その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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大団円に向けて(ボソッ)


134話 呼び出し(3/3)

 先程まで続いていたお喋りによって時は飛ぶように流れており、気付けば辺りは夕焼けが始まっていた。アイナの咳と合わせるように、巣へと戻るのだろう鳥の声が響いている。

 

 森を出てから続いている、咳のような症状。此度は色々と安静にしていなかったこともあってか、少し強めの症状として表れているようだ。

 リヴェリアはアイナを寝室へと運んでベッドに寝かせており、タカヒロは水や果物、そしてリヴェリアが座る椅子などを準備中。果物については台所で目についたものを勝手に持ってきただけながらも、アイナがそれについて怒ることは無いだろう。

 

 小さなナイフと共に皿に乗せて椅子と共に持ってくると、リヴェリアは感謝の言葉を述べるとともに善意に甘えて席に着く。しかし視線はすぐにアイナへと戻し、収まらない咳に対して不安な様相を隠せない。

 

 

「……リヴェ」

「無理して言葉を出すな。安静にしていろ、アイナ」

 

 

 客人である二人に手間を掛けさせたことを、申し訳なく思っているのだろう。気遣おうとするアイナに対して咎めるリヴェリア、そしてすぐ後ろで静かに頷くタカヒロを目にして、アイナは再び天井を見上げて安静の姿勢を取った。

 とはいえ咳はすぐに収まらず、暫くの間隔を置いて一定時間続いている。喉を傷めないように湯を沸かすなどして湿度を増やしているタカヒロだが、そのさなか、玄関の扉が開く音が室内に聞こえてきた。

 

 

「アイナ、大丈夫か!」

 

 

 直後に聞こえてくる、成人の男が発する感情的な声。バタバタという足音もまた響いており、数秒もかからないうちに、アイナの部屋の扉が勢いよく開かれた。

 仕事を終えて帰宅したアイナの旦那――――さすがにタカヒロよりも二回りほど高齢であるのだが、娘のエイナの年齢を考慮すると仕方のないことだろう。

 

 ともあれ、帰宅直後にアイナの咳を耳にして慌てていることは間違いない。来客が来ることは知っていた為にタカヒロとリヴェリアを目にして驚くことはなく、逆に看病してもらっている状況を目にして謝礼の言葉を口にしていた。

 こちらもまた、リヴェリアと同様以上に心配の表情を隠せない。名をカイと口にした男性の言葉に対し、タカヒロもまた簡潔な自己紹介を行っていた。

 

 加湿が効いたのか、暫くするとアイナの咳の症状も収まりが見え始めた。空元気なのだろうがリヴェリアや夫に向かって笑顔を見せており、タカヒロはコッソリと部屋の外に出てプライベートのスペースを確保している。

 気付けば日はすっかり沈んでおり、そろそろ腹の虫が鳴り出す頃と言っても過言ではないだろう。何か簡単なものでも料理するかと相談しようとしたタカヒロに対し、部屋の内側からドアが開かれる。

 

 彼が居ないことに気付いたリヴェリアが確認のために出てきた格好であり、タイミングとしては丁度いい。プライベートを尊重していたことを一言で終えると、話を逸らすかのように夕飯の相談を行っていた。

 

 

「食材は明日にでも補填しよう。簡単なものになるだろうが、自分が何か料理を」

「いや、私が作る。お前は何かと博識だろう。アイナを頼む、タカヒロ」

 

 

 別に博識と呼ばれる程の知識はないのだが、任された以上は気合が入るというものだ。他ならないリヴェリアの大親友を任された事実もあって、青年の気合も一入(ひとしお)である。

 

 そんなこんなで時間も経っていたらしく、リヴェリアが廊下に顔を出して夕飯の運搬を依頼していた。二人で夕飯をアイナの部屋へと運んでいき、そこで全員揃って食べるらしい。

 スープにパンを浸すという単純なメニューながらも、病人でも問題なく食すことが出来るだろう。アイナは開口一番で感謝の言葉を述べたあとに「あのリヴェリア様の料理なら、症状が悪化するかも」と、かつての家事スキルの皆無さを棚に上げて煽っている。

 

 もちろん今の言葉は、リヴェリアを元気づけるためには煽ることが一番と知っている為。現に「なんだと?」と口にするリヴェリアは、すっかり元の姿に戻っている。

 かつて何度も煽ってきたタカヒロも、アイナの夫のカイも、少しだけ柔らかな表情でやり取りを眺めていた。もちろん料理の方は食したところで何ら問題はなく、各々の胃袋に納まっている。

 

