その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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143話 装備の更新とは

 

 オラリオの一角にある、ヘファイストス・ファミリアの上級鍛冶師ヴェルフ・クロッゾの工房。彼の他にもヘファイストス・ファミリアに所属する眷属達の工房が集まっているエリアに位置しており、鍛冶場が密集している為か他の場所よりも気持ち気温が高くなっているように見受けられる。

 鉄を打つ際には非常に高温にまで熱せられる為に、炉を筆頭として保温性に優れる設備が多いのだ。夜はやや肌寒くなってきたものの、日が差したならば、日中は上着が不要な程にまで温まる。

 

 

「――――と言うワケで、ベル君のフードが破損してしまってな。忙しいことは承知しているが、また作っては貰えないだろうか」

「勿論です。腕によりをかけますよ、タカヒロさん」

 

 

 つい先程まで鉄を打っていたのだろう熱気が残る工房で、少しだけ年の差がある青年二人が立ち話を行っている。工房の主であるヴェルフ・クロッゾと、此度においては依頼者となるタカヒロの組み合わせだ。寒くなってきてもワイシャツ姿なのは相変わらずである。

 そして当たり前のように取り出される高級アイテム、“カドモスの表皮”。それも傷や汚れが非常に少ない最上級の品質であることはヴェルフも感じ取っており、そこそこ見慣れた筈なのに思わず生唾を飲んでしまう。

 

 真相としては高級素材を見て僅かながらに興奮しているだけであり、主神であるヘファイストスが示す反応と似たようなベクトルと言えるだろう。似た者同士、文字通り“お似合い”というわけだ。

 

 

 それはさておきヴェルフとしては、依頼されたモノも分かっている。前回においてローブを作った時に余った表皮で作成した、顧客の一人であり友人でもあるベル・クラネルのフードに他ならない。

 そして本音を口にするならば、単価で1千万ヴァリスするアイテムを使って己の技術を試せる為に断る理由などありはしない。何故そんな代物がポンポンと出てくるのかについては、鍛冶師にとっては些細な内容に等しいのだ。

 

 相も変わらずマッチやライターの類を貸すかのようにカドモスの表皮を渡すタカヒロは、続いて工房の内部を軽く見渡している。ベルのアミュレットを作った時と比べて遥かに大量の工具が揃っており、装備キチとしては気になる点の1つなのだろう。

 何度か装備を作成した経験のあるタカヒロだが、所詮は素人に毛が生えた道具しか使っていない。それでいてヘファイストスが目にしたガントレットを作ることが出来ると知れ渡れば鍛冶職人達の心が折れるのだが、それはまた別のお話である。

 

 

「あ、分かります?おかげ様で繁盛していて、以前の分配金と合わせて思い切って工具を揃えてみたんです。やるべきことが増えました」

「新たな鍛錬の始まり、か。苦労や悩みの連続だろう」

「ええ。まだまだ、俺が“使わされてる”って感じです」

 

 

 曰く、ベルから始まってロキ・ファミリアの新米が使い始めたこともあり、中々の黒字であるらしい。もちろん私益に使うことはほとんどなく、このように道具を揃えるなどして品質を上げる形で還元している格好だ。

 扱いに慣れていない点については、それこそ時間と努力が解決することだろう。ヴェルフ・クロッゾならば何ら問題のない課題であることを、タカヒロは知っている。

 

 

「それにしても、同じものが見当たらない。これら全て、オーダーメイドなのだろうか」

「ええ。ヘファイストス・ファミリアとしては、俺はちょっと特殊ですね」

 

 

 基本としてヘファイストス・ファミリアは、“こんな武具が出来ました”と言った形で鍛冶師が作った一品を並べることが多い。ベルと出会った頃にタカヒロもヘファイストス・ファミリアの販売店に訪れていたが、気に入ったモノがあれば購入する恰好だ。

 オーダーメイド形式とどちらが優れているかとなれば、優劣は付けられない。ウインドウショッピングをする過程で、思わぬ掘り出し物を見つけることもあるだろう。タカヒロが見つけたヴェルフの短剣が、まさにそのパターンで掘り出された代物だ。

 

 

「どうでしょうか。手に取ってもらって、評価して頂けると嬉しいのですが」

「いや、これは誰かのオーダー品なのだろう?」

 

 

 グリップ部分を始めとして、“非常に小柄”な人物に合わせて作られたのだろう短剣の類。大きな手を持つドワーフはもとより、一般的な体格のヒューマンやエルフですらも、このグリップでは細すぎる。

 加えて、装飾の類は一切が施されていない軽量仕様。戦闘の際に有利になるような内容(タクティカルアドバンテージ)に繋がらないモノは徹底的に排除しているあたり、実戦において生き残るために必要な武器と言えるだろう。

