オラリオにある、とある地下室。屋内用の魔石灯の光が6畳程度の石造りの壁に無秩序に反射し、不規則な影を作り出している。
部屋の中心部にあるのは、4人掛けには少し小さい丸い木製テーブル。対面となるように二人の男女が腰掛けているのだが、机に肘をつく男に対して背筋を伸ばす女性側という不釣り相な状況だ。
「リトル・ルーキーか……盲点だったな」
コトンとワイングラスの底が木製テーブルに置かれる音が静かに響き、中の葡萄酒が静かに揺れる。やがて収まった波紋には、下を向く一人の神の姿が映し出されていた。
美男美女揃いとされる神々の中でも、整った顔。落ち着いた性格や口調にマッチした雰囲気は、数多の女性・女子から絶大な人気を集めている。
かつて24階層において騒動があった際、ロキへと接触した神“ディオニュソス”。
パッと見は、上品さと優雅さを持ち合わせた優男。ややウェーブのかかったブロンドの髪先と相まって、その様相に拍車が掛かっていると言えるだろう。
実のところは、わざと少しだけ気高く振舞い王子のような様相を見せている。それ故に女性からの人気は高く、何かと有名な神の一人だ。
「はい。最速でレベル2へと昇華したことは知られておりましたが、同時に、虚偽の報告だと疑う声が強かったことも事実です」
「だが、その実力は本物だった」
対面に座り背筋を伸ばし、据わった表情を見せる一人のエルフ。腰先まである長く艶のある黒髪、ベル・クラネルのような深紅の瞳――――よりは少し暗い色の瞳を持つ女性、フィルヴィス・シャリア。
ギルドに伝えられているレベルは3であり、
目の前にいる神ディオニュソスのファミリアにおける団長を務めているのだが、実はファミリア内部においても持ち得る人望は無いに等しい。同じファミリアの者からも遠巻きにされており、それは副団長からすらも同様だ。
理由としては、過去に彼女自身を除いてパーティーが全滅したことがあるが為。結果、裏の二つ名として
しかしファミリアにおいても主神のディオニュソスだけは別であり、こうして快く接する態度を見せるのだ。故に彼女もディオニュソスの前では口数が多く、今現在は真面目な話のために据わっているが、表情も豊かに変化する。
その実、タカヒロやベルの前では表情豊かな、それぞれリヴェリアやアイズに似ているだろう。心から気を許せる相手だからこそ、フィルヴィスも心の扉を開いて接するのだ。
「あれ程の実力ならば、“事”を成す際には無視できない戦力となるだろう。そういった意味では、アポロンには感謝しなければならないな」
「はい。ベル・クラネル、あの者の実力を測れた実績は大きいでしょう」
前代未聞の戦力差、そして最速でレベル4になった少年が出場する。そんなこともあって、二人もまた、オラリオ全土に中継されていた
結果としてバトルフィールドで暴れに暴れて、
以前ロキに対してダンジョンにおける異常事態を伝えたディオニュソスながらも、その情報がどこから出てきたか。ベルの実力を知れたことが大きいという発言について、果たしてそれは闇派閥など、オラリオにとっての敵対勢力に対抗する為か。
その事実は、二人にしかわからない。しかし逆に言うならば口に出さずとも、二人には分かっているということだ。
ともあれ二人は、オラリオにおける強者の動向を探っているらしい。もちろんロキ・ファミリアやフレイヤ・ファミリアについては以前からマークされており、どうやらオッタルが単身50階層へ到達したことも筒抜けの様であった。
「目立つ冒険者は、一通り把握しております。今のオラリオにおいて頭角を現しているのは、ベル・クラネルだけと言って良いでしょう」
「そうだな。レベル3はともかく4、5とそれぞれ昇華する者は少なからず居るようだが、どれも大した器ではない」
確かに、ランクアップした誰もかれもがベルのように公の場で活躍するわけではない。冒険者の半分以上を占めるレベル1の者の内、レベル2へとなれた者こそは目立つが、この二人からすれば所詮はレベル2と言った程度。
レベル6や7になったロキ・ファミリアの面々や少し前にレベル8となったオッタルを除けば、目立つ冒険者は限られる。故にギルドの発表に目を向けていれば、自然と“オラリオが抱える冒険者たちの戦力が知れてしまう”のだ。
そう。ギルドが把握し公表されているのは、“冒険者”に限定された話なのだが。
その点はさておき、ベル・クラネルという冒険者が突然と頭角を現したのも事実である。現状持ち得る情報は最速でレベル2になったという情報だけであり、成し得たのであろう偉業の数々も聞いていない。
二人が知っている事実を付け加えるならば、少年が所属するヘスティア・ファミリアはロキ・ファミリアと同盟関係にある程度だろう。
「ともかく、もう少し情報が必要だ。急激な成長の裏には、ヘスティア・ファミリアと同盟関係にあるロキ・ファミリアによる影響がある筈だ。騒動にならないならば手段は任せる。ロキ・ファミリアに接触して、情報を集めてくれ」
「はい、お任せください」
勅命を受けたフィルヴィスが闇へと消え、気配は完全に消滅する。とある神が栽培した葡萄を原材料に酒造された葡萄酒を煽ったディオニュソスは、意味ありげな一文を呟くのであった。
「……ククッ。お前も俺の手のひらで踊って、精々愉しませてくれよ?完璧な計画の為に、な」
一人の神が
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冒険者ギルドにおいて、
