とある丸いアマゾネスが言葉を口にした直後、数秒後に陸地側の奥より歩いて現れた一人の姿。フェイスシールドを含めた白いプレートメイルのフルアーマーゆえに種族も性別はもとより表情も分からず、未だかつて誰も目にしたことがない存在は、突然と現れたことも含めて正に謎だらけの様相だ。
なんだアレはと、アマゾネス全員の目が見開き片時も視線を外せず、全身から溢れ出る冷や汗は収まる気配が全くない。相手の気配をスキルとして示すならば、“
オラリオ生粋の強者であるレベル6の
此度は味方ではない故に、浮かぶ恐怖の強さは猶更の事。アレを越えることができなければ、自分達が目標とした誰一人に対しても傷を負わせることはできないだろう。
実のところフレイヤ・ファミリアへと挑む前哨戦として、
アマゾネス達の震える手から握力が抜け、足腰は立つことで精一杯。失った握力から次々と武器が零れ落ち甲高い音を響かせる光景は、まさに絶望の二文字で表すのが相応しい。
突如として現れた存在は、ヘスティア・ファミリアに所属する自称“一般人”。ロキとの約束があるので普段の鎧姿を晒す訳にはいかないために、此度においては“幻影”を使って見た目を完全に変えてしまっている。普段とは真逆なシンプルで真っ白なフルプレートのアーマーと二本の長剣を携えた外観であり、冒険者と呼ばれる存在は、滅多に装備を更新しないことを利用した撹乱方法だ。
しかしながら、場に響く据わった声は不変そのもの。その者の声が近くにあるというだけで二人の心には安堵の空間が広がり、不利な状況下で芽生えてしまった不安や恐怖など僅かにも残らない。
事実アイズは、無意識のうちにタカヒロの横まで後退している。タカヒロはアイズが横に来たタイミングで二人に対し、静かに、そして先ほどの威圧は無かったかのような穏やかな口調で声を掛けた。
「あのように呼ばれたからには、自分も釘は刺しておこう。
いつかのベートの時と同じく、言葉だけならば青年とて我慢していた事だろう。しかし当然、相手が得物を振りかざし攻撃を宣言しているならば、話は全くの別である。
それにしてもこの男、一昨日に言われたアイズの言葉に対する手拍子のごとく“妻子”と口にしたが意味を分かって言っているのだろうか。もっとも聞き手の誰一人としてそこまで意識が回っておらず、故に発言はスルーされる。
意味が分かっているかどうかの答えは、どちらかといえば否と断定しても良いだろう。今男の目の前にある惨状は、有象無象のアマゾネスがリヴェリア・リヨス・アールヴに危害を加えようとしていた状況に他ならない為に考えが回っていない。
「リヴェリア……怒、られる」
「ふふ、そうだな。私たちは、叱られるというワケか」
「なに、そう無粋な真似をするつもりはない」
はたして、どのように解決する気か。場の空気に呑まれていないアイズとリヴェリアだけがそのように考えることができたのだが、そこの青年が決めた選択は単純だ。
「――――自分もまた、貴様等が招いた火遊びに耽るとしよう。よもや文句はあるまいな、アマゾネス共」
発せられる声は叫ぶようなことはせず、未だかつて誰も聞いたこともない威圧の籠った声が場を貫く。再び現れ輪をかけて強くなった
「っ!?」
「あれは……!?」
アマゾネスの驚愕と同時に、突如として青年の斜め真後ろに出現する2つの姿。明らかにこの世に生を受けている者ではないゴツゴツとしたフルアーマーの騎士に対し、全員が警戒心を抱いてしまうのは仕方のない状況と言えるだろう。
見た目はオレンジに近い赤色であり、夜間だというのに淡く光を発しており、その全身が同じ色で染まっているように見て取れる。そして単に赤いだけではなく、具体的に言えば“半透明”。
身の丈2メートルを少し超えた程の赤い騎士が、リヴェリアの前に立つ男のすぐ後ろに二名。何もない空間から突如として出現したかのように見えたソレは身の丈に迫る巨大な両手斧を手に構え、微動だにすることなく勅命を待つ。
もっとも、警戒心が芽生えた理由は別の一件が大半を占める。相手が加減をしていない上に、此処に居る者ともなれば、ある程度は分かってしまう“相手のレベル”によるものだ。
