その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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遅くなりました。


129話 魔法の言葉

 数日後の朝、ヘスティア・ファミリアの仮ホーム。借家となっている小さな木造一戸建てに、炉の女神の声が元気に響いた。

 付け加えるならば、何かしらを知ってしまったことによる悲鳴ではない。朝の日課の一つとなっている、暖かさ溢れる元気な挨拶だ。

 

 

「ベル君達は、今日からダンジョンで一泊だったね。ボクもアルバイトを頑張ってくるよ、お互い頑張ろうぜ!」

「はい、ヘスティア様!」

 

 

 ダンジョンでの一泊がどれ程までに危険かは、あまり知識のないヘスティアでも分かっている。一歩間違えれば全滅だって在り得るのだが、そこは“保険”があるから大丈夫というのが彼女の考えだ。

 扱いを間違えば何よりも危険な反面、ダンジョンなどにおけるイレギュラーを含めた危険に対しては誰よりも頼りになる。扱いを間違えなくともヘスティアの()にとっては危険なのだが、眷属の命と天秤にかけるならばトレードオフする覚悟があるらしい。

 

 

「ではベル君、手筈通りに」

「わかりました、師匠!」

 

 

 ともあれヘスティア・ファミリアは、今日からダンジョンで合宿のようなものを行うそうだ。指導のついでに保険係となるタカヒロは先に用意があるのか、既に姿をくらましている。

 もちろん合宿の連絡は事前にファミリアのメンバーへと伝えられており、各々は昨晩の間に準備を終えている。あとは集合して、合宿場所へと向かうだけだ。

 

 

 今現在において仮ホームであるヘスティア・ファミリアは、借家のいくつかを契約している。借家の場所が転々としているのだが、その点は仕方のないことだろう。

 そんないくつかある借家の一つ。準備を終えた者の数名が、会話に花を咲かせていた。

 

 

「えーっと集合場所は、次の鐘が鳴る時に、ヘスティア様が住んでいる借家の前だったよな?」

「ええ。全員でダンジョンに行くのでしょう」

「ファミリアらしくて、いいじゃない」

「リリも個別に行くより、皆様と一緒に行く方が好きですね」

「わかる!」

 

 

 同じ借家に泊まっているファミリアのメンバーに交じって談笑する、リリルカ・アーデ。以前のファミリアでは絶対にありえなかったことだけに、このような場の空気は新鮮そのもの。他の借家の者も数名が混じっており、10人近くが集っている。

 今現在は遠足前のような様相ながらも、これがダンジョン一階層へと辿り着けば各々の表情は一変する。他の借家に居る者も合わせて全員の表情は据わり、各々が最大限の仕事をすべく、そして強く成るために力を出すのだ。

 

 

「そうね。そして今日は、タカヒロさんも来てくれるらしいわよ」

「そうなのですか?」

 

 

 疑問符を口に出すリリルカだが、確かに物珍しい状況だ。その実、闇派閥の調査などで大抵が一人での行動となっていただけに、全員が同じ認識である。

 団長のベル・クラネルが“強い”と口にするわりに実戦を見た事がないために、どの程度の強さなのか気になっていたのはリリルカを除いて同様だ。故に今度こそ戦うところが見られるのかと考えるが、鍛錬の内容は未だ明らかにされていない。

 

 

「らしいな、俺もさっき聞いたぜ。今日……っていうか今回は、何階層に潜るんだろうな?」

「団長が言ってたんだけどよ、“ちょっと深く潜る”らしいぜ」

「本当?なら皆、いつもに増して気合を入れなきゃね」

「ああ、見っともない結果だけは避けなくちゃな!」

 

 

 結成からあまり時間が経っていないとはいえ、今まで上層で留まって、様々な鍛錬を積んできた。効率の良い連携を作り、覚え、ファミリアとして何処までできるかを探ってきた。

 故に、いよいよ中層へ進出する時なのだと、各々は興奮を覚えている。危険度合いを考えると18階層付近と考えるのが妥当ながらも、中層であることに変わりはない。

 

 特にレベル1の者にとっては、中層とは憧れの場所。ソロで来ることは絶対に適わなく、一方で冒険者の初級を卒業した証でもある場所。

 そんな場所へと仲間と共に赴き、全霊を掛けて危険に対して挑み進む。ソロではなくファミリアのメンバーと共に行動するダンジョン攻略における、最も有意義な点の一つと言えるだろう。

 

 

「あれ?アーデさん、どうしたんですか?」

「……い、いえ、ちょっと……いえ、少し……」

 

 

