「神様。今更かもしれませんが“スキル”って、どんな時に発現すると言われているのですか?」
お昼寝の鍛錬があってから五日後。今日は夜から神の宴が開催されるらしく、鍛錬は午前中のみとなっている。
リヴェリアの予想通りに何故かヘスティア・ファミリアも呼ばれているのだが、ベルの意向もあって参加の返事を行っている。その流れでベルの紳士服とヘスティアのドレスも用意しており、参加の準備も万全だ。
ともあれ、不参加となる自称一般人は何かしらの用事があるらしい。本日は午後から姿を見せておらず、帰宅は翌日の昼前になるだろうとの伝言を残していた。
そんなこともあって、リビングらしき部屋で読書にふける男女二人。ダンジョンやステイタスのことが書かれていた本を読んでいたベル・クラネルは、こうして主神に質問を飛ばしている。
もっとも、ベルが読んでいる本にも“おおまかな”ことは書いてある。しかしながら「だろう」などの末尾があるために、こうして直接ヘスティアに聞いている格好だ。
「そうだねー……。ベル君も“いくつか”スキルを持ってると思うけど、理由もなく発現するワケじゃないんだぜ?」
「……僕、スキルは二つしか持っていませんよ?」
しまった。という言葉を口に出さぬよう飲み込んでギクリとするヘスティアだが、咄嗟にタカヒロの所持数と数え間違えたと口にして弁明中。今の言い回しでは、3つ以上の数を想定してしまうだろう。
ともあれ二つも複数のうちなので、間違ってはいない。そして数だけで言えば、師弟はそれぞれ三つのスキルを持っているのだ。
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ベル・クラネルが持ち得る、強力な三つのスキル。このうち一番上は本人にも伝えられていないために、少年は自分のスキルを二つとして認識している恰好だ。
とはいえ、冒険者になって一年も経っていないのにスキルが二つと言うだけでも本来ならば物凄いことである。知らず知らずのうちに、ヘスティアの常識も麻痺していると言うわけだ。
「と、ともかくだねベル君。スキルってのは主に、何か強い想いや一生懸命に反復行動を行った時に発現しやすいって言われてるんだ。あとは、本人との相性だね」
「なるほど。……あれ?ってことは、僕の
ふむふむ、本よりも分かりやすい。と考えながら、ハッとしたベルは思わず立ち上がる。
感じた視線の先には、先ほど回答をくれた主神の姿。その表情はニヤニヤとしており、ジト目がベル・クラネルを貫いているのは気のせいではないだろう。
今現在、ベルはアイズの為の英雄になるべく足掻いている。そのことは、自分でも分かっているつもりだ。
しかしこのスキルが発現したのは、その決意を抱く随分と前の話になる。つまるところ、当時ベル・クラネルは――――
「いや、ボクからは何も言わないよベル君。たとえ君が、おとぎ話の」
「言ってるじゃないですか神様ああああああ!」
その後、神の宴に行く準備をするまでの数時間。ベル・クラネルがヘスティアと一切口を利かなくなり、ヘスティアが必死に謝る光景が繰り広げられたのだとか。
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「リヴェリアとアイズたーん、あんたらステイタスの更新せんでええんか?」
一方こちらはロキ・ファミリアの同日。始まりは、朝食後に廊下で出くわしたロキが発したその言葉だった。59階層から帰還して2週間が経ったものの、未だにこの二人はステイタスの更新を行っていなかったのである。
フィンやガレスなど、滅多に行わない者ですら現時点でステイタスの更新を済ませており、若干ながらもアビリティ数値は上昇している。いつもならば真っ先に来るアイズですら、此度においてはリヴェリアと同様だ。
顔を見合わせ「そう言えば」と言いたげな顔をする二人だが、もちろん大事な理由があった。そんなことよりも、どこぞの二人に会うことが優先的に処理されていたために仕方のないことなのだ。
