ノリと勢いで書きました()
黄昏の館、とある広い部屋。「嵐の前の静けさとは、このような状況を指す言葉である」と言われれば、納得するに容易いものがある。
50人以上が入れるのではないかという広大な食堂は、いつもならば誰かしらが軽食なりを取っているのがセオリーだ。故に調理スタッフも交代制で一人は常駐しており、ロキ・ファミリアにおける福利厚生の1つとして機能している。
しかしながら、それは通常の話であって此度は違う。シンと静まり返った食堂では外からくるオラリオの活気が木霊しており、それが不気味な静かさとなって響いていた。
そんな様相を感じ取っているのはロキ・ファミリアの者ではなく、部外者二名。白い髪の色こそ同じながらも背丈の差がある二人の男がそれぞれ腕を組み、神妙な表情で顔を見合わせて会話をしている。
「師匠……これは、逃走するべきなのでしょうか」
「いや、最後まで見定めよう。自分は、どうとでもなる」
あたふたとした様相を隠せないベルに対して、相変わらずのタカヒロは終始落ち着いた声で応対する。しかしその黒い瞳には力がこもっており、気楽さは見られない。
レベル2で穢れた精霊と対峙し、かの
「それって結果的に僕が生贄になりません?」
「骨は拾ってやる」
「骨になる前に助けてください」
「善処するが、即死となれば救えんぞ」
「それ程ですか」
「可能性の一つだ、在り得ん話ではない」
「確かに……」
「……随分と
「ベルも、だよ……」
物騒な会話を行う白髪コンビに対し、妻娘役が片頬を膨らませてクレームとブーイング。しかしながらクレーム側とて今の会話の事情を分かっているために、あまり強く言えないのが実情だ。
とはいえ、それも仕方のない事だ。
リヴェリアは、まだ何とかなるレベルにあって欲しい。そう考えるタカヒロだが、あのポンコツ具合を知った今となっては不安が芽生えても仕方が無いと言って良いだろう。
実の所、簡単な料理ならそつなくこなせるのが実情だ。ホントに大丈夫かと物言いたげにジト目を向けるタカヒロに、失敬なと物言いたげな翡翠のジト目が返されている。
問題はもう片方であり、アイズ・ヴァレンシュタインは料理という概念が分かっていない。彼女にとっては、パンをスライスして提供するのも立派な料理として扱われるのだ。間違ってはいないが、そうじゃない。
ベルはその事実を知っているために、直感が警告を発しているというワケである。死因が愛する彼女の手料理など、絶対に迎えたくない結末と言って良いだろう。
そして、もう一人。折角だからということで手を上げた恋する乙女、ティオネ・ヒリュテもまた、愛を向ける団長のために料理教室への参加に手を上げた。
なおこの瞬間、黄昏の館に居た全眷属がダンジョンへと駆けだしているのはご愛敬、ロキですらヘスティア・ファミリアへと避難中。だからこそ白髪コンビは入れ違いで召喚されたワケであり、処理班として呼ばれたであろう状況に一層の危機感を抱いているというワケだ。
「そうならないよう、私に“白羽の矢”が立ったわけです!」
右手の拳を自分の胸に当てて少しだけ背を逸らしエッヘン顔の少女、レフィーヤ・ウィリディス。リヴェリアの愛弟子となる彼女が、料理講師として指導を行うという催しらしい。
そんな彼女に対して、パチパチと拍手をするアイズとティオネ。しかし、タカヒロの面持ちは神妙だ。理由については、“抜擢された”という意味で“白羽の矢”と口にしたのであろうレフィーヤに他ならない。
「……白羽の矢とは本来、“多くの者の中から犠牲者として選び出される”ことを意味するのだが」
「えっ」
「少女の生贄を望む神が、その少女が住まう家に放つ矢のことだ。よい意味ではないぞ」
「……」
是非とも味見担当も兼ねて欲しいものだとタカヒロが追撃を口にすると、レフィーヤは明後日の方向に顔を向ける。ベルが顔を近づけて「レフィーヤさーん?」と煽ると鳥のごとく更に顔を背けるために、様々な意味でアイズが両頬を膨らませていた。