 がしかし、“ちょっと深く潜る”という、味方の戦意を根こそぎ圧し折る魔法の言葉に対してメモリア(トラウマ)を抱く女性が一人いる。表情は一瞬にして引きつった様相になってしまい、これから目の前の陽気さとヤル気が一瞬にして消え去ることが容易く想像できてしまう。

 

 そんな感想を抱く彼女の名は、リリルカ・アーデ。かつてその言葉と共にレベル1にて50階層へ連れてこられた恐怖は、つい半年ほど前に体験した事。

 何気に58階層へ到達した最低レベルをヴェルフと共にブッチギリで更新しているのだが、非公式であるために記録に残ることは無いだろう。蛇足だが、レベル1や2ならば道中で即死しても何ら不思議ではないのが“深層”と呼べる場所なのだ。

 

 「まーた自分がそんな場所へ向かうのか」と思いながらも引きつった様相で済んでいるのは、既に二度ほど“深層”の空気を体験しているから。そして“リフト”が出てくるならば道中における仕事は無く、己は文字通りの運搬役になるのだという悲しみも含まれている。

 そもそもにおいて50階層へ直行できる“リフト”という能力については、彼女基準においても様々な意味で反則だ。ベルに聞くと「神様(ヘスティア)も知らない」と返されたので見なかった事にしようと決意して、当たり前のように使っているタカヒロを何度か目にしたことがあるために、目を逸らす方向へとシフトしている。ニュアンス的には、どちらも似たようなものだ。

 

 

「そろそろ鐘が鳴るぞ、移動しよう」

 

 

 そして、問題の時間がやってくる。鎧姿とはいえタカヒロの前ということで少年らしい様相を振りまくベルに、「目をつむって」と言われた全員は素直に目を閉じて――――

 

====

 

 

「ど、どどどどどこなのですかここはああああああ!」

「ううううううるせぇ!こここ声が震えてんぞ!」

「ああ貴方だって!」

「こ、こここここわくなんてねぇし!」

「あ、ああああ脚がガタガタだぞ!」

 

「……皆様、賑やかですねぇ」

「なんで平気なんですかアアアアデさああああん!!」

 

 

 そんな感想を浮かべるリリルカの予測通り、根元からポッキリと、持ち得るメンタルの全てが折れていた。ほぼ全ての者の手足は震えており、女性メンバーの中には身を寄せ合って恐怖に打ち勝とうと必死な者も居る程だ。

 怯えに怯えているのはパルゥムのサポーターの少女であり、リリルカはすっかり姉役となって彼女の頭を撫でている。とはいえ経験者故に抱く気持ちは嫌という程に分かるために、同情してしまって口数は極端に少なくなっている。

 

 

「だ、団長!どこなんですか、ここは!」

「ここ?50階層、ちゃんとダンジョンの安全地帯(セーフゾーン)だよ」

 

 

 問題点がズレていることに気付かないのか、のん気に応える少年ベル・クラネル。安全地帯(セーフゾーン)だとか、そのような類が問題なのではない。

 とりあえずここが50階層と仮定すると、己のメンタルを圧し折った空気についても全員が納得している。とはいえ、何をどうやったら数秒で50階層へ辿り着くのかはさておくとしても、なぜこんな所なのかと全員が心の中で抗議していた。

 

 

「皆、“少し深く潜る”って聞いたと思うけど、たぶん18階層辺りを想像したんじゃないかな?」

 

 

 脅えの中でも顔と視線を僅かに逸らし、リリルカを除く全員が図星の感情を思い浮かべる。まるで心の中を覗き込んでいるかのような文言もさることながら、全員が驚愕という感情を浮かべる余裕はない。

 各々が身を置いている、深層と言う場所が発する死の恐怖。だというのに眼前のベル・クラネルは、さも平然とした表情を見せているのだ。

 

 全くの余裕ということはなく、普段よりもやや据わった面持ち。それでも集団と比べるならば、文字通り雲泥の差と言って良いだろう。

 

 

「おおかた18階層を拠点として、今までのような鍛錬を19階層で行うと考えていたのだろう。教本で学んだ場所を脳裏に浮かべて、己に何ができるかと期待に胸を躍らせた筈だ」

 

 

 発言者がタカヒロへとスイッチしたものの、またもや全員が図星である。そして誰一人として言葉が出ぬまま、何度かは目にしたことのあるタカヒロの容姿に気づくことになった。

 いつものワイシャツではなく、ヘビーアーマーと呼べる鎧姿。あのタカヒロが鎧を着ている程に危険地帯――――という傍から見ればズレた基準ながらも、自分達のいる場所の危険度合いを感じ取る。

