その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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104話 戦士達の鍛錬(1/3)

 オンとオフの切り替え、という言葉がある。早い話が仕事モードがONになっているかOFFになっているかということであり、OFFならばプライベート中である状態を指す言葉。

 先日までのタカヒロが緊張の欠片もないオフだと言うならば、今日は完全にオンと言って良いだろう。フードの下から覗く瞳は、一人の少年が一心不乱に振るうナイフ、そして体全体の動きを見逃さぬよう見つめている。

 

 普段は草木が微かに揺れる程度の音しかないこの階層において、空気を切り裂く獲物は甲高い音を打ち鳴らし、余韻どころか瞬いた直後に再び音となって鳴り響く。ゴツゴツとした岩肌に共鳴し、森の奥へと消えてゆくのだ。

 演奏者はベル・クラネル及び、久々に手にした新しい武器、打ち直されたヘスティア・ナイフに他ならない。聞く者が聞けば心地良さすら伺わせる白刃(はくじん)の音色は、かつてよりも一層の力強さが伺える。

 

 打ち直しを終えて戻ってきた、ヘスティア・ナイフ。攻撃力・強度ともに桁違いの強化具合となっており、追加される火炎ダメージも同様に上昇。マインドの消費量も多少は増えているが、その点は仕方のない事だろう。

 もっともヴェルフ曰く、新作ではないためにこの程度が限界だったようだ。完全に一から作り直せば更なる業物が作れるらしいが数千万ヴァリスの大金が必要である上に、ベルとしても、今はこのヘスティア・ナイフですら御馳走に他ならない。

 

 

 開催が決定された戦争遊戯(ウォーゲーム)まで、残り18日。地上ではない場所、ダンジョン50階層で行われる、約一名を除いた神すら知らぬ密かな鍛錬。

 そういった意味では、非日常と言える空間。だというのに――――

 

 

「はあああああああ……なんて、なんて素敵なのかしら!」

「フレイヤ様、あまり節操を外されぬよう」

「ベル、かっこいい……!」

「アイズ、お前も(うつつ)を抜かしている場合か」

 

 

 美の女神と剣の姫が、白髪の少年が戦う光景を目にして壊れかけていた。その横でツッコミ役となっている二人は、あまり日常と変わらない。

 壊れかけの二人は、まさに魂が外に出かかっている。少年を見つめる細められた瞳は作り物の人形の如くキラキラと輝いており、少し肩を突けばコテンと倒れてしまう程に身体から力が抜けている程だ。

 

 そんな目線が向けられるベル・クラネルは、現在フィン・ディムナと戦闘中。その戦いを周囲が見守っている格好が、先程から続いている。

 

 

「フィン、お主また加減が薄れてきておるぞ」

「わかってるけどっ、これは、自然と力が入っちゃうよ!ガレスだって、そう、だったじゃないか!」

「はて何のことやら……」

 

 

 リヴェリアが二人にだけは正直に話した、20日間弱の予定。ガタッと椅子を鳴らして立ち上がった男二人はお目目キラキラであり、己も行くと言う感情を隠しきれていなかったのはつい先日の光景だ。

 なお、アシスタントとしてリヴェリアも行くために、ロキ・ファミリアが抱える業務処理が問題となるのは言うまでもないだろう。そこは50階層へ持ち込み、かつ例の彼に対して積極的にご協力願うという事で、“腹黒フィン”が顔を覗かせているのは必然なのかもしれない。もちろん、お礼は彼・彼女なりに考えている、らしい。

 

 一日目の朝一番でタカヒロがロキ・ファミリアを訪れた際に、リヴェリアが「鍛錬の間は自分も50階層へ行く」と口にしたのだが、青年としては「魔導士に指導できることはないぞ」との内容。魔法はからっきしのために、それも仕方のない内容だ。

 そんな言葉を受けたリヴェリアだが、恋する乙女はその程度で引き下がらない。二人だけだったこともあって馬鹿正直に「お、お前と一緒に居たいんだ」と羞恥の表情を全開にして口にしたために、開戦後即無血開城の結果となっているのは言うまでもないだろう。そんなことを言われては、その男が取り得る選択肢は“はい”か“Yes"か“OK”だけだ。

 

 

「クラネル君も、いつにも増して気合が入っていないかい!?」

「当然です!」

 

 

 確かに気合が入っているベルだが、理由の1つに新しくなったヘスティア・ナイフが挙げられる。かつて最初に手にした時もそうだったが、これ程の装備を与えられて無様な負けを見せたならば、向ける顔などオラリオのどこにもありはしない。