===

 

 時刻はすっかり夜となり、症状が収まり暫く経ったこともあって、外の空気を吸って来ようとリヴェリアが提案する。それが病気に対して吉と出るか凶と出るかは分からないが、とにかく何かをしてあげたいという衝動に駆られているのだ。

 月明りが優しく見守る中で町外れの丘へと歩みを進め、不安げな表情を浮かべて寄り添い歩くリヴェリアを元気づけるように、アイナは明るい表情と言葉を選んでいる。そんな二人の姿は、仲の良い姉妹と捉えることもできるだろう。

 

 

 後ろを歩く二人の男は邪魔をしないようソコソコの距離を取っており、自然と二つのグループに分かれている。前を歩く二人の声は、こちらには全く届かない。

 

 

「タカヒロさん。良ければ少し、お話……いえ。相談をさせて頂いても、宜しいでしょうか」

「……ええ、私でよければ」

 

 

 話しではなく、相談と言い直したカイの表情を、タカヒロは盗み見る。建前上は承知の返事をしたタカヒロだが、内容によっては逆に彼が悩んでしまうものになるだろう。

 なにせ、二回りも年下なのだ。“私でよければ”という言葉を付け加えたように、自分が回答できるものがあるのかと不安が芽生えているのは仕方ないことだろう。

 

 

 二人は近くの岩に腰を下ろし、間には人一人分の隙間が伺える。暫く続いた静寂の後に、カイは静かに口を開いた。

 

 

「タカヒロさんのような若者にする相談でないことは、承知の上です。そして、この年になって、情けない限りです」

「……話してみてください。答えが出ずとも、吐き出すことで緩む。そんな悩みもあるでしょう」

「……寿命を迎え、潔く死ぬことが……アイナを残して逝くことが、怖いのです」

 

 

 人生相談と分類されてしまうような、決して軽くはない内容。輪をかけて自分が答えることが出来るのかと不安になるタカヒロだが、それでも真剣に聞き取る(さま)さは緩ませない。

 

 エルフとヒューマンでは、基本的に、死を迎える平均年齢が圧倒的に懸け離れている。例え結婚時にはエルフの方が遥かに年上だったとしても、どちらの寿命が先に尽きるかは明白だ。

 

 

 カイ・チュールという男が、アイナ・ウィスタリアと結ばれる時。そのことを意識して、納得し、覚悟したはずだった。

 

 

 しかし娘が生まれ、第二子が生まれ、職と子育てに追われる幸せな日々。やがて娘がオラリオへと出稼ぎに行き、暫くして己の体力の衰えを感じ、髪の毛に白い線が、顔に小じわが増え。

 死と言う現実と向き合い、その現象に一歩ずつ近づいていると実感した時。残される家族の事を思うと、たまらなく怖くなった。

 

 歳をとり、寿命を迎えたならば天に召す。ヒューマンだのエルフだのにかかわらず、定命(じょうみょう)の者の全てが持ち得る(ことわり)だ。

 

 老いるカイと違って、出会った頃と変わらず美しいままのアイナの姿。カイとて年の割にはしっかりとした身体つきなのだが、それでも衰えを感じているのが実情だ。

 だからこそ余計に、アイナを残して先に逝くという怖さを強く実感しているのだろう。そして同じ悩みを抱える者など世界を探しても非常に少なく、少なくともカイの周りには存在しない。

 

 

 それも、今日までの話。まだ結婚には至っていないことは知っているが、それでも、どのような考えを抱いているかを聞かずには居られなかった。

 

 

 「情けないと思うだろうが」との出だしで始まった問いは、カイの心境を十分に表している。相手が年下であることも、大きく影響しているだろう。

 年齢にしては非常に落ち着いているとカイが感じる、二回りほど年下の青年。悩みを打ち明けている最中も軽く相槌を打つ程度で落ち着きを崩さず、聞くことに専念している。

 

 カイへと向けられる眼差しは、ひたすらに真っ直ぐだ。そして心の内が全て吐き出されると、タカヒロは、ゆっくりと口を開く。

 

 

「知っての通り、自分は未婚者です。カイさんが抱く感情を、計り知ることはできません」

「……そう、ですよね。失礼しました、変なことを聞いてしまい……」

 

 

 答えの一例といえど、経験のないタカヒロには、その一つすらも分からない。だからこそ嘘偽りのない本心を口にしているが、真剣さは崩さない。

 此度においては相手が年上であるものの、基本として面倒見の良い青年が、そんな内容の回答で終わることもないのだ。かつてのアイズの時のように相手が不安へと落ちる前に、抱く考えを口にした。

