その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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135話 37階層の悪夢

 

 ダンジョン37階層を進む、とあるファミリアの冒険者15人組。前衛アタッカー限定ながらもレベル3を中心に構成されるこのパーティーは、流石に一流冒険者には及ばないが、そこそこ名の知られた者達である。

 

 

 37階層は白宮殿(ホワイトパレス)と呼ばれている階層だ。白濁色の壁面と見えないくらいに高さのある天井が織りなす非日常的な景色は、まさに宮殿と呼んで差し支えのない代物だろう。

 天然武器を使用する戦士系のモンスターと、アンデッド系のモンスターが多く出現することでも知られている。巨大な迷路のような構造をしていることもあり、冒険者が命を落としやすい階層の1つとしても有名だ。

 

 命を落としやすい理由としては、階層全体が先の見た目のために目算を付けにくいことが第一に挙げられる。正規ルートそのものは確立されているが人気が少ないために、本当にこの道で合っているのかと疑心暗鬼に陥ってしまうことも要因だろう。

 そんなところでの戦いとなれば猶更である上にモンスターの強さゆえに激戦は避けられず、多量のモンスターが相手となればヒット&アウェイとなる状況も珍しくはない。空間識失調とはまた違うが容易く正規ルートから外れてしまい、文字通りの“迷子”になってしまうわけだ。

 

 とはいえ37階層が迷宮の構造をしている以外にも、危険とされる理由はいくつかある。どれもこれもが大きな要因と言える点は、深層たる所以と言えるだろう。

 最も大きな理由の1つとして竜種であるモンスター、“ペルーダ”の存在が挙げられる。トカゲの見た目をしており皮膚の色は緑色、背にはハリネズミのように無数の針が備わっている点が特徴だ。

 

 

「くそっ、なんとか片付いたか……」

「おい、そっちは大丈夫か?こんなところで死ぬんじゃねぇぞ」

「もちっ、グッ、ろん。あの“仲人狼(ヴァナル・ゼクシィ)”に取り持って貰った、相手が、地上で待ってるのよ。孫と曾孫に囲まれるまで……こんなところで、死ねないわ」

 

 

 ここまではさして問題ではないのだが、その背中に有る針を打ち出して行われる攻撃に問題がある。針には猛毒の類が含まれおり、耐異常を持っていても防ぐことはできず、上級冒険者でも解毒出来なければ死は免れない程の強さなのだ。

 更には解毒に関しても問題があり、上位の解毒魔法、あるいは専用の解毒剤がなければ解毒できない程。毒の周りも早いために、手遅れとなってしまうパターンが多いのである。

 

 

「おい。食らった毒はどうだ、大丈夫か?」

「うん……まだ、大丈夫……。リーダー、やっぱり私はここで」

「馬鹿野郎、二度と口にするなと言っただろ!俺達は全員で地上へ戻るんだ、いいな!」

「っ……ご、ごめんなさい」

 

 

 当該ファミリアにおいては未到達となる37階層へアタックを行い、例によってペルーダからの攻撃で大損害を受けている。パーティーリーダーがこれ以上の進軍は危険と判断して、地上へと戻る途中であったのだ。

 

 解毒薬こそ持っていたが、よりにもよって攻撃を受けたのが耐異常:Iを持っている後衛だった。持っていた解毒薬は耐異常:Hを前提に作られていたために完全回復とはならず、自力では歩けないためにサポーターの一人が肩を貸している状態である。

 今までに後方からの奇襲を3回も受けてしまったため、耐異常:I用のポーションの在庫が切れてしまったのだ。パーティーについて行くだけでも必死な足手まといとなってしまっている者は、自分を置いていけと何度も口にしている程に精神的にも追い詰められている。

 

 足手まといを抱えていては、戦闘回数も増え立ち回りも制限されるために非常に不利となるだろう。深層であるために、影響の度合いは猶更だ。

 しかし、その程度で諦めるパーティーリーダーではない。その程度の事と言えば無礼だが想定内のことであり、全員が、その者と共に帰還するべく全力を出している。

 

 それでも、物資の消耗が増えることに変わりはない。毒で消耗した体力を回復するために治癒魔法やポーションを使っているが、根本的な毒そのものを解決しない限りは砂漠の砂浜に水を注ぐようなものだ。

 体力回復のポーションもさることながらマインド回復用のポーションもまた消耗してきており、魔導士は積極的に戦闘に参加できずにいる。全員が揃って“大丈夫”と無理をしており、ロクに休憩もできていない。

