街灯りの大半はほとんどが街灯のみとなり、晩から早朝にかけて騒ぐ声も影を潜める時間帯。まだ日付こそ変わっていないが、それもすぐさま訪れることだろう。
空けぬ夜、訪れぬ朝。要所要所で布地を困らせる華奢な身体をベッドの上に休めてからどれ程の時間が経ったのかと時計を見るも、針の進み具合は予想を遥かに下回る程度の代物だ。
眠りにつこうにしても火照る心が翡翠の瞳を開かせて眠りを許さず、いつかの夜の如く掛布団を抱えて左に右に身体をゴロゴロ。嬉しさから来る冷めやらぬ気持ちの高ぶりは、先日に貰った言葉を際限なしに思い起こさせている。
予想外にも程がある内容だった為に答える事こそできなかったが、相手が抱く気持ちは知ることが出来た。だからこそ明日も明日で一刻も早く相手の瞳に映りたいと気持ちが高ぶっているのだが、どう頑張っても夜が明けぬ限りは適うことは無いだろう。
ならばと明日のスケジュールについて意識を向けてみると、自然と瞼が落ちてくる。手を抜くことはできないタスクがいくつかあったことを思い返し、僅かな溜息と共に眠りについた。
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「――――で、あるからして――――」
城のような外観が特徴的なロキ・ファミリアのホーム、黄昏の館。その一室となるリヴェリア・リヨス・アールヴの執務室では、彼女が持ち得る
ハイエルフらしい凛々しい声でもなければ、師の立場故に出される規律正しい声ともまた違う。今こうしてリヴェリア直伝の教導を受けているレフィーヤは、真面目に取り組みつつもその点に気づいていた。
「……ふむ、理解できているな。試験も合格だ。この調子で励むのだぞ、レフィーヤ」
「はい、リヴェリア様!」
ここ暫くの教導においてチラホラと見え隠れしていた内容であるものの、連動するようにリヴェリアの雷が落ちる回数が減っていることを思い返す。少し前に何かがあったのかと思うぐらいに酷い時が一週間ほど続いていたが、それも喉元過ぎれば熱さを忘れる程度のものだ。
厳しいという一点だけは変わらないが、それでもリヴェリアの指導はタメになる内容が大半と言って良いだろう。だからこそレフィーヤも弱音こそ示せど途中で投げ出すことなく、こうして今まで続いているのだ。
訪れた転換点はレフィーヤとて周知しており、彼女だけではなくロキ・ファミリアに所属する者ならば全員が知っていた。一方でハイエルフというリヴェリア固有の立ち位置も知っているがために、追加で外に漏らすようなことはしていない。
初期の段階でタカヒロがリヴェリアを褒めちぎった際の事象こそ漏れてしまっているが、そこで終わりだ。だからこそメレンの町において某神がロキ・ファミリアへと手を出してしまったが、まさか“
しかしレフィーヤは、他の仲間のエルフが見せていた反応がもう一度変わっていたことを見抜いている。露骨でこそないものの、一般的なエルフの基準を知っており見慣れた仲間の行動だからこそ、彼女は気付くことが出来たのだろう。
具体的にどうなったかと言えば、タカヒロに対する接し方に規律の良さが僅かながらに現れている。意識してやっているワケではなく、無意識に“そうなってしまっている”と表現すればシックリくる程度のものだ。
青年が王族のお相手だからか?と考えれば一理あるが、相手は別のファミリアだ。自分達は相当の借りを作っていることも知っているが、それにしても該当する理由には当てはまらない。
良く言えば高貴、悪く言えば高圧なエルフとて、基本として恩を仇で返すようなことはしない。俗に言うツンツンしてしまう事こそあれど、抱いた敬意を集団で隠すような事もしないだろう。
だからこそレフィーヤは、何があったかについて想像することもできていない。時刻は正午になろうかという頃合いであり、午後の教導が開始されるまでには時間がある。
何があったのか気になるという、好奇心のような感情を抑えきれず。リヴェリアが自室に居るということもあって、彼女は思い切ってアリシアに理由を尋ねてみることにした。
そこに、驚愕の二文字も裸足で逃げ出す答えがあるとも知らず。
「レフィーヤも秘密にしてね。あまり大きな声では言えないのだけれど……タカヒロさんは、ドライアド様から祝福を授かっていらっしゃるのよ」
「~~~!?」
はち切れんばかりに瞳を見開き、レフィーヤは今までで最も大きな驚愕の反応を見せている。とはいえエルフならば、今のような反応も仕方のない事だろう。
アリシアからレフィーヤへと伝えられた内容は、当時における事象をそのまま言葉にした内容だ。他言無用の内容も伝わっているために、レフィーヤは全力で首を上下に振っている。遅れて宙を舞うポニーテールが、首が振られる速度を表していた。
