その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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遅くなりました


112話 それぞれの反応(1/2)

 時は僅かに遡り、ベル・クラネルの“悪魔にしか見えない可愛らしい笑顔”が画面に映し出されて全国放送されている辺り。ロキ・ファミリアの者達も、流石にこの流れは予測することができなかったようだ。

 苦笑いを浮かべる者が多く、引きつった表情の者も数知れず。静まり返った黄昏の館の食堂に、とある青年の言葉が静かに響き渡った。

 

 

「あの野郎、やってくれやがったな」

 

 

 そのような者たちと違ってニヤリと口元を歪めポツリと呟いたのは、ベート・ローガ。始まりの言葉を口にしたこの者を含め、大多数の者は開始からベル・クラネルが魅せる圧倒的な戦闘に目を奪われていた一人だ。

 映像越しながらも目にするだけで心が躍り、冒険者ではなく戦士としての心が焚きつけられる。今すぐに戦闘を行いたい程に気持ちは高ぶっており、“やる気”という名の炎が灯る表情は誰にも消され――――

 

 

「ベート、それ“どっち”の意味や?」

「……」

 

 

 そんなことはなく、たったの一言によって消されることとなった。すっかり出鼻をくじかれたベートは、物言いたげな目線を主神へと向けている。

 ロキがそのような問いを投げ、ベートが理解できてしまい口をつぐむのも無理はない。史上類を見ない戦力差となった戦争遊戯(ウォーゲーム)は実質的に終了間近であり、その内容もまた強烈だった。

 

 軽く三行で纏めるならば、

 

 ・ベル・クラネル無双

 ・ロキ・ファミリアへのリスペクト発言

 ・余計な一言と、それに追従するベル・クラネル

 

 と言ったところだろう。流れ弾を貰ったパルゥムのサポーターも居たが、ベルが大活躍(無双乱舞)していたお陰様でモニタにも映されておらずセーフである。

 最後に出てきた例の発言も拾われたのは拾われたのだが、その後に見せたベルの笑顔が強烈だった為にヘイトはそちらへと向けられている。可愛い顔してべらぼうに強く悪魔的な発言もできるということで、“ギャップ萌え”に黄色い声を上げる奥様方・お姉さま方が多かったらしいが、その点が本人に伝わることは無い。

 

 ともあれ最初のベル無双については、ベートも百歩譲って理解できる。ベートとて例の鍛錬に参加したのは20日間もないが、それでも気づかされることは様々なものがあった程の濃密さ。

 それ程の指導ができる者の弟子ならば、あのような立ち回りができても不思議ではないとロキ・ファミリアの第一級冒険者は捉えている。尤も、それがベル・クラネルが持ち得る類まれなセンスの元に成り立っている点もまた、周知の事実であった。

 

 二つ目のロキ・ファミリアへのリスペクトについても、同ファミリアの者は熱い心を抱いている。特に59階層へ遠征した者は顕著(けんちょ)であり、ベートが抱いた心の炎は強まっている。

 同じヒューマン、同じレベル4のラウル。種族は違えど同じレベル4のアリシアなど、その対象は多くに及ぶのが実情だ。

 

 レベルでは上回っているとはいえ、一対多数という圧倒的に不利な状況。そんな苦境で光った者が己と同じレベル4だったのかと思い返すと、“まだまだ”だと否が応でも認識させられるのは仕方のないことだろう。

 それは例えレベル4でなくとも、傾向については同様だ。ベルがロキ・ファミリアを尊敬していることも知って、ファミリアとして、先輩冒険者として正しく在らねばと、各々が自分自身に活を入れている。

 

 

 それでも、最後の最後で色々あった点は変わりはない。こちらもまた「やってくれやがった」と捉えることが出来る程の内容であり、ロキが「どっち」と尋ねた片割れだ。

 

 リヴェリアはタカヒロの言動を耳にして、目を閉じ右手を頭に当てて「あの馬鹿者」と言わんばかりに溜息を零し。チラリと横を見るも、作られている光景に手を出すことはできないだろうと諦めた。

 お目目キラキラという謎のフィルターがかかっているアイズは、脇を絞めて両肩の位置に拳を作って映像を凝視中。それと比べれば穏やかなものの、フィンもまた強い視線を向けているのだから場の収まりがついていない。

 

 映像はアポロンが飛び出し謝罪を始めたタイミングとなり、ベルが武器をしまったことで決着がついたのは誰の目にも明らかと言えるだろう。やがてブザーらしきものが鳴り響き、係員が場に飛び出すなどして正式な終了となっている。

 どうやら映像の中継もここまでであり、酒を煽っていた各々は掛け金が何十倍にもなったことに喜んでいた。遠征に次ぐ遠征で資金難なロキ・ファミリアにとっても、思わぬ臨時収入が入った形である。ソーマ・ファミリアからの賠償の話もあるのだが、これは酒の現物にしてロキの酒代を抑える方向で話が進んでいるらしい。

 

 