 

 他の者程ではないリリルカも、一回目に50階層へ来た時のことを思い出していた。1000万ヴァリスを稼ぐために協力してくれると口にしてくれた言葉が嬉しくて、ダンジョンの更なる階層へ行く点が抜けてしまっていた、当時の彼女。

 故に見せた表情は、今自分が見ている者達と全く同じだ。故に彼女も初心へと帰っており、僅かに拭いきれない深層の恐怖と共に、真剣な眼差しをタカヒロへと向けている。

 

 

「だ、そうだ。“猛者”、どう思う」

 

 

 言葉と共に突然と付近の岩陰より現れる、オラリオにおいてはあまりにも有名な一人の大男。もちろんこの場に居る全員もまた、恐怖に脅えながらも、その男の名を瞬時に取り出すことができていた。

 フレイヤ・ファミリアのレベル8、“猛者”オッタル。名実ともにオラリオ最強の冒険者であり、所属するファミリアもまた、ロキ・ファミリアと一・二を争う実力を持っている。

 

 

「……お前たちより長くダンジョンに潜っている者として、言わせて貰おう。ダンジョンにおいて恐怖に打ち勝てないならば、迎える結末は明白だ」

 

 

 口先ばかりのアドバイスを行っていた自分よりも、恐らく言葉としては強く響くであろう者。何故ここに居るのかという疑問が一瞬だけ全員の脳裏をよぎるも、色々と情報量が多すぎる為に数秒の内に消え去った。

 タカヒロの頼みということで、快く此度の“釘刺し役”を引き受けたオッタル。念を入れて、リヴェリアと想いを伝え合った日に撮られた“私服姿なベルの写真”でフレイヤを説得(買収)している点は、用意周到と言ったところだろう。

 

 釘刺しの効果はてきめんと言って良い程のものがあり、先程までとは違った恐怖に、全員がゴクリと唾を飲み込んだ。死そのものの一歩手前とはいかないが、こうしてメンタルが折れる状況を体験することが大事だと、タカヒロは考えている。

 ベルの時のように、物理的な痛みで死を覚えるやり方は通じない。あれはベルが類まれな感性の良さ(才能)を持っていたからこそであり、凡人にとっては逆効果にもなり得るモノだ。

 

 

 一方でベル曰く、「深層の空気は覚えた方がいい」とのこと。覚えるというよりは覚えさせられるという表現が適切ながらも、多少のスパルタは仕方がない。

 偶然にもベルとタカヒロの二人は、3人でゴライアスを相手にしても怯むことのなかったヴェルフやリリルカの実例を知っている。植え付けられただろう死の恐怖に立ち向かえたのは、そんなものを上回る深層の空気を経験していたからと考え、こうして計画を立てていたのだ。

 

 同時にタカヒロとベル、そしてリリルカは、今までのダンジョンにおける訓練で僅かながらも気になる所を目撃している。原因の一端はタカヒロにあるものの、今までとは比較にならない成長スピードを体験して、団員の皆の心に、ほんの僅かな油断が芽生えてしまっていたのだ。

 

 

「厳しい言い方をすれば、図に乗るという表現が妥当だろう。だからこそ、各々が未だ雛鳥であることを、こうして思い出してもらった」

「っ、タカヒロさん!俺たちだって、やればできるはずです!だ、誰が雛鳥――――」

 

 

 深層の恐怖を振り払おうとする威勢は、たったの一睨みでもって影を潜める。視線を向けられていない者ですら、思わず数歩を後ずさってしまう程のモノ。

 今現在においても直面している、深層という場所が発する死への恐怖。そんなものすらも軽く吹き飛ばす程に強烈な、たった数秒の殺気を目の前にして、全員の意識が切り替わった。

 

 

「そのように(さえず)るからこそ、雛鳥と呼んでいる」

「無謀に立ち向かうのは構わんが……間違いなく、死ぬぞ?」

 

 

 タカヒロとオッタルに言葉を返された若者は、ぐうの音も出すことが出来なかった。

 

 

「雛鳥が悪いと言っているわけではない。弱い事もまた当然だ。レベル1や2で強い者など、そう滅多に居るものではない」

「ああ、易々と見ることもないだろう。俺も昔は、お前たちのような時もあったさ」

 

 

 絶対に居ないとは言い切らない、どこか歯切れの悪い言い回し。例外の筆頭としてベルが当てはまるために、このような表現になっている。

 

 

