緑谷出久と黒血   作:292299

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健全なる魂は、健全なる精神と、健全なる肉体に宿る

リカバリーガールの個性によって生徒は治され、肉体の傷は塞がった。

しかし、狂気の波長を浴びた脳は、それによって神経接続を生ずる。

そうして繰り返して思い出すほど神経接続は成長し、症状は悪化する。

時間の解決してくれる問題ではなく、時間の経つほど悪化するものだ。

思い出したように自殺衝動に襲われる生徒は、心の治療を受けていた。

 

しかし、その必要のない僕も入院している。

入院と言っても、個室の必要がなくなった生徒を集めた大部屋だ。

借りて間もない共同住宅に帰る事も叶わず、宿題を積まれていた。

 

最初は僕しか居なかったけれど、次に来たのは轟さんだった。

相澤先生と共にワープゲートで飛ばされ、轟さんは狂気の波長から距離を置いた。

だから狂気の波長よりも問題なのは、僕が斬り落とした片腕だろう。

 

「ごめんなさい、轟さん」

 

リカバリーガールの個性で治る範囲を超えていた。

超回復と違って、欠損は戻らなかった。

斬り落とした片腕は、崩壊してチリとなっている。

 

「片腕を失うくらいなら死んだ方がよかった」

 

轟さんの片腕を斬り落とした僕に、その言葉を否定する資格はない。

その命の価値を証明するのは、きっと、他の人の役目だ。

 

「うん」

「と思った事もある。だが、今は思っていない。そうだなーー悪いと思っているのなら、俺の話を聞いてくれるか?」

 

それは家族の話だった。

幼い頃から厳しい修行を受け、兄弟と遊ぶ事も許されなかった。

行き過ぎた修行を止めようとする母親は、父親を良く思っていない。

ある時、轟さんの半分が父親の物に見えた母親は、轟さんに煮え湯をかけてしまった。

母親は入院して、轟さんは父親を憎むようになった。

 

「おまえに切断されたのは母さんーーいや、母親の方だ」

 

病院服の右袖はフラフラと浮いている。

よく見れば轟さんの体は、重い左に傾いていた。

右腕を失った事で、体のバランスが合っていないのだ。

 

「どうせなら親父の方が無くなれば良かったのに、よりにもよって右腕だ。死ぬほど落ち込むと思ったが、そうでもなかった」

 

まるで他人事のように落ち着いて、轟さんは言った。

 

「母は、かわいそうな人だ。母を追い詰めたのは親父で、俺の顔に傷を付けたのは母のせいじゃない」

 

鏡を見るたびに、そう思っていたのだろう。

 

「だが、腕が無くなって、俺はスッキリした。きっと俺は、ずっと、こうしたかったんだろう」

 

轟さんの自殺衝動は、自身に向けられていたのか。

そうして死ぬはずだった所で、誰かに殴られて気絶した。

気絶していた所を、死柄木さんに拾われた。

 

「母を追い詰めたのは親父だ。でも、俺を傷つけたのは母だ。母に嫌われるはずはない。親父のせいで母は、おかしくなったんだ。だから親父のせいだ。母は俺を嫌っていないと、そう思いたかった」

 

轟くんの言葉に、感情が混じり始める。

それは恐怖だった。

 

「俺は怖かった。優しい母に嫌われるのが怖くて、優しい母に傷つけられるのが怖かった。その感情を全て、親父の責任として投げつけたんだ」

 

轟さんは残った左腕を握り締める。

それは痛みを耐えているようだった。

轟さんは今、自分の痛みと戦っているのだ。

 

「俺の半分は親父のもので、俺の半分は母のものだ。生まれてから一度も、この体は俺のものじゃなかった。だから俺は自分の体に愛着なんて持ってない。俺は、こんな体、嫌いだった」

 

自分の体が、自分の物と思えなかった。

自分の体が、他人の物でしかなかった。

 

「俺は親父も母も、どっちも嫌いだ」

 

轟さんは自分の体が嫌いだ。

 

「母は、かわいそうな人かも知れない。だが、俺を傷つけた時から、かわいそうなだけの被害者じゃなくなったんだ」

 

