鍛錬が始まって、5日程した時。たまたま朝練で出会ったアイズの技量が上がっていることに気づいたベート・ローガが問いを投げた時に、アイズはポロリと鍛錬のことを漏らしてしまう。慌てて手で口を塞ぐも、すでに遅い。
もっとも、例の一般人との模擬戦が影響している点は微々たるもので、大半はベル・クラネルと戦っていたことによる“引っ張り上げ”が原因だ。今のアイズは、着実に技術力を身に付けている。
ともあれ、その鍛錬にあのベル・クラネルも居るということで話を聞きつけ急遽参戦。基本は短剣を使うながらも手足を使い戦う者であるために、これによってベルの技量も新しい成長を見せ始めていた。
ナイフと短剣の違いこそあれど互いに二刀流であり、戦闘スタイルもまた双方ともに手数重視。持ち得る狡猾さはベル・クラネルが上回るも、流石に2レベルの差があるためにベルが勝つことはできていない。
それでも、相手に深い息を吐かせることはできている程だ。ベートからすれば少年の成長をひしひしと感じ取っており、もはやライバル的な存在として認識されてしまっている。
そんな新しい訓練の日々もあっというまに過ぎており、
もっとも、どこぞの一般人よろしく捻くれているのがベート・ローガだ。故に素直に言葉には出さないものの、相手を認めることは忘れない。
「おいクラネル。少しはやる、じゃねぇか……」
「くっそー!来月には倒せるようになりますからね、待っててください!!」
「……やりかねねぇのが、こえぇな」
ベートが履く靴は“フロスヴィルト”と言う名前である特殊武器の一種であり、相手が放った魔法を一時的にストックして攻撃力に変換する。流石にリヴェリアクラスのモノとなると吸収しきれないが、ベルが使うファイアボルトは綺麗に無効化されていたのだ。
いくら無詠唱とはいえ、相手は速力に長けている。故に手札を1つ封印されてしまったも同然であり、厳しさは
なお、アイズからすればベートが「クラネル」呼びしていた点に焦点がいってしまっている。何があったか知らないために、何事かと一人混乱した様相を見せているのは仕方がない。
夕焼け照らす浜辺を走るベート・ローガ、それを追いかけるベル・クラネル。さざ波の音をコーラスに「ついてこい!」と叫ぶベートに対して、ベルは先ほどの言葉で答えているかのようなシチュエーションが脳内で形成されてしまっている。
とどのつまりは、ベートにベルを取られちゃう。そんな様々な意味でアブナイ感情でファイナルアンサーとなったアイズは、とある人物に言葉を投げた。
「タカヒロさん。ベルの仇、お願い」
「おい待てアイズ!冗談だろ!?」
「了解した、加減無しで相手しよう」
「おいいいいい!?」
「案ずるなベート。タカヒロはああ言っているが、致命傷で済むように加減してくれるさ」
「大丈夫じゃねぇだろそれ!!」
娘の要望に応える父は、ガチャリと鎧を鳴らして前に出る。もちろんこれがネタの類であるとタカヒロ含めて分かっている周囲ながらも、そこそこの殺気を向けられているベートからすれば全く洒落になっていない。
己が全力を出せる状態ならば千里譲って戦いになるかもしれないが、ベルとの戦闘で消耗したならば満足に打ち合うこともできないだろう。オッタルからまさかのエリクサーを投げ渡されたベートは使用して果敢に立ち上がるも、今までと同じく勝てる気配は全く見えない。
しかし、それでも。この男と戦うことで己の技量は上がっているのだと、容易に分かるのが実情だ。毎日が夜遅くまで続けられており、眠る時間を惜しんで一度だけロキにステイタスを更新してもらったところ今までではあり得ない程に伸びているために、今の流れについては色々と文句はあるが打ち合わない選択は在り得ない。
ましてや此度においては、相手から出てきてくれているのだ。先ほどの加減無しという文言がどこまで本気なのかは分からないが――――
「戒められし、
故に、出し惜しみは一切しない。例えそれが己の過去の戒めとなる禁じ手の魔法であっても、全力を見せて相手に応える。
ベートが使える唯一の、しかし自らが封印したその“魔法”。全てを失った己の過去を体現するかの如き詠唱に全員が耳を傾け、真剣な表情でベートを見つめる。
彼の過去を知らずとも、いかに過酷な屍を乗り越えてきたかが分かってしまう程の詠唱文章。背中に圧し掛かる大きな積荷は、第三者程度の者では計り知れない。
だが。その荷もまた、他ならない目の前の青年が少しは降ろしてくれたモノだ。
恐らくは一生を掛けて背負うであろう、過去の荷物。しかし積み荷と向かい合う様相は一変しており、もはや、それが足かせとなることは在り得ない。
身に纏う炎の強さは、彼の心を現わしているかのような様相だ。タカヒロに対して己の魔法の効能を説明したベートだが、これは“受けた”魔法を吸収して強くなる類であるために魔法攻撃がなければ始まらない。
纏う炎には魔力と損傷を吸収する効能があるものの、完全に被ダメージを無効化できるモノではない。また、味方の防御魔法や回復魔法すらも破壊してしまうために、大きなデメリットを併せ持つ。
同様に、魔法を使わないタカヒロが敵ならば、最も相性が悪い魔法の1つと言えるだろう。それでもベートが魔法を使ったのは、少しでも己が強い状態で手合わせをするためだ。
故に相手の覚悟に応えるには魔法による強化が必要かと、タカヒロはベルに対して、ベートに向かってファイアボルトを打つよう命令している。ベートもポーションを用意して了承したために、何故だか笑顔のベルから試し打ちが行われることとなった。