「やがてレベルが上がるにつれて、絶対的な力も増すだろう。だが実力を出せるというのは、学んだことを生かせるという仮定の話だ。今のお前達では、半分程度が関の山だ」

「恐怖におびえた奴の末路は単純だ。心は脅え、足は震え固まり、やがて腕は自慢の武器を投げ捨て、背を向けて後ろへと駆け出すことになる。手に取った武器を(ないがし)ろにしたそのような状況で、一体何を成せるという」

 

 

 “武器”の2文字を強調している点は、戦う理由と物理的な得物を総合して“武器”と表現している為に、さておくとして。今の一文を耳にして、全員の眉間に力がこもった。

 今までの鍛錬においてアドバイスをくれていたタカヒロが見せた、初めての様相。今までの鍛錬において、傍から見れば頓珍漢(とんちんかん)な行いに対しても「安全マージンを残したチャレンジ精神は大切」と決して(けな)さなかった男が、ここにきて皆を突き放す様相を僅かに見せた。

 

 

 故に、そのような気持ちにさせてしまったのかと全員が悔しがる。先程は囀ってしまった若者もタカヒロに対して謝罪を入れ、50階層にて一対一の組み手が開始された。

 仲間と共に居り、相手が同じ心境を抱く仲間ということも大きいのだろう。徐々に慣れてきた者達の動きは初期と比べると見違える程であり、久しぶりに駆け出しの奮闘を目にしたオッタルも、今ばかりは手を休めて見入っている。

 

 

 恐怖が残る中での鍛錬は、一層のこと疲労の感覚を強く出すものだ。疲れが目に見えるまでの時間もまた目に見えて早くなっており、有事の際は、最も気を付けなければならない一つと言えるだろう。

 最初のうちは、「なんでこんな所で鍛錬を」と思ったものの。大きな疲れを否が応でも感じ取った各々は、また一つ、こうして大切なことを学ぶ事となる。

 

 そんな感覚を誰よりも強く知っているベル・クラネルは、“僕も通った道です”と言葉を発すると同時に、当時を思い返して苦笑中。流石に笑い返す余裕のある者は誰もおらず、一方で、その者達は真剣な表情を崩さない。

 だからこそ、ベルはタイミングだと思ったのだろう。いつか皆に伝えなければならないと思ったこと、ベルが学んだ大切なことを口に出す。

 

 

「僕もオラリオに来た時、ただひたすらに、強くなりたいって思ってました。だから、皆さんが心に持っている強くなりたいっていう気持ちは、分かっているつもりです」

 

 

 ベルらしく優しさが見える、皆への諭し方。オラリオのダンジョンで活躍し、名声を上げることを夢見ていたのだと、少年は己の過去を赤裸々に語っている。

 

 そしてタカヒロと出会い、そんな蒙昧と言える妄想は木っ端みじんに打ち砕かれたこと。己がまだまだ未熟なのだと自覚したと同時に、酒場において、とある人物に色々な指摘をされたこと。

 当時は、逃げ出したいぐらいに悲しく、恥ずかしかったけれど。だからこそ、少し強くなってダンジョンで後れを取らなくなった程に成長できたと思っても、傍から見れば未熟であるのだと知ることが出来た。

 

 ベル・クラネルが色んな人からもらった数あるもののうち、間違えのない一つ。こうして誰かの上に立つことになったからこそ、今度は他の人に教えてあげる立場にあるのだ。

 

 

「だから一度、目標を見直してください。僕達は強く成るためにダンジョンへ潜るのと同時に、死なない事が、一番大切な目標です。これだけは、絶対に忘れないでください。いいですね?」

「「「「はい!!」」」」

 

 

 己にとっての道標が、悔しさという感情を教えてくれた日。そんな大切な感情と同時に、ダンジョンにおいて最も優先するべきことを教えてくれたことを、ベル・クラネルはよく覚えている。

 知るたびに成長できる魔法のような言葉をくれた、すぐ横に居てくれた大きな存在。そんなものが見せてくれた背中は未だ足跡すら見えず、己とてまだまだ雛鳥の域に居るのだと、少年は心を引き締め直した。

 

 

 

 己が心に抱く、もう一つの大切な情景。隣に並んでくれる少女、アイズ・ヴァレンシュタインを守り、その名に恥じぬよう強くなるため。

 

 

 

 

 再び魂を輝かせる少年を目にしたタカヒロは、誰にも気づかれぬよう口元を僅かに緩め。一枚の写真と共に遠隔地から見ていた美の女神は、鼻の内部にできていた血栓を全力で緩めていた。

 

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