こんな作品でございますが、今後ともご愛読頂けますと幸いです。
天井のシミを数える間もなく瞬き程度の時間でダンジョン50階層へと連れてこられていた、ヘスティア・ファミリアのルーキー達。最初は怯えに怯えて震えていた足腰も、男三人の言葉でもって落ち着きが見えている。
当該階層は
そこから1つ降りた、ダンジョン51階層。先程までは湧き水が奏でるせせらぎの音が僅かに響いていたエリアも、今は別。瞬時に「誰かが戦っている」と分かる程に耳をつんざく金属の音が木霊しており、モンスターが発する雄叫びとデュエットしている。
ベル・クラネルが戦った際に発するような、雨の如き連続した甲高い音ではない。力と力が真正面からぶつかり合う、非常に重く、そして振動となって響くような轟音だ。
「フンッ!!」
攻撃力だけならば49階層の階層主バロールに匹敵するか上回ると言われるカドモスの一撃を、オッタルは剣を使って正面から受け止める。彼とてマトモに一撃を受ければ無事では済まず、一方で回避しているだけでは状況は進まず、ダンジョンの中であるが故に危険性だけが増すことだろう。
故に必要となるのは狡猾さ、またの名を小手先の技術。当時レベル1だったベル・クラネルが持ち得ていた技術に関心を抱いたオッタルだが、方向性は少し異なるとはいえ、オッタルもまた何度かの鍛錬を経て持ち得る技術力が向上している。
攻撃は最大の防御とはよく言ったものだが、この点は双方において同じこと。手数に任せて雨のような密度の攻撃を放つベル・クラネルに対して、一方のオッタルは一撃一撃を重視しており、相手に隙を作らせる捌き方。今のように真正面から受けたように見える場合でも、己が攻撃を放つ動きに繋げている。
放たれる一撃もまた凡人が想像するよりも遥かに重く、それこそモンスターとてマトモに受ければ致命傷となるだろう。故にカドモスも相手の攻撃に対しては注意を払っているのだが、いかんせん持ち得る狡猾さの地力の違いは歴然だ。
互いの攻撃が衝突した際に、周囲、特に後方へと発生する衝撃波は正に“
ここはダンジョン。時たま地揺れのような状況こそ発生することは知られているが、基本として階層そのものに影響を与える力など稀である。
「す、すげぇ……」
「あのカドモスと、正面から……!」
「こ、これがレベル8の戦い……!」
ヘスティア・ファミリアのルーキー達とて書物にて知っている存在、51階層の実質的な階層主であるモンスター、カドモス。ロキ・ファミリアとて一筋縄では討伐できず、必ず5-6人のパーティーで挑むほどの強敵だ。
しかし見ての通り、レベル8は単騎でもって真正面から打ち合っている。剣と爪が交差する度に発生する咆哮が各々の鼓膜を貫き、脳を根底から揺らすのだ。
だというのに、ベルを含めた中で約一名を除いて繰り広げられる戦いから目を離せない。実のところ後ろから他のモンスターが接近しているのだが、残りの約一名が気付かれることなく即死させている為に問題は無いだろう。
一行が目を離せないのも当然だ。御伽話、オラリオにおいては英雄譚における物語として伝わっている英雄の姿が、こうして目の前に再現されているのだから無理もない。
地鳴りもさることながら、見せる速さもまたレベル1や2の者からすれば圧倒的。オッタルはスピードタイプではないために彼等でも目にすることが出来ており、持ち得るパワーは表現するまでもないだろう。
そこに分かりやすい狡猾さが加わっているのだから、焦がれる情景は
まさに理想の姿、誰もが一度は“己もなりたい”と思い描いた強者の姿に他ならない。故に各々の感情は高ぶり、あの領域に到達できる者はオラリオにおいて一握りもいないと分かりつつも、戦いの中に身を投じる覚悟を抱いている。
今ではベルも大切にしている、戦う理由だ。明確とは言えないかもしれないが、これでまた、ヘスティア・ファミリアの者達は一つ高みを知り昇るために努力を行うことができるだろう。
気付けば、深層という場所が発していた恐怖は大半が消え去っていた。逆に武者震いする者が多くいる程であり、各々が「やってやる」という感情を抱いている。
