう。相澤先生の案では、緑谷くんが僕達を防衛する事になります」
どうしようもなく抗戦する事と、積極的に戦わせる事は違う。
しかし、
「いいえ、13号先生。あのモヤモヤしたヴィランの個性はワープゲートです。13号先生のブラックホールは逆に利用される恐れが高い」
そう言ったのは相澤先生だった。
当然ながら霧のヴィランと、改人脳無の個性は伝えてある。
でも、全身に手を貼り付けた変なヴィランは知らなかった。
狂気の波長を放っているのは、あの手のヴィランだ。
「やれ、脳無」
「了解」
動けない先生へ、その巨体が迫る。
僕は黒血から黒剣を作り出し、尖った刃を向けた。
「おっと、よそ見をしていいのかい? 君の相手は私だろう!」
そこへオールマイトが横から殴りかかる。
すると鉄を殴ったような重い音と共に、改人脳無は吹っ飛ばされた。
オールマイトは、やはりすごい。
オールマイトは自殺衝動と向き合えているらしい。
そういえば彼の予知に、なぜかオールマイトは出ていなかった。
先生に相談した事で、未来は変わったのだろうか。
「オールマイト、助かりました!」
「こっちは任せたまえ!」
先生を守らなければ成らない。
手と霧のヴィランが、やってくる。
そして手のヴィランは、生徒を掴んで言った。
「下手に動けば、お友達がチリになるかもなぁ」
たしか生徒の名は、轟さんだ。
まるで爆破されたような有り様で、気絶している。
誰かに殴られたようで、頬は腫れ上がり、目の下の骨が折れているようだ。
自殺衝動に襲われた生徒は手加減も期待できず、殺す気で殴り倒されたのだろう。
人質のせいで、13号先生のブラックホールを展開できない。
ブラックホールを展開できないから、狂気の波長も吸い込めない。
狂気に追われた生徒の状態は、時間と共に悪化する。
5分も経てば、死人だって出るだろう。
「くやしいよなぁ。ヒーローは人質がいたら、なーんにもできないもんな?」
「先生!」
僕は飛び出し、黒剣を振る。
相澤先生によって個性を消されている間に、轟さんの片腕を斬り飛ばした。
切断面を黒血で固めたものの、片腕を斬り落としてしまった事に違いはない。
切断したのは心臓から遠い右腕で、切断と同時に止血できたのは幸いか。
斬り落とした右腕はヴィランの個性に侵食され、完全に崩壊してチリと化した。
ヴィランの個性は、崩壊と言った所か。
突き出されたヴィランの手を避ける。
避けたと思って、その手から生えたのは大きな鎌だ。
気絶したままの轟さんを掴み、先生の方へ投げ飛ばす。
するとヴィランの大鎌に横から薙ぎ払われ、僕の胴体は両断された。
肉から血管・神経・臓器・骨に至るまで切断された。
激痛で意識が飛びそうになる。
しかし、痛みを受け止め、耐えるのだ。
ここで意識を手放してはならない。
僕の大半は黒血で構成されている。
血液と神経は言うまでもなく、臓器と骨も黒血で代用できる。
大鎌に断たれた僕は、彼によって繋ぎ合わされ、元の形に戻った。
「やはり黒血か」
ヴィランの大鎌と、僕の黒剣。
彼の個性が量産されている可能性に気づいた時点で、警戒するべきだった。
「おい、チートだろ。そこまでやったら人として死ねよ」
「貴方たちは、そうではないのですか?」
僕のように黒血で肉体を代用できないのか。
それはヴィランの脳が、正常な事を示している。
僕のように生きているふりの、なんちゃって脳ではないのだ。
もしかすると超回復の個性も積んでいないのか?
