その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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意味ありげな後半です


117話 正式ランクアップ

 新生ヘスティア・ファミリアが発足して、翌日の話。

 

 

「そんじゃ、神会(デナトゥス)を始めるでー。なんか前の前もウチやったような気ぃするけど、司会務めさせて貰うロキや、皆よろしくなー」

 

 

 バベルの塔にある、特別な部屋。ドーム状の大きなホールに控えめな拍手が鳴り響き、ここに第n回の神会(デナトゥス)が開始された。

 いつもならば誰かしら宴を開いてから行われるのがセオリーなのだが、今回は臨時の要素があるために神会(デナトゥス)だけの開催となっている。とはいえ、その点を気にしている者はいないようだ。臨時の開催となった理由の一つとして、前回の神会(デナトゥス)以降にランクアップした者が一定数を超えた為ということが挙げられる。

 

 

 この報告会により、フィン、ガレス、リヴェリアは正式にレベル7として認定。偉業としては少々無理があるものの“三名で51階層に辿り着いた”という事にされており、50階層までワープしているものの実際に行っており間違ってはいないのが実情だ。

 ちなみにだがこれはフレイヤからロキへ行われた助言の結果で、オッタルがレベル8となった際も“50階層へソロで行った”となっている。ロキ・ファミリアの名の下にゴリ押しも効くために、内容としては十分だ。なお、各々の二つ名は、そのまま継続と決定されている。

 

 リリルカについても理由は“最後と一緒に”と後回しにされながらも正式レベル2として認定されており、こちらは新しいパルゥムの初級冒険者誕生ということで少しだけ目立っている。授けられた二つ名はベルをもじってか“運搬小人(リトル・ポーター)”と、珍しく無難なものとなっていた。

 

 その他の者については、いつも通りの阿鼻叫喚の地獄絵図。相も変わらず痛々しい二つ名のオンパレードとなっており、崩れ去る神々がそこかしこで発生中。

 流石にベートの二つ名ほどアブナイものは出ていないが、似たようなベクトルであることに変わりはない。そこかしこで、再考を祈願する声が聞こえているのは日常と言っても良いだろう。

 

 

「ほな、最後は皆お待ちかねの――――」

「ちょ、ちょっと待ってくれないか、ロキ!」

「どないしたんや、ヘスティア」

「ちょ、ちょっとだけ胃薬を……」

「……」

 

 

 そして最後、この臨時神会(デナトゥス)が開催された本題。レベル2の申請以降にレベル4となった“準ぶっ壊れ”であるベル・クラネルの話題が持ち出された。

 なお、この裏ではロキ・ファミリアとフレイヤ・ファミリアが“恩返し”ということで関係各所に根回しを実行済み。反発しそうな所とは事前に「オハナシアイ」を実施済みであるために、此度のランクアップも表向きは通常通りなれど、すんなりと決まることになるだろう。

 

 話題の周知と共に周囲の視線は一瞬にしてヘスティアに向いており、彼女は机に向かって顔を下げて冷や汗を流している。何についてを言われるかは分かり切っているために準備はしたものの、変化球となればどんなことを言われるかは全く持って予想することができないのだ。

 蓋を開けてみれば、やはりランクアップの申請が遅れた理由と、レベル2→4へ“飛び級”したのかどうかという内容だ。今の所は予想通りであり、ヘスティアは少しの安堵と共に以前からタカヒロと練り合わせていた回答を口にする。

 

 

 まず最初にランクアップの申請が遅れた理由として、アポロン・ファミリアにちょっかいを掛けられてゴタゴタしていたことを言い訳とした。当時は三人だけのファミリアだったために、この言い訳は幸運にも通ることとなる。

 そして飛び級でレベル4になったわけではなく、3から4へ七日間で達成されたことを正直に口にしている。その原因、トリオでのゴライアス討伐もまた正直に報告を行っていた。

 

 他人事といえばそれまでだが、到底ながら信じられる内容とは程遠い。セオリーという言葉など空の彼方に投げ去っており、偉業を耳にして鼻血を我慢している美の女神はさておき、場は静まり返った様相から変わらない。

 周囲の神々は呆れ果てて何も言えないが、それも当然。少し前に目にしたベルの姿があるからこそ、誰も口を挟むことができないのだ。

 

 

 これこそが、タカヒロが狙った内容の根底に他ならない。根回しの効果もあるが、前代未聞の戦争遊戯(ウォーゲーム)にて実力を示したことにより、周りの神々はレベル3におけるゴライアス討伐も腑に落ちてしまっているのだ。

 実のところヴェルフの魔剣があった事が討伐成功の一要因となっているのだが、おかげさまでこの事実も明るみに出ることはない。青年が作り出した状況は、ものの見事に奇麗な歯車となって回っている。

 

 

「えらいアタマオカシイ事やっとるみたいやけど、嘘やないって誓えるな、ヘスティア」

「ああ、勿論だよ。目を逸らしたいけどそこは誓うぜ、ロキ」

「本音漏れとるで。そんじゃ、ベル・クラネルがレベル4になる点については問題あらへんなー。ところで、リトル・ルーキーに代わる新しい二つ名なんやけど――――」

 