そうこうしているうちに決着はつき、多少は傷を負ったものの、オッタルは見事ソロでの討伐を達成することとなる。戦闘の続行は可能であり、50階層へ戻ることも容易だろう。
なお、ドロップ品は無い模様。約一名があからさまに溜息を吐いた点を聞き逃さなかったリリルカだが、溜息の理由が分かってしまった為に口を開くことはない。
「タカヒロさん」
「ん、何だろうか」
このタイミングでタカヒロへと話を振る仲間の言葉を耳にして、リリルカはイヤーな考えを浮かべている。どうか当たらないようにと祈っているが、現実とは非情な代物だ。
「貴方の戦いを、見せてはくれませんか」
新米から真剣な眼差しを向けられる、場の空気から。タカヒロは、断ることができなかった。
その実、先程はカドモスの被膜がドロップしなかったことも大きいだろう。実のところその高級ドロップアイテムを皆に見せて“
そして生憎と、他の沸き場へと行けば他のカドモスが存在する。故に引き返す為の判断材料は何一つとして存在せず、そしてそこの男はドロップアイテムが生まれるまで倒す選択を考えてしまっていた。
湧き水が奏でるせせらぎの音と共に、モンスターが獲物を見つけた際に生まれる殺気が強くなる。しかしオラリオ市街地と変わらない表情を浮かべているベルやリリルカだが、もちろん理由は存在する。
予測可能、回避不可能。装備キチからは、逃げられない。潔く“カドモスの表皮”をドロップすれば、もしかしたら“ワンチャン”在り得る可能性も小数点以下の確率で存在する。
グッバイ、カドモス、神託は下った。言葉が理解できれば聴くがよい、
『■■■■――――!!」』
「――――
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「……え?」
「……なに、が?」
「……おわ、り?」
現実とは、非情である。いや、この場合は非情というよりも非常識と言うべきだろうか。そもそもにおいてダンジョンに常識を求めるのは間違っている為に、問題そのものは無いのかもしれない。
ともあれ、いよいよ彼の戦いを目にすることが出来るのかと、先程までの一連の流れでそんな感情を抱いていたルーキー一行。的確なアドバイスをしてくれる者が行う戦闘だけに、何か取り入れることが出来たらと貪欲なのだ。
しかし結果としては、伝記に出てくるような英雄を目指す向上心はポカンとした表情へと変わってしまっている。僅か1秒どころか“カドモスの一撃によって、攻撃したカドモスが即死した”という
星座の恩恵を有効化した為に正気だったベル達だけはゾクリと背中に寒気が駆け抜けているのだが、他の者達がそこに気を向けている余裕はない。心の高ぶりと相まって、色々と情報量が多すぎるのだ。
目にした光景が間違っていたのかと誰しもが疑問を浮かべるも、全員が同じ疑問を浮かべている為に間違いでないことは明らかだ。故に幻覚や幻聴の類ではなく、現実として受け入れることのできない真実と言えるだろう。
目に見えたところで常識の枠に当てはめては理解できるはずもなく、理由を想像することすら僅かにも叶わない。故に全員の顔が振り返って後方にいるベル・クラネルへと目線が向けられているのだが、ベルは腕を組んで仁王立ちして落ち着いた様相だ。
オッタルやリリルカも腕こそ組んでいないが、様相は似たようなモノと言えるだろう。その実は戦闘結果について予測可能・回避不可能と言ったところで呆れかえっているだけであり、相も変わらず張り合いのない戦闘を目にして格の違いを再び思い知った格好だ。
「まぁ、こうなりますよね」
「うん、僕も知ってましたけど」
「ああ、容易に想像できたことだ」
そう呟くのは、言葉を発した順にリリルカとベルとオッタルの三人組。揃って首を上下に振っており、連携はバッチリと言えるだろう。
ともあれ、ただ目にして終わりというワケでもないらしい。何か言いたいことがあるのか、ベルは言葉の続きを口にする。
