その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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150話 類は友を呼ぶ

 

 “2000”。十進法で表現される、とある数値だ。

 

 勿論これだけ見れば、只の数字に他ならない。そして見る者によって、脳裏に浮かぶ光景も様々なものとなるだろう。

 今回の数値については、オラリオに住まう人々の総人口でもない。厳しい仕事現場において1時間の労働に対して支払われる給与でもない。いつの間にか消え去った紙幣でもない。

 

 20時丁度、と言ったような時間でもなければ、西暦で表記される年の事でもない。年ついでに言えば、神ヘスティアが知る、誰かの年齢というワケでもない。

 かと言って、神ヘスティアにとって全く関係のない数値ではない。では、一体何を指し示す数値だろうか。

 

 

 

 “男子、三日会わざれば刮目(かつもく)して見よ”、という言葉がある。

 

 言葉を要約するならば、親しみを込めた口調にて無学だと笑われていた者に対し、“出来る”者が成長のヒントを与えたならば、いつの間にか見違える程の学を身に着けていた事例を示したもの。その笑っていた者に対し、出来る者が「別れて三日も経てば、人は成長するものだ」と教えを説いたのである。

 文字そのものを捉えるならば「男子は三日で大きく成長する」となってしまう、この言葉。子供の成長は早い為に間違ってはおらず、そして言葉が登場する物語においては、大切と言える3つの特徴が存在する。

 

 

 1つは、学のない者に、変わる為の切っ掛けがあったこと。

 1つは、学のない者が、変わる為に努力を続けていたこと。

 1つは、学のない者が、掛けられた言葉を素直に受け入れたということ。

 

 

 偶然か、はたまた必然か。ヘスティア・ファミリアにおいて、これらに該当する人物が存在する。

 

 

 

 

 

「器用さ、2000……」

 

 

 ベル・クラネルが、オラリオにて経験してきたことではないか。ということで、偉大な人物が残した格言に習うように、大きく成長しちゃったワケである。

 

 濁ったイントネーションでポツリと溢された一言。己の眷属第一号であるベル・クラネルの背中に跨ってステイタスを更新していたヘスティアは、女神が見せてはイケナイ表情を晒していた。

 具体的に言えば、眉間に力が入っており片方の頬が吊り上がってドン引き中。ともあれルーチンワークである羊皮紙に書き写し、背中から降りると、ベル・クラネルに手渡した。

 

 

「やっと2000ですかー。ふふ。どこまで伸びるんでしょうね、神様!」

「……」

 

 

 そして、この花の笑顔を振り撒くベル・クラネル渾身の一言である。元気の塊と言える程の女神ですら、かける言葉が見つからない。

 

 

 かつてランクアップしてレベル2となった際に見せていた喜びは欠片もなく、代わりに大きな溜息が炉の女神に影を落としている。今日も今日とてランクアップを保留しているベル・クラネルは、ヘスティア曰く、「まーた馬鹿みたいにステイタスが上がってる」という“ぶっ壊れ”具合を見せていた。

 かつて、のついでで言えば、ヘスティアも最初は喜んでステイタス更新を行っていた。己の眷属第一号、見た目を抜きにしたとしても、可愛さは一入(ひとしお)だろう。2階層でコボルト一匹を倒して喜び、僅かながらもステイタスが上がったことに喜んでいたことは1年ほど前であるために記憶に新しい。

 

 がしかし、何時の時からか上昇具合に疑問を覚え、ステイタスが1000を突破して顎が外れ。前例もなければ誰に相談できるワケもなく、どうしたものかと悩みに悩んで幾星霜。神々にとっては昨日レベルとなる1年未満だった事を再認識。

 考えはいつしか、“どうしたものか”から“どう隠したものか”へと変貌する。漢字を使わなければイントネーションは似ている為に、さして問題は無いのだろう。

 

 レベルで表記されるランクにおいても、「僕は至って普通ですよ!」と言わんばかりにポンポンと上昇中。お陰様で今やレベル1から2、2から3、3から4、予定ながらも4から5までの最速ランクアップ記録を並べたら、全て“ベル・クラネル”の名前で埋まってしまう。

 これらについては今後も含めて、恐らくは二度と破られる事は無いだろう。非常識が日常へと侵食している光景は、ヘスティア・ファミリアの日常だ。

 

 

 そんな感じで非日常が日常となってしまったトリガーが何かとなれば、ベル・クラネルが一人の青年を拾ってきた時だろう。当時の情景を思い起こすヘスティアは、自然と溜息が漏れていた。こっちについては最初からレベル100の為、最速ランクアップ選手権から除外されている点は唯一の救いだろう。

 今回においては既に2000まで上がっているベルのステイタスについても、上には上が居る現実。つまるところ更なる大きな爆弾というワケであり、その青年(爆弾)に至っては耐久のステイタスが6000を超えている状況だ。

