その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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甘未補給


156話 ご機嫌取り

 

 オラリオは夏と秋の境目を過ぎた頃。なのだが本日の日差しは残業を嫌うかのごとく仕事をしておらず、厚い雲に隠れている。

 時折みられる少し力強い風の影響か、それほど湿気はないために、過ごしやすい空気と言えるだろう。過ぎゆく夏を名残惜しそうに水辺ではしゃぎ回る子供たちを保護者たちがすぐ傍で見守る様相は、なんとも風情ある光景となっている。

 

 オラリオの外れにある人気の少ないエリアにおいては、少しの熱気が見えている。今日のオラリオは一般の者にとっては過ごしやすい天気と言えど、そこに居る当該者となれば天気以前の話となり、事情は大きく変わってしまう。

 分厚い雲海が奏でる空模様は、とある青年が居る場の空気と似ていると言っても過言はないだろう。少し離れたところからワイワイガヤガヤと響く活気は、周囲に対して二人の会話内容に霧をかけるには十分だ。

 

 

「悪かった、この通りだ」

 

 

 レベル100とて彼女の前では頭が上がらないらしく、目を閉じて、静かに拝むように手を合わせる。片目でチラっと相手を見るも“ぶっすーっ”と表現することができる擬音と共に明らかに不貞腐れる、一人の女性がそこに居た。

 

 時折感じる風に揺れるきめ細かな翡翠の髪は、持ち得るツンツン気分と相まって少し動きが大きいだろうか。半目となっている翡翠の瞳の下で膨れる片頬、軽食とはいえ食事のテーブルだというのに肘は卓上で逆の頬を支えている。

 その人物の名を、リヴェリア・リヨス・アールヴ(ポンコツ・lol・エルフ)。相方の3桁レベルよろしくコレが齢■■■(検閲済)なのかと考えると、疑問符しか芽生えない。とはいっても、現実として起こっている光景であることに間違いはない内容だ。

 

 

 このような光景が作られている理由としては、凄まじく単純だ。レヴィス事件や装備更新など行事(事件)が経て続いたために、早い話がリヴェリアと会ったのが耐性パズルを組んでいた際の1時間だけだったという内容である。

 更には、受け答えも宜しくない。「どこに行っていたのだ」と聞かれた際に「神ヘファイストスへ会いに行っていた」と、正解ながらもこのような回答を行っているために、結果として不貞腐れるハイエルフが誕生したわけだ。

 

 開店直後のために人気のないカフェのテラス席で腕を組み、明後日の方向に顔を向けている。頬は気持ち赤く、アイズ宜しく片頬は僅かに膨れているのだが相手の事が気になる点は正直であり、数秒に一度の頻度で視線が相手に向けられているのは可愛らしい点だ。

 もちろんリヴェリアとて怒っているわけではなく、最近は構ってもらえず拗ねているだけに過ぎない光景。それでも男側が謝罪の姿勢を見せなければならないのは、この手におけるセオリーと言ったところだろう。

 

 

 問題はこれからタカヒロの口から出される謝罪の内容であり、一歩間違えば状況は悪化する。誰が悪いかとなれば彼女をほったらかしていた彼であるために、あまり文句を言える立場でもないだろう。

 また、彼とて彼女を蔑ろにするつもりは全く無いのが実情だ。どう口を開いたものかと悩むタカヒロは、対黒竜以上に難しい状況を前にして冷や汗が浮かんでいる。

 

 

 ――――実は装備の更新に奔走していた。

 装備と彼女のどちらが大切かとなった際に回答に困る。両方守る以外にあり得ないが、却下。

 

 ――――ここのケーキの味はどうだ?

 相手は先ほどから一口も手を付けていない、却下。

 

 ――――ロキ・ファミリアの調子はどうだ?

 仕事を中断して来ている可能性がある、却下。

 

 ――――レフィーヤ君の成長はどうだ?

 他の女の名前が出るために却下。

 

 ――――アイズ君とベル君の関係はどうだ?

 似たような理由により却下、そもそも今は此方の関係の方が問題である。

 

 ――――愛してる!

 唐突過ぎるので却下、本日は圧倒的に下積み不足。

 

 

 とここで、卓上に置かれた、互いに注文したケーキが目に留まる。リヴェリアはフルーツタルトのようなもの、一方のタカヒロはチーズケーキとなっており全く違うジャンルだったのだ。

 だからこそ、1つの手法が浮かんでくる。“構ってあげる”ことを満たしたうえで別の欲求も満たすことができるかと、彼は、さっそくフォークを手に取った。

 

 

「むっ……。そう来たか」

 

 

 不貞腐れる彼女の前に、チーズケーキの一部が乗せられたフォークが差し出される。以前のデートで甘味が好きなことは知っていたタカヒロが、起死回生の一手に選んだ内容であった。

 どうしたものかと反応するリヴェリアとしては、チーズケーキも美味しそうで食べてみたかったのが本音である。しかしケーキ2種類の注文は相手に対して食い気の印象を与えてしまうために、脳内戦争を征してフルーツタルトを選んでいたのであった。

