その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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140話 ここはダンジョンの奥深く

 

「ところで今回なのですが、上から行くのですか?下から行くのですか?」

 

 

 オラリオ・ダンジョン。上から攻めるか、下から攻めるか。

 ダンジョン・アタックと称されるそれは、本来ならば“逆走”という二文字は使われない。ちなみにだが24階層の時のように、リヴェリアは道中においてアーチャーへとジョブチェンジすることが告げられている。

 

 

 ともあれ、ベルの口から出された大きな疑問。オラリオにおける一般冒険者が耳にすれば選択肢が生まれること自体に疑問が芽生えるのだが、残念ながらここの4人は一般人の対象外である。

 事実を告げるかの如く当たり前のようにベルが口にしたことを明記すると、1階層から順に下って30階層を目指すか、リフトで50階層から逆走するかの選択肢が生まれているわけだ。安全性や距離ならば前者となるが、後者ならば、おおよそ人目につかないという大きなメリットも存在する。

 

 

「上から行くとなると、18階層で一泊できるが……」

「……目立つ、よ」

 

 

 一応は闇派閥に関することだと理解しているアイズも、目立つことは良くないのではないかと意見具申。珍しく意見を言う点や的を射ている内容に驚くリヴェリアは、アイズの成長を実感していた。

 と思いきやアイズとしては、単に4人でゆっくりと過ごしたいという可愛らしい裏事情。これから行くところはオラリオにおいて最も危険地帯となるダンジョンの深層なのだが、約一名の所詮により恐怖は全く沸かないらしい。

 

 

「ベルの……お昼寝の、練習にもなる」

「何が昼寝だ、野営や野宿と言え」

 

 

 「言わなくても分かってくれる!」と言いたげな金色(こんじき)のジト目と翡翠のジト目が至近距離で交差する。鉄板を溶接する時のように火花が散り始める恐れがあったために、タカヒロとベルがそれぞれの相方の首根っこを掴んで引きはがした。

 アイズとしては、可愛らしく振舞おうと努力して選んだ言葉という裏事情。なんとも健気な様相であり、そういった意味ではポンコツハイエルフも見習うべきポイントだろう。

 

 

 結果として、50階層から逆走することが決定された。“運搬中の食人花(ヴィオラス)が居れば後ろから襲いやすい”という明確な理由があり、決してその場のノリで決定されたワケではない。

 リヴェリアによって決定されたのだが、こうなった事にも理由がある。正直なところどちらでもいいタカヒロ、そもそも何故30階層に行くのかよく分かっていない為に従いますと口にしたベル・クラネルの二人はカウントの対象外。

 

 アイズは50階層からの逆走を提案しており、リヴェリアもまた、30階層の調査が決まった時から同じ意見を抱いていたらしい。というわけで、必然的に決定した格好になる。

 

 とはいえ、先に説明された明確な理由だけが原因ではない。恋路となると途端にポンコツ化する傾向がみられるこのハイエルフ(lol-elf)、しっかりと別な理由があって50階層のスタートを選んでいたのだ。

 タカヒロとて知らず察することが出来ていない、彼女にとっては大切な理由。それを達成するための発言が出されたのは、4人揃ってリフトで50階層へと降り立った数秒後のことである。

 

 

「タカヒロ、先に52階層の入口まで行こう」

「は?」

 

 

 突拍子もないことを言い出したリヴェリアに対し、真顔で一文字の問いをぶつける青年タカヒロ。目的地は30階層だっただろうと正論を口にするも、何故だか視線を斜め下に逸らされてしまう。

 そんなリヴェリアを目にしたアイズも心配になり、「どうしたの?」と覗き込むようにしながら首をかしげる。何がどうなってそうなったのかタカヒロですら分からず、彼もまた「どうしかしたか」と心配げに声を掛けていた。

 

 

「――――お前と出会った場所に、行きたいんだ」

 

 

 少し前の余韻漂うポンコツが示す回答は、全員の想像を合計したモノと比較しても斜め上。別に行こうと思えば何時でも日帰りで行ける――――とオラリオの冒険者が耳にしたならば「正気ではない」と回答を返すのだが、“リフト”と青年の実力があれば朝飯前に等しいだろう。

 ともあれ今朝の一件も影響しているとはいえ、“まさか”の回答であることに変わりはない。流石のタカヒロもアイズと共にフリーズしてしまい、前者は言われて嬉しいことに違いは無いが、掛ける言葉の一つも浮かばなかった。

 

――――リヴェリアが可愛すぎて辛い。

 

 と、このような感想が浮かぶだけ。左手で額を抱えながら、タカヒロは少し顔を伏せている。

 

 隙あらば惚気。場所がダンジョンの深層であろうともそれは変わらず、相変わらず恋愛事となると初心な精神を持つ最年長と言えるだろう。

 