 ところで各々が得た賭け金の倍率についてだが、これはギルドが決めた上限いっぱいにより天井倍率となっている。流石に今回の本当の倍率“うん百倍”は想定外のことであったために規則が追い付いていないという事態が起こっており、さっそく「余剰金はどうするのか」という質問の嵐が押し寄せているのは言うまでもないだろう。

 なにせ、負けた者が非常に多い状況だ。自業自得ながらもぶつける先のない苛立ちはギルドへと向いてしまっており、ギルドとしても「何か考えます」程度の回答では許されない状況なのである。

 

 

「あーもう、これ以上働けっていうの!?ただでさえ毎日5時間残業で対処してるってのに、なんでこっちに業務を回すのよ!!」

「そーだ、そーだ!」

「エイナ、もっと言ってやって!!」

「だ、だから、その……」

 

 

 堪忍袋の緒が切れてしまい、ギルド本部の事務所で叫ぶ“げきおこ”エイナ・チュール。と、その仲間(同僚)達。戦争遊戯(ウォーゲーム)そのものの手配と後処理の準備に只でさえ集計が面倒な賭け事の制度に加え、レベル2から4になったイレギュラーの対応に手を追われている状況に、どうやら新しい“お願い”が舞い込んできたらしい。

 普段の仕事が丁寧で完璧なエイナだからこそ許される反論であり、これには仕事を持ってきた上司のギルド職員も終始姿勢が低い。確かにギルドの制度が招いた事象であるために、これは上司の責任と言えるだろう。

 

 ところで、その関係のない仕事、新しいお願いとは何か。それは、“負けた金額の二割を余剰金からバックすることができないか”という計算だ。

 しかも、そのバックする金額の割合を増やせないかというオマケ付き。これらの作業を人力でやれと言う無茶な命令に対し、流石のエイナを筆頭に職員たちからも批判の嵐となっているのは仕方のないことだろう。

 

 結局は三割バックで決定され、もし足りなかったらギルド幹部の給料を返上ということで内部抗争に決着がついたらしい。余剰金が出るだろうが、それはきっと誰かが有効に使ってくれる事だろう。恐らく。

 

 

 本日の残業も一段落つき、続きは明日からと決定したギルド本部の事務室。背伸びをする者、溜息をこぼす者など、溜まった疲れを表現する方法は様々だ。

 そんな事よりもと書類の片づけをしていたエイナに対し、親しい同僚の一人である桜色の長い髪を持つ小柄で陽気なヒューマン。エイナが学生時代からの友人である、ミイシャ・フロットが声を掛けてきた。

 

 

「それにしてもエイナの弟くん、あっという間にレベル4になっちゃったんだねー」

「だから弟じゃないってば。でも、ホントにねー。コボルト一匹倒して嬉しそうに駆け寄ってきた頃の顔、まだよく覚えてるわ」

 

 

 片づけの片手間に応対するエイナだが、その表情は残業疲れなど伺えない程に明るいものがある。担当対象のベル・クラネルがオラリオに刻んだ数々の活躍によって彼女に支払われる臨時ボーナスの額も弾んでおり結果として両親へ仕送りできる額も増えているのだが、そんなことは関係ない。

 

 

「到達階層は実質的に18階層だし、みんな凄い凄いって言ってるよ~」

 

 

 実力を示す指標としている、到達階層。行くだけならばそんな指標すらもぶっ壊していく“リフト”なる存在があるのだが、彼女たちの仕事が増えるだけなので知らない方がいいだろう。

 実のところベル・クラネルの最大到達階層は59階層であるために、ギルドが持っている情報も間違いだ。故にタカヒロとしては、「そのようなものが強さの指標になるのか?」と一蹴している内容でもある。

 

 対人、対モンスター、一体多数、奇襲、連続戦闘。本当の強さとは、それら以外に如何なるシチュエーションにおいても発揮できなければ意味がない。

 その教えを受けてきたベル・クラネルも、あまり到達階層は気にしてない様相を見せている。ダンジョンへは潜らず技術を高めることに努めているベルだが、この言葉の影響を大きく受けているのだ。

 

 

「……そうね。ほんと、あっという間に大きくなっちゃった」

 

 

 実際のところ背丈も数センチ伸びているのだが、エイナが口にするのは内面について。年相応よりちょっと幼い反応を見せてくるベル・クラネルとは、彼女によって世話の焼ける弟のような存在と言えるだろう。

 事実、無意識のうちにそのような目線で接してしまっていた為に、同僚のミイシャからは“弟君”などと呼ばれているワケである。オラリオ屈指と言えるほどに素直であり、小動物のような顔をしているために年上の女性が面倒を見てしまうのも無理のない話だ。

 

 

 しかし。そんなベル・クラネルだったのも、たった半年ぐらい前までの昔話。ダンジョンについての知識は危ういところもあるが、持ち得る戦闘技術については、先の戦いを目にすれば彼女にも分かる程のモノがある。