 

 故に、この選択は有難い。一口ながらもフルーツタルトとはまた違った甘味であることと拗ね具合を長引かせるのもよくないかと考え、彼女はパクッと口にして、ここで折れることとなった。

 しかし残念、相手の行動はソレで終わらない。彼女がそれに気づく間もなくチーズケーキの一部を“同じ”フォークで切り取ると、今度は己の口に頬張ったのだ。

 

 

「なっ!?」

 

 

 早い話が、フォーク越しの間接キス。間接どころかそれよりも上位を経験したことなど今に始まったイベントではないが、リヴェリアはこのようなシチュエーションに対する耐性が無いために“こうかはばつぐん”なのである。

 彼女に芽生える驚き、そして羞恥。しかし感情表現に乏しい相手が今のような事をしてくれた嬉しさから、長い耳が細やかに動く。秒間当たりの動作回数こそ少ないが雛鳥が羽ばたくように動く様は、エルフスキーのハートを掴むには十分すぎる代物と言って良いだろう。

 

 そして男は掴んだ流れを手放さず、追撃へと移行する。普段は新しい服に対して「似合っている」程度の表現に留めるこの男、ここぞとばかりに表情を崩して「可愛い所もあるな」との表現を繰り出すのだ。

 攻撃が向けられる彼女からすれば、回避不可能の全力右ストレートに他ならない。滅多に口にしないからこそ、このような場面では一層のこと活きるのだ。意図せずしてカウンターとなっている点は職業病だろう。

 

 

 リヴェリアが抱いた驚きは一転、嬉し恥ずかし。食欲という三大欲求の1つが支配する領域すらも全てを投げ捨て先の2つの感情が渦巻く彼女は、どう頑張っても相手に顔を向けることができていない。

 いつか言葉を貰った時以上に、だらしなく緩んでいる。己の方が年上である事を無駄に意識して「しっかりせねば」と普段から気合を入れているだけに、このような姿は見せたくないようなのだ。

 

 

「自分は、そんな君の顔が大好きなのだがね」

「っ~~~~!!」

 

 

 身を乗り出した笑顔の青年の手によって、向いていた方向の頬に手が添えられる。言葉と共にそのまま顔を動かされて視線を合わせられてしまい、リヴェリアは“もう助からないゾ”な状況に追い込まれてしまっていた。

 久々耳の先まで真っ赤に染め合上げた様相は、似たような表情を知っている青年からしても果てしなく可愛らしいものがある。この場にベートが居れば「トマト野郎」と口にして、数秒の内に空中散歩と洒落込んでいたことだろう。

 

 人詠んで“恋愛kszk(クソ雑魚)ハイエルフ”、ここに完全敗北。付き合い始めてから暫く経っているのだが、今だ初々しさは抜けないらしい。

 もしくは、そこの捻くれ者が“そうなるように”しているのか。事実は、本人にしか分からない。

 

 先程から一口も減っていないフルーツタルトに意思があれば、自分は何のために提供されたのかと疑問符を浮かべることだろう。もはやリヴェリアが抱く思考は、ケーキに向けられている余裕は無いと言って過言はない。

 かと思いきや、一通り茹った彼女は吹っ切れる。フォークをザックリと刺して大口にケーキを放り込み始め、ものの1分かからずフルーツタルト軍曹は殉職した。

 

 

 再び明後日の方向を向いてしまった彼女だが、やはり先の言葉をくれた相手の反応は気になるのだろう。視線逸らしは10秒と持たず、チラリチラリと少しだけ顔を動かすとともに横目で相手を見ている程だ。

 “何アレ可愛すぎない”と本音ながらも抱いても仕方のない感情が生まれる青年は、目に映る景色をいつまでも眺めていたい気持ちに浸ってしまう。とはいえ放置しすぎると拗ねることは目に見えているために、どうするかと考えて行動に移した。

 

 タカヒロは、新たなケーキを注文したのだ。フルーツタルトでもチーズケーキでもない、表現するならばチョコレートケーキのような分類だ。

 これならば、フルーツタルトのあとに食しても味負けすることはないだろう。彼女が2つ目を注文しづらいかと考え、己が動いたというワケだ。

 

 ウェイトレスから受け取り、場に二人だけとなった時に彼女の前へと差し出している。カチャリと皿が机に置かれる音と共に今一度正面を向いた彼女は、目の前に運ばれてくる焦げ茶色の物体と相手の顔を交互に見た。

 

 

「よかったら、半分どうだ?」

 

 

 己と共に、相手もまた表情以外は通常モード。言葉の出だしは本音とは程遠い内容ながらも、リヴェリアならば胸の内は汲み取れる。

 おおかた、良くない言葉を使えば“餌付け”や“ご機嫌取り”の類であることは分かっている。しかし2つ目を注文しにくい己の立場を分かってくれており、それでいて行動に移してくれることが嬉しくて仕方ないのだ。

 