待ち合わせの時間よりも5分程早く着いたのだが、相手は既に席に座って待っている。人気が少ないのか人払いをしているのかは不明だが、ロキは周囲に人がいないその席へと迷わず歩みを進めていた。
「よーフレイヤ。お互い、ごっつ儲けが出たんとちゃうか?」
「ええ、少し使える程度には儲けさせて貰ったわ」
「かーっ。ウチ等の財政事情は分かっとるやろうに、嫌味な奴やわ」
その名を、フレイヤ。何かとロキとは良くも悪くも縁のある人物であり、ロキと並んでオラリオにおける二大ファミリアの片割れ。
なのだが、そのような大層な気配はあまりない。互いに俗にいう“女子会”に訪れた様相であり、有名でなければ今の二人を神と認知する者は少ないだろう。
二人は最近の出来事を軽く話した流れで、話題は先の
後者はさておき、前者についてはフィンやリヴェリアから実績を聞いている。リフトを使っていたとはいえ、ベルの鍛錬を見るためにダンジョンの50階層にまで毎日10時間以上も詰める程となれば、呆れの感情も仕方のないことだろう。
そういった意味では、やはりフレイヤの“本気度合い”が伺える。そのことをロキが感じ取ったタイミングで、フレイヤが静かに口を開いた。
「そういえば、一つ考えていることがあるのよ」
「ん、なんや?」
「彼、見事勝利したじゃない?今度、私のところで祝賀会を開いてあげようと思っているのよ」
屈託のない笑顔と共に、フレイヤは紅茶に口を付ける。脳内では花びら舞う花畑を無邪気に駆け回りフレイヤへ笑顔を向けるベル・クラネルが居るのだが、映像化されていないためにセーフだろう。
それはさておき、仲が良いこともあれど基本は対立しているというのがロキとフレイヤという関係だ。その点もあって、ロキはとある事実を口にする。
「残念やなフレイヤ。既にウチがヘスティアと話ししとって、祝賀会はウチで開かせて貰うって決めてんねや」
「……なんですって?」
ギラリと眼光が輝き、フレイヤの鋭い視線がロキに刺さる。推しのなかの推しであるベル・クラネルからすれば近所のお姉さん的なポジションに居る彼女だが、その実はオラリオにおける二大ファミリアの片方を纏める美の女神。
故に、示す覇気については間違いなく神の中でも第一級。流石のロキもこの視線を受けては真顔で流す余裕はなく、ニヤリと口元を歪めて先手を取ったことをドヤっている。
ともあれロキとしては、フレイヤがわざわざ祝賀会を開く理由が見受けられない。今までの言動からベル・クラネルがフレイヤの“お気に入り”であることは気付いている彼女だが、手を出さない理由はいまだ不明だ。
極端な表現をするならば、“欲しい
「なぁフレイヤ。そこまで気に入っとる割に、なんで手ぇ出さんのや?」
だからこそ、ここはストレートに聞いてみる。この発言が出されたのは、実はロキ・ファミリアの為でもあった。
ベルと一緒に過ごすうちに年頃の少女らしくなってきたアイズ・ヴァレンシュタインは、ロキが一番愛情をもって接している眷属の一人である。もしフレイヤがベルを捕ろうと動くならば、アイズに多大な影響が及ぶことは間違いない。
もしそのような事態になるならば、ロキ・ファミリアとして全力でフレイヤを阻止するために行動を開始する。リヴェリア経由で話を入れれば、
オラリオ全土を巻き込むことになるだろう戦いになるだろうが、アイズの幸せを守る為ならば全団員に土下座を見せる覚悟がある。相手がフレイヤであるために嘘を言われても見抜ける確率は低いが、せめて相手方に、刃向かう意思があることを伝えたかったが故の発言だ。
が、しかし。起こっている事態は、ロキが考えるシリアスさなど欠片もない。
何を言っているのかと言わんばかりに、フレイヤは大きな溜息を見せている。直後、場に出ていた紅茶に大きな一口をつけると、心底真面目な表情でロキに向かって忠告の内容を発していた。
「分かってるの?ロキ!
「よー分かったわ、お前さんショタコンの鑑やで」
両手を胸元に持ってきてガッツポーズを決め、“フンス!”と鼻を鳴らすように可愛らしく叫ぶフレイヤ。とりわけオカシなことを言っている気がするが模範のなかの模範であるために、ロキもマトモに取り合うつもりはないようだ。
ロキだからこそ分かるのだが、フレイヤが見せる言動にネタの気配は欠片もなくマジである。明後日の方向にガッツポーズする姿勢がどこぞの元祖ポンコツエルフと似ているが、恐らく偶然の産物だろう。
ともあれフレイヤとて、アイズという強敵が居ることは把握している。アポロン・ファミリアのもとで開かれた神の宴においてもベルはアイズを選ぶ仕草を見せており、そういった意味でも“手に入らない”ことは分かっていた。
もちろんヘスティアとロキ・ファミリアを敵にした上で、タカヒロという危険因子が居ない場合は手に入れることもできただろう。しかしそれはベルの本意に背くものであり魂の輝きを失わせるため、彼女のポリシーに反するのだ。
あくまでも手を出していい前提条件は、ベル・クラネルが誘惑に負けてホイホイとついて行ってしまった場合。幸せそうにアイズと過ごし、彼女の為に戦いにおいて魂を輝かせる二人の仲を切り裂くつもりは、これっぽっちもないのが本心だ。
少年の成長を、魂の輝きを見て子供の如く興奮しはしゃぐ美の女神。そんな彼女がオラリオで見つけた愉しみは、まだまだ始まったばかりである。
糖分が足りない気がする