その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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137話 英雄は37階層に眠る

 時は24時間ほど遡り、前日のお昼過ぎ。はじまりは“竈火(かまど)の館”にてベル・クラネルが口に出した、ダンジョンの深層に関する話であった。

 

 

闘技場(コロシアム)?ああ確か、37階層にある特殊なフィールド、だったかな」

「正解です!」

「おや、タカヒロ君は知っているのかい?」

 

 

 まだ冒険者になってから1年も経っていないのだが、少年は既にレベル4の後半となっている。適正階層に当てはめて言えば、そろそろ深層へと足を踏み出しても不思議ではない頃だ。

 その時が来た場合に備えて、アイズ・ヴァレンシュタインから色々と下層~深層のことを学んでいるらしい。実のところ少年が行ったことのある階層は、コッソリとアイズと行った20階層迄、“かつ”50~63階層というイレギュラーにも程がある状況なのだ。

 

 “通過”という意味では50階層から逆走して37階層まで経験はあるが、それは無敵状態(報復絶好調な)タカヒロの先導についていっただけの話。故にあまり意識していなかったこともあり、実質的に未経験と同じと言って良いだろう。

 中層についてはアイズとペアで潜っているらしく、野宿の経験も既にある模様。実の所は行って(50階層スタート)帰ってくる(からのリフト直帰)だけなら“90階層”付近が日帰り射程圏内となっている“ぶっ壊れ”にとっては、微笑ましい光景に違いない。

 

 

 もっともこの話題が出された点については、単にベルがヘスティアに対して「こういう場所らしいです!」と伝えたかったが為のこと。実態はさておき会話の雰囲気としては、観光スポットの名所を語るようなものに近いだろう。

 しかしながらアイズが説明できるのは、ダンジョンの特徴や正規ルート程度のもの。基本としてモンスター即ち“死・あるのみ”という概念を持つ彼女にとって、どのようなモンスターも大差はないのだ。

 

 そこで、ここからはタカヒロが口を開くこととなる。教導で学んだことを披露する場というわけだ。

 

 ――――オブシディアンソルジャーとは、岩石系のモンスター。戦闘力は低く鈍足なのだが黒曜石の身体は魔法耐性が高く、高額で取引される“黒曜石”をドロップする。

 

 ――――骸骨系のモンスター、“スカル・シープ”。羊の頭蓋骨が特徴的であり、オリヴァ何某が付けていた仮面にも似ている外観だ。

 薄い皮で被われており、その皮は闇に紛れる天然の隠蔽布にもなる代物。これがドロップアイテムとしてドロップするが、闇に紛れる力はない。近接戦闘・中距離戦闘を得意とする。

 

 その他、バーバリアンやスパルトイ、リザードマン・エリートとペルーダについてもタカヒロが概要を口にしている。とにかく多種多様であり、上層とは明らかに違う顔ぶれと戦闘能力を持っているのが一律として言えるだろう。

 

 

「流石だねタカヒロ君、詳しいじゃないか!」

「凄いですね、師匠」

「自分でも驚いている」

 

 

 しかしまぁヘファイストスの時のようにスラスラと知識が出てくるものだと、タカヒロは勉強の成果を身にしみて感じていた。この程度の知識があるだけで対策を練ることができ、戦闘を有利に進めることができるだろう。

 

 そして自然と、闘技場(コロシアム)の話も話題に上がることとなる。強者の類であるアイズやロキ・ファミリアも場所の存在や概要を知っている程度で近づいたことは無いために、概要程度の内容であった。

 もっとも、タカヒロとて名前は知っているが通過したことは無い。理由としてはリヴェリアによる教導によるもので、50階層へのシャトルランを行った際も闘技場(コロシアム)を迂回する“正規ルート”にそって移動していたために、闘技場(コロシアム)そのものは見たことがないのだ。

 

 

闘技場(コロシアム)には、これらのモンスターの強化種が蔓延っているらしいです!」

 

 

 故にピクリと、約一名は反応を見せてしまう。リヴェリアの講義においては“多量のモンスターが襲い掛かってくる”程度にしか聞いていなかった為に、今の今までスルーしていた。