 

 なお何処まで伸びるのかとワクワクしているベル曰く、「どこまで上がるのかと楽しくなってきた」と言う頭のネジの外れ方。僅か1%だろうとも戦闘能力の向上を狙うハクスラ民の教えが、しっかりと浸透している状況だ。

 一方で器用さ以外も1500程にまで上がっている点については、鍛錬の厳しさが伺える。確かに色々と常識の範囲内に収まってこそいないが、楽をして身に着けたワケではない事は確かだろう。

 

 

 あの師にして、この弟子あり、か。そのようなことを考えるヘスティアは物言いたげな目線を隠すこともできず、受け止めるベルは自身の後頭部を右手で抱え、「あははー」と笑って誤魔化している真っ最中。名実ともにコレっぽちも悪気はない、とても彼らしい反応だ。

 約一名の所為で常識が崩れている点は事実だとしても、問題の要素はそれだけではない。“普通”ならば1000までしか上がらないステイタスがここまで上がっているのは、間違いなくベル・クラネル自身。もうちょっと言うならば、持ち得るスキルが原因だ。

 

 その事実を思い返すと、1000を2倍したら2000になることに気付く。そして自然と、今のベル・クラネルは、単純計算とはいえ1レベル分の2倍のステイタスとなっている状況にも気付いてしまった。

 こんな状態でランクアップしたならばレベル6へと“飛び級”するのではないかと、ヘスティアは自身の背中に冷や汗を垂れ流す。ただでさえ実質的に2から4へと飛び級している状況なだけに、今度こそ言い訳を行う事は出来ないだろう。

 

 

 ともあれ。彼女にとっては己の心配よりも、ベル・クラネルの心配が優先らしい。

 

 

「何回も言ってるけど、無茶はダメだぜベル君。これだけステイタスが上がってるんだ、鍛錬の疲れも溜まっているだろ?」

「はい、そうですね。でも、師匠が一緒ですから安心できますし、この後はシッカリと休むつもりです」

 

 

 結果として現実を受け入れているヘスティアは、どこか単純なところはあるが阿呆の類ではない。ベルがタカヒロと行動を共にしていたことは知っている為、また無茶な鍛錬をやったのではないかと想像している。

 そしてそれ以上に、ベルが疲労を抱えていないかと心の底から心配を見せているのだ。この辺りは彼女らしい思考であり、彼女が善神と言われる大きな理由の一つだろう。

 

 

「メモには、タカヒロ君と一緒って書いてあったね。今度は、どこで何をやっていたんだい?」

「ダンジョンの“ちょっと深いところ”で、鍛錬をしていました」

 

 

 今のタカヒロやベルにとって、90階層は確かに“ちょっと”深い場所なことだろう。だからこそ神様特有の嘘発見器も反応を示すことなく、今の発言はスルーされる事となる。

 

 がしかし悲しいかな、50階層までワープできる“リフト”の存在を知らない神ヘスティア。日付的に約1.5日という時間の範囲内では、頑張って30階層ぐらいまでは行けることを知っている。

 タカヒロという自称一般人が居るために、そんな常識からちょっとプラス。脳内において「きっとタカヒロ君なら1日で50階層ぐらいまで行けちゃうんだろうな」と、なんとも微笑ましい思考を抱いていた。1日どころか一瞬という現実である。

 

 彼女がこのような考えを抱くことについては理由があり、階層が進むにつれて入り組み広大となるダンジョンの移動には時間がかかるものなのだ。これについては、どれだけレベルが高くとも逃れられない宿命と言ったところだろう。

 己の眷属第一号と第二号については、文字通り常識が通じない。だからこそ予測されるダイレクトアタックに備えるために考えを“盛って”おり、50階層と結論付けている状況だ。

 

 

 悲しさついでに、もう少し。かつてロキ・ファミリアの窮地を救った喜劇について泣きながら感謝をされたことがあるヘスティアながらも、“何階層”での出来事かについては聞いていない。

 加えてウラノスと協力関係にありながらも、いつの間にか“ぶっ壊れ対策会議”になっている事情もあって、汚れた精霊については“極彩色の魔石”以降は情報がない。闇派閥についての情報は適宜アップデートされているが、こちらについてはダンジョンの階層が関係ないのが実情だ。

 

 一方で、とんでもなく深いところに潜っていたことは「怒られちゃう」ということでお口チャックなベル・クラネル。このチャックが生まれた点については、「冒険者は冒険をしてはならない」と口うるさく身を案じてくれていたアドバイザーも影響しているのは言うまでもないだろう。

 どこぞのレベル100発言の所為もあって、“言わなければ分からない”という“きたない技”を知ったベル・クラネル。師であるタカヒロに色々と教わる一方で、道徳的にはあんまり宜しくない点も学んでしまっているが、それもまた“成長”だ。