 

「あちゃー……ッ!!?」

 

 

 我慢できずに思った事(余計な音)を口に出してしまったベル・クラネル、指の隙間越しから放たれる漆黒のジト目を受けてジェスチャーにてゴメンナサイの真っ最中。まさかの回答を耳にしたアイズは数秒後に可愛らしく噴き出し、お腹を抱えて笑いを堪えていた。

 いつかメレンで起床した時とは立場が入れ替わっており、今度はリヴェリアがポカポカとアイズの背中を弱々しく叩いて抗議中。縦に動くメトロノームのように頭を下げたり上げたりするベルの横で、可愛らしくじゃれ合っている。

 

 そんな戯れも時間が過ぎれば自然と収まり、プンスカな様相を呈だったリヴェリアもまた元通り。そもそもにおいて30階層を調査する事情が呑み込めていないベルに対し、闇派閥やオラリオに迫る危機などを分かりやすく説明していた。

 一緒になってアイズも聞いて(復習して)いるが、理解できているかは不明である。そして少しの危機感を抱くベルながらも、“オラリオの破滅を目論む”くだりを耳にしても余り動揺を見せていない。

 

 なんせベルの心境は、「そんな有象無象より横に居る師匠の方が危ないんじゃ?」と真理に迫っている。百聞は一見に如かずと言うが、目にしたことのない恐怖よりも目に見える“プッツンさせた時の恐怖の存在”の方を意識してしまうのは仕方のないことだろう。

 実力をつけレベル4になり、タカヒロ以外の相手と戦うことで“引き出し”が増えてきたからこそ。猶更のこと、“ぶっ壊れ”が持ち得る力の異常さが分かってしまっているというわけだ。

 

 

 そんなこんなで道中の敵は適当に排除しつつ、一行は51階層から52階層へと降りる地点へと無事に到達。たった4人でここまで来ている点だけを見ても異常なのだが、その点はあまり気にならないらしい。

 52階層へと降りないのは、ここから先は58階層からヴァルカング・ドラゴンによる火球の狙撃を受けるため。約一名は直撃しても何ら問題はないのだが、他の三名となると、そうはいかない。

 

 

「……懐かしいな。もう既に、あれから半年を過ぎているのか」

「……」

 

 

 ぽつりと、思い返すようにしてリヴェリアが呟く。アイズやフードを外したままのタカヒロもまた、当時を思い返すように52階層への入口を見つめていた。

 

 芋虫型のモンスターに追いかけられていた、ロキ・ファミリア。幸いにも人的被害はなかったものの、この階層だけで発生した金銭的被害は、未だに尾を引きずっている。

 一方で、モンスターを殺しても装備がドロップしないことに嘆いていた一人の青年。同じ階層に居たというのに、何とも酷い温度差だったと言えるだろう。

 

 

「この先、52階層でお前に助けられた時のことは、よく覚えている。あの時は、どのようにしてモンスターに対処したのだ?」

「……いや。このような情景で口にする内容でもないが、特に何もしていない」

 

 

 当時を振り返って表情が緩むリヴェリアだが、生憎と戦闘と呼べる戦闘など発生していないのが実情だ。テクテクと歩いている最中、“殴ってきたモンスターが勝手に死んだ”という状況に他ならない。

 そして当の本人は、ありのままを正直に口に出している。だからこそ出会った情景の感動などリヴェリアの中から吹き飛んでしまい、「そこは嘘でも何か言え」と言いたいリヴェリアから釘が刺される事となる。

 

 

「……お前は相変わらず、戦いとなれば感動の欠片もない状況だな」

「なんだと?」

 

 

 少し前まで惚気ていたかと思えば勃発しかける夫婦喧嘩、普段よりも輪をかけて何かを言いたげなジト目とジト目が交差する。タカヒロが口にしたことは事実とはいえ、リヴェリアが口にしたこともまた事実だ。

 ゼロ距離で顔を突き合わせる二人を見て苦笑する一方、別のことが気になったベル・クラネル。喧嘩がヒートアップしても宜しくない為に、思ったことをそのまま問いとして口にした。

 

 

「師匠、こんなところでリヴェリアさんとお会いしていたのですね」

「私だけではなくアイズも同様だぞ、ベル・クラネル。芋虫型のモンスターに追いかけられていた所を、肩代わりして貰った格好だ」

 

 

 エルフを見捨てるわけにはいかないという、傍から見ればバカバカしい理由によって出された助け舟。傍から見た感想がそれなのは、ここが危険地帯である52階層だからという理由によるものだ。

 続けざまに「普通は52階層で助け舟を出す余裕はないぞ」と軽口を出すリヴェリアだが、それについては嬉しさを隠すため。照れ隠しとなれば捻くれている相方の様相が、少し伝染してしまっている。