 先程エイナが呟いた一文も、ここにある。“男子、三日会わざれば刮目(かつもく)して見よ”という言葉があるのだが、まさにその言葉を体現しているかのような成長ぶりに他ならない。

 

 レベル4の報告をしに来た時。それ以前にも度々見かけたが、彼女との会話が終わると、据わった雄の表情へと一変するのだ。そこには子ウサギのような微笑ましさは欠片もないが、エイナとて思わず見とれてしまうほどのモノがある。

 守ってあげたい・お世話してあげたい年下の様相と、頼りになる男というギャップを持ち得る、彼女とは5歳ほど離れた年下の少年。あまり意識していないものの、素直に白状するならば、彼女にとってドが付くほどのストライクゾーンなのである。

 

 己の元から巣立っていくような成長ぶりを思い返し、思わず口元が緩んで穏やかな顔つきへと変貌する。本人も気づかぬところで“姉”とはまた違った女性の表情だったのだが、誰も見た者はいないためにセーフだろう。

 

 しかし同時に、その顔を向けることは許されないとも知っていた。故にすぐさま表情を戻し、できる(スパルタ教育)アドバイザーのエイナ・チュールとして普段のふるまいを見せている。

 知っていた理由としては、アポロン・ファミリアにおける神の宴。参加していた者達がフレイヤに視線を奪われる点については不可抗力としても、そちらに目が行っていたならば、ベルとアイズのやり取りも知っていたというわけだ。

 

 

「これなら、弟君がヴァレンシュタインさんと並んでも見劣りすることはなさそうじゃない?エイナ」

 

 

 結果として、二人が他人ではない関係にあることも静かに広がりを見せている。のちのち街中を二人で出歩くようなことがあれば、噂は輪をかけて広がる事だろう。

 情報収集に長けるギルドにも、その情報は舞い込んできていたというワケだ。一番の驚きを見せたのがエイナであり、最初に耳にしたときは軽く叫んでしまった程のものがある。

 

 何せアイズ・ヴァレンシュタインとは、オラリオにおいては最も人気が高い女性の一人と言って良い人物だ。本人にその気がなく恋人即ちダンジョンというレベルだった為に、今まで男の影も形もなかったのが実情だ。

 故にここにきてのベル・クラネルは、まさに大番狂わせと言って良いだろう。密かに思いを寄せていた者は噂話に憤怒し、此度の戦いを目にして諦めている者だらけとなっていた。

 

 

「確かに、“ヴァレンシュタイン氏と並ぶなら強さが足りない”って言ったことはあるけどさー。ホントに強くなって、更に彼女にしちゃうなんてね~……」

 

 

 行儀悪く机に肘を立て、手のひらで顎を支えるエイナ。仕事疲れか「ふぅ」と吐き出される溜息が行儀悪さを引き立てており、滅多に見せない様子にミイシャも少し驚いた様相を隠せない。

 

 早すぎるレベルアップに自分の実力を勘違いし、ダンジョンで命を落とさないだろうか。お世話癖が付いてしまっているエイナには、そんな不安が浮かんでいる。

 しかし、その点については心配無用だ。ベル・クラネルは己の実力をしっかりと把握しており、緊急時を除いて無茶をすることは無いだろう。

 

 

「レベル1から2への最速記録を作ったかと思ったら、2から3どころかレベル4!」

「ほんとにねー」

「全部の記録を一気に更新だよ!こんな冒険者、二度と出てこないんじゃないかな?」

「ベル君みたいなのがポンポン出てきたら業務が追い付かないわよ!」

 

 

 恐らく生きているうちには二人目は出会わないと考えている、考えの甘いエイナ・チュール。なぜベル君がこれほどの成長を遂げることが出来るのかと考えた際にスキルへと原因を押し付けず、環境の点を考えるべきであった。

 冒険者となる際の担当に彼女を指名するであろう、一般人(基準外)枠。そこには、レベル100という桁外れの規格外が控えている。

 

 そんな謎めいた人物(ぶっ壊れ)のことはさておき、明日も朝からエイナ達が挑む業務が待ち構えていることに変わりは無い。ベル・クラネルというよりはヘスティア・ファミリアが受け取る賞金の用意など、やらなければならない事は文字通り山積みだ。

 やるべき事を羅列しだすと逃げるように立ち去ろうとするミイシャの肩を掴んで、2分程で要点を整理する。このような行動ができるからこそ要領よく立ち回ることができ、結果としてエイナは“仕事ができる”と評判なのだ。

 

 なお、あまりの多さに帰宅の足取りが重いのはご愛敬。オラリオに来てからは職場と自宅との往復で一日を終え続けている彼女だが、それは今日とて同じのようだ。

 

 

「はー……。誰か、会計の書類整備が得意な人いないかなー……」

 

 

 自宅へと帰り身支度を整えたエイナは、ドサッとベッドに倒れる。考えてもそんな都合のいい者は思い浮かばず、疲れからか、意識は不覚へと沈んでいくのであった。


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