 

 

「さ、次はレヴィス君だ。いくらベル君の紹介だからって、ちゃんと面談はやらせてもらうぜ?」

「もちろんです、神様!師匠も、同じことを仰っていました」

「分かったよ。じゃぁ早速済ませようか、タカヒロ君を呼んできてくれるかい?」

「分かりました!」

 

 

 例え特例だろうとも、三名で作ったヘスティア・ファミリアのルールの一つを的確に実行する。上が決まりを守ることで、ファミリアの者達に道理と秩序を示すのだ。

 

 

 部屋を飛び出して足早に廊下を駆ける背中は、まだまだ小ささを隠せない。それでも大きく成らんと必死に羽ばたく姿は、神々からしても愛くるしいと言うものだ。しかし鼻血での応答はNGである。

 

 

 そんなこんなで数分後、無事にレヴィスの面談と相成った。応対するのはベルとヘスティアとタカヒロであり、初回入団メンバーと同じ条件で公平さを示している。

 

 

 しかし問答については出端から問題が発生しており、今まではどこのファミリアだったのかとなれば、「所属していなかった」という、まさかの回答。“冒険者ではないのに強い”という状況は、オラリオにおいては、あまり類を見ないと言えるだろう。

 度合までは分からないが、何かしら“訳あり”なのだということはヘスティアも直感にて感じ取っている。そしてここで、タカヒロがベルとレヴィスの援護に回った。

 

 

「自分と出会った当初、ヘスティアも言っていたではないか。秘密の一つや二つ、誰にだってあるものだろう?」

「……」

 

 

 ――――キミの場合は1つどころか多数、かつ全てが絶対に公にできない程なんだけど。

 

 彼に恩恵を刻む為、そんなことを口にしていた過去を思い出すヘスティア。身から出た錆、ではないが、かつて口にした言葉を撤回したく後悔の真っ最中。

 ともあれ、恩恵無しでダンジョンの10階層へと潜っていたタカヒロを案じたが故の発言だったことも、また事実だ。先程も思い返したヘスティア・ファミリアのスタートは、永い神の寿命のなかでも忘れることはないだろう。

 

 

 悲しいかな。“ぶっ壊れ”へと意識が向いたというのに、その男が持ち得る凶悪な秘密に意識が奪われ、ヘスティアは思い起こすことができなかった。

 神々の基準で言う所の“ついこの間”に体験した、どこか親近感のあるシチュエーションだなと。“冒険者ではないのに強い”男に恩恵を刻んだならば、如何なったかを。

 

 

 過去についての質問を除けば、レヴィスの回答は筋が通るものだった。タカヒロと似て終始落ち着いた様相で行う受け答えは、初々しさを感じさせない。

 幾たびの戦場を乗り越えた、歴戦の戦士。この言葉がピッタリと合致する者が嘘偽りなく“オラリオの為に戦う”というのだから、ヘスティアのなかでも印象は良くなる一方だ。

 

 

「分かったよ。合格だぜ、レヴィス君。これからヘスティア・ファミリアの皆の為に、オラリオの為に、頑張ってくれよ」

「ああ、誓うと約束しよう」

 

 

 ということで、無事に合格。ベルやタカヒロとも握手をしており、家具の類こそ揃っていないものの、本日付けでヘスティア・ファミリアにて活動を開始することになる。

 

 

 となれば、いよいよ恩恵を刻む時である。男二人が部屋から出た後、椅子に座ってヘスティアに対して背中を晒すレヴィスは、背中に暖かな感覚を感じていた。

 炉の女神を象徴する、神の力。恩恵と共に刻まれる炉の文様は、力強さと暖かさを示す象徴だ。

 

 

 

 

 がしかし。レヴィスという女性に対する神の恩恵を与える行為は、そう単純に終わらない事も事実である。

 レヴィスに恩恵を刻んだヘスティアは、背中に浮き出たステイタスを目にした次の瞬間。音よりも速い速度で状況を瞬時に察知し、背後のドアに向かって盛大に叫ぶのであった。

 

 

「どう言う事かなタカヒロくうううううううん!?」

 

 

 つい先程目にしたステイタス2000の衝撃すらも、一瞬で吹き飛んでしまう程の非常事態。予想外、もしくは規格外。どちらかの3文字がピッタリと該当することだろう。

 いや、両方と表現した方が的確か。証明するかのように女神の額に浮かぶ玉の汗、キュウッと締め付けられる臓器の感覚。見開く目がヤベー状況を視覚的に表現しており、今の一言で息が上がりかけている。

 

 

 喜びなさい、炉の女神。“暇だから”と地に降りてきたその身を満たすかの如く、また新たな悩み(愉しみ)が降りかかるのだ。

 


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