 しかし、それが強化種となれば話が変わる。講義の内容からするに通常モンスターが進化した姿であり、つまるところは“希少種”と呼べる代物なのだ。

 

 故にMI、というわけではないがドロップアイテムについては期待してしまう。己が今使っているガントレットに使われている素材がドロップした階層よりは遥かに上層であるために性能としては期待できないが、収集癖のある彼からすればそんなことは問題ではない。

 “強化種の巣窟”などと言われれば、猶更のモノがある。そんな感情を抱いたタカヒロだが、釘を刺されるような言葉がヘスティアの口から出されるのであった。

 

 

「ベル君、そんな危険なところに行っちゃダメだぜ。あ。タカヒロ君も、“手を出したら”いけないぞ!?“足を出す”とかいう屁理屈も無しだぞ!?」

「“手や足など出さないさ、なんなら腕や頭も出さん”。そして危険地帯なのだろう、“様子を窺うようなことはしない”と約束する」

 

 

 仏頂面のまま返されたこの言葉に対し、嘘発見器が作動することはなかった。

 

====

 

 ということで時刻は夕方も終わりを告げる頃、行くなと言われたら行きたくなるというのが人のサガ。主神に誓った言葉通りに様子を窺うつもりは欠片も無いが、“特攻する気”は満々だ。

 

 一応はポーションの類を揃えているあたりが、リヴェリアの教えを丁寧に守っている証である。とはいえ、使うかどうかとなればお察しだ。

 表向きとしては、「闇派閥の組織があるかもしれないから37階層へ行く!」という無茶な理由づけ。もちろん、使命感1割興味9割の分配であることは言うまでもないだろう。前者については1割どころか1%に達しているかも謎な程だ。

 

 

「さっそく、ペルーダか」

 

 

 そして申し訳程度の闇派閥調査の理由の為に珍しく1階層から進軍したソロプレイヤーは、37階層の闘技場(コロシアム)の前で“はぐれ”ペルーダに遭遇して先制攻撃を受けたというワケだ。薄気味悪い濃緑色の皮膚と背中に生えた無数の針は、間違いなくペルーダの特徴である。

 ちなみに被ダメージについてだが、毒・酸耐性88%を誇るそこの男には全くもって通用しない。仮に食らったとしても、ドライアドの祝福に加えて1つのスキルが発動すれば、“中毒時間”を100%カットできる。

 

 つまり、毒の効果そのものを無効化してしまうという“ぶっ壊れ”具合なのだ。もちろん食らい始めや針そのものの物理ダメージによって少しはヘルスが減るが1%以下であり、自然回復でカバーできる程度の度合いなのである。

 ペルーダによって行われる針を飛ばす攻撃は遠距離攻撃であるために、タカヒロが食らったところで報復ダメージは発動しない。しかしながら連続攻撃であったために対遠距離においてもならば半径4メートルが判定範囲となるカウンターストライクが発動し、ペルーダは一撃でご臨終となっていたのだ。

 

 

 ここまでは特に問題が無かったのだが、直ぐ向こうに人の姿が見えて、道中のモンスターと戦いながらこちらへと走ってくる。ロキ・ファミリアすら警戒する猛毒を受けてピンピンしていては不審がられるために、タカヒロはフラフラと身体を揺らしながら、コロシアムの(一般基準では危険な)方へと避難したのであった。

 その結果、毒にやられた冒険者がコロシアムへと歩いていく光景が作られたというワケだ。ここでオラリオ産のポーションが入った袋を落とした理由としては、自分のせいで無駄な戦闘を発生させてしまった点への謝罪である。毒をくらっていた者も見えたために、せっかくならと袋ごと落としたわけだ。

 

 理由はどうあれ侵入者が出たために、闘技場(コロシアム)に群れる無数のモンスターは反応を見せることとなる。我先にと、“手も足も頭も出さないこと”を約束していたこともあって迎撃の態勢を取らない人間に対して攻撃を仕掛けたのだ。