「……あれ?でもタカヒロさんって、魔法は、からきし使えないのでは……?」
しかし一方で、この内容が気になることも事実である。実はアリシア達も同様の事を疑問に思っていたのだが、精霊から与えられた祝福など長いエルフの歴史においても前代未聞であるために、因果関係の欠片も分からないのが実情だ。レフィーヤもまた、同様の内容で腑に落ちている。
“内容までは不明ながらも、祝福を授かっていることは事実”というのが、ロキ・ファミリア内部におけるエルフ達が共有しているタカヒロのシークレット情報である。とはいえ本人からすれば“在って当たり前”の為に、特に気にしていないという温度差だ。
ともあれ、エルフが自然と敬意をもって接する理由になり得ることに変わりはない。何も考えていない本人からの“他言無用”という指示もあった為に、反する対応を取らねばならないエルフたちが四苦八苦した結果がレフィーヤが抱いた疑問であり、そこから生まれた好奇心から草藪を突っついた結果というわけだ。
更には「恐らくリヴェリア様も知らない」という追い打ちもあり、好奇心から草藪を突っついたことを後悔しているレフィーヤ。お姉さんエルフの筆頭株であるアリシアは、母性溢れる笑顔でレフィーヤを見つめている。
温かみ溢れる様相の一方で、その実、同じ苦悩の沼に入ってしまった同胞を歓迎しているという酷い構図。こうなっては、レフィーヤは逃げられない。
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愛弟子がそんな苦悩の沼にダイビングしてしまったことは知らないリヴェリアは、パタパタとした足取りで自室へと向かっている。もしも尾っぽが付いていたならば、はちきれんばかりの速度で左右に動いている事だろう。
心と共に表情は軽さが見えており、そこにはオラリオの人々が知るリヴェリア・リヨス・アールヴは存在しない。さざ波のようにフワリと宙になびく翡翠の長髪と合わせて他の男が見たならば一目で興味を示し、同時に既に相手が居ることを察知して手を出すことなく引っ込むだろう。
今は黄昏の館の中ということでそんな事象も起こらない上に微塵も意識していないリヴェリアは、全く別のことについて意識している。辿り着いた自室の扉、他の者が勝手に入る事は絶対に許されていないその先に居る一人の青年の姿を思い浮かべ、彼女は静かに扉を開いた。
翡翠の瞳に映して逸らすことが出来ない、サイドテーブルに供えつけられた椅子に座って本を読む彼の姿。見慣れてきた仏頂面とはいえ、今日はどこか普段と違うとリヴェリアは気付いた。
視界の端にあった壁時計に目を向ければ、理由は分かった。レフィーヤへの教導に熱と力が入り、2分程度の時間ながらも、事前に話していた時間よりも遅れていたのだ。
「時間に煩い君が遅刻とは、示しが付かないな」
「許してくれ、偶には良いだろう」
開口一番で煽りの言葉を投げられるも、言葉の裏を返せば“時間通りに待っていたのに来なくてプンスカ”と言ったような捻くれ具合。最近は裏側も見え始めてたリヴェリアは、穏やかな表情と共に先の言葉を返している。
玲瓏な声に弾みがかかっていたのは、一文を口に出してから気付いたこと。恐らくはうっすらと頬が高揚しているだろうなと同時に感じた彼女だが、相手の前で隠すことはしていない。
「……ん、寝不足か?」
最近は観察眼を見る機会も少なかったが、彼は相変わらず細かいところに目を配っているとリヴェリアは感じている。乗馬していた自分と違ってランニングしていた彼の方が疲れていると思っている為に申し訳ないと思いつつ、相手の心配よりも貰った心配の嬉しさが上回っていた。
そんな心境とは知らないタカヒロは仕事が原因かと考えるも、以前の改革によって要因となる確率は低いだろうと考えている。仏頂面ながら相手を心配するも、やはり原因が分からない。
だからこそ寝不足の理由を尋ねると、彼女は身体を斜めに向けて途端にしおらしくなってしまった。何かしら口にしたいことがあるのだろうか、妙に口元がモゾモゾとしている。
「――――アイナの住居で貰った言葉が、未だに忘れられない。お陰で随分と寝不足だ。お前は、眠りにつけたのか?」
「……」
だからこそリヴェリアは、恥ずかしさを隠せぬままにストレートで問いを投げる。このような時の彼女は顔こそ逸らしているが、翡翠の視線だけは相手に対して真っ直ぐと向けるので攻撃力は非常に高い。
相手が見せた反応は、癖でフードの先端をつまんで視線を外すという、リヴェリアにとって見慣れた行為。もっとも鎧姿ではないために不発に終わるのだが、相手が何かを意識していることは明白だ。