 

 

「流石ですね。実はヘルメス・ファミリアのパルゥムから依頼を受けまして、少し前から取り掛かっていたんです」

「ならば猶更のこと、自分が触れるべきではない。最初に()を握るべきは、依頼人であるパルゥムだ」

 

 

 この持ち主から言われたならば話は別だが、ただ目についただけである現状は、第三者が触れる権利は所持していない。一方で見る分には自由とも捉えており、唾が飛ばないよう手元を口に当てて様々な角度から覗いている。

 鍛冶師のヴェルフからすれば、作成した武具とは“我が子”と同じである。自分はそれ以上の逸品を沢山持っているというのに敬意を払ってくれるタカヒロの言葉を受け、ヴェルフの口元が僅かに緩んだ。

 

 

「しかし、オーダーメイドだけでやっていくとなれば、顧客の確保が難しいだろう」

「そうですね……今は良いかもしれませんが、将来は分かりません。ですが俺にできることは、精一杯やっていくことだけです。タカヒロさんやベルが俺の武器を誉めてくれた時みたいに、結果はついてきてくれるって、信じています」

 

 

 ヴェルフとしては先に口にした通り、売店に並べる形式は自分自身のスタイルに合わないようだ。武具を作ることは好きであり、自分の才能や技術をつぎ込んで出来上がった一品に一喜一憂することは当然あるが、どんなプライドを持って作っているかとなれば話は別だ。

 

 

 真の目的は、主神ヘファイストスに貰った言葉に他ならない。昔も今も、そして未来も変わらず、ヴェルフ・クロッゾとは担い手の為に鉄を打つ。

 

 

 ベル・クラネルは、己の武具を認めてくれて使ってくれている。しかし一方で、この青年は認めてくれてこそいるが使っているかとなれば話は別だ。

 根本にある理由は、ヴェルフ自身も分かっている。タカヒロという顧客が必要としている技術のレベルが高すぎて、己では最低要求ラインを満たす迄にも程遠い。

 

 

 だからと言って諦め、挫折しているわけではない。いつか、それこそ命あるうちに届くかどうか分からないが、使ってみたいと思ってくれる一品を作りたい。

 

 

 ベル・クラネルが掲げた理想、“質の悪いお手本”に追いつく事と似ているだろう。先も見えず果て無き血反吐がにじむ目標と理解し覚悟を抱きつつ、ヴェルフ・クロッゾは、その道を進むと決めたのだ。

 恐らくは、今後もベルと一緒に歩み成長を続けるだろう。レベルがどうこうではなく技術的な話であり、やがてオラリオの歴史に名を刻むことになるかもしれない。

 

 訪れる未来は、それこそ誰にも分からない。しかし理想を掲げ、信じ、守り抜くことが出来たならば、結果はどうあれ己が納得のいく結末を見ることは出来るだろう。

 

 故に使えるものは何でも使い、必要と判断すれば果敢に挑む。派閥を問わず他の鍛冶師が作り出した逸品を研究し、教えを乞うことに恥が生まれることはない。

 

 

――――見事と言える出来上がりばかりだ。これならば、ベル君が使う次の一振りも任せることができるだろう。

 

 

 誉めることは己の仕事ではないと弁えているタカヒロは評価を心中に留め、「邪魔をした」と言葉を残して帰路に就く。ヴェルフ・クロッゾの物語は、まだまだ始まったばかりだ。

 

=====

 

 そんな評価を得ているヴェルフが専属契約を結んでいる一人の中に、驚異的な成長を見せるベル・クラネルが存在する。レベル1の頃からヴェルフが作った武具を使い続けており、時たま試作品の評価にも呼ばれる程だ。

 ベルが使う防具や、セカンダリ武器となる“兎牙シリーズ”は事あるごとに更新しているのだが、主神から貰ったヘスティア・ナイフだけは打ち直し程度で使い続けている。札束ゴリ押しな素材の影響もあって超が付くほどに高品質な武器であることに間違いはないのだが、時代(職人)の進化というのは残酷だろう。

 

 兎牙シリーズが更新される度にヘスティア・ナイフとの差が縮まっていることを一番実感しているのもまた、ベル・クラネル。そろそろ相談が来る頃ではないかと、タカヒロは先月頃から頭の片隅に意識を向けていた。

 彼の予想は的中することとなり、数日後、ベルが装備のことで相談したいことがあると持ち掛ける。内容としては装備を更新する際のことであり、タカヒロはどのように選んできたのかと、参考程度という建前のもとに意見を求めてきたのだ。

 

 