 この戦いは、ベル一人で行われる予定のモノ。しかし与えられた様々なモノ、それ等を背負って立ち向かうという、少年一人の戦いには収まらない。

 

 ランクアップしたことにより、“狡猾さ”と呼ばれる表現、小手先の技術にも輪がかかる。レベル4成りたてであるベル・クラネルとレベル6終盤のフィン・ディムナとでは絶対的な力に差がありすぎるために通じることは難しいが、それでも有効的な手法として確立している程のものだ。

 鍛錬ゆえに手加減に気を付けていたフィンであるものの、その表情には常に力が入っており、同格の者と戦うかのようで気軽さが見られない。相手は二刀流であるために、物理的な手数が2倍であることも1つの理由だろう。

 

 

 アイズ・ヴァレンシュタインが体験し、実のところ苦戦することが何度もあった、数多の手数。絶対的なアビリティの差を跳ね返す程の技術はオッタルの予測通り、少年がレベル4になったからこそ一段と高い次元で発揮されている。

 貰った武器と技術を存分に使い、例え2レベルの差があろうとも絶対に跳ね返すと言わんばかりに強い少年の負けん気が、相手に対して更なるプレッシャーを与えるのだ。紛れもない強者が纏う闘気を感じたフィンの背中にゾクゾクした興奮が沸き上がり、結果として、やはり加減が薄れてしまっている。

 

 自信があるこの一撃に対しては、どのように返すのだろうか。並みのレベル4では厳しいこの一撃に対しては、どのように立ち回るのだろうか。

 普通とは違う戦闘を目の当たりにし、完全に心は子供へと戻っている。そんな攻撃を対処しなければならないベルからすれば背伸びした鍛錬となって丁度いいために、ある意味では互いにWin-Winと言えるかもしれない。

 

 

 それでも、先ほどから連戦であるためにベルの体力は底をつきかけている。そろそろ休憩がてら、ポーションにて回復が必要となる頃だろう。

 足取りはふらつきを見せており、動きも鈍り始めている。今のペースが続いてしまえば倒れるだろうと感じ取ったフィンは、休憩の提案を投げることにする。

 

 

「クラネル君、そろそろ休憩を挟む頃じゃないかな?」

「どうしたベル君。先の59階層においても、その程度で動けぬと駄々を捏ねるか?」

 

 

――――そんなワケ、ありません!

 

 食いしばる歯と額に力を入れて作る、真剣な表情。深紅の瞳の奥で、当時の光景が思い浮かび再生される。もし今が同じ状況ならば、数秒たりとも倒れている余裕は何処にもない。

 少なくとも声を掛けた青年ならば、この程度で根を上げることは無いだろう。己がそうなりたいと焦がれるならば、今の発破に応えないと言う道はない。

 

 

「大丈夫かい、無茶はいけないよ」

「まだだ……まだ、やれます!」

 

 

 文字通りまだ動けるのかと、少し息が強くなってきたフィンは驚愕の表情に包まれる。掛けられた今の一言で先ほどよりも闘気が猛っており、最後の力と言わんばかりに一撃も更に重くなっている。迫りぶつけられる気迫を目の当たりにしてゾクリとした感覚が背中を駆け巡り、フィンは武者震いを確かに抱いた。

 ベル・クラネルの実力と限界は、青年が最も知っている。決してただの根性論ではなく、まだ微かな力が残されていることを見抜いたからこそ、最後に一度だけ鞭を入れるのだ。

 

 同時に、魂も一層の事強く光り輝いている。とうとう約一名の鼻部から赤い鮮血が垂れ初め、零れぬうちに、オッタルは素早くタオルを差し出した。

 それでも力は抜けてしまったのか、背中からバタリと地面に寝そべりピクピクと痙攣中。一番最初に発生した要救護者が応援役、更には座っていただけという、なんとも不思議な状況である。放っておけば、そのうち回復することだろう。

 

 

 やがてベルも限界を迎え、バタリとうつ伏せに倒れ込んだ。直前にフィンが支えるも息は荒く、回復魔法を準備していたリヴェリアと、惚気つつポーションを用意していたアイズが対応している。

 最終的にはアイズによる膝枕の上にて安静となっているのだが、それに気づく余裕すらも無いらしい。いまだ続く苦痛に歪むような表情が、辿り着いた限界の際どさを物語っている。

 