 今度は逆に、茶色いケーキの一部が乗ったフォークを彼女が差し出す。顔は何処か斜め方向を向いており、素直になれなさそうなツンツン具合が見えている。

 とはいえここで口にしないという選択肢は在り得ないし、万が一があったとしても取らない方が賢明だ。だからこそタカヒロは彼女を真似、身を乗り出してフォークの先を口に含む。

 

 

「……仲直りだ」

 

 

 ここでその言葉は卑怯、とでも言わんばかりに。まさかのカウンターを食らったタカヒロは咳き込みつつ、口に含んだチョコレートケーキを噴出さないように手で押さえるので必死だった。

 そもそもにおいて、喧嘩をしている気などサラサラない。それはリヴェリアも同じであり、なんで今の言葉が出たのかと脳内を疑問符が駆け巡っている程のものがある。

 

 俗に言う“ツンツン具合”が芽生えてきているのが己でも分かるが、同時に穏やかさも芽生えている。やはり“リヴェリア”という存在しか見てくれない彼の前では、自分は子供に戻ってしまうのだなと今更ながらも実感した格好だ。

 このような場面ならば少し拗ねた表情を見せていれば、彼は構ってくれる……はずだ。もっとも青年としては先ほどの“何アレ可愛すぎない”の姿が大好物であるために無限ループに陥りかねないのだが、それを知るのも止める者も誰も居ない。

 

 

 それでもリヴェリアは、なんだかんだで2つ目のケーキも満足気に完食済み。食後の紅茶に舌鼓を打ちながら、互いのムードはすっかり普段通りの様相だ。

 故に話題は無限ループの前に戻っており、ここ10日間程は何をしていたのかという内容へとチェンジしている。装備更新だと答えるタカヒロに対し、リヴェリアが問いを投げた。

 

 

「私も素人だが、お前が身に付ける装備は既に一流のモノだろう。あれ程のモノに、更新の余地があるのか?」

「余地を探って、死に物狂いで見つけるのさ。これで十分と決めつけてしまっては、今より上は望めないというのが持論でね。今で十分とするならば、最悪は現状を維持することも難しい」

 

 

 あれ程の強さを持つ彼が、いつも上を見ていたことは知っていた。他に誰も見たことがないという50階層での鍛錬の様子も見せて貰ったからこそ、今の言葉が上辺だけでないことはよく分かる。

 常に改善を探る、かつての会計処理の時に目にしたその姿勢。対象が彼だという点を除いたとしても間違いなくリヴェリアが好む姿勢であり、彼女は「間違いない」という言葉と笑みと共に返事を行った。

 

 とここでタカヒロは、彼女のために一品を作ってあげようかと意気込んでいることを伝えている。昔も今も己の為だったとはいえ折角集めた素材が数多くあるのだから、中々のモノができるだろう。

 

 

「色々と素材を集めていてな。そうだ、君のアクセサリーでも作るか?」

「いや、私は……」

 

 

 しかしながら返されたのは、予想外の内容であった。遠回しながらもまさかの「要らない」という内容に、これまた珍しくタカヒロの顔が絶望へとチェンジしている。

 たどたどしく話を聞くに、リヴェリア曰く「ヘファイストスが打つものだと思っていた」らしい。ここ数日においてタカヒロが会いに行っていた相手であるために、嫉妬心が丸出しの回答であったのだ。

 

 そんな感情も、青年のお手製と知れば話は別。クリスマスプレゼントを待つ子供のように目は輝きを増しており、今すぐにでも欲しいと言い出しかねない様相だ。

 相方お手製のプレゼントとなれば性別年齢関係なしに嬉しいものがある上に、此度の主目標であったご機嫌取りには十分だ。もっとも機嫌の点はさておくとしても、そんな相手の顔を目にしてタカヒロのなかのやる気スイッチが押されているのは仕方のない話だろう。

 

 

 装備可能レベルが発生するためにケアン産の素材をメインとして使うわけにはいかないだろうが、奇遇にも己の趣味は装備コレクト。階層なんて分からないものの、ソコソコの素材は揃っている。

 もっともヘスティア・ファミリアには鍛冶に使用する道具一式が無いために、作るとなればまたヘファイストス・ファミリアへと赴く必要があるのは間違いない。しかしながらそれは口に出さず、いつか完成させることを約束して、二人は会計を終えると散歩へと繰り出したのであった。

 

 

 

 杖か、ローブか、はたまた別の何かか。タカヒロの心と、時と場合によってはヘスティアの胃は、少しの騒がしさを見せるだろう。

 




■もう助からないゾ
⇒航空機事故調査番組“メーデー”で有名な翻訳ネタ。墜落する飛行機から緊急事態宣言を受け取った管制官が、思わず(?)言い放った言葉。
 「エンジンが両方とも停止したと聞いて、私は確か、こう言ったと思います。なんて事だ、もう助からないゾ」
 ちなみに翻訳前は「Holy Cow. I'm talking to a “dead man”.(なんてことだ。私は死人と交信している)」で、作者としては原文の方が「酷ェ…」と思ってしまいました。

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