「さてみんな、ちゃんと見ていたかな?これが今風の言葉で言うところの、“カドモす”っていう光景だね」
――――なんだそれは。
――――なんですかそれは。
直感的にそのような疑問符が脳裏を駆け巡ったのは、バッチリな連携だったはずのオッタルとリリルカの約二名。互いに揃って片眉を歪めており、猪人とパルゥムということもあってリリルカの身長の二倍以上の背格好があるために首を大きく上下に向けて視線を交わしている。
しかしもちろん意味など分からず、答えなど出てこない。カドモスと名を呼ぶ時とは微妙に違うイントネーションとなっており、まるで“~する”と言った動詞のように受け取れるイントネーションだ。
とはいえ二人が知らないのも当然であり、“カドモす”とは、ベルが今ここで初めて口にした造語である。誰が作ったかとなればベル・クラネル本人であり、タカヒロはモデル的な立ち位置となるだろう。
「団長、“カドモす”とは、どのような意味なのでしょうか!」
「相手の攻撃を受けても理不尽に立ったままで、逆に何もせず相手を倒しちゃうことです!」
「よく分かりました!」
――――でも理解することはできません。
というのが、ルーキー各々の本音である。タカヒロ流に言わせれば正に“報復ウォーロード”を象徴するスタイルなのだが、ベルがその名称を知らないのも無理はないだろう。
先の説明の一方で“ダンジョンのモンスターからドロップ品を得る”という意味にするか悩んだベル・クラネル。しかし一般人が使えるようでは弊害が生まれるために、先のような表現となったのだ。
あくまでも、タカヒロにしか当てはまらないような斜め上となる意味の言葉に仕立て上げている。意味だけは分かってしまったオッタルとリリルカは、狭いダンジョンの天井を仰いでいた。
そのうち
“目算や皮算用だけで計画を立てたはいいが上手くいかないことに怒り狂う”という意味を持つ“ディオニュソす”。
“珍しい装備やドロップアイテムなどを目にして、正に子供の様にはしゃぐ”という意味を持つ“ヘファイストす”。
“相手のレベルに対抗できる強化計画を作ったのだが根底から破綻している”という意味を持つ“レヴィす”。
“格上から色々とせっつかれ右へ左へ荷馬車のように目まぐるしく飛び回る”という意味を持つ“ヘルメす”。
“強力な味方に助力を取り付け安堵していたら何故か結果として被害が来る”という意味を持つ“ウラノす”。
“彼女 is GOD 、彼女彼女彼女彼女!!”と言ったように狂った蒙昧なビートを刻む意味を持つ“オリヴァす”。
などと言ったような造語も生まれるかもしれない。あながち間違ってはいない為に、元ネタとなった神々とレヴィ何某やオリヴァ何某も渋々納得することだろう。
時たまヘスティアにヒットしているコラテラルダメージも、“ウラノす”あたりの造語で対応はできるはずだ。派生として“
「ってことで、師匠。カドモさずに、僕達のタメになる戦いをお願いします」
「むっ。そうか、分かった」
これら全ての造語に対しても
装着されるアイテム名を、“ベルゴシアンの修羅道”。二刀流装備を有効化する“レリック”と呼ばれる部位の装備であり、これを装備すれば、シナジーはどうあれ二刀流の運用が可能となる。
もちろん二刀流ということで、盾は双方ともに使わない。一方で、盾と片手メイスに特化、と言うよりはそれ以外がからきし使えないウォーロードが二刀流になったところで大幅に弱体化するのが実情だ。
しかし彼は、そのスタイルを選択する。装備は双剣となり、ルーキーからしても一瞬で分かる程に高品質な一振りは目にするだけでゴクリと唾を飲み込むほど。薄明りですら刃先がギラリと言わんばかりに光沢を示し、
悲運にも見つかってしまったカドモスに挑みかかる直前、ふと彼が発した言葉によると「質の悪いお手本」。傍から見れば2本の短剣による、雅な情景とは程遠い“舞い”が始まった。
「これが、質の悪いお手本、だと……!?」
目を見開いて驚愕の言葉を残しているのは、他ならない猛者オッタル。ルーキー故に内容のほとんどが分かっていない者達も言葉を忘れ、一連の光景に見とれていた。