轟くん対しては加害者となってしまった。

父親に熱湯をかけるのではなく、子供に熱湯をかけてしまった。

 

「こんな悪口は親父にも、母にも、他の家族にも聞かせたくない」

「それなら、どうして僕に?」

 

「こんな話をできたのは緑谷、おまえが俺に負い目を感じているからだ」

 

そう言ってカラカラと笑う轟さんは可愛らしくて、綺麗だなと思った。

 

 

次に大部屋へ入ったのは、峰田さんだ。

自殺衝動は治まったものの、思い出したように発狂するようだ。

奇声を上げたり、両手で頭を抱えたり、突然に怒ったりする。

轟さんは普通だったから、峰田さんの様子に僕は驚いた。

 

「おまえらが、おかしいんだよ! 思い出したくない事を百倍にして叩き返されるようなもんだぞ! こんなの耐えられるか!」

 

「峰田さん、忘れちゃダメだよ。死を受け入れて、それを抱えたまま生きるんだ」

「俺の経験から言えば、体の一部を切断すれば上手く行くかも知れない」

 

僕と轟さんは真面目に答えた。

 

「だれか、おいらを助けてくれー! こんな頭のおかしい奴らと一緒にいたくねー!」

 

 

そんな峰田さんの次は、上鳴さんだった。

 

「スマホ返してもらったけど充電きれてら」

 

そう言った上鳴さんは何気なく、スマートフォンへ充電を始める。

電源アダプタの先にあるのはコンセントではなく素手だ。

思わず、目を疑った。

 

「上鳴さんの個性って電気?」

「いんや、帯電」

 

電圧と電流を、人力で調整しているのか。

それぞれの値を感覚的に把握しているという事だろう。

職人技だろうか。

 

「すごいね」

「えっ、そう?」

 

「電気を流しすぎたりしないの?」

「ゆっくり流す量を変えれば問題ないって。複雑なことはしてねーよ」

 

電源の起動時に過負荷がかかるという話は聞いた事がある。

主となる電源を落とした後、すぐに再起動すると壊れるのは、そのせいだ。

電気回路に静電気が溜まって、自然放電が終わるまで直らない事もある。

電流や電圧を自由に可変できるのは、手間はかかるけれど人力の利点だろう。

 

「俺の個性って細かい操作はできねーんだ。周波数とかな」

「だから電源プラグの片方だけ摘まんでるんだね」

 

コンセントの電流は、直流ではなく交流だ。

流れの向きが変わるため、片方は0ボルト用となっている。

もしも電源プラグの両方から電流を流したらショートするだろう。

 

「僕も3ヘルツくらいの波長は扱うんだけど、そういうのも分かる?」

「そりゃー電磁波でも磁波だな。電子を動かさないから分かんねー」

 

その個性で、狂気の波長から身を守ることはできなかった訳だ。

 

 

轟さん、峰田さん、上鳴さん。

その次は爆豪さんだった。

でも、すごく苛立っている。

 

「爆豪さん、大丈夫?」

「はぁ!? 雑魚のくせして誰に物言ってんだ!?」

 

訂正しよう、爆豪さんは荒ぶっている。

でも事件の前から、こんな感じだったような気はする。

たしか入学式の日は、初対面の飯田さんと言い争っていた。

 

「ごめん。すごく苦しそうだったから」

「喧嘩売ってんのか!? 買うぞ、おら!」

 

自殺衝動が強く残っているのかも知れない。

自殺衝動の苦痛に耐えきれず、それを他人に押しつけるものだ。

 

「爆豪さん何が怖いの?」

 

BOOM!!

と目前で爆発が起きる。

爆豪さんは拳を突き出していた。

 

「訳わかんねぇこと言ってると、潰すぞ!」

「何かに追われてるみたいに余裕がないよね。爆豪さんは何から逃げているの?」

 

「そういう、てめぇの怖い物はなんだよ」

 

僕の怖いもの。

無個性だろうか?