話をほじくり返すと、他ならぬアイズ・ヴァレンシュタインたってのお願いによる調理実習だったために断ることができなかったらしい。そんなことだろうなと溜息を吐くタカヒロとベルに、レフィーヤが「だってだって」と女々しく駄々を捏ねている。
そんなこんなで話がこじれて何故か男二人も審査対象となっており、まずは料理上手なレフィーヤが全員からヒヤリング。ロキ・ファミリア側の三名については事前に終わらせているのだが、白髪の二人については無難な自己申告が行われることとなった。
「野菜炒めなど、簡単なものなら何とか……」
「し、師匠に同じく……」
とりあえず
レフィーヤ的には、拉致られた男二名は合格ライン。リヴェリアについては差し出がましいものの、恋する女性ということで、もうちょっと頑張りましょうという評価になっていた。
が、しかし。問題は、残りの女性二名である。
まず基本的な筆記試験が行われたのだが、“煮る”と“茹でる”の違いが分かっていない。どこかの主神を思い出すベル・クラネルだが、今のところは口に出すことなく黙ったままだ。
そして、そもそもにおいて食材の処理が分かっていない。例えば人参や玉葱は基本として皮を剥いてから切るのだが、ようはそのレベルからのスタートと言って良いだろう。
とはいえ、誰しもが最初は知らなくて当然だ。だからこそレフィーヤも声を荒げることなく淡々と説明を続けており、アイズとティオネは真剣な様子で聞いている。
一応は基本程度の料理ができる男二名とリヴェリアも、何か間違って覚えているところがないかと知識と説明を照らし合わせて勉強中。レフィーヤが実際に皮を剥いたり切ったりするなどして、目と耳で覚える講義となっていた。
そして内容は一段落して、調味料などの内容へとシフトする。今回は簡単な料理であるために塩コショウ程度の内容だったのだが、ここにきて少し背伸びをするようだ。
項目は、“大さじ・小さじ”と言った基本的な分量単位。と思いきやリットルやccなどの単位も出てきているために、難易度は急上昇中と言っても良いだろう。
そのために、少し実践的な内容を挟んで息抜きをするようだ。何かを計り取るかと考えたレフィーヤは、実戦的な問題を1つ出すかと口を開く。
「じゃぁ、おさらいです。水を大さじ一杯、別の容器にいれてみましょう!」
ギラリと、試験者二人の目が光り輝く。それぐらいなら知っていると言わんばかりに、二人同時に、とある調理道具を手に取り掲げるのであった。
「これ、だね!」
「これね!」
「それは“お玉”です!大さじは、お玉じゃありません!」
師匠譲りなのが伺る特大の雷が、頑張っているつもりの乙女二人に浴びせられる。かつてない迫力に押されたアイズとティオネは肩を小さくしており、ガミガミと飛んでくる説教を受けている。
なお、別にレフィーヤとて無知の相手に叱っているわけではない。直前の筆記試験においても図解付きで出された内容であり、つい先ほどは実際の大さじ小さじ用の計量器具を使って説明まで行っていたのだ。
何が起こるか分からない世紀末な環境で培った青年の直感は、風向きが怪しくなるのを感じ取った。少し変わった表情を目にしたリヴェリアとベルにも伝染しており、レフィーヤも含めて不安の感情が渦巻いている。
「レフィーヤ……これ、かな」
「あー惜しいですアイズさん!それ、別の計量スプーンです……」
「むむむ……」
そんな空気に支配されながら必死なアイズは、何が違うのかと顔を近づけて鑑定中。確かに、初心者が傍から見れば似たような代物に見えるだろう。
ともあれ、なんとか無事に“大さじ”を理解した二人はレシピ通りに料理を進める。とは言っても、それを覚えているかとなれば話は別だ。反復練習をするしか道は無い。