 

 

「同じ男だからでしょうか、強く在ろうとする心は分かります。ですが……抱く恐怖を、奥様と話し合うべきでしょう」

「アイナと……?」

「先に逝く恐怖があるように……愛する者に先立たれる恐怖もある筈です」

「っ……!」

 

 

 先立つ不安があるならば、その逆もまた存在する。カイの反応を見る限りながらも、どうやら互いに面へと出したことは無いらしい。

 

 

「ならば猶更の事、想いを打ち明けるべきでしょう。貴方にとってのアイナ・チュールさんは、頼りになるエルフではありませんか?」

 

 

 どこかポンコツ化する時はあるもののタカヒロが頼れる相方、リヴェリア・リヨス・アールヴ。その従者だった者であり、リヴェリアが心から認める、頼りになる親友。

 “それ程の姉さん女房”が、頼りにならないはずがない。相手のカイは己よりもアイナ・チュールのことを知っているために深くまでは言及しなかったものの、タカヒロが抱いた考えの一つだ。

 

 カイは、脳天を打ち抜かれた気がした。娘を含めて己にとって他の誰よりも大切な、この世界において誰よりも頼りになる存在に想いを打ち明け、甘えることを忘れていたのだ。

 そして、言われたことを気付いていなかった自分自身に怒りを抱いた。されど視野が狭かったことを悔やみはすれど悲しみに暮れること無く、何をするべきかと考える点がカイの長所と言って良いだろう。アイナが惚れることとなった理由の一つだ。

 

 

 考えが間違っていた、今までの行動が失敗していたというわけではない。一家の大黒柱として強く在らねばならないと、自意識を強く持ちすぎていたというだけの話だ。

 

 

 もっとも、具体例のない相談ほど長引き不透明な結果に終わるものはない。だからこそタカヒロは、一つの事例を案として示した。

 

 

「加えて……永久に、と迄はいきませんが、寿命を伸ばす方法なら在りますよ」

「っ、本当ですか!?」

「神から得られる恩恵。神の眷属になり背中に神の恩恵(ファルナ)を受けることで、到達したレベルや能力に応じて寿命が延びます」

 

 

 娘のエイナから業務の愚痴などを聞いていた、オラリオの日常。日常と呼んでいいかどうかはさておくとして、神が住民に恩恵を与えて眷属としていることはカイも知っていた。

 とはいえ、流石に寿命が延びるという情報までは初耳である。それもエルフの平均値を超えるとなれば、第一級冒険者クラスに匹敵する必要はあるだろう。

 

 そのレベルに到達することができるのは、大河の一滴とまではいかないが、非常に確率が低いことも告げられる。とはいえカイもエイナから冒険者の厳しさをある程度は耳にしており、流石にそこまで高望みしていることもないようだ。

 

 

「いいんです、タカヒロさん。今よりも永く生きることが出来るなら――――」

「ダンジョンとは、いつ誰が命を落としても不思議ではない危険地帯です。お言葉ですが、軽く考えてはいらっしゃいませんか?」

 

 

 そこの青年が口にしたところで信憑性はお察しとなる内容はさておくとして、少し優しげだった口調は一変し、突如として険しいものへ。そこにあるのは、駆け出しを指導する者としてのタカヒロの顔だ。

 カイは冒険者ではない故に無理もない事なのだが、間違いなく、ダンジョンの危険性を軽視している。そこの青年が“ダンジョンは危険だ”というこの言葉を口にしたところで説得力の欠片もないのはご愛敬だが、カイにとって今までで一番の危険に身を置く事になるのは明らかだ。

 

 

 そんな危険地帯に身を置くことに対して、アイナはどのように思うのか。いつ夫を失っても不思議ではないという危険の度合は、何事よりも心配に値することだろう。

 

 

 だがしかし。カイは、タカヒロが思ったよりも慎重だった。

 そのあたりが言葉足らずだったと、カイは謝罪を入れている。己に欲があることは事実だが、それでも、最も優先するのは妻のアイナ。己が危険に身を置くことで彼女にどれだけの負荷がかかるかは、しっかりと見極めている。

 

 

「私は、アイナという過ぎた妻を貰いました。子供にも恵まれました。そのうえでエルフよりも永く生きたいなんて、強請るモノが多すぎます」

 

 

 それでも、ただ一日でも長くアイナ・チュールの傍で生きることが、カイという男が抱く最後の“欲”であり、“願い”なのだ。生き物が暮らしていく中で活力となりうる、必須と言えるモノだろう。

 