いいや、きっと僕が他人に言いたくないものだ。

友達を殺してしまった事でもない。

もっと、おぞましい物に違いない。

 

「例えば僕なら、お母さんを殺した事かな」

「はぁ!?」

 

「子供の頃、個性を制御できなくて、僕が殺してしまったんだ」

 

僕の責任ではないのかも知れない。

でも僕は、そう認識している。

それを仕方ないと諦めてはいけない。

その痛みを忘れてはならない。

痛みを感じなくなってはいけない。

 

「自分語りかよ。うぜぇ!」

「自分の痛みを受け入れるんだよ。爆豪さんは、他人に知られたくない事ってある?」

 

「ねぇよ!」

「じゃあ自分でも分からなくなってるんだね」

 

「ああ言えば、こう言いやがって! さえずってんじゃねーよ、クソが!」

「でも僕には、君が助けを求めているように見えるんだ」

 

「その、ふざけた口を吹っ飛ばすぞ!」

 

爆豪さんに首を掴まれ、絞められる。

でも黒血によって、僕の肉体は鉄のような強度だ。

僕に触れている手を、僕は優しく握り返した。

 

「他人に痛みを与えるのは、自分の痛みを押し付けるため。そして自分の痛みを分かってほしいからでもある。爆豪さんは大きな声で、泣き叫んでいるように見えるよ」

 

BOOM!!

 

爆豪さんは個性を使った。

体表で起きた衝撃は体を震わせる。

しかし、そもそも僕は中身のない人形のようなものだ。

肌に浸透した黒血は、膨張した空気の衝撃を防いでくれる。

 

「ねえ、爆豪さん。君は何を怖れているのか、君は知らなければならない。そうしなければ、それはずっと、君の後ろを追いかけ続けるんだ」

「クソみてーな戯れ言は聞き飽きた。雑魚ごときが俺を語るなんぞ百年早ぇ」

 

ヒタヒタ、ヒタヒタ、と。

その足音が聞こえないのだろうか?

いつか振り返った時、そこに在るのは、君にとって最も恐ろしいものだ。

 

 

勉強しか、やる事がない。

上鳴さんはスマートフォンを見ていた。

 

「上鳴さん、一緒に見ていい?」

「スマホ、充電してやろっか?」

 

「持ってないんだ、スマートフォン」

「げっ、マジか。家の方針?」

 

やべっ、という顔をする上鳴さん。

 

「ずっと個性の治療だったから通信教育で、スマートフォンも必要なかったんだ」

「そんなにヤバかったのか。よく雄英に通ったなーーいや、良い意味で」

 

「うん、僕を後見してくれた人のおかげだね。ドクターなんだけど、蛇腔総合病院の理事長でーー」

「え? それって、これ?」

 

「うん?」

「現在、蛇腔総合病院にヒーローが突入し、激しい戦闘が起きています。関係者からの情報によると、蛇腔総合病院の理事長が雄英高校襲撃事件に関わっているという疑いがあるとの事です」

 

映像を通してみると、まったく違う建物に見える。

でも、それは僕の家だった。

 

「今、大きな爆発音が聞こえました! 見てください! オールマイトの意思を継いだ、多くのヒーローが作戦に参加しています!」

 

そうか。

家に帰れなかったのは、これか。

ここは僕を監視するための箱でもあった。

 

「帰らなくちゃ」

「いや待てよ、緑谷。どこに、帰るんだ」

 

「家だよ」

「先生に怒られるぞ!」

 

「それでも僕は帰らなくちゃならない」

 

学生として生活する。

楽しくなって来たけれど時間切れだ。

親しくなって来たけれど別れの時だ。

 

覚悟は一瞬だった。

その境界を越えると共に歩み出す。

引き裂かれそうになる心を、千切れないように留めた。

 

「さよなら!」

 

病院服のまま駆け出した。

悲しいけれど、やるべき事がある。

無駄ではなかった、意味があった、価値があった。

その全てを踏み潰すのは、僕なのだ。

 

 

ネットニュースの生放送を見た緑谷出久は、そのまま飛び出して行った。緑谷出久の言った"家"は、多数のヒーローに突入されている病院だ。同時に避難も行われている。緑谷出久を後見していたという病院の理事長は、オールマイトの殉職した雄英襲撃事件に関わっているらしい。

 

「俺、先生に言ってくる!」

 

緑谷出久と別の方向へ、上鳴電気は走って行った

 

「偉そうなこと言っておいて、ヴィランのガキかよ」

 

