その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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みなさんお待ちかね、みんな大好きローエルフのパートです()


132話 呼び出し(1/3)

 

 

「リヴェリア様、お戻りのところ失礼致します。門番より、お手紙を預かってまいりました」

「……私に?」

 

 

 夕飯が済んだ時間帯。黄昏の館にある自室に戻ろうとしたところ、同ファミリアのエルフの一人が丁寧な対応で、リヴェリア宛の手紙を差し出した。

 差し出すと言うよりは、献上すると表現した方がシックリとくるかもしれない。手紙を己の頭よりも上げて居る点が、まさにその表現と言えるだろう。

 

 

「はい、こちらにございます」

「ありがとう。……しかし、誰からだろうか」

 

 

 明らかに“手紙です”と主張するほどに至って普通の外観で、特に気取った様子もない。かと言って質素な様相もなく、便箋の閉じられ方も丁寧だ。

 しかし、時間がおかしい。機会としては滅多にないものの、もしも手紙があれば、朝食の時間帯に各部屋へと届けられるのがロキ・ファミリアにおけるセオリーとなっている。

 

 そのことをリヴェリアが聞いてみると、どうやらギルドの職員が、直接ロキ・ファミリアへと持参したモノのようだ。門番が受け取ったのが夕飯時だったために、少し間が空いた結果となったようである。

 持ってきてもらった礼を述べつつ受け取った彼女が裏面を見るも、差出人の名前は書かれていない。恐らく中身は小さな紙が1枚だけであり、簡易的な書物と言える程。とりあえず持ってきたエルフを下がらせると、自室へと歩みを向けた。

 

 だからこそ、差出人も謎である。ともあれ怪しいところは何も見られず、見ないと言う選択肢は選ぶべきではないだろう。

 自室に戻ったリヴェリアは丁寧に封を解き、やはり紙切れ一枚であった中身。シンプルにも程がある文面――――とは呼べない一文に目を向けた。

 

 

 ――――結果、教えに、来なさい?

 

 

 もう知る者も多くはない古いエルフ語にて記されていた文面は、只それだけ。書面の右下に名前すら書かれていないが、その筆跡は、かつての従者アイナ・チュールのモノだとリヴェリアならば容易に分かることだ。

 最後にクエスチョンマークが添えられた文章は、連絡がないために“おこ”である状態で書かれたモノ。そして親友であるリヴェリアならば、この一文に込められた内容が分かってしまう。

 

 しまった。と冷や汗が浮かび、少し前に色々とレクチャーされた光景が蘇った。色々とありすぎたことが言い訳になるだろうが、その時の御礼もしていない。

 結果としては大空の彼方に吹き飛んでしまって役立つことはできなかったが、色々と悩みを聞いてくれたことも、また事実。あの時アイナに相談することが出来て、どれだけ心が安らぎを得たかは、リヴェリア自身がよく分かっている。

 

 

 会いに行くというのが嫌なわけではないが、弄られる件については予測可能・回避不可能。あのアイナ故に、何を言われるかリヴェリアでも分かったものではない。

 ともあれ、事の顛末の報告は行わなければならないと腹をくくり。もう一度、アイナのもとへと行くことが決定した。

 

====

 

 そして、「〇〇日の昼食時を過ぎた頃に行く」「OK、じゃぁ〇〇日の当該時間で」的な手紙が交わされ、数日後の当日。今回は行方不明にならないよう事前にロキに連絡を入れて、リヴェリアはアイナが住む小さな町へとやってきた。此度は必死さがなかったために、前回よりも時間を要しての到着となっている。

 町に到着すると、馬小屋は1つの空きがあった。故に留置するところに困ることは無いために、その点においては“運がいい”結果と言えるだろう。

 

 担当者に賃金を払うと、リヴェリアはアイナの家へと歩みを進める。前回と同様にオラリオとは違って静かな町並みは、中々にエルフ好みのものと言えるだろう。

 大親友の家も町の一角にあり、大通りからは外れたところに位置している。ドアをノックしてしばらくするとアイナが出迎え、リヴェリアは開口一番で報告が遅れたことを謝るのであった。

 