 ここで「アイナの為に死ぬ気で頑張る」と口にするか先の言葉にするかは、人によって変わるだろう。少なくともタカヒロやベルならば、努力する旨と似た内容を口にするはずだ。

 どれが正解ということはなく、全てが正解。ここから先は家族の問題であり、結果論でしか話せない内容と言えるだろう。

 

 

「……なるほど。それは、余計なことを失礼しました」

「いえ、謝らないでください、タカヒロさん。貴方とお会いできて、本当に良かった。ありがとうございます」

 

 

 二人の会話は、これで仕舞だ。カイは、今の己が最もやらなければならない事を分かっている。

 最後に二人握手し、カイはアイナのもとへと駆け出した。足音で気づいたのだろう翡翠の髪を持つ二人も、カイへと視線を向けている。

 

 

 よほど切羽詰まった内容なのだと、直感的に察したのだろう。リヴェリアはアイナと別れ、カイとすれ違った時に少しだけ後ろを気にしつつ、タカヒロの元へとやってきた。

 タカヒロが居る地点からは、会話の内容は聞き取れない。もっとも聞き取るつもりも全くないのだが、大地を照らす月明りが、真剣な話をする二人を優しく包み込んでいる。

 

 

 アイナとは、ハワイ語で“大地”。同様に、カイとは“海”を示す。

 大地と続く海、二つの姿。その二つが合わさった情景だからこそ、より一層と映えるものがあるのだろう。

 

 離れたところから二人を見るタカヒロは、どうにも視線を逸らせそうにない。それに気づいたリヴェリアは、少し表情を緩めて声を掛ける。

 

 

「お似合いの二人だな。お前も思うところがあるのか、タカヒロ」

「……ああ、仲睦まじいとは文字通りだ。自分達も、あのように歳を取れたらなと思ってね」

「!?」

 

 

 クソ度胸――――については関係無いが、抱いた本音を口にしただけ。タカヒロ本人は全く気づいていないプロポーズであるが、相手がポンコツ化して言葉で応えていない為に独り言の範疇(はんちゅう)だ。

 両腕を組んだままであるタカヒロは二人から視線を逸らさず、それを見たリヴェリアは、己より向こうに気があるのかと片頬が軽く膨れる。絶賛混乱中の(ポンコツ化した)恋愛kszk(恋愛クソザコ)堅物妖精(ハイエルフ)に恐れるものは何もなく、腕を組むタカヒロの脇下辺りに強引に腕をねじ込んで、体重を押し付けるように抱きついた。

 

 

 やがて、カイとアイナが手をつないで歩いてくる。親愛なるリヴェリア(ポンコツ)の甘えている姿を目にしたアイナがさっそく煽りの言葉を投げており、茹ったリヴェリアが真正面から玲瓏な反論で応戦しているが勝ちの目は薄いだろう。

 そんな様相を見つめる仏頂面の青年と、どこか肩の荷が下りたような表情のカイ。チュール家の問題であるために結果までは耳にしていない上にタカヒロから聞くこともしないが、答えの一つは出たらしい。

 

 とはいえ、時間も時間だ。タカヒロとリヴェリアはそのまま一泊させて貰うこととなるのだが、この家に空き部屋とベッドは1つしかなく、更にはシングルベッドという状況である。

 同室と言うことで先程の一言も含めて無駄に意識したリヴェリアが、睡眠不足という名の自爆を披露しているのはご愛敬と言ったところだろう。生憎だが、かつて想いを伝えあった夜の如く、タカヒロの安眠度合いは大地の如く揺るがない。一人で勝手に不貞腐れたリヴェリアが、相方の頬を軽く突くも同様だ。

 

 翌朝は、朝食を終えて準備に取り掛かる。もっとも荷物は多くないために、二人はすぐさま帰路に就くために準備を整えた。

 

 

「ところでタカヒロ。馬を留置するところが空いていなかっただろう、どうしたのだ?」

「え。走って来たが、馬を借りることができたのか?」

「……そう、か」

 

 

 文字通りケアンの地を“駆け抜けた”この男、当時においても“ランニング”で大陸の端から端までを走破している実績持ち。此度においても3つある突進スキルを交互に使って移動することで、馬よりも速く到着していたのであった。

 呆れる一方で、タカヒロらしいと言えばらしい光景にリヴェリアは苦笑する。片や早馬での乗馬、片や仏頂面でのランニングという奇妙な光景を目にした旅人達は二度三度振り返ることとなったものの、二人は並んでオラリオの街へと戻るのであった。

 




次話、ダンジョン内部のお話になります
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