爆豪勝己は汚い物を、吐き捨てるように言った。

すると突然、轟焦凍は聞いた。

 

「なあ、爆豪。おまえは何でヒーローになりたいんだ?」

「決まってんだろ、金だ! 俺はトップヒーローになって、高額納税者ランキングに名を刻むのだ!」

 

「そのために、やりたくもない事をやってるのか?」

「ああ!? てめーも説教か!? 十年早ぇよ!」

 

「いや、やりたくもない事を嫌々やってーーもしも、その先が、おまえの望むものじゃなかったら、どうする?」

 

思い浮かぶのは、ナンバーワンヒーローの悲惨な結末だ。

 

「はっ、知るかよ。俺は、オールマイトを超える!」

 

栄光の象徴だったヒーローの最後は、まるで絞り捨てられたゴミだった。目標としたヒーローの姿は、もう無い。耳を塞ぎ、後ろを振り向かなければ、その足音を聞くことも、その姿を見ることはない。しかし、いつか追いつかれてしまうのだ。ヒタヒタと、その姿が後ろから迫ってくる。

 

 

僕は走る。

その通路を塞ぐように立ち塞がった。

それは、

 

「先生」

「どこへ行く、緑谷。外出禁止だ」

 

「狂気の波長を治療するのならば、ドクターの助力は必要でした」

「そうだな。学友もなく旅行に行った事もない。おまえの情報源は限られていた」

 

「予言を信じてはくれなかったのですね」

「そうだな。日本にある数多くの病院から早期に特定できたのは、おまえの功績だ」

 

「先生、僕は高校を中退しようと思います」

「止めておけ。おまえが行っても、なにも変わらない」

 

「きっとドクターは誰にとっても敵となるでしょう。だから僕が、ドクターの良い所を教えてあげないと行けません」

「それは無駄だ。何の意味もない。どうしようもなく、あのヴィランは裁かれる」

 

「分かっています。だからこそ僕は行かなければ成りません」

「緑谷、おまえは洗脳されている疑いがある」

 

「僕が、そう望みました」

「子供の責任を負うのは、保護者の役目だ」

 

「少なくとも成長した、今は違います」

「法律上は、まだ未成年だ」

 

「僕の意思です」

「その意思の追認は、してやれない」

 

僕はドクターと関係がある。

自身の意思を表明するために、ここから出るのだ。

相澤先生の個性は、他者の個性を打ち消す

しかし、

 

「ドクターによると僕の遺伝子は無個性を示しているそうです。そして彼の個性は、血液を不可逆に作り変えること」

 

いわゆる異形型だ。

相澤先生の個性は、黒血を封じられない。

さらに、

 

「合理化によって理性と感情を切り離し、自殺衝動から身を守ることは有効です。でも、それでは耐える事しかできません。人は死を受け入れ、それでも希望を持って未来へ進まなければ成りません」

 

だから狂気の波長に絡み取られる。

先生は床に座り込み、動けなくなっていた。

 

「精神と肉体を切り離すから、肉体に裏切られます。健全なる魂は、健全なる精神と、健全なる肉体に宿ります。そうする事で肉体を完全に支配し、死を受け止める事ができるのです」

「狂気の波長が付け入るのは、人の認識できない無意識の領域ということか」

 

「いいえ、違います。嫌なことから意識して目を逸らし、嫌なことを意識して忘れるのです。そうするのは本人です。そうして忘れた事さえ、自分で忘れています。最初に肉体を裏切ったのは、他でもない自分自身です」

 

無意識という、自分ではないものに責任を押しつける。

無意識とは、人が目を逸らした結果として生まれた盲点だ。

 

「緑谷、聞くぞ。おまえは奴が罪を犯していると知っていながら見逃した。その犠牲者に対しては、どう思っていた。おまえは奴を殴っても止めるべきだったんじゃないか?」

「僕はドクターを優先して、他を切り捨てました」

 

ドクターと戦う事を選ばなかった。

 

「それは奴が、おまえにとって親のような存在だからか?」

「僕の親というよりもーー僕が好きな人の、産みの親だからでしょうか」

 

座り込む先生の横を、僕は通り抜ける。

すべてを振り切って、外へ飛び出した。

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