今回の場合は、半透明な2人の騎士のレベルである。あくまでも推察だが、フレイヤ・ファミリア所属でありオラリオ最強の“冒険者”、猛者オッタルと同じ“レベル8”、その後半。
いや、それは現実を拒否してしまったが故の妥協した答え。各々の目が腐っていなければ、アレは間違いなく、レベル9すらをも超えている。
アクティブスキル名を、“サモン ガーディアン・オブ エンピリオン”。召喚された二体の騎士は原初の光である神エンピリオン直属のガーディアンであり、敵の間を駆け抜けて引き裂き天の審判を下す存在。そして同時に、青年の忠実な
相手の“物理・火炎耐性”を下げるデバフを纏ったオーラは、まさに陽炎の如き様相。パッシブスキルとなる“セレスチャル プレゼンス”で強化された不死のガーディアンは、目にするだけで圧倒される気配を醸し出している。
かつて穢れた精霊を相手にしても召喚されなかった、物理報復ウォーロードの運用に欠かせないガーディアン。つまるところ此度においては全くの加減無しであることを示しており、文字通り、全力で相手を殺す覚悟を抱いているのだ。
対象が人であろうとも、それこそ神であろうとも関係ない。二度と彼女に対して手を出さないことを今ここで誓わねば、アマゾネス達の迎える運命は明白と言って良いだろう。
「遊びじゃ、ないよ……」
なお、そんな状況においてもアイズ・ヴァレンシュタインは平常運転。折れた剣を構えるアイズは、これが遊びでないことをシッカリとアピール中。
その実、自分の名前を呼んでくれなかった事に対して少しだけプンスカなところが現れているのだが、そこは寛大な心で許してあげるべきだろう。ここで彼女が露骨な嫉妬を見せると、そこの
もっともタカヒロとてアイズが遊んでいないことは分かっており、直後、リヴェリアの口からレフィーヤが捕らわれていることが伝えられる。今まさに助けに行こうとしていたところで、足止めを食らっている状況だ。
「アイズさん、これを!」
直後、少し奥の屋根の上から声と共に投げられる一振りの剣。正確な地点が分からなかったために別方向へと向かっていたベルが、放たれた殺気に気づいて合流したというワケだ。
基本的に優しい師をプッツンさせたのはどこの阿呆だと内心で呆れ思っているのだが、例え軽口だろうとも口に出せそうな雰囲気ではない。とはいえベルが知る中で最も頼りになる一番ヤベー奴が“げきおこ”な状態であるために、逆に危機感も薄まってしまっているらしい。
投げ渡されたのは、いつもの剣である“デスペレート”。ロキ・ファミリアが拠点としていた宿から持ち出され、ベルに預けられた彼女専用の一振り。これがあれば、彼女とて丸いアマゾネスに引けを取ることはなかっただろう。
「行ってこい。ベル君は、アイズ君の援護に徹して立ち回るように」
「はい!」
「うん……皆を、リヴェリアを、お願い」
闇へと駆け出す二人の姿だが、追える敵は一人足りとて存在しない。今あの白いアーマーに背中を向けることがあれば、文字通りの即死の結末となることは想像に容易いものがある。
揃いも揃って腰が引けた様相を隠しきれないながらも、かと言って逃げることは叶わない。一番最初に恐怖に負けてしまったのは、その場において最もレベルが高く、先ほどリヴェリアを貶した丸いアマゾネスであった。
「あ、アタイを倒すう?グゲゲゲゲ、面白い冗談じゃないの!お、お前にお似合いの場所は救出劇をやるステージの上じゃないよ、ドブん中さ!!」
抱く恐怖を振り払うかのごとく、双斧を振り回し目の前の全てを破壊する巨漢の突進。別に「倒す」とは誰一人として言っていないのだが、場の雰囲気から発言が捏造されてしまっている。
そして、彼女は最も重要なことを知らずにいる。その男がリヴェリア・リヨス・アールヴの為に戦うという心中の正義を掲げる時、バトルフィールドがステージの上だろうとドブの中だろうとも、まったくもって関係ないのだ。
「それでいい、死ね(攻撃)」
重量と手数に任せた攻撃に対し繰り出されたのは、只の一撃。捏造された言葉と共に突撃を見せた相手に対して、まるで“ビリヤードやろうぜ、お前ボールな”と言わんばかりの突進術が真正面より放たれた。