快眠具合を知っているリヴェリアは「どうせ問題なく寝ていたのだろう」と思う反面、己と同じ様相になっていたらと考えて心が浮ついている。そんな相手は眠りにつけていたのかという問いに対して全く答えず、先程までの仕草を見せたままで動きがない。
彼女と違って表面上は仏頂面のままであるものの、ほんの僅かに焦りの色が伺える。最近は識別しやすくなってきたリヴェリアは、少し動揺している相手を見ることが出来てご満悦。
なんせタカヒロという男は、水着姿を見せた時もそうだったが、滅多なことでは感情に大きく表さない。時たまデレることはあっても大きな感情を示すことは滅多にない為に、リヴェリアは真実を確かめるべくストレートに言葉を投げた。
「まさかタカヒロ、あの言葉が嘘だと」
「嘘など吐くものか、心からの本心だ」
だからこそ真正面から問いてみると、真剣な表情と言葉とクソ度胸と共に返される。状況は紛れもないカウンター、故に直撃を受けたリヴェリア・リヨス・アールヴがマトモで居られるはずもない。
麗しい唇は上下に開かれ、翡翠の瞳に負けぬと言わんばかりに頬が赤く染まっている。もはや二人にとって恒例となったやり取りは、装備を集めていた時の周回作業と同じく繰り返される事象と言えるだろう。
ポンコツ化したハイエルフが固まっている最中に、彼女の自室のドアが、やや規律よくノックされ。部屋に響いた音に対して驚きと共に反射的にリヴェリアが声を上げたのは、全くの同時だった。
「ピャイっ!?」
「ぐふっ!」
先日の言葉が本心だと知った事によるあまりの驚き様と、故に呂律が回らずに出されたリヴェリアの言葉、まさかの反応。目の前でそれを耳にしたタカヒロは、一秒すらも耐えきれずに噴き出した。
タカヒロから見た今のリヴェリアの対応は面白おかしく、それでいて、いとおかし。彼女が見せる普段とのギャップが大好きな青年からしても、此度の反応は新鮮そのもの。
やや前のめりになってクククと笑いを堪える彼の姿はリヴェリアとて初めて目にするものであり、それ程までに気を許してくれているのだと考えると怒る感情は芽生えない。むしろ惚気具合が加速するだけであり、何かしら反発したい感情を解決させることはできないだろう。
だからこそリヴェリアは、訪ねてきた者に責任を擦り付けようとして扉を開く。部屋の外では来訪者アイズが腹を抱えて笑いを堪えているものの、ア~↑ルヴ事件の時と同じく、あまり永くは持たない様相だ。どうやら先の一言は、アイズにも届いていたらしい。
「あ、アイズ君か。だ、誰にだって呂律が、回らない時もある。笑ってはいけないぞ」
「む、無理……た、タカヒロさん、だって……」
「……」
必死になって笑いを堪える二人に対して、翡翠のジト目が突き刺さる。青年にとっては心地よさ以外の何物でもないのだが、残念ながらリヴェリアが気付く手段は無いだろう。
そして笑いを堪える二人の姿は、どうにも収まりそうにない。だからこそリヴェリアは“カウンター”とでも言わんばかりに、二人が予想だにしていない追撃の一手を繰り出した。
「……ピャイ」
「ぐふっ!」
「ぷふっ!!」
まさかあのリヴェリアが、自身の失態を逆手にとって蒸し返すとは誰しもが思わなかったことだろう。ここに“
二人揃って仲良く笑いのツボに入っており、どうにも立ち直るには暫くの時間が必要だろう。言葉の一撃でもってレベル6とレベル100を倒したことが偉業となるか、それは神のみぞ知るところである。
「り、リヴェリア!ピャ、ピャイって……ふふっ!あはははは!」
「こ、こらアイズ君!ピャイとてははは!良い、では、ないかっ……!」
負けたのだから遠慮は不要、とばかりに笑い飛ばすアイズとタカヒロ。一応は叱る様相を見せているタカヒロだが、程度についてはお察しだ。
最初は二人の姿を眺めて居たいと思ったリヴェリアだが、こうにも長続きすると羞恥の感情が顔を出す。再び翡翠のジト目が突き刺さるも光景を生み出したのが己自身である為に、反論するにもできない状況だ。
「あ、アイズさん、どうされたんですか?」
しかし、アイズやタカヒロを除いた外部的要因が加われば話は別。沼へとダイビングして気が沈んでいた時にアイズの笑い声を耳にしてホイホイとやって来てしまったレフィーヤだが、今現在におけるリヴェリアの私室付近は虎穴と呼べるものがある。
そして、とうとう耐え切れなくなった羞恥溢れるlolエルフ。目の前にいる集団“3人”に対して行儀悪く指を差して、同時に
「え、ええい!お前達、そこに直れ!!」
「ええ~っ!?」
八つ当たり良くない。せっかく雷の落ちる頻度が減ってきたと思ってきたレフィーヤだが、ここにきて“とばっちり”を貰うこととなった。
ところで何故タカヒロは、リヴェリアが投げた問いについて答えることができなかったのか。
時は昨日。アイナが住む村から戻った当日、日が昇り切った正午過ぎの時間帯に遡る。