 そして同時に、手土産の一つすらも持ってきていなかった事に今更気づく。普段ならば絶対にありえないが、アイナに報告しようとしている内容が内容であるために、少しポンコツな様相がお目見えしているというわけだ。

 輪をかけて謝るリヴェリアだが、ニッコリ顔のアイナの口からは「お土産話は沢山あるんでしょう?」と死刑宣告。レベル7とて後退りしかねない友人の表情に目を見開き、リヴェリアは引きつった様相を見せている。

 

 

 漫才は適度に終えると二人はそのままリビングへと赴いており、お茶とお菓子を摘まみつつ既に10分程度が経過中。互いに気の抜けた態度を示しており、そこには確かな信頼と友情が伺える。

 普段よりも少しだけ落ち着きのない様相を見せるリヴェリアに気付いたアイナは口には出さないものの、どうしたのかと内心で疑問が芽生えている。真相としては大したものはなく、前回のリヴェリアは寝不足だった上に色々と慌てていた(ポンコツっていた)為に、落ち着いて部屋を見渡すことができていなかったのだ。

 

 

 記憶にある、アルヴの森の王宮。そのアイナの部屋とは程遠く、無駄がないと同時に華やかさの欠片もない。

 しかし同時に、どこまでもリヴェリア好みだ。リヴェリアの場合は少しのアンティーク家具や植物などでお洒落にする傾向もあるのだが、その点については一般的な範囲と言えるだろう。

 

 リヴェリアが知っている限り、アイナがこの家に嫁いで早20年と少し。オラリオで冒険者を続けているうちに「子供が出来た」と連絡が来た時は流石のリヴェリアも盛大に驚いたが、同時に心から祝福した過去を持つ。

 そんな昔話に花を咲かせる二人だが、これは本来、リヴェリアがアイナの家へ訪れた時にやろうと思っていた内容だ。そして今回は、そこから話が飛躍することとなる。

 

 

「ってことで、今度はリヴェリア様の順番かしら?」

「……」

 

 

 上品で可愛らしいニヤニヤ表情と共に、アイナがリヴェリアを煽りに煽る。具体的に何がどうとは口にしていないが、今の会話の流れと彼女が置かれている状況から察することは容易いだろう。

 ということで、容疑者リヴェリア・リヨス・アールヴの自白タイム。此度の本題へと話が移り、リヴェリアは事の顛末を報告した。

 

 

「色々とあったのだが、望む結果に落ち着いた」

「よかったじゃない。おめでとう、リヴェリア」

「あ、ああ。ありがとう、アイナ」

 

 

 こうして面と向かって言われると当時を思い出すリヴェリアに、嬉しさと共に恥ずかしさが芽生えてくる。しかしながら友人からの紛れもない称賛の言葉であるために、リヴェリアもまた滅多に見せない笑顔で礼を述べるのであった。

 とはいえ、具体的にどうこうあったのかが気になるというのが女性という生き物だ。悶えるリヴェリアを突くようにしてアイナは、当時の互いの言葉を聞き出して真顔へと変わっている。

 

 

「……リヴェリア様。タカヒロさん、結婚について何か言ってた?」

「婚姻について?いや、特に何も聞いていない」

 

 

 アイナがこのような質問をしたのは、ちゃんとした理由がある。当時リヴェリアが口にした回答「不束者ですが」の(くだり)とは、相手の籍に入ることを決めた女性が口にすることが多い言い回しなのだ。

 まさかそんなことを口にしていたとは。と言いたげに唸る先生アイナだが、相手が何も言っていないならば問題はないと結果論に行き着いているのは仕方のない事だろう。

 

 

「それでな、その時のタカヒロはだな――――!」

「……」

 

 

 そして青年が活躍している話題になった途端、ポンコツ(lol-elf)化は加速する。火の通りを良くするための切り込みを入れた椎茸を目の中に入れているのかと言わんばかりに翡翠の瞳をキラキラさせ、やや前のめりな姿勢になって若干早口でまくし立てていた。

 苦笑気味なアイナが知るリヴェリアのテンションよりも遥かに高く、■■(検閲済)歳ほど若返ったのではないかと思うほどだ。事実、恋する心によって気持ち面は同等程度が若返っているために間違いではない。

 