超回復を積めるのならば、積まない理由はない。
ならば個性の付与に制限でもあるのか。
「しまった!」
「13号先生!」
いつに間にか13号先生が、自滅している。
ワープゲートでブラックホールを返され、防護服ごと半身を引き千切られた。
13号先生でなかったら死んでいたほどの重傷だ。
もう狂気の波長を相殺する余裕はない。
「あなた方には退場していただきましょう」
ワープゲートのモヤモヤが、相澤先生を飲み込み、消える。
相澤先生の側に投げた轟さんも、ついでに巻き込まれた。
ヴィランの大鎌は付近の生徒に降り下ろされ、それを僕は防ぐしかない。
自由に動けない僕も、モヤモヤに包まれようとしていた。
「待てよ、黒霧。お友達が殺される所を、こいつに特等席で見せてやろう」
「ノーライフ・ホルダーは厄介ですよ。手足が取れても噛みついてくるものです」
「斬ってダメなら、壊しても復活するか試してやるさ」
ヴィランに手を掴まれ、僕の腕は崩壊する。
仕方なく切断すると黒血が生え、失った腕の代わりとなった。
「おい、死ね」
「お断りします」
黒霧と呼ばれたヴィランは横から言う。
「だから言ったではありませんか」
「ムカついた。こいつは殺す」
あとはオールマイトと僕しかいない。
狂気に囚われた生徒を人質に使われると弱い。
おまけに暴れ回っている生徒も、襲いかかってくる。
だからと言って、見捨てる事もできない。
せめてヴィランの足を止めるために口を開いた。
「どうして、こんな事をするのですか?」
「あれを、どう思う?」
ヴィランに指し示されたのは、オールマイトだ。
改人脳無と殴り合っている。
「オールマイトの攻撃は効いていませんね?」
「そうじゃない。もっと広い視点から、暴力についての話だ」
「あの殴り合いのことですか?」
「ヴィランに対する暴力は許されるのに、なぜヒーローに対する暴力は許されない」
それは法で、そう決まっているからだ。
人を裁くのは法であって、人であってはならない。
あらゆる暴力に罪があり、しかし法によって免責されているに過ぎない。
法によらない罰は、人による罰であり、私刑という。
「ヴィランに対する暴力の一部は、法によって免責されるからでしょう」
「おかしいだろ? 同じ暴力でも、ヒーローとヴィランにカテゴライズされ、善し悪しを決める」
法に人という要素を混ぜるほど、公正ではなくなる。
法に人という要素を混ぜるほど、私刑に近づくのだ。
法は善でも悪でもなく、ましてや正義でもなく、心ない鋼鉄の歯車に過ぎない。
「たしかにヒーローは職種で、ヴィランは人物ですから、警官と犯罪者を善悪に分けるようなものですね」
「なにが平和の象徴だ! しょせん抑圧のための暴力装置だ! 暴力は暴力しか生まないのだと、オールマイトを殺すことで世に知らしめる!」
そうだったのか。
「あなたは暴力を向けられたくなくて、その痛みを他人に押し付けたいのですね」
この"人"も苦しんでいるのだ。
「あなたは、どうして、そうなったのでしょう。あなたに暴力を与えたのは誰だったのですか?」
「おい、黒霧。こいつ頭おかしーんじゃねーか?」
「そうでしょう、そうでしょう。やはり目の届かない所へ行ってもらいましょうか?」
すさまじい音と共に、改人脳無は殴られる。
改人脳無は天井を突き破り、どこかへ飛んで行った。
勝ったのはオールマイトだ。
「さてとヴィラン。お互い早めに決着つけたいね」
「チートが!」
オールマイトに気を取られている、今だ。
アルファ波からデルタ波へ波長を下げる。
それは再び彼を、狂気の波長へ戻すことを意味していた。
波長の低下と共に、肉体から意識は剥離する。
でも以前のように、感覚を切り離す必要はなかった。
すでに僕の脳は機能を停止し、不可視の脳となっている。
脳波の存在によって実在を証明される脳は、正常な生体の活動を必要としなかった。
肉体から剥離した意識は拡大する。
まるで機械を操るように肉体を操作する。
まるで神の視点のように、自分自身を見下ろした。
「ぜんぜん弱ってないじゃないか。あいつ俺にウソを教えたのか?」
狂気の波長を放つ。
向かい合う波長は干渉し、相殺される。
しかし、それは無効化ではなく軽減に過ぎない。
耐えられる程度に落ちた、という程度だ。
暴れていた生徒も大人しくなる。
当然に気付かれるだろう。
「動ける人は、他の人を連れて避難してください!」
僕は声を上げて、黒剣を構えた。
フラフラと起き上がる皆の動きは、あまりにも遅い。
重傷を負っている生徒も居て、床に擦り切れた血の跡が残った。
「ねえ、あなた。あなたに暴力という痛みを押し付けたのは誰ですか?」
「は? ああ、さっきの理由は思いつきで作った話だ。まさか真に受けたのか?」
偽りの理由は、本心を隠したいという思いの現れだ。
もしかすると本人も、その痛みから目を背けているのかも知れない。
「もしかして自身でも理由の分からない衝動に、突き動かされていませんか?」
手の人は僕へ視線を向け、またオールマイトへ戻した。
黒霧という人も、オールマイトから目を離せない。
オールマイトは、なにを見ている?