ひとまず包丁の使い方を先にしようと、レフィーヤは方向転換。しかしアイズは普段使っている剣の如く叩き切るようにしているために、断面が宜しくないモノも数知れず。
押すのではなく刃を引きつつ下ろすことでモノを切るという感覚は違和感があるようで、アイズの表情が歪んでいた。ともかく切らねばと必死になって集中した様相を呈しているために、そのうち自然と覚えるだろう。
そして、いくら即席の調理実習とはいえレフィーヤが用意したレシピというマニュアルは存在する。睨めっこしながら何とか熟そうとしている娘アイズを見守る家族三人は、ハラハラドキドキの様相だ。
一方のもう一人の実習生は、我が道を突き進む。腕前で言えばアイズを上回るものがあるのだが、いかんせんその他の行動が問題だ。
「なら、この薬草を入れれば――――」
「薬草を入れたからって回復しません!逆に葉物の味が強すぎてエルフでも食べれたものじゃありませんよ!!」
「え、でもどこかの本には“隠し味”って」
「そんなに入れたら隠しきれません!と・に・か・く、まずはレシピ通りに作ってください!!」
片っ端からツッコミ役と化しているレフィーヤの息は上がりかけており、“アレンジャー”なティオネを止めるのに必死である。その点、単に不器用なだけで必死さのあるアイズは十分に可愛い部類と言えるだろう。
現に、レフィーヤもアイズに対しては口調が強くなっていない。ハラハラドキドキの部分こそあれど、それは料理初心者の誰しもが通る登竜門だ。
しかし一方で、万が一にもアレンジ癖がアイズへと伝染して「
それを一番わかっているのは、他ならないベル本人。故にアイズの一挙手一投足へと強い視線を向けており、“期待してくれている”と勘違いしているアイズは、良い意味でやる気を巡らせるのであった。
「ごめんなさい、はしゃぎすぎちゃったわ。怒らないでレフィーヤ」
「お、怒っていません!」
「レフィーヤさん、怒ってるじゃ」
「クラネルさんは黙っててください!!」
「あ、はい……」
なお、そんな傾向もベル・クラネルが相手となれば話は別だ。相変わらず、この少年に対して彼女が向けるアタリは強い傾向が伺える。
もっとも、その教師が指導を行っている生徒からすればそんなことはどうでもいい。一段落したところで“己の想いを向ける相手の為になることができたのだ”と、一人の世界に入ってしまいつつある状況だ。
「これで私は、団長の胃袋を掴むことができるのね!」
「掴んで引き千切らないようにな」
タカヒロの言い回しがツボに入ったのか可愛らしく噴き出すリヴェリアは、咳の様相を見せて誤魔化している。物言いたげな目線をリヴェリアへと向けるタカヒロだが、溜息交じりに指導するレフィーヤの邪魔をすることは無い。
「50階層のときもそうでしたけど、ティオネさん、愛情は本当に凄い……ん、ですけどねぇ……」
「匙加減を知らぬ愛、か」
「さっきから上手いこと仰っていないで貴方達も手伝ってください!!」
そうは言われても何を手伝うのだと言わんばかりに近づく三人だが、レフィーヤも発言を撤回して指導に戻っている。傍から見れば暴走気味のティオネの指導に忙しく見えたので、三人はアイズ側に付くこととした。
一応合格ラインにいる3人は、アイズが身に付けようとしている基礎程度ならば再現することができるのだ。アイズの右にベル、左にリヴェリア、調理台を挟んで対面にタカヒロがスタンバイして、ああだ、こうだとレフィーヤに代わって指導を続けている。
もとよりアイズと一緒に料理練習をしたかった彼女としては、リヴェリアはともかくベル・クラネルに役割を奪われて脳内でハンカチを食いしばっている。対面の青年は見守るような様相に徹しているものの、4人の雰囲気は非常に良い。
しかし、こちらを放置してはフィン・ディムナという死体が出来上がることは間違いない。先ほどは反省した言葉を口にしていたアレンジャーだが、テンションが上がったのかもう既に暴走特急“姉号”と化している。