 結果は勿論のこと、全てのモンスターが報復ダメージやカウンターストライクによって一撃でご臨終。相手の物理攻撃は装甲値と物理耐性によってカスダメ以下となっており、此度においてはノーダメージに等しい程。

 

 もし仮に残ヘルスが30%以下となってしまったとしても、“メンヒルの意思”によって自動的に全ヘルスの6割を回復することができるので問題なし。星座を戻している今では“被ダメージ”をトリガーにした割合とはいえ強力な回復スキルも発動するために、安定度合いは一入(ひとしお)だ。

 具体的に言えば30秒間で300%のヘルスを削り切らなければ死なないという、敵からしてみれば理不尽極まりない代物だ。もちろん報復ダメージは発動する上に神々の一撃ですら被ダメージは全ヘルスの1-2割とくれば、モンスターたちが迎える結果は明白だろう。

 

 ふざけて寝っ転がってみるも、自分を攻撃した瞬間にモンスターが消し飛ぶ光景は変わらない。突っ立っているよりは楽できるために、このままいくらか魔石とドロップアイテムが溜まるまで待ってから帰ろうという算段である。

 

 

 しかし、この行動が良くなかった。アイナ・チュールの住む村から走り帰ってきて、疲れが少しだけ溜まっていた、この“ぶっ壊れ”。

 かつて想いを伝えあった夜ですら、寝つきが良かった時を再現するかの如く。そのままの姿勢を続けているうちに、闘技場(コロシアム)のド真ん中で睡眠をとってしまったのであった。

 

====

 

 

「……ハッ。いかん、つい寝てしまったか」

 

 

 呑気な発言と共に目を覚まして上体を起こすも、そこは静かな空間であった。周囲にはこれ見よがしに大量の魔石とドロップアイテムが散乱しており、回収だけでも数分を要することだろう。

 しかしながら、今自分が居る場所が分からない。記憶が正しければ阿鼻叫喚の地である闘技場(コロシアム)に居たはずだが、今居るところはそれとは無縁の環境。

 

 マップ上では、未だ37階層にいることになっている。どうやら闘技場(コロシアム)の真下のエリアにいるようであり、こんなところに安全地帯(セーフゾーン)らしき地帯があるなど聞いたことも無かった程だ。

 少なくともロキ・ファミリアが知っていれば、有名な安全地帯(セーフゾーン)である18階層の次に利用していることだろう。同様に、彼女が行う教導においても出てきていたはずだ。

 

 もっとも、ロキ・ファミリアだけが知り得る情報ということで秘匿されていただけかもしれない。しかしながら今のところは誰かが居たような痕跡も全くなく、手付かずの領域と言っても過言はないだろう。

 あくまでも周囲は岩場であり、18階層や50階層のような自然溢れる光景とは程遠い。しかしながら5メートル程先にある光景は、思わず見とれてしまう程のものがある。

 

 薄っすらと零れる青い光が照らす先にある、盛り上がった台座のような岩。そこからは湧き水が出ているために一本の川のような流水が作られており、周囲の殺風景と合わさって幻想的な情景となっている。

 湧き水の量は多く川の幅は2メートル程。この辺りの水深は無いに等しいが、少し下れば深さは増していることだろう。空間に響くコポコポとした湧き水の音色は、流水の音と合わさってまるで優しい鈴の音のようだ。

 

 ともあれ今は、ドロップ品の回収が優先だ。身体が何体も埋もれるぐらいの物量に大満足のタカヒロだが、1つだけ違った代物がある事にも気が付いた。

 

 

「……おや?これは見たことがない」

 

 

 明らかに他のドロップ品よりも大きく、特徴的と言える外観だ。見た目は巻かれた状態の布のようであり、誰か冒険者の落とし物にしては綺麗すぎる深い青色が特徴だ。

 色は白、幅2メートル程、巻物になっているが長さは伸ばせば10メートル程と言って良いだろう。カドモスがドロップする“カドモスの皮”の大きいバージョンと言ってもいいかもしれない。

 

 