 

 

 文字通りの、負のスパイラルと言って良い状況。正規ルートからは外れていないことだけが、唯一の救いと言えるだろう。

 前へと進む冒険者パーティー。“とある危険地帯”を迂回し終えたところで、その地帯がある方向に、幻覚かと思える光景が目に飛び込んでくることとなる。

 

 

「おい、誰かいるぞ」

「ああ……重装備だが、一人、だよな?どこかのパーティーが壊滅したのだろうか」

「幽霊、じゃないよな……」

「怖いこと言うなよ」

 

 

 そこで見かけた光景は、まさか幽霊の類かと思ったほど。深層である37階層において一人で行動する者であり、更には今まさに、ペルーダとの戦闘が始まったところだったのだ。

 戦闘そのものは一撃で終わったのだが、その者はペルーダの針による攻撃を受けてしまっている。冒険者とは助け合うのが根底にあるためか、15人組のパーティーはすぐさま選択を決定する。

 

 

「お、おい!アイツ今、ペルーダの針を食らわなかったか!?」

「ああ見ていた!到達地点までのモンスターは数少ない、助けるぞ!上位の解毒薬を持っていれば、分けてもらえるかもしれない!」

「応!」

 

 

 立ち塞がるは、天然武器“水晶槌矛(クリスタル・メイス)”を使用する“水中の蜥蜴人(リザードマン)”の上位種となる“リザードマン・エリート”。連携力にも長けており、中々にしぶといモンスターと言えるだろう。

 現に15人組も数を減らせているが突破はできておらず、まだ少し時間がかかるだろう。しかしながら救助対象者の状況は厳しく、更なる悪化を見せることとなったのだ。

 

 なんとペルーダの針を受けてしまった者はフラフラとした足取りをしており、あろうことか“反対側”へと向かってしまっていたのであった。零れ落とすかのように落ちる布袋越しに硝子が地面に当たる音が小さく響くも、それに気づく様子すら見られない。

 

 

 その光景を見て、15人組の顔から血の気が消えた。救助対象者が向かう先は、37階層において最も危険な地帯に他ならない。

 

 

 ダンジョン37階層には、“闘技場(コロシアム)”と呼ばれる場所がある。モンスターが一定数の上限まで無限湧きするエリアの総称であり、フィールドの見た目がオラリオにある闘技場に似ていることからその名が付けられた歴史を持つ。

 実はこのエリアは比較的新しく30年前に突如として出現した場所であり、危険度は階層主を上回るとされている。故にレベル5以上である第一級冒険者でも近づかない“危険地帯”となっており、謎に満ちた場所と言っても良いだろう。

 

 謎の1つとして、闘技場(コロシアム)内部においてはモンスター同士による殺し合いが行われている。倒した魔石を勝者が食べることで強化種が無限に生成されるという、ダンジョンにおいて地獄絵図が作られているイレギュラーな場所の名称だ。

 これは37階層にしか存在していないエリアなのだが、侵入者が立ち入ったとなれば話は別。既存及び新たにポップした全てのモンスターが持ち得るヘイトが侵入者へと向けられることとなり、数のゴリ押しによる殺戮が開始されるのだ。

 

 

 ペルーダの針を受けてしまった者が向かっているのは、そのような危険地帯。冒険者たちは必死になって呼びかけるが、即効性のある毒が回っているのか反応する様相の欠片も無い。

 脳にまで毒が回ってしまったのか、歩く様相も普通とは程遠いものがある。幻覚や幻聴でも見えてしまっているのであれば、文字通りの手遅れだ。

 

 

「おいお前、聞こえてるか!俺達は――――ファミリアの者だ!今助けるぞ!そっちじゃねぇ!こっちに来い!!」

 

 

 まだ距離は遥か遠く、手を伸ばしても届かない。その者は攻撃を受け朦朧(もうろう)としているのかフラフラとしており、あろうことか吸い寄せられるように“闘技場(コロシアム)”と呼ばれる場所へと向かってしまっている。

 現に向かう先に居たモンスターの一部が反応しており、まだ襲い掛かってはいないものの、それも時間の問題となるだろう。今から手を伸ばせば、自分達も大きな損害を受けることは明白であった。

 

 

「おいお前!!行くなそっちじゃねぇ!!戻ってこい!戻ってこい!!」

「無理だこれ以上は近づくな、“闘技場(コロシアム)”のモンスターが俺達にまで襲い掛かってくるぞ!」

 