「おい、黒霧。どうしてオールマイトは動かない」
「生徒が避難するまで待っているのではないでしょうか?」
その生徒に手を出したら許さないと。
「ふーん」
降り下ろされた大鎌を、僕は受け止める。
これまでの攻撃に比べれば、なぜか軽い。
それは手加減ではなく、オールマイトを警戒しているからだ。
「ひでぇな、オールマイト。生徒の危機なのに、なんで動かなかった? こんな気持ちの悪い奴、死んでも良いと思ったのか? それでもヒーロー様は助けなくちゃダメだろ?」
オールマイトと、手の人は、視線を交わらせる。
「ーーそれとも、もう動けないのか?」
次の瞬間、天井から勢いよく、黒い巨体が落ちる。
外から戻ってきた改人脳無に、オールマイトは踏み潰された。
あっさりと、終わってしまった
「待タセタナ」
「いいや、バッチリだ」
みんなは足を止めて、振り向いてしまう。
「うそだろ」
「オールマイトが!」
「負けた?」
巨人の手に掴み上げられたのは、枯れ木のような男性だった。
「まさかオールマイト? どうして、あんな姿に?」
「だましてたのさ! あれがオールマイトの真実だ! なにが希望の象徴だ! どこがナンバーワンヒーローだ! なんて酷いやつなんだ! これまで民衆の気持ちを、ずっと裏切ってきたんだ! 俺達は今、怒りに震えている!」
逃げるのならば今しかない。
それなのに、みんな足を止めてしまう。
「己の過ちを思い知らせるために、ゆっくりと真っ二つにしてやれ!」
「ぐっ、うわあああああああああ!!」
今の内に、どうにかするべきだ。
今こそ僕達にとって、望ましい展開だ。
それなのに誰れも彼れも足を止め、オールマイトに注目していた。
相殺している狂気の波長に、体を絡め取られる。
オールマイトの体が折れ曲がっていくーーこの間に考えよう。
手掛かりとして僕の中にある違和感を探し、1つ見つけた。
あの人達はドクターを通して、僕を知っていると思った。
しかし、どうやら僕を知らないらしい。
狂気の波長を相殺できる僕を、放って置くものか。
13号先生は倒され、相澤先生は何処かへ飛ばされた。
あの人達の目的は、狂気の波長を相殺できる僕ではない。
あの人達は先生を目的として、そこに僕がいたのだ。
先生のように何処かへ飛ばされる所で、手の人に止められた。
狂気の波長を相殺できると知っていれば、黒霧という人を止めるはずもない。
狂気の波長を相殺した時、あの人達は僕を見逃したのか?
