ダンジョン、51階層。1つ上の階層、
迷路の如くうねり曲がる同じ壁面の通路は方向感覚を狂わせ、一度足を踏み入れた獲物を逃がさない。正規ルートを除いては未開拓地域も多く、奥にあるかもしれない“未知”を求める探求心を刺激する。
出迎えるは、各個が強力なモンスター。それだけでも厄介だと言うのに、前後から突如として群れで現れるのだから、対策は非常に厳しいものがある。
通路そのものが狭いことが要因となり、パーティー行動を満足に行うことが難しいのだ。
此度も、どうやら51階層の奥へと足を踏み入れた者が居るらしい。血飛沫に染まる壁は、汚れなき未踏の地域を犯すかの如く壁面と床を染め上げる。
時たま響き渡る奇声は、攻撃側のモノか、はたまた被害者か。どちらにせよ、ダンジョンと呼ばれる場所を象徴するかの如く、血生臭い戦闘は続いている。
とでも記載すれば随分とシリアスな状況ながらも、誰の悲鳴かは明らかになっていない。振るわれる双剣によって生じている“質の悪いお手本”は圧倒の二文字を見せており、破綻の欠片も生じることなく舞い踊る。
少し離れた後方に居る、翡翠の髪を持つハイエルフ。持ってきたナイフを使ってモンスターの死体から魔石を取り出しており、同時に素材の回収も進めている状況だ。
というわけで、部屋の片隅でガタガタと震えているカドモス君が若干名いる51階層。そこにやってきたのは、ロキ・ファミリアからの依頼を受けたタカヒロと、自称サポーターの魔導士だ。
リスク評価などせずとも、問答無用でアブナイ認定が下される場所。素材と魔石の回収に勤しんでいるリヴェリアも、一時たりとも気を抜くことは出来ない。というのが、51階層本来の姿である。
事実、素材の回収中に後ろから襲われたのは今で30の回数を超えている。その度に、タカヒロが近衛につかせたエンピリオンのガーディアンが駆け出し巨大な斧を振るい、リヴェリアの安全を確保していたのだ。
もちろん被ダメージなど欠片も許すはずがなく、返り血すらゼロの状況。リヴェリア本人も特に反応を見せておらず、新たな死体の魔石に手をかけていた。
戦闘が一段落したこともあり、タカヒロは死体を放置して後ろへと足を進める。リヴェリアが「やる」と言って聞かなかったサポーターとしての行動について抵抗が無いのかと、どうやら少しばかり疑問を抱いているらしい。
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受けた恩を決して忘れぬ気高き存在ハイエルフ。ロキ・ファミリアとして、タカヒロに足労してもらう以上はヘスティア・ファミリアに負担をかけることはできない上に、彼個人から闇派閥の目を逸らすため、という表向きの事情。
時たま飛んでいたフレンドリーファイア?被ダメージゼロの為に実質フレンドリーファイアなど存在しない。そして、決して“二人で過ごせるから”などという彼女個人の事情は無い筈だ。
さておき、オラリオにおいては、サポーターすなわち最下級職業という認識も強いことも事実である。だからこそ、もしもリヴェリアがサポーターをやっている事が知れれば一騒動が起こる事だろう。
とは言えタカヒロ個人としてはサポーターを見下す傾向は皆無である為に、今この場だけ問題なし。リヴェリアが務めている点についても、ロキ・ファミリアの古参3名以外は知らない為に、そこが口を割らなければ済む話だ。
「素材の回収程度ならば、君が行う事もないだろうに。ああ、“活きの良い”サポーターなら、ヘスティア・ファミリアにも在籍している。こちらで用意するか?」
「……いや、大丈夫だ。加えて言えば、どのような比喩表現だ、それは」
かつて60階層以降でも活躍した、何ルカ・アー何某の事である。当時もそうだが、レベル2になったことで、例え担当が一人だろうとも回収能力は飛躍的に向上している。
とはいえ僅かレベル2だというのに、このような素材回収の場面でタカヒロが名前を持ち出すとなれば、持ち得る実力を認めているからに他ならない。未だ潜在の域を出ないとはいえポテンシャルの高さに気付いているのは、タカヒロを除けばベルとフィンぐらいのものだ。
その為か、はたまたリヴェリアと同じくヘスティア・ファミリアへの謝礼など、別の理由か。リリルカが将来的に必要とするだろう戦闘指揮に関する内容について、フィンが積極的に指導を行っているらしい。
ダンジョンでパーティー行動をする時しかり、座学も然り。後者の場合はロキ・ファミリアの将来の司令塔ラウルや、更にその将来も共に学んでいるのだが、双方ともにリリルカに負けじと切磋琢磨しているらしい。
ともあれ。リヴェリアの目の前で呑気にしている男からすれば、加減なしでの戦闘すなわち“
相手がコボルトであれ、神であれ。どのような状況・攻撃だろうとも、相手が倒れるまで殴り続けるだけなのだ。
“攻撃は最大の防御”、という言葉を捻って体現している三神報復ウォーロード。報復ダメージやカウンターストライク然り、“被ダメージ時に自動反撃すれば実質的に防御も攻撃だよね!”という初見殺しの謎理論がもたらした犠牲者は、オラリオだけを見ても少なくない。
そして当該の謎理論は、近接攻撃を相手した際に最大の効力が発揮される。何故ならば、攻撃時・防御時・被ダメージ時の全てにおいて何かしらの与ダメージ、それも権能振りまく神にすら通じる一撃が発生するのだから無理もない話だ。
しかしどうやら本日は珍しく双剣のスタイルとなっており、普段のゴリ押しではないようだ。加えてリヴェリアからすれば、普段とは決定的に異なる点が一つある。
普段の仏頂面と変わりないが、いくらか楽しそうに見て取れるのだ。タカヒロと言う男に最も近いリヴェリアだからこそ生まれた気づきは、彼女の整った面持ちにも、僅かな柔らかさを与えていた。
魔法と弓術に長けているとはいえ、剣や槍については専門外となるリヴェリア・リヨス・アールヴ。見様見真似で剣などを使った実績こそ数回程度はあるものの、所詮は駆け出しに毛が生えた程度の要領だ。
しかしそれでも、目の前で繰り広げられる“質の悪いお手本”が、物凄く高い次元で完成している事は読み取れる。攻守の両方において無駄なく振るわれる一撃の全てに無駄は無く、攻撃と防御という