 話題の相手も装備のことになるとスイッチがONからTurbo(ターボ)に切り替わるが、それとよく似た様相と言えるだろう。強く興味があることに対しては恥じることなく、素の自分を曝け出せるのだ。

 続いてタカヒロの為に料理を頑張っていると、自慢げに語る鼻高々で興奮中の堅物妖精(ポンコツハイエルフ)。彼女はさておくとして、そんな自慢話を耳にするアイナとしては料理以外の家事全般が気になるというものだ。

 

 

「ところでリヴェリア様。私が居なくても、ちゃんと、身の回りのことは出来てるんでしょうね?」

「そ、それぐらいは行っている。馬鹿にするな、アイナ」

 

 

 少しだけだが、どこぞの娘と似てプンスカな様相。アルヴの森に居た頃はアイナが身の回りの世話を行っており、“事実”を知っているからこそ念押ししている格好だ。

 ハイエルフならぬハイレベルとまではいかないが、その点について大きな問題は見られない。基本として一通りの事は滞りなくこなせるのが、リヴェリアが持ち得る家事スキルだ。

 

 

「でもねー……。今までは、それで良かったかもしれないけれど……」

「も、勿論だとも。言われなくても……分かっている」

 

 

 不貞腐れの影響で少しだけ上がっていた血圧は、そのまま羞恥に理由が変わる。急にしおらしい様相に変わったかと思えばカップを両手で包むように持ち、口元に運んでいた。

 まずは料理からと、前回の料理教室が終わってからも、アイズと共に練習中。リヴェリアとて慣れぬこと故に一筋縄ではいかないが、それでも少しでも相手の為になればと、集中して取り組んでいる様相だ。

 

 程度はどうあれ、かつてアイナとて通った道。従者だった為に料理以外はパーフェクトヒューマンならぬパーフェクトエルフだった彼女は、現在においては最強レベルの家事スキルを所有していることは言う間でもない。

 ということで、リヴェリアが家事一般について色々と質問する状況が生まれているのは必然だ。少しでも要所を抑えて早く上達できればと、彼女も何かと必死なのである。

 

 

「なるほど……流石アイナだ。分かりやすい、とても助かる」

「どういたしまして。それにしても、まさかリヴェリア様と、こんなことを話す時が来るなんてねー……」

 

 

 身の回りの世話をしていた頃からリヴェリアのお転婆さは知っていたつもりのアイナだが、そこはアイナも同じエルフで王宮住まい。王族直結のリヴェリア程ではないが、恋愛について興味を持つ機会など無いに等しい。

 自身の周囲で発生する婚姻についても、決められた見合いを元に成り立つモノが10割を占めていた程だ。アイナに婚姻の話が舞い込んでこなかったのは、リヴェリアの従者ということもあったが、両親を亡くして天涯孤独であったことも大きな要因の一つとなっている。

 

 

 とはいえ、エルフにしては身長が低めな上に女性としての丸みを帯びたプロポーションを持つアイナは、リヴェリアを上回る女性らしい身体つきと言えるだろう。蛇足だがそれはヒキガエル宜しく全身の丸みではなく、スポットを当てた部分の状況である。

 王族の血を引く名残である翡翠の瞳と、リヴェリアと比べると薄まってはいるが翡翠の髪を持っているのだ。名残は持ち得るスタイルにも現れており、目にした男の大半が思わず振り返るほどのものがある。

 

 

「あの時は……なんというか、色々と酷かったな」

「ええ、ホントにね……」

 

 

 故に異性に対する興味が薄いエルフの集団では目立たずとも、外へと出たならば話は別だ。話題が昔話に戻っている二人は、森を飛び出して他の町へと訪れた当時のことを口にする。

 ともあれ、双方ともに呆れ顔と溜息しか生まれないのが実情だ。“視姦”と呼ばれる舐めるような視線を多数向けられただけならば軽傷であり、今と変わらず酒好きだった主神に連れられて酒場へと足を運んだのが運の尽き。

 

 俗にいう色男ならば女性として最低限の扱いを見せてくれたが、それを除いた“酔っ払い”は女どころか雌としか見ていない。あまり酒には強くないが悪い酔い方はしないフィンについては問題がないと判断したリヴェリアながらも、周囲から視線を向けている有象無象については話は別だ。