 

 それでも駆け出そうとする一名の両肩を掴み、必死に抑えるパーティーリーダー。理由は今しがた叫んだ通りであり、ミイラ取りがミイラになっては意味がない。

 駆け出そうとする者も、それをよくわかっている。自分たちの目の前で消えようとしている命に対して、強い正義感が働いてしまっているのだ。

 

 

「落ち着け、落ち着け!駄目だ、奴はもう助からない!」

「畜生!馬鹿野郎、馬鹿野郎……!」

 

 

 薄暗い中に響くモンスターの雄たけびと、うっすらと浮かび上がる大量の血の飛沫。モンスターの武器で斬られたのだろうか、せめて即死である事を冒険者たちは天に願う。

 全員が顔を背け、己が置かれている状況を確認する。悲しみに浸っている余裕は無い、ここはダンジョンの深層なのだ。

 

 

「奴が落としたポーション袋は回収できた。1本は割れちまったが、まだ中等級のポーションが10本以上も……」

 

 

 離れた所まで全員が退避し、袋の中を確認していた者は目を見開く。自分達が求めていた、耐異常:Iを貫通する毒にも対応できる、上級解毒薬が3本もあったのだ。

 

 

「お、おいこれ!!上位の解毒薬じゃないか!?」

「なにっ!?」

「ほ、ホントだ!助かる、助かるぞ!!」

「体力回復が10本とマインド回復が7本もある!数本は使おう、全員で少しずつ分け合うぞ!」

 

 

 深層ながらも、まさに神を見た気分であった。毒にやられていた者の症状も落ち着き、これで通常と同じ戦闘配置に戻ることができるだろう。

 しかしながら、つまりあの者は解毒薬こそ持っていたものの使う間もなくやられてしまったことになる。誰も言わないが全員がその事実にたどり着き、特にポーション袋を拾ったものは、苦虫を食い潰したような顔になってしまう。

 

 

「これで魔導士も積極的に戦線復帰できるが……クソッ、アイツを助けられなかったのが」

「言うな!あの者を丁重に供養するのは地上に戻ってからだ。今は、残してくれた物資を有難く使わせてもらおう」

「ああ、せっかく助けられたんだ。絶対に、生きて地上に帰ってやる……」

 

 

 彼等とて残りの物資がギリギリに近かったこともあり、これにて大幅な余裕が生まれた格好だ。その余裕が深層においてどれほど有難いかは、語るまでもないだろう。

 否が応でも感じてしまう“死”と隣り合わせのダンジョン、そのなかでも肌から心を蝕む気配を見せる深層の空気。いくらかは慣れてきたとは言え少し意識すれば鳥肌が立つ程であり、僅かな余裕も感じられない。

 

 ここが深層であったことを意識して、パーティーは地上へと向かって進軍を開始した。自分達も“あのように”ならぬよう、一層のこと気を引き締めて進むこととなる。

 

 とはいえダンジョンは甘くなく、その後、闘技場(コロシアム)に向かう人物を助けようとしたパーティーは32階層で窮地に立たされることとなる。それこそ、パーティーの全滅を覚悟したほどだ。

 しかしながら、あの時に得ていたポーションの残を全て使って窮地を脱出することとなる。ここに来てあの者を助けられなかったことを一層のこと悔やみ、全員が揃ってファミリアへと戻った際に“英雄は37階層に眠る”という物語も作られたのだが、それもまた事実とは少しだけ違っていた。

 

 

 

 

 距離もあり、また薄暗かったこともあって。そこに居た15人の冒険者たちは、とある事実に気づいていなかった。

 確かに、その重装備の者が闘技場(コロシアム)へ向かったことは事実である。ポーションの袋を落としたことも事実であるし、フィールドへ足を踏み入れ強化種となるモンスターの大軍に襲われ斬りかかられたことも間違いはない。

 

 

 

 だがしかし。距離が離れていたこともあり、たった一点だけは気づかなかった。

 

 

 

 耳にした雄たけびは、目にした血飛沫の全ては。謎の冒険者ではなく、冒険者らしき人物を攻撃した途端にモンスターから生じたモノであるということを。モンスターからすれば幽霊よりも怖く、何よりも理不尽な人物であったことを。

 




最後の一行で誰か分かる不思議。
ここで出てきたファミリアはオリジナルですが、物語に影響することはありません。

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