「ファイアボルト、ファイアボルト!ファイアボルト!!」
「なんで嬉しそうなんだよオイ!」
「さっき負けた八つ当たりです!」
「手伝うよベル、
「――――閉ざされる光、凍てつく大地」
「ベート、魔剣の力も使うかい?」
「ワシも魔法(物理)で手を貸すとするかのぅ」
「エリクサーなら、まだまだあるぞ」
「ホント容赦ねぇなテメェ等!?」
やる気は十分なベートながらも周囲の
流石にファイアボルト程度で実験は終了するも、傍から見ただけでも気配が違う。纏う炎は一層のこと猛っており、今のベートならばオッタルといい勝負をするのではないかと思えてしまう程のものだ。
「――――そうか。では此方も、少し加減を緩めよう」
なお、気配が変わるのは此方も同じ。星座の恩恵の一部を有効化しただけで、全員の目が見開いた。報復ダメージこそ危険なために有効化しないが、それでも持ち得る戦力は今までを大きく上回る。
大人げないと思うベルながらも、かつてのカドモス戦で目にした姿とは程遠い事を思い出す。故に己に宿るのは恐怖ではなく武者震いであり、いつかあの姿に追いつかんと、抱く気持ちは既に青天井。
そんなベルの顔を目にして、だらしなく表情が緩むアイズ。誰のどんな色の魂を見たのかは不明だが引きつった笑いを見せるフレイヤに対して困惑するオッタルなど、色々と連鎖が行われているのはご愛嬌だろう。
ともあれ状況は整い、戦闘が開始された。地面に小さなクレーターを作り加速するベートは、双剣を突き立てるような突進術を見せる。己の中における最も長けている脚力を存分に生かす、過去最高の一撃と言って良いだろう。
それでも、相手には通じないと予測している。速度だけならばオッタルを軽く上回る一撃ながらも、相手は瞬時に盾を使って後方へと受け流してしまった。
その点についてはベートも想定しており、本当の狙いは足技だ。速度が乗った領域から脛の部分に蹴りを入れつつ、反動を使って大きく距離を取る戦法だ。
ヒット・アンド・ウェイ。これでまた、先程の突進にしろ別の技にしろ、様々な戦法が―――――
「っ!?」
そう思ったベートの目の前に一瞬にして現れ、速度が乗った盾の一撃が見舞われる。“堕ちし王の意志”ではなく手加減された突進スキル“ブリッツ”であるために威力は最低ランクながらも、あまりの速度に防御に徹する余裕が全くなかった。
予定の数倍の距離まで後退したベートだが、息を荒げつつ今の一撃を思い返す。己の突進に対して“特徴のある”突進術で返されたために比較することとなり、いくつかの改善点らしき個所がハッキリと分かっていた。
「ッオラア!!」
故に行うは、早速の反復練習。一度受け流された技であるために効かないことは分かっているが、試したくて仕方がない。それは、一連の攻防を見ていた周囲もまた同様と言って良いだろう。
“ここを直せ”と言わんばかりの特徴的だった一撃に気づかぬ程、ベート・ローガは愚かではない。その全てを修正して放たれた一撃は、明らかに先ほどよりも速度が乗っており威力も上位だ。
百聞は一見に如かず。実際に見たからこそ分かりやすいものがあり、ああだ、こうだと口にする手間も省けている。改善の一撃とはいえやはり通じる気配がないながらも、ベートからすれば、そんな事はどうでもいい内容だ。
双剣はさておき蹴りなどの打撃系となれば疎いタカヒロながらも、応用で何とかならないかと色々試しつつ相手をしている。それもまた、青年にとっては立派な勉強となるモノと言えるだろう。
そのあとは、復活したベルとの再戦やオッタルなどとも組手を行うなどして、時間はあっという間に流れていく。回復した体力は瞬く間に消え、乾いた傍から汗を流している状況ながらも、リヴェリアが用意した水筒などによって戦闘続行は可能な環境が作られているなどサポート体制も万全だ。
レベル、派閥、種族、年齢、それら敷居の一切を取り払い。武器を取り戦う男たちとアイズは、互いを磨きあげながら見果てぬ高みへと目指して昇っているのだ。
フレイヤにとっては、どうにも眩しすぎて直視できない一歩手前の光景と言えるだろう。それでも高みへ上ろうと足掻く者達の魂は美しく、垂れてくる鼻血を我慢しつつ、しっかりと瞳で追っている。
球の汗を流し倒れる程に己を追い込む戦士たちの鍛錬は、最終日においても、本来ならば就寝となる直前の時間まで続くのであった。疲れ切ったそれぞれがリフトを抜けて各ホームへと帰還するも、各々の表情は達成感に満ちている。
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一方こちらは、アポロン・ファミリアに属する一人の少女。黒色と藍色の中間となる色で腰までの長い髪を持つ、おしとやかな少女。
時たま“予知夢”を見ることがあり、その的中率は恐ろしいことに100%に近いものがある。此度も予知夢らしき夢を見て口にしたものの、何故だか誰にも信じてもらう事はできないのだが、今となっては慣れたものだ。
いつかホームで開催された神の宴の翌日から毎日見ている今回の夢は、予知夢というよりは悪夢そのもの。アポロン・ファミリアの全員に対して“ちっちゃくて可愛い白兎”が牙を剥き出しにしており、戦闘開始直後から瞬く間に蹴散らされるという内容だ。
見た目との齟齬が凄まじい、危険な兎。彼女がよく知る仲間達が挑みかかるも誰一人として通用せず、風が吹き抜けたかと思えば勝敗は決している格好である上に、問題点が一つある。
――――みんなを倒す速度が、早くなってる……!?