初速から目にもとまらぬ速さを誇る突進型のアクティブスキル“ブリッツ”によって吹き飛ばされ、当該のアマゾネスは亜音速で海の向こうまで空中を水平移動。砕け散る鎧を巻き散らしながら瞬く間に視界から消えており、たった一撃で初回の戦闘は終了した。
報復ウォーロード基準において威力的には非常に弱い“ブリッツ”が選択された理由は、ブリッツは相手の“防御能力”を下げる効果を有している為。手加減なしであったが故に、神を相手した時に放つスキルコンボの一撃目だったというわけだ。
とはいえブリッツの一撃でもって骨のいくらかは折れており、海中に落ちたならば生死は不明。手から零れ落ちた双斧が地面とぶつかり金属音を木霊させ、戦いを終える合図となった。
吹き飛んで行った存在はレベル5、実は特殊なスキルを付与されてレベル6と同等になっていた、オラリオにおいても間違いのない強者の部類。それをたった一撃で片付ける光景を目にして、残りのアマゾネス達もまた死の恐怖に震え続ける。
「なっ!?」
「光の、柱……!?」
それでもって、今回は思わぬオマケ付き。
同時に、場に居るイシュタル・ファミリアの面々は動揺を隠せない。たった今の時において、己が受けていた“神の恩恵”が綺麗サッパリ消え去ってしまったのだ。
つまり今の光は、女神イシュタルの死を意味する。暗殺されたのかと疑う者が多数ながら、残念ながら、そのような綺麗な死に方ではないのが現状だ。
もうお分かりだろう。そこの青年が吹き飛ばした
砲弾が持ち得る質量と速度はバッチリで、その丸い身体に秘める運動エネルギー量は計り知れない。神とは一般人程度の身体能力であるがために、重量物が亜音速で直撃した衝撃に耐えることができなかったのである。
そんな末代にまで笑われそうな死に方となってしまった女神はさておき、もしもリヴェリアが直接斬りかかられていたら微塵の容赦もない対応であったと付け加えておく。ならば辺り一帯は血の海と化しており、どちらにせよイシュタル・ファミリアはここに壊滅していたことは間違いない。
“装備やドロップアイテムが欲しいだけであって、決して殺したいわけではない”。それとは結果が少し異なるが、リヴェリアを守りたいだけであって相手を殺したいわけではないタカヒロからすれば、手加減するしかない有象無象の群れなど一番の面倒と言えるだろう。
決して、“目の前のアマゾネスたちがロクな武具を持っていない”ことが要因ではないはずだ。今のタカヒロが持ち得る戦う理由の比率は、時が経つごとに変わっている。
「……腰抜け共が。目障りだ、露払え」
故に、ガーディアンに下される勅命は1つである。追われ蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うアマゾネスは、まるで統率が取れていない。
それでもイシュタル・ファミリアは全員がその場から逃げ出しており、数秒遅れでカーリー・ファミリアもまた続いていた。戻ってきたガーディアンを送還したタイミングで、タカヒロの背中にリヴェリアが声を掛ける。
「ありがとう、本当に助かった。だが港の方面において、ティオネがカーリー・ファミリアに攫われている。奪還に、協力してくれないか」
「当然だ。望むように動け、“迎え”は任せろ」
背中を向けたままながらも、長い耳に届くのは、頼もしい据わった言葉。数秒だけ表情が緩んだリヴェリアは引き締め直し、部隊を引き連れて駆け出した。
「敵襲正面、
アリシアの報告通り、行く手を遮るように、
それは、部隊の全員とて気付いている。だからこそ何故タカヒロが迎撃の姿勢を取らないのかと全員が不思議がり、迫る
例外としては、ただ一人。タカヒロという人物を最もよく知るリヴェリア・リヨス・アールヴは――――と言うよりは、コッソリと教えてもらって「私だけが知っている秘密だ」と一人
大半のモンスターや冒険者にとっては“攻撃をすれば問答無用で反撃ダメージを受ける”という、初見殺しの強力なトラップ。元より“報復ウォーロード”という呼び名は、そのように特殊で更にはカドモス君すらも一撃で消し飛ばす程に強力なダメージソース故に付与されたものだ。
もたらされる結末は、青年を攻撃したはずの