いいや、そもそも相殺に気づいていなかったのだろう。
僕が声を上げたから、あの人達は気づいた。
原因として考えられるのは波長だ。
そもそも僕に波長を感じ取る能力はない。
僕の中にいる彼を通して、僕は波長を感じ取っている。
あの人達は、その波長を感じ取っていないのだろう。
僕が波長を操作できる事を、あの人達は知らない。
「これがヒーローの末路だ! ハハハハハハ!!」
ミチミチと折れ曲がり、ボキッと折れた。
掲げられた血袋は割り裂かれ、千切れた内臓が零れ落ちる。
オールマイトの死に酔って、他の事は見えていない。
僕は黒剣を捨てて、その背中に抱きついた。
そうして心臓の鼓動が聞こえるほど密着する。
「あ?」
相殺に向けていた波長を、ここに重ねる。
「ーー魂の共鳴!」
僕は一方的に、手の人と共鳴した。
ーーーーーーーーーー
ーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーーー
ーー
どこまでも荒れ果てた大地の中心に、独り。
この世の全ては崩れ去り、もはや何も残っていない。
もはや彼を不快に思わせる何者も存在しなかった。
しかし、
ボリボリ ボリボリ
言い知れない、不快な感情が湧き上がる。
天を裂くほどに絶叫し、地を割るほどに憤怒する。
すべてを破壊し尽くしても、燃え尽きない激情だ。
ボリボリ ボリボリ ボリボリ ボリボリ
両手で顔をかく。
皮は剥げ、肉は腐り、白い骨を露出させる。
とっくの昔に目玉は引きずり出され、その手で朽ち果てた。
あれは誰だ?
ーー■■■■
世界を破壊し尽くして、あとは何を壊せば良いのか。
行き先のない怒りを向ける相手は、もう存在しない。
暴れ狂っても破壊できるものはなく、崩壊の指先は空を切った。
我慢できない。
耐え切れない。
もう何もない。
この終わりに行き着いた、小さな世界。
小さな世界で、たった独りの小さな王。
何も統べる事はできず、ただ君臨する。
「かゆい かゆい かゆい かゆい」
なにかを壊せば、苦しみから解放されると思った。
■を苦しめているものが、その中にあるはずだ。
だから■以外の全てを思うままに壊した。
それは正しいと思っていた。
だが、
すべてを壊しても、苦しみから解放される事はなかった。
この苦しみは■の中にあったのだから。
最初から■は間違えていた。
ああ、そうだ。
最後に残ったものを破壊すればいい。
そうすれば■は、やっと、この苦しみから解放される。
そうして■は、手を顔に近づけーー心からの幸福を知った。
ーーーーーーーーーー
ーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーーー
ーー
「俺の中に入ってくるなァァァァアアアアアアア!!」
黒血はトゲとなって生え、僕を突き飛ばす。
僕の共鳴によって、その波長は乱された。
両手で顔を抑え、絶叫している。
「いけません、死柄木!」
暴れる死柄木さんの両手を、黒霧さんが抑える。
死柄木さんの顔に張り付いていた手が、崩れ去る。
そこからボロボロと落ちるのは、死柄木さんの顔だったものだ。
皮や肉は乾いた土のように割れ、目玉も抜け落ちる。
薄い膜のような脂肪に続いて、肉を繋いでいた繊維が垂れ下がった。
その赤い血の、流れ落ちる顔は、まるで鬼の形相だ。
「ああああああ! あああああああああああ!!」
「死柄木弔! 気を確かに! あなたは、こんな所で死んではいけません!」
黒霧さんのモヤモヤに包まれ、死柄木は消える。
オールマイトの死を笑っていた死柄木は、次の瞬間に壊れて去った。
その理由を知っている者は、他にいない。
あとに残された改人脳無は、僕らと見つめ合う。
その剥き出した目を前に、動ける者はいなかった。
あれはオールマイトに無傷で勝利した怪物だ。
しかし改人脳無は両手に持った、千切れた死体を投げ捨てる。
すると真上へ跳び上がって、天井に開いた穴から去って行った。
後に残されたのは血だらけの生徒と、枯れ木のような千切れた死体。
それで全てだ。