 

 

「まぁリヴェリアさん、師匠にダンジョンの常識は通用しませんから」

「なるほど、違いない」

「わかる、よ」

「やかましい」

 

 

 ここぞとばかりに放たれるベルの追い打ちである。他に誰もいない状況だからか、タカヒロ以外の3人は陽気な表情で言いたい放題だ。ジト目を向けられた発言者のベルは咄嗟にアイズの後ろへと隠れ、アイズは両手を広げて立ち塞がる仕草を見せている。

 タカヒロにとっては残念ながら、100人に聞けば100人がベルと同じ回答を示すだろう。10階層とはいえ戦闘衣(バトルクロス)ですらないワイシャツとズボン姿でダンジョンに潜っていた実績だけを考慮しても、ベルの言い分は正論と言える程だ。

 

 ともあれ、そのような非常識が生まれる程に強いからこそ、助かった命も多くある。事実を分かっているリヴェリアは、優しい口調で言葉を発した。

 

 

「もしも、お前好みではないという理由で助けようという気持ちが芽生えなかったならば……私たちは今、ここに居なかったことだろう」

「失敬な、ダンジョンに出会いを求めて潜っていたワケではない。ああ、そうだろうベル君?」

 

 

 ややニヤリとしたような珍しい表情と共に放たれる、内角高めへ迫る直球ストレート。ベル・クラネルにとっては、とても厳しいコースに飛んでくる言葉のボールに他ならない。

 

 

「そ、そそそそそうですよね!」

「ベル。なんで、慌ててるの」

「そそそんなことあああありませんよ!?」

「敬語、出てる」

「あうぅ」

 

 

 先のお返しとばかりの、カウンターストライクというわけだ。今は全く違うと断言できるとはいえ、オラリオに来た当初を思い返すと耳が痛いベル・クラネルである。

 何かを隠していることはアイズにさえ見抜かれており、若干の膨れっ面を目の前にして両頬をプニプニと突っつかれる尋問を受けていた。もっとも少年からすれば、ご褒美な状況に他ならない。

 

 とはいえリヴェリアの言葉は今こうして恋仲にあるということではなく、出会っていなければ24階層もしくは58階層で命を落としていたという内容だ。タカヒロやベルという男に助けられたからこそ、リヴェリアとアイズがここに居ることは間違いない。

 頼りになりすぎる相方、現在はアイズに混じってベルの片頬を突っついて尋問しているタカヒロの横顔に、優しい翡翠の瞳が向けられる。そのうち楽しくなってきたアイズが加減を忘れかけているために、そろそろ誰かが止める必要があるだろう。

 

――――それにしても、アイズにも言えることだが……そもそもにおいて、ここは51階層なのだがな……。

 

 内心で溜息が出るリヴェリアの思う通り、4人が居る所はダンジョンの52階層へ下りる直前。いつもならば死の恐怖と向き合いながら進む階層だというのに、こうして微笑ましい光景が生まれているという点だけを見ても、どれ程の余裕があるかは語るまでもないだろう。

 それでも、ダンジョンの51階層であることに変わりは無い。どこからか湧き出てきたのか、数体のデフォルミス・スパイダーが、4人めがけて襲い掛かる。

 

 

『■■■■!』

「あ?」

『!?』

 

 

 家族の団らん――――らしき何かを邪魔するなと言わんばかりの一睨みと共に、オレロンの激怒が発動。デフォルミス・スパイダーに対して何か用かと聞くこと自体が間違っているのだが、襲い掛かろうとしたモンスターからすれば、声を掛けてくれただけ有難い対応だ。

 何せモンスターが襲い掛かろうとした存在は、鬼神と表現して生ぬるい。そのまま180度のスピンターンを奇麗に決めて、抱いた恐怖に全身に球の汗を浮かべながら、明後日の方向へと逃走している。

 

 何事もなかったかのように終始ベルの頬で遊んでいるアイズは、眉間を軽く摘まむリヴェリアを見て可愛らしく首をかしげている。ベルもベルで顔の力を抜いてされるままの状況であり、温度差を筆頭に色々と酷い状況だ。

 

 

 

 

 もちろん“色々と酷い”は、例に漏れず地上にも該当する。水晶越しに見ている謎の残念女神は、モルモットの如くイジられているベルを見て「私も51階層へ行く!プニプニする!!」と手足をジタバタさせて(わめ)き騒いでいる程だ。

 

 

 頑張れ中間管理職(猛者オッタル)、なんなら他部署ながらもヘルプに入るのだ苦労人(フェルズ)。古代神ウラノスの胃が迎える未来は、君の手にかかっている。

 


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