 己が鍛錬でそこに辿り着いたことがあるのかと、アイズを含めた近接職の四人は少しの冷や汗を浮かべている。答えは否であり、戦いに対する意識の違いを、ここにおいても思い知らされた。

 アイズも最近知ったことだが、ここまで追い込むのがベル・クラネルの“日常”である。そのことを耳にして流石に引いた様相を見せるフィン達だが、だからこその技術力と成長速度なのだと納得した。

 

 恐らくは師である者が出した指示だろうが、そんなことは関係ない。強くなるためにここまで己を追い込むことができる者は、オラリオにおいても片手で数えることができるか程度のものだろう。

 全力、という言葉。口に出すのは簡単ながらも、示すとなれば話は別だ。そんな光景を目の当たりにして、己も決して負けるものかと、冒険者としての意地が顔に出てしまっている。

 

 

「タカヒロ、さん」

 

 

 ふとアイズが声を出したのは、そんなタイミングだった。少し距離があるために大きな声で青年の名を呼んでいるのだが、これまた珍しい光景の1つだろう。

 

 

「ベルが、回復するまで……フィン、ガレスと、戦って、もらえませんか?」

 

 

――――アイズ、今夜はジャガ丸くんパーティー(じゃ)

 

 ガレスと同タイミングで子供じみた感謝の念が浮かんだフィンながらも、興奮した様相を隠せない。ガレスと共にソワソワしつつ、除け者となってしまって口を半開きながら眉が下がっているオッタルを視界の端に捉えつつ無視を決め、タカヒロに視線を送っている。

 なお、アイズとしては青年の優しさを知っているからこそ口に出した格好である。以前にフィン達が口にしたことを覚えており、休憩中でもベルの役に立つならばと考えている。

 

 そんな言葉を受けたタカヒロは、「構わんぞ」と言葉を返して2枚の盾を取り出した。ふと絶望顔の猛者が視界に入り、混ざりたいならば混ざればいいと言葉を掛けている。その言葉で猛者はすぐに復活、チョロい中間管理職である。

 

 と、いうことで、まさかの番外編の戦闘が開始されようとしているわけだ。フィン、ガレス、オッタルの3人は得物を構えて一か所に集まっており、武者震いと共に各々の得物を構えている。

 ベル・クラネルのあのような姿を見せられたからには、己達もまた限界まで追い込む意気込みを見せている。故に動きの全てに加減という文字はなくなり、結果として最も実践向けの鍛錬ができるのだ。

 

 

「さーて、フィン、そして猛者よ。あの鉄壁、お主たちならばどう崩すか」

「大地に天高く(そび)え立つ山脈だ、如何なる手を使おうが崩せない。俺は精々、持ち得る全てをぶつけるまで」

「崩せないと分かって正面からぶつかる、か。それは何故だい?」

「あの男は、応えてくれる」

 

 

 戦ったことがあったのかと、ガレスは驚いた様子で質問を飛ばしていた。9階層の事情こそ語られないものの、タカヒロも相手をしたことは認めている。

 当時における結果こそ語られないが、先ほどのオッタルの言葉から容易に想像ができるものだ。そしてフィンは、かつてオッタルが口にした「上を知った」という内容が、タカヒロと戦ったことと繋がっている。

 

 するとオッタルは、顔をベルの方へと向けた。既に上体を起こしていたベルだが疲れは隠せておらず、回復にはまだ時間がかかるだろう。

 それでも寝そべらないのは、繰り広げられる戦いを見るがため。少しでも己の参考になるところが目に出来ればと、少年は、ひたすらに貪欲なのだ。

 

 顔を向けたオッタルだが、どうやらベルに対して話がある様子。顔だけではなく身体もまた向けており、視線が合ったベルもまた、表情に力を入れて見返した。

 

 

「ベル・クラネル。強者との鍛錬で重要なことは、全力で試すことだ。互いに死ぬこともなく、相手が応えてくれることで己の弱点や問題点も露呈する」

「はい」

「その点において、力ではなく技にて応えてくれるお前の師は、教育者として理想的だ」

 

 

 ええ、本当です。と口には出さないが、ベルは口元を緩めてオッタルと視線を交わす。相手もまた珍しく似たような表情と成り、オッタルは表情を戻してタカヒロに向き直った。

 ところでベルは、以前にタカヒロが「猛者のような戦い」に焦がれていたと口にしていたことを思い出す。何のことかと、このタイミングで師に対して問いを投げた。

 

 

「初めて剣を交えた際、そこの男が主神に向ける想いを知って自分もまた成長した。あれ程の見事な覚悟を自分も抱けたらなと、密かに焦がれていたのだよ」

 