最初に見た悪夢の時よりも、その白兎は明らかに「強く」なっているのだ。小手先の技術についてはあまり詳しくない彼女ながらも、目に見てわかる程のステイタス変化が生じていることは伺える。まるで、飛躍と表現できるほどの成長速度だ。
輪をかけて問題なのが、その白兎よりも遥かにヤベー何かが遥か後ろに見えていたということだろう。「ソウビ、オイテケ……」と呟き続ける存在は、控えめに表現してアポロン・ファミリア程度では手に負えない、それこそ厄災クラスであることはハッキリとしている。
かれこれこの悪夢も14日目に突入している皆勤賞となっているのだが、今のところその影は一人のサポーターらしきパルゥムを狙っているようでアポロン・ファミリアの面々とは敵対していない。
しかし、そんな悠長なことも言っていられないだろう。例えあの白兎を突破したところで、この厄災クラスの存在が待ち受け、立ちはだかることは言うまでもないだろう。
「ハァ……ハァ……なん、なの、“アレ”は……」
夢の最後には毎度の如く“太陽”が超新星爆発を起こしているのだから、それが何を指し示すかとなれば想像に容易い。汚い花火だとか、そんな悠長なことは言ってられない。
夢の結果は、毎回すべて奇麗に同じ。今日もまた成すすべなく蹂躙されて倒れていく仲間達の絶叫が脳裏に響き、少女は今朝も寝汗びっしょりの姿で目を覚ますこととなっている。
暫くは大規模な遠征を予定していないために、これが
一応ながら主神アポロンに対して報告は行うも、ヒュアキントスはもとよりアポロンにすら信用されない。二名曰く、ヘスティア・ファミリアがどこかと連合軍を組んでいる動きはなく、逆にこちらは守銭奴であるソーマ・ファミリアの団長を買収して手を組んだために安泰と返された程だ。
ちなみにヘスティア・ファミリアについて言えばガッツリと鍛錬が行われているというのが真相だが、アポロン・ファミリアにとってフレイヤ・ファミリアはノーマーク。ロキ・ファミリアについてはヘスティア・ファミリアと仲が良いとのことで警戒していたが、普通にダンジョン探索に明け暮れていたりと
それもそうだろう。鍛錬組については、まずタカヒロがヘスティア・ファミリアでリフトを開いてベルを50階層に輸送。MAP画面で教会周辺に散らばる斥候らしき存在は把握しているために死角ルートからロキ・ファミリアへと行き、そこでリフトを使用。
最後に同手順でフレイヤ・ファミリアへと向かい、リフトを使っているというのが真相である。三日に一回程度の頻度でベルがダンジョンに潜ってから追っ手を撒いてリフトを使っているあたり、用意周到にも程があると言うものだろう。斥候曰く、ダンジョンは複雑怪奇であるために、見失っても仕方ないのだ。
なおタカヒロからすれば、ロキとフレイヤ・ファミリアについてはベルの鍛錬相手になって貰っていると言うことで出向いているだけに過ぎない。結果として全てのファミリアの戦力が底上げされているのだが、それは結果論の話である。
ともあれ先述の通り、何故だか未だに理解不能ながらも、誰一人として彼女が見た予知夢を口にしても“信じない”のだ。神ですらも例外なく発生しており、もはや呪いの類ではないかと彼女も諦めているのは仕方のない事だろう。
しかしこの通り、
キャラとしては拾いきれないので名前は出せませんが、こんな予知夢もあったということで。
ソーマ・ファミリアとの連合軍?厄災に狙われるサポーターのパルゥム?さぁ誰でしょうね()