事実、装備を変えれば下方向には威力調整が可能であるために間違いではない。とはいえ事情を知らない者からすれば、奇怪な現象であることに変わりは無いだろう。
青年が先ほど口にした“迎え”とは、つまるところ迎撃のこと。天に高く
「うそっ!?」
「
結果としてリヴェリアの予想通り、青年を攻撃した直後、
そして攻撃を受けた筈の青年は、僅かにブレることなくリヴェリアが望む目的地へと駆け進む。誰一人として名を呼ぶことはないものの、白いフルアーマーの中身が誰か分かっている点についてはご愛敬だ。
「――――
続けざまに左翼側の少し離れた位置から出現する
そもそもにおいて
ロキ・ファミリアの冒険者達の前で行われる、圧倒的な蹂躙。
結果として最初に別地点から駆け出していたフィンに追いつく事態が発生しているも、フィンは先頭の一名を目にして「ああ……」と様々な意味で納得した様相。察しが良い為に名前を呼ぶことはしていないが、あれほどまでの真剣な雰囲気に対して言葉をかけることが出来ないというのもまた真相だ。
タカヒロの護衛の下でリヴェリアとフィンはティオネの問題を片付けており、交戦となったものの無事に終息。ベルとアイズはガレスと合流して無事にレフィーヤの救出を終え、そのままティオナのもとへと辿り着いたらしい。
多少の怪我こそあれど、ロキ・ファミリアにおいては死傷者無し。イシュタルが謎の死を遂げたという疑問が残ったものの、ここに、オラリオ郊外で起こった騒動は決着した。
――――かと思われたのだが、どうやら終わりとはならない模様。問題は翌日もまた続き、先日とは違った競技での延長戦となっている。
「クラネル様ー!」
「ベル様、お待ちになってー!」
「モフモフさせてー!」
「助けてええええええ!!」
情けない声を上げながら路上を疾走するベル・クラネルと、テラス席に腰かけつつそんな光景を目にして両頬を膨らませるアイズ・ヴァレンシュタイン。物言いたげな
このような状況となった原因はベルにあり、レフィーヤ救出の際に複数のアマゾネスと交戦して即座に叩き伏せていたためだ。レベル4になった有名人でもあるために、複数のアマゾネスから追いかけられているのである。
同様の現象はガレス達にも及んでおり、逃げ切れなかったロキ・ファミリアの男たちが追いかけられている状況だ。そこかしこで、文字通りの“鬼ごっこ”が開始されている。
なお、もちろん例外も存在する。各々の武器を配るために逃げ回っていたラウルと、フルアーマーゆえに姿を見せていなかったためスルーされているタカヒロの2名だ。
前者は別のテラス席で項垂れつつ、メンタル的に死亡中。後者は拗ねるアイズを正面に、隣に居るリヴェリアと騒動を眺めながら紅茶に舌鼓を打つ優雅さを見せている。
前者とは違って、後者は鬼ごっこを望んでいない。そのために騒動が収まるのを眺めつつ、港町に響き渡る弟子の悲鳴に耳を傾けるのであった。
尺の都合で本作で春姫は出せませんが、ここでイシュタルが退場したので生存ルートです。タケミカヅチ・ファミリアに保護されたと思ってください。
え、
そして蛇足ですが、あの時ナイフか装備を盗っていたら、リリルカがこうなっていました。
次話、少し遅くなると思います。
■乗っ取られ語録
・敵ボス「お前の居場所はドブん中だけよ!」
⇒それでいい、死ね(攻撃)
■アクティブスキル:サモン ガーディアン オブ エンピリオン(レベル4)
・敵の間を駆け抜け引裂き天の審判を下す、エンピリオンの忠実なるしもべを呼び出す。
112 エナジーコスト
5秒 スキルリチャージ
2 召喚上限
・エンピリオンのしもべ 属性 :不死
500 エナジー
・エンピリオンのしもべ 能力 :エンピリオンズ クリーブ
180度 の最大攻撃角度
5 最大標的数
47-87 物理ダメージ
45 火炎ダメージ
135燃焼ダメージ/3s
+■付属パッシブスキル:セレスチャル プレゼンツ(レベル16)
・ガーディアンの存在そのものが、異教の敵の魂を焦がす。
4.2m 標的エリア
+168火炎ダメージ
-34% 物理耐性
-34% 火炎耐性
-34% 出血耐性
装備キチと比べるとガーディアンの火力は“気持ち程度”ですが、
(レベルは10という裏設定。単純に本体+パッシブを2で割りました。)