 実はこれ、凶兆(ラムトン)と呼ばれる超大型の蛇と言える希少種(レア)モンスターが落としたドロップアイテム。身体は深い青色であり、全長は10メートルを超える巨大なモンスターである。

 正式名称は“大蛇の井戸(ワーム・ウェール)”であり、ラムトンとは渾名の類。ダンジョンの地中を潜行して階層間を移動する特殊な存在であり、目撃情報が極めて少ない理由の1つと言えるだろう。

 

 モンスターとしての強さとしてはレベル4程度ながらも、かつて29階層まで昇ってきたことがある危険な存在なのだ。これがもし地上へと達することがあれば、それこそ阿鼻叫喚の光景が作り出されることだろう。

 此度においては、睡眠中のタカヒロごと周囲のモンスターを捕食するために闘技場(コロシアム)の地下にある“未発見の空間”から突撃を敢行。その影響で階層が崩壊し、タカヒロとドロップアイテムがそのまま未発見の空間へと落下した格好だ。

 

 ちなみに凶兆(ラムトン)そのものは、例によって報復ダメージとカウンターストライクで即死の結果となっている。生きていた上で言葉を話すことができれば、「爆弾を飲み込んだ」とでも証言することだろう。

 実の所はオラリオにおいて初となる、そのドロップアイテム。名前を付けるならば、無難に“ラムトンの皮”とでも命名されることは間違いない。

 

 

 アイテムの回収を終えたタカヒロは立ち上がり、安全地帯から延びる一本しかない道を進んでいる。道中においてもモンスターはおらず、マップ画面ではケアンの地における“隠し通路”と同じような表示となっていた。

 通路の先は37階層の壁になっており、盾で叩くと簡単に崩れることとなる。これの影響でモンスターが入ってくることも無いようであり、恐らくはセーフゾーンの1つとして機能を果たすことだろう。

 

 入り口も分かったために、これ以上は37階層に執着する意味はない。1割ほどのウェイトを占めていた闇派閥の調査という内容は、残念ながら綺麗さっぱり忘れ去られてしまっている。

 今までに闘技場(コロシアム)で生成され蔓延っていた強化種が一度すべてリセットされるという、ここ30年において初めてのイレギュラー。人知れず行われていたそれを知るのは神ですら誰も居らず、偉業を成し遂げた(やらかした)青年はリフトを開いてオラリオ西区、そしてホームへと戻るのであった。

 

 

「すまないヘスティア、連絡ができずダンジョンで一泊してしまった」

「そうだったんだね。珍しいね、所用だったのかい?」

「ああ……少し、な」

 

 

 青年は、何故かそこで言いどもる。何かを察したヘスティアは、問いの続きを口にすることとなった。

 

 

「……ちなみに聞くけど、“どこで”一泊したんだい?」

「ダンジョンだ」

 

 

 間髪入れずに“ダンジョン”と答える装備キチ。間違ってこそいないが、明らかに怪しい雰囲気を漂わせて隠せていない。

 

 

「タカヒロ君。ボクは、“何階層か”を聞いているんだよ」

「……18階層、らしき、場所」

「嘘を付くなああああああ!!」

 

 

 神々は、子供の嘘を見抜くことができる。故に一発で嘘が露呈しており、タカヒロはどう説明したものかと腕を組んで悩んでいた。

 

 ということで正解は37階層、よりにもよってベル・クラネルが口にしていた超危険地帯であるコロシアムのド真ん中。見破られて更に嘘を重ねることは無いタカヒロは、一連の事実を正直に口に出している。

 神ヘスティア、予想の斜め上の内容を耳にして文字通り顎が外れているのは仕方のないことだろう。少しでも心配した自分が馬鹿だったと、溢れ始めた胃酸との戦いにシフトしている。

 

 

 その後。タカヒロを助けようとしたファミリアにおいては、“英雄は37階層に眠る”とのタイトルを持つ物語が末代まで語られるのだが、これはまた別のお話である。

 

 

 確かに眠って(一泊して)いたため、あながち間違いではないのかもしれない。

 

 


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