「これも入れちゃおうかしら?団長の為、それこそ栄養一番よ!」
「命を二番にするべきではない、ついでにレフィーヤ君が怒るぞ」
「ティオネさん!!」
横の調理台の対面からツッコミが入るも、言っていることは間違っていない。青年の言い回しに対してツッコミを返す余裕は、今のレフィーヤには無いようだ。
彼女が最も気になるも気にかけていられないコンロでは、アイズ・ヴァレンシュタインが野菜炒めと格闘中。大小さまざまな形となってしまったものの炒め具合はいい感じになってきており、そろそろ塩・胡椒が加えられるタイミングだ。
しかしながら、目算でぶっ放すには経験値が足りていない。だからこそ先ほどの大さじ、そして小さじにて計量し、投入するというのがレフィーヤの計画である。
とはいえ、これまた慣れを要することで難しいものがある。現にアイズは焦りや不安の感情が芽生えてしまい、せっかくここまで上手くいった料理を失敗させまいという外野からの声も合わさり、混乱の一歩手前に陥ってしまっている。
「アイズさん、その瓶は塩じゃなくて砂糖です!」
「アイズ、かき混ぜなければ焦げ付くぞ!」
「えーっと……あーっと……」
単純に2つのことながらも、料理初心者からすれば混乱してしまうのも無理はない。ただでさえ難しい並行詠唱――――ならぬマルチタスクとは、慣れがあって初めて成立する動作なのだ。
そう言った意味では、並行詠唱も慣れを必要とするために似たようなところがあるだろう。そんなことを口にするタカヒロに対し、レフィーヤが「私も友達と並行詠唱の特訓中です!」と師リヴェリアにアピールしている。
「調理と調味料の調合とを、分けて行ったらどうだ?」
一連の会話のあと、ふと出されたのがタカヒロの意見だった。いくつものことを同時にこなそうとするから混乱するのであって、準備と行動を分別した上で1つずつ片付けていこうという提案である。
ようは、マルチタスクとならないようにすることが目標だ。まず最初に料理という動作そのものに慣れることで、無駄な緊張を
やってみれば、これがアイズにとっては効果てきめんであった。何よりも先に調味料を合わせて小皿に準備してしまい、続いては、とにかく野菜を切る。非常に真面目ながらも「
それに気づく余裕もなく集中しているアイズは切った野菜をフライパンに放り込み、ある程度の火が通ったら調味料を投入するという方法を実践中。焦げ付かないように野菜をかき混ぜるようにする加減と、文字通りの火加減が残された課題だろう。
時間こそ少しかかるが、せいぜい塩と胡椒を計量する1分程度の時間だけ。それで混乱なく作れるならば、時間をかけるには十分な理由となるだろう。
此度においては既にカットした野菜を火にかけていたため、一度火を止めて調味料の調合が行われた。出来上がりが少しだけしんなりとしてしまった点は仕方がない。それでも味付けはバッチリであり、全員揃って「美味しい」と言える料理に仕上がったのだ。
料理教室ということで立ち食いながらも、そんな事は些細なこと。花の笑顔で「美味しい」と感想を口にしてくれる相方ベル・クラネルの表情に、アイズが見せる表情も緩みっぱなしだ。
ベルと一緒に居る時とは、まったく違った別の幸せ。料理などと言う言葉の行動を実践しようとしたことなど過去になかった彼女だが、このような気持ちを抱けるならばと、コッソリ練習するべく覚悟を決めている。
そんなアイズの顔を見て安らかな表情となるリヴェリア、見守ってこそいるが相変わらず表情を変えず
そして、もう片方。様々な苦労と苦境を乗り越えて作られたティオネ特製の野菜炒めは、状態異常の付与なく無事にフィン・ディムナの胃袋に収まったが為にロキ・ファミリアのなかで大混乱が起った点については、また別の話である。
リヴェリアの料理レベルですが、ダンメモで怪しいシーンがいくつかあったので、この程度に留めております。