2本の刃は踊り舞い、そこには振りによる隙などありはしない。身体そのものも剣の一部だと言わんばかりに使いこなし、雨粒よりも早く密度の高い剣戟の暴風が吹き荒れる。攻撃は最大の防御と言わんばかりに、手数に任せた暴力的なまでの攻撃スタイルだ。
久々に光景を目にしたベルは、まるで好きなアニメを見る子供の様。すっかり光景に食らいついており、瞬く時間も惜しいと言わんばかりに見入っている。
これ以上の言葉は必要なく、意思表示もまた自然と行われる事となる。50階層へと戻った各々は、ベルやオッタルの指示のもとで鍛錬に明け暮れた。
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その後、翌日。濃密と言える程の鍛錬によって約一名を除いた全員が歩くこともままならない程に疲弊したヘスティア・ファミリアは、日が変わろうかという時間にホームへと帰還する。
よほど濃密な鍛錬だったのかと団員を気遣うヘスティアだが、決して間違ってはいない内容だ。ベルの決定で翌日は安息日と決定され、タカヒロ以外はこれに従うこととなる。
しかし、一方。
どうやらヘスティアにとっては、安息日となることはないようだ。ベルのステイタスが相変わらずSSやSSSの領域に入っていったのは最早日常なのでさておくとしても、その他が色々と問題と言えるだろう。
故に約一名を除いた全員のステイタス更新を終えたヘスティアは、心身ともに疲弊している。しかし事情をスルーすることはできず、この二日間で何をしていたのかと、仮ホームにてカフェオレ片手に優雅に読書中である、その約一名に突っかかった。
「どういうことかなタカヒロくうううううううん!?」
「なんだヘスティア、威勢がいいな」
「当たり前だああああああ!!」
合宿によって、今まで以上にステイタスが伸びるだろう。そんな内容は予測可能なヘスティアだったが、タカヒロという約一名が加わっていたことに多少の不安も交じっていた。
なんせ彼によって引き起こされた今までの事態は、理解不可能と言える程の“ぶっ壊れ”。そしてそれは悲運にも当たってしまっており、此度においても例外ではない。
ステイタス更新の結果としては大幅な伸びもさることながら、18名いたレベル1のうち、元々ステイタスの何れかがDランクを越えていた者8名がランクアップ可能という前代未聞の一大事。リリルカを含めて7人いるレベル2のうち、男エルフ一名がレベル3になれるという大快挙。
しかし「師匠が居るんだから、伸ばせるステイタスは伸ばした方がいい」というベルの言葉によってランクアップは全員が保留しているという、こちらも前代未聞の一大事。結果としてギルドへの報告義務も発生せずにヘスティアの
「ほう、それは良いではないか」
「良い事さ!ああ良い事さ!良い事だけどさあああああ!!」
「実戦経験における熟練度はさておくとして、効率的な
「一体何をした!?ねぇ何をしたんだい!?」
「しつこいな、鍛錬だと言っているだろう」
なお残念ながら、突っかかった相手の青年には“効率的な鍛錬だ”と認知された程度であり、返された言葉も「ダンジョンでオッタルと共に鍛錬してきた」という短い一文。問題の50階層という位置は示されていないものの嘘発見器も通過する上に、示し合わせたのかベル達もまた全く同じ言葉しか返さない。
ちなみに58階層以降も経験のあるリリルカやヴェルフが当時ランクアップしなかったのは、単純に赴いたうえでモンスターの後処理をしていただけの為。あそこでタカヒロと鍛錬をしていれば、ゴライアスとの一戦を行う前にランクアップしていたことだろう。
今回の遠征においては絶対に何かあった、しかし掘り起こせば
ともあれ全員のランクアップが保留であるために、彼女の仕事はここまでだ。あとは己の胃酸との戦いが待っているが、胃薬という強力な援軍があれば乗り越えられることだろう。
なお、蛇足としては。
此度の者達がランクアップしたと仮定しても、相変わらず平均レベル5のファミリアとなる。