 

 そんなこんなでベル・クラネルに授けられた新たな二つ名は、“悪魔兎(ジョーカー)”。ちなみに名づけの親はロキであり、事前にフレイヤと相談していたらしく彼女も非常に気に入った様相を見せている。

 この二人が“推し”となっている以上は止められるのはタカヒロぐらいの者であり、故にベルの二つ名はこれにて決定。数日後には、正式に公表されることとなるだろう。

 

 この二つ名となった理由の半分としてはご存じの通り、戦争遊戯(ウォーゲーム)で見せた悪魔的ほほ笑みだ。言っていることと表情がまったく一致しておらず、わるーい心を持ったロキなどに気に入られてしまっているのは仕方のない事だろう。

 そしてもう半分は、単純に持ち得る実力からの命名だ。レベル4とアドバンテージがあるとはいえ、先の二つのファミリアを単騎で潰す程の実力や鍛錬で対峙した者からロキが得ていたベル・クラネルの実力は、まさにジョーカーと呼んで差支えのないほどのモノがある。

 

====

 

 そんな事になっているとは、つゆ知らず。当の本人であるベル・クラネルはファミリアの用事を終えると、買い物へと赴くためにホームを出る準備をする。

 財布、ヨシ。何を買うかのメモ紙、ヨシ。護身用のナイフ、ヨシ。リリルカ……ではなく収納カバン、ヨシ。忘れ物がないことを確認するとホームを出て、商店街の方へと足を向ける。

 

 

「あれ?」

 

 

 ふとして反対方向が気になり身体を向けると、大通りの端に映る見慣れた二人の姿。“斜め上”へと長く突き出た耳と美しい緑髪を持つ人物の対面に居るのは他ならぬ私服姿の師匠であり、数秒の間だけだったが見間違いではないだろう。

 そんな二人の姿も人波に消えてゆくのだが、二人がどこへ向かうかはベル・クラネルにとって関係のない話だ。今日の予定を終わらせるために、商店街の区域にある本屋へと歩いていく。

 

 この本屋はタカヒロからの紹介であり、彼がいつも読んでいる本は定期的にここで購入をしているようだ。決して大きくはなく、一方で個人が趣味でやっているよりは大きいという微妙な規模。

 しかしだからこそ、無駄なものもなければ主要なものは揃っている。店にとっては悩みの種かもしれないが、立ち位置が微妙であるために客数も少なくゆっくりと選ぶことができるのだ。

 

 とはいえ、いくら主要なものしか揃っていないとはいえ、例外もある。オラリオで最も需要が高い一つであるダンジョン関係の本は、このような規模の書店においても数多くの種類が揃えられているのが現状だ。

 今回ベルが書店を訪れたのは、ファミリアで使う入門書を数冊購入するためのモノ。資金繰りが宜しくないレベル1の者たちに対して、少しでも知識を身に着けてもらうためのファミリアとしてのサービスだ。

 

 

「うーん、意外と種類があるなぁ……初心者用の本って、どれが良いんだろう……」

「ダンジョンに関する教材か?それならば――――」

 

 

 思わず呟いた時にふと横から聞こえる、落ち着いた女性の玲瓏な声。イントネーションも含めて何度か聞いたことのある声は、とある人物をベルの脳裏に連想させる。

 しかしその者は西区で師と行動しているはずであるために、よく似た別人の声だろう。自分は一直線に書店へと来たために、追いつかれるようなこともない。

 

 ともあれ、お薦めを教えてもらったからにはお礼の言葉が必要だ。そのためにベルは振り返ると――――

 

 

「すみません、ありが――――あれ、リヴェリアさん?」

「ん?どうかしたか、ベル・クラネル」

 

 

 まさかの人物を目にして、思ったことをそのまま口にしてしまった。別に、リヴェリアが書店にいる点については問題ない。

 実はタカヒロもリヴェリアにこの店を紹介されており、彼女も読書が好きなために定期的に訪れている。今日は偶然にも、ベル・クラネルとバッティングしたというわけだ。

 

 

 しかし本日は、少し前の光景があるだけに位置関係がおかしいと言える。西区で見かけた姿は、確かに師匠とリヴェリアだったとベルは脳裏で思い出す。

 もっともベルとて、美しい緑髪の背中を見ただけであるためにそれがリヴェリアかと言われると断定は難しい。師ならばもしかしたら後ろ姿だけで判断できるのかもしれないが、少年には厳しい技術だろう。

 

 そこで本の購入後、アイズには悪いとは思いつつベルはリヴェリアを小さなカフェに誘うこととなった。長居をするつもりはないためにお茶の一杯だけを注文して、互いに口をつけている。

 まず初めにリヴェリアが口を開き、アイズと上手くやっているかを尋ねていた。母親役として接してきたこともあり、何かと過保護なのは仕方のない事だろう。

 

 