 

 予想外の言葉だった。当該者であるオッタルは即座に顔を背けてしまい、その動きによって全員のヘイトを集めてしまう。

 己が背中を追う戦士に認められ、べた褒めとなった、己の中にある1つの想い。ようは、フレイヤに対する想いを褒められて照れているのだ。

 

 

「あら。オッタルったら、照れてるわね」

「おりません」

「うそ、少し顔が赤くなって」

「おりません」

「……本当に照れて?」

「おりません」

「必死になっちゃって、かわいい」

「ありがとうございます!!」

 

 

 少女のように微笑むフレイヤに賛美の言葉を掛けられ、オッタルは深いお辞儀でもって返事をした。また、それを口にしてくれたタカヒロに対しても、同じことを行っている。

 どうにも、鍛錬と言えど戦闘とは程遠い状況だ。鍛錬はいつ始めたものかと悩むタカヒロながらも、この流れは終わる様相を見せていない。

 

 

「気を付けろよ猛者。この馬鹿者は、時たま思ったままを口にする。それがどれだけ恥ずかしいような台詞であっても、だ」

「あら、言われたような顔をしてるわね」

「そ、そんなことは……」

 

 

 煽るような半目の表情で放たれたフレイヤのツッコミに対して間髪入れずに反応するリヴェリアだが、事実であるために言い返せない。顔を少し赤らめてぐぬぬと言いたげな表情で顔を背けてしまい、ここに戦いは決着した。

 

 

「それにしても、アイズから聞いたよクラネル君。アポロン・ファミリアの連中に、小ばかにされたんだってね」

「ええ……まぁ、僕のことはどうでもいいんですけど、他の人のことは絶対に許せないですね」

「ん、他の人の悪口?それは誰だい?」

 

 

 ベルが口をつぐんだので、フィンはアイズの方に目をやった。すると彼女と共にリヴェリアが視界に入り、こちらもまた激怒の一歩手前の表情を見せている。

 理由は、ヘスティア・ファミリアにおいてベルが覚悟を口にした後のことだ。ベルが傷ついていないか心配になって「何を言われたの」と口にしたアイズに対し、ベルが正直に答えた内容である。

 

 

「リヴェリアも……あのあと、怒ってたもんね」

「っ!?」

 

 

 そして秘密にしてもらったはずが、まさかの愛娘が起こした謀反である。実はヘスティア・ファミリアでは我慢していたものの、タカヒロを小ばかにされた事に対して彼女もまた“げきおこ”であり、帰りの道中において怒りをあらわにしていたのだ。

 ともあれ青年目線においても今のリヴェリアが怒っているのは事実のようであり、このまま放置しては暴走しかねない恐れがある。そこでタカヒロは、相変わらず表情には出さないが嬉しさと感謝を、素直ではない言葉で表現するのであった。

 

 

「なんだリヴェリア。あの戯言程度は気にする事でもないだろうに、自分の為に怒ってくれていたのか」

「当たり前だ!アポロン・ファミリアの連中は、お前を“大したことがない”と小ばかにしたんだぞ!?」

 

 

 そんなリヴェリアの激怒した台詞に対し、挑戦者三人の「は?」という言葉が見事にハモった。

 数秒の空白ののち、それぞれが思ったことを口にする。奇遇にも、それは三人共に一致しているようだ。

 

 

「……ガレス、ちょっとリヴェリアと一緒に()らなきゃいけない用事を思い出したよ」

「奇遇じゃなフィン、ワシも同じじゃよ。ちょいとファミリアの者も呼んでくるわい」

「待て、俺も忘れるな。フレイヤ様、申し訳ございませんが数分ほど暇を頂きます」

「いいわ、生きて帰しちゃダメよ?」

「私も、混ぜて」

 

 

 最後の二人はベルに対する暴言への怒りであり、各々が具体的に誰に何をどうするとは言わないが、「殴りに~()こうか~」となっていることは明白である。さっそくタカヒロが口を挟んでおり、「ベル君の戦いに水を差すな」と楔を打ち込んでいた。

 その言葉で全員が咳払いをして平常心に戻り、場は先ほど対峙した光景へと戻ることとなる。2枚の盾を手にしたタカヒロは雰囲気の区切りを見つけ、少し腰を落として構えを見せるのであった。

 




ストッパーがないと、最低でもこの連中が敵に回るというアポロン・ファミリアの現状。

汗汗しいので序盤に砂糖、最後にコミカルさんを挟んでおきました()
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