 取り返しのつかないことが起こらないかと危惧していたが、やはり事件は起こってしまう。酔いに酔った男の一人が座っていたアイナの手首を掴んで強引に立ち上がらせ、抱き寄せてしまったのだ。

 

 

「私の異性嫌いが加速したのは、その時かもしれん……」

「あはは。あの時のリヴェリア様。かっこよかったけど、本当に怖かったわよ」

「そ、それは忘れてくれ」

 

 

 ここ数カ月は段々と性格が丸くなってきているリヴェリアながらも、当時における剣幕は凄まじいものがあったらしい。褒められて嬉し恥ずかしいリヴェリアは、アイナと共に当時の光景を思い返している。

 レベル1とはいえ背中に刻まれた神の恩恵(ファルナ)があるために、華奢な見た目に反して持ち得る筋力は常識とは程遠い。大の男の胸ぐらを掴んで持ち上げることなど造作もなく、周囲は一瞬にして静まり返ったと、アイナは過去を懐かしむように口にしていた。

 

 “穢れた世界”と表現されていた、森の外で起った出来事。確かにアルヴの森ならば絶対に起こりえないと言える程であるために、自ら火中へと飛び込んだ状況に他ならない。

 

 

「事が知れれば、父上から“それ見た事か”と、苦言を貰うのだろうな」

「あー、確かにね……」

 

 

 確かに外へ出ること無く森に住んでいた方が、苦労することもなかっただろう。衣食住や収入に関して不自由することなど皆無と言え、それこそ死ぬまで困ることは無い。

 身の安全についても同様だ。精鋭と呼べるエルフの戦士たちは神の恩恵(ファルナ)こそないものの、もしも彼女の身に何かあれば、命を差し出す覚悟を抱き駆けつける。

 

 

 まったくもって、理想の暮らしと言える程。それでも――――

 

 

 

 

「でも……本当に、色々あったけど。やっぱり森の外に出て良かったって、今なら思うわ」

「……ああ。私もだ、アイナ」

 

 

 互いに少しだけ視線を外して下に向け、親しさの中に規律ある表情もまた僅かに緩め。心中に浮かべるは、互いが心を寄せる相手の顔。

 

 森を出て外へと飛び出さなければ顔を合わせることもなかった、愛しい相手との出会い。そんなたった一つの出来事が、先の会話を生み出している。

 今まで守ってもらった同胞、森の戦士たちには申し訳ないと思いながらも。無数の精鋭よりも、己の為に駆けつけてくれるたった一人の存在が、リヴェリアにとっては何よりも嬉しいのだ。

 

 

 世界を見るために森を飛び出した彼女だが、今における心境は、その一人の青年に染まっている。相手方も“装備第一”なポリシーが浄化されつつあり持ち得る心の大半がリヴェリアで染まっている為に、ある意味では似た者同士と言えるだろう。

 

 

「ん?」

「あら、お客様かしら。リヴェリア様、少し待ってて」

「ああ」

 

 

 玄関のドアが少し気品のある叩かれかたをしたのは、そのタイミングであった。扉の方に顔を向ける二人だが、どうやらアイナの中では“アテ”がある模様。

 あまり不思議がることなく、少しだけ急いだ歩みを見せて玄関へと移動中。なんとも家の奥さんらしい光景だなとリヴェリアが薄笑みを浮かべ背中を追い、数秒後に顔の向きを正面へと戻した。

 

 一方で、どうやら扉を開けたアイナのアテは違っていたようで内心では苦笑の表情を浮かべている。来客という相手の面前であるために口や顔には出していないが、「情報と似ているけれど、流石にここまで若い事はないだろう」と思っているのが実情だ。

 

 

 しかし手土産の小袋を片手に訪ねてきた者を最もよく知る人物の中に、リヴェリアの名前がある事は確実だろう。「お招き頂いた」と玄関から聞こえてきた声もまた、リヴェリアは人混みの中においても聞き分けられる自信がある。

 いつかは面と向かって紹介しようと思っていた青年が口にする、据わった声。リヴェリアにとって耳通りのよい口調の出だしに対し、正面へ向いていた顔を驚愕に変え、音よりも速く玄関へと向けたのであった。

 

 

「なっ、タカヒロ……!?」

 


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