「あっ、すみません師匠から聞きました。遅くなりましたがレベル7へのランクアップ、おめでとうございます」

「情報が早いな、ありがとう」

 

 

 それらの話も一段落し、お茶の量も残り半分。今度はベルが、気になったことを尋ねてみる。

 

 

「ちょっと変な質問なんですけど、エルフの人でリヴェリアさんみたいな長くて綺麗な緑髪のエルフって、どれぐらいの割合で居るのでしょう?」

 

 

 素で相手を褒めていくこの少年、何も意識していないので質が悪い。相手が少しでもベルに気持ちを抱いているならば、今の一撃は右ストレートとなって届いていたことだろう。

 そんなことはさておき、リヴェリアは質問の意図が分からない。ともあれ回答がしやすかったことと大したことではないために、その質問に答えていた。

 

 

「そうだな……。私の名に“アールヴ”の文字があるのは、君も知っているだろう」

「はい。あ、意味は分からないのですが……」

「ヒューマンならば仕方ないさ。アールヴとは“エルフの始祖”を意味する名でな、王族にしか名乗ることは許されていないんだ」

「なるほど」

 

 

 曰く、アールヴの名を継ぐ王女(ハイエルフ)は、皆彼女のような翡翠の瞳と髪になるらしい。事実、彼女の母親もソックリの瞳と髪を持っているとのことだ。

 逆に言えば、緑髪のエルフこそいるが色合いは完全に別と言って良いほどに違うとのことだ。緑色の場合でも薄かったり濃かったりするようであり、比べれば一目瞭然のレベルらしい。

 

 故に、下々のエルフにも漏れなく浸透しているというわけだ。曰く、見ただけでアールヴの王族だと瞬時に判断することができるらしい。

 ちなみにだが、現国王と王妃の間にできた子供はリヴェリア・リヨス・アールヴただ一人であるのが実情だ。己の師がとんでもない相手とお付き合いしていることを知ったベル・クラネルだが、その師はその師でエルフの王族など霞む程のヤベー加護を持っていることを知らないのは仕方のない事だろう。

 

 

「ところで、何か理由があっての質問だったのか?」

「実は、リヴェリアさんと似た髪を持っているエルフの人が居たらしくて……」

「私と?オラリオでの事か?」

「あ、はい。でも、その見た人はエルフじゃないので……僕みたいに知識がなくて、単に勘違いしているだけなのかもしれません」

 

 

 ベルが目にしたのは遠目であったために、先ほどの内容を言われると疑問が強くなってしまう。

 

 

「ふむ。恐らくそのエルフは、王族の血筋を引いている可能性が高いはずだ。ならば知らぬものが、同じ様に見えても仕方ない」

「なるほど」

「予想の域を出ない話だがな。ともかく、オラリオに滞在しているうえでアールヴの名を継いでいるハイエルフは、私しかいない。これは間違いのない事実だ」

 

 

 そんな人が危険なダンジョンに潜っていて良いのだろうかと疑問が浮かぶベルだが、危険を察知して口にすることは無かった。今日も“幸運”はキッチリ仕事をしている。

 ともあれ、とりあえずリヴェリアと見た目が似た者は居ないことが判明した。ちょうどお茶もなくなってきており、そろそろお暇となるだろう。

 

 では、あの時に見た緑髪のエルフは誰なのかという疑問が残る。もっとも遠目であったこともあって己の見間違いの可能性もあるために、おいそれと口に出すことができずにいる。

 ならばリヴェリアの母親かと思ったベルだが、王族それも身内が来ているとなればリヴェリアがここにいるワケがないだろうと判断した。サプライズ訪問だとしても、ロキ・ファミリアの情報網には引っかかっているはずである。

 

 

「あ。リヴェリアさん、実は一つお願いしたいことが……」

「ん、どうした?」

 

 

 そんなこんなで場は解散となり、ベルは買い物を済ませるとヴェルフの工房に寄ってホームへと戻ってくる。ファミリアの者が待機しているリビング的な部屋にある本棚へと、購入した書物を並べていた。

 

 ちなみに、そのうちの一冊。その表紙に書かれていた内容は、以下である。

 

 

 “勉学に役立つことを願う。内容保証、我が名はアールヴ”

 

 

 紛れもないリヴェリア・リヨス・アールヴの文字であり、ベルの考えに感銘を受けた彼女が支払った教本だ。そしてベルのお願いにより、この言葉が添えられている。

 

 しかし、教本の導入から二日後。なぜか当該教本が超厳重なガラスケースに保管されて使用できなくなっており、他のファミリアのエルフがひっきりなしに訪れている。

 当たり前だが教本としては役立たなくなってしまったために、結局ファミリアとしてもう一度買う羽目になったのはお笑い種と言えるだろう。ちなみにだが、保管した犯人はヘスティア・ファミリアにおける三人のエルフである点については言うまでもない。

 

 

 

 

 そして、同時期のこと。

 

 普段から甘えに甘えてくる一変したアイズの姿に押されまくりのベル・クラネルが対策を師に相談したのだが、何故だか苦笑で返された上に答えを貰えなかったらしい。


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