とはいえ、タイミングが良いと言えば丁度良い。親しい女同士ということと注視するワケでもないためにその点の抵抗は無く、近くの空き部屋に入ると鍵をかけ、まずはアイズから上着に手を掛けた。
「ぐぇへへ……ロキ・ファミリアきってのツートップな美女の柔肌を蹂躙し」
「ステイタスの、更新って……指、要ります?」
「要るでー、超・要るでー!」
相も変わらずセクハラを仕掛けてくるロキに対して
そしてセクハラ発言の対象は、一緒に居るリヴェリアもまた同様である。せっかくなので、アイズの言葉に乗っかり釘をさすこととした。
「首から上は必要か?」
「もっと要るでー!」
「ロキは、必要?」
「珍しくノリええなアイズたん、ウチが居らんかったら誰がステイタスの更新すんねん!」
ある意味では、ロキ・ファミリアの日常だ。「ちゅーか指と頭が消えたらファミリアなくなってまうわ!」と叫ぶ相も変わらず面白おかしな主神の対応に、リヴェリアとアイズも僅かに口元が緩んでいる。
主神が面白いと退屈しない。とは、いつかの逃走劇をやる前にリヴェリアが話していた内容だ。確かに退屈はしないだろうが、その分の苦労もあるという裏が隠れている台詞である。
まずはアイズからということで、空き部屋の小物に目を配るリヴェリアの後ろで上着を脱ぐ。言葉だけは相変わらずながらも、真面目にステイタスの更新を行うロキの表情は真剣そのもの。
積み重ねた経験値を抽出し、神聖文字として表して背中に刻む。人が神に至る道であり、無限の可能性を秘めるモノであり、この度は――――
「ん?こりゃぁ……」
ステイタスを更新した際に、新たにスキルが発現したのだ。その眷属がさらなる高みに上ることが出来る、非常に喜ばしい事態である。
スキルと言うのは基本としてプラスに働くものしかないものの、時たまマイナス方面に作用するものもあると聞く。そのためにやや不安が付きまとうも、ロキは新たなスキルを背中に刻んだ。
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――――間違いない、レアスキルや!
まさかの成長系であり、かつて例のない代物。とはいえ「同じスキル持っとる奴なんて居るんかいな」と内心でツッコミを入れるロキだが、意外や意外、かなり近くに居ることなど知る由もない。
その点はさておくとしても、アイズにとっては間違いなくプラスになる類のスキル。しかしながら良くも悪くも“天然”である彼女にこの事を知らせてしまうと、ポロっと口から零れかねない恐れがある。ただでさえ“神々の嫁”など注目されているのだから、悪化するのは避けたい状況だ。
とりあえずリヴェリアと相談するかと判断し、そのスキルは消したうえで、ステイタス更新後の数値を書き記した。レベル6にしては、ソコソコの上昇幅と言って良いだろう。今までよりも器用さの伸びが良いが、原因は不明である。
続いてはリヴェリアとなり、今度は服を着たアイズが小物類を眺めている。リヴェリアはアイズと違って頻繁にステイタスの更新を行わないため、ロキとしても久々だ。
アビリティ数値は元々が高いために上昇幅はアイズよりも小さく、それでも、そろそろ魔力が999でカンストする勢いだ。恐らくは次で到達するだろうが、ロキとしては、それよりも気になることが起こっている。
――――おいおい、こっちもスキルが発現するんか……。
アイズと同じく、リヴェリアにもまたスキルが発現していたのだ。1日に二人も発現するとなると、ロキとしても初めての経験である。
残る問題は、その中身。一体どのようなスキルなのかと緊張した面持ちで、ロキはリヴェリアの背中に記すことができた文字を読み取ると――――
「んん……?ブフッ……ククッ……」
「……なんだ。どうした、ロキ」
あからさまな笑い声を不気味に思い、肩越しに振り返ろうと横を向く。さらりとシルクの緑髪が背中に零れ、リヴェリアは再びかき上げた。
しかし、ステイタスの更新は未だ続行中。途中でやめるわけにもいかないため、何事かと気にはなるものの、悶々とした心境だ。
一方のロキもまた、笑いをこらえつつ、なんとかして最後まで更新しきろうと必死である。しかしスキルの内容を思い返すだけで、思い出し笑いが起こってしまうために、更新作業はゆっくりとしたものだ。
そして、その問題のスキルを含めた現在ステイタスを羊皮紙に書き起こし。ロキはステイタス部分を隠してスキル欄を残し、まずそれをアイズに見せたのである。
「……っ!?プッ。クスッ……り、リヴェリア、可愛い……」
「……!?」
あのアイズが目を開いて驚いたかと思えば、声を殺して笑っている。更に、口に出された言葉が言葉だ。一体どんなスキルなのかと、彼女の額に汗が流れた。
そして、レベル6の能力を発揮する。胸部を隠している服を抑えつつ、アイズからロキに返されたソレをふんだくると、己に発現しているらしいスキル欄の最後を見る。すると目を開いて盛大に、そして一瞬にして赤面することとなった。
「リヴェ、リア……アカン、我慢できん、そのスキル、クッ、ダッハッハッハッハッハッハヌオアアアアアアアアア!?」
結果、テレビ放送するならば全面にモザイクがかかるであろう凄まじい顔をした死亡寸前の神が出来上がる。いつか彼女の年齢を笑った際と同じく、人体急所である脛を蹴り飛ばされていたのであった。
痛く、激しく、ひたすらに痛い。そのうち遺体になるかもしれない。骨そのものに対してダイレクトアタックしてくる持続ダメージは、いつまでも響き残りそうな痛覚を与えている。
「ちょっ、り、リヴェリア!ウチ今日、アイズたんと“神の宴”なんやで!?」
「知るかっ!!」
「せ、せやリヴェリア!なんなら“あっち”もこっちも二人連れてけば」
「黙れ!!」
「アカンアカン!両サイドはアカンてリヴェリアアアアアアア!!」
その後、なんとか歩行にも影響せず一命を取り留めた主神ロキは自室へと逃げ帰る。羊皮紙を返してもらっていないことを思い出すも、リヴェリアに発現したスキルを思い返して一人隠れて笑っていた。
戦闘に関するスキルといえばそうなるのだが、それよりも別の要素が遥かに大きい。あんなものを見せられたからには、揶揄いたくなる気持ちが芽生えてしまっても不思議ではないと正当性を主張している。
そして思い出したのだが、ロキもまた今宵の神の宴に参加することには変わりない。予定時間に空き部屋へと訪れて、周りの手を借りてアイズと一緒にドレスの着付けを行っていた。山吹色のエルフな彼女が厳重に隔離されているのは仕方のない事だろう。
ところで、神の宴というのは神が参加するパーティーだ。だというのに何故アイズまでドレスを身に纏っているかと言うと、アポロンが開いた此度の宴は普段と少し違っている。
普段は神ばかりが参加するのだが、めかし込んだ子供を一人~二人連れてくることが許されているのだ。主催者曰く「新しい風を」とのことだが、真相やいかに。
そんなワケでロキのお気に入り、彼女アイズが選ばれたわけである。もっとも理由はそれだけではなく相手方にもあるのだが、アイズとしては、それに関する点が気になっているようだ。
「リヴェリア……私だけ、いいのかな」
「何を迷う。折角の機会だ、楽しんで来い」
「……うん、わかった」
「よっしゃ!ほんなら行くでアイズたん、“神の宴”や!」
「宴……お酒、飲んでいいの?」
「やめて?」
予定通りと言えば予定通りだが、夕暮れ時になってようやく準備が完了した。娘の背中を見送る母は、穏やかな口元を浮かべている。
しかし、それも二人が門から出ていく時まで。自室に戻るとローブを羽織り、纏めてあった大きなバックパックを背負い。
そそくさと、キョロキョロ辺りを見回しながら誰にも気づかれぬよう。
やや緊張した面持ちで、黄昏の館からコッソリと出ていくのであった。
次回100話、ちょっと濃いめのゲロ甘(未来予知)