 装備のこととなると煩い青年は、まず、装備と呼ばれるモノについてを簡潔に語りだす。英才教育を受けたベル・クラネルとヘスティアの胃が迎える未来や如何に。

 そんな未来はさておくとして、方向性が明らかに変わったのは、話も2分ほどした時だった。

 

 

「例えば、使いたいと思える短剣が……極端だが、50本は在ったとしよう。しかし戦闘において全てを使えるかとなれば、答えは明らかだ」

「無理、ですね。到底ながら、持ち切れません」

 

 

 同様の理由により、いくら質の高いヘビーアーマーがあったところで二つを着込むことは不可能だ。大きさなどを調節すれば可能かもしれないが、機動力は語るまでもないだろう。

 だからこそ、取捨選択という四字熟語が必要となる。理想の装備が2つあればどちらかと悩み、時には苦しみ、予備を除けば最終的には一つの装備へと絞るのだ。

 

 タカヒロ自身、何千どころではなく万の桁の回数に及ぶ装備更新の果てに、今の装備を選出した。その事を彼がベルに告げると流石に驚いたのか、瞳を小さくして冷や汗を浮かべている。

 

 故に“装備キチ”――――もとい、“装備コレクター”としての一面が存在するタカヒロという男。やたらと装備の性能や質などに煩く、そして詳しい理由の一つである。

 副産物として収集癖のようなものも発芽しており、カドモス君が犠牲になっている原因の一端だ。カドモスの表皮が“レアドロップ”である事を教えたヘスティアの罪は、カドモスにとってはダンジョンよりも根深いだろう。

 

 

「装備の更新というのは単純なようにも見えて、深いところまでを覗き込むと難しい。思い入れがある逸品ならば、輪をかけて猶更だ」

「……はい。特に、このナイフは……」

 

 

 少し睫毛を伏せたベルは、手元に握る“ヘスティア・ナイフ”に視線を向ける。時間で表せば1年も経っていないが、少年の中で積みあがってきた出来事の傍には、いつもこのナイフが居てくれたことは間違いない。

 ペンでも回すかのように手のひらや手首の上でクルクルと回し、最後は逆手に構えを作る。ヘスティア・ナイフに対する熟練度は相当の仕上がりとなっており、まさに手足のように使うことが出来るだろう。

 

 それでも、いつかは別れがやってくることはベルとて意識し理解している。物と呼ばれる存在に無限は無く、形あるものはいつかは壊れるのが定石だ。

 なお、素材は良かったとはいえレベル1の鍛冶師が作った武器がレベル4の終盤――――実質レベル5で通用していると言う最も驚愕するべき内容の一つが隠れてしまっているのだが、そこはベルの跳躍がある為に仕方のないことだろう。

 

 

「でも、考えられないんです。ヴェルフさんが作った武器、それ以外を使うってことが……」

 

 

 遥か昔、“報復ダメージ”にしか目が行かなかった自分の歴史を思い返す装備キチ。結果として“全体的なバランス(ケアン基準)”が大切というゴールにたどり着くまでには、ソコソコの時間を要したものだ。

 とはいえ拘りを持つという点については良い事でもあり、一方で視野を狭める悪い事にも該当する。だからこそタカヒロは、ベルの“引き出し”を広げる意味でも、次の一文を口にした。

 

 

「彼以上の鍛冶師など滅多に居るものではないと思うが、思い切って試しに、他の鍛冶師が作った装備を使ってみることも大切かもしれない」

「……なるほど」

 

 

 その時はヴェルフ・クロッゾとの差に驚くだけだと思いつつも、経験としては悪くは無いというのがタカヒロの決定だ。決して他の鍛冶師を馬鹿にしているワケではなく、己の野望や理想に対してリソースを振る者が多いオラリオにおいて、誰のために武器を作っているかという違いが現れていると言うだけの話である。

 

 

 予定に反して長話となってしまったようで、鐘の音色が早朝の訪れを告げている。今日はファミリアとしては休日である為にベルもまた自由時間となっているのだが、久々アイズとの鍛錬があるらしい。

 午前中で終わるらしく、元気よく年相応の笑顔を振りまいて街中へと消えてゆく。そんな少年の背中を仏頂面のまま見送りながら、タカヒロは一つの言葉を呟いた。

 

 

「――――理想の装備、か」

 

 

 眠れる本能、いや眠ったふりをしている彼の根底。最近は惚気の方へと意識が向いていたが、根底に対して興味がないと書けば絶対的にダウトとなる。

 

 

 ひょんなことから始まった、装備更新のお話。オラリオにおけるヤベー奴が、最も興味を持ってはいけないジャンルへと再び意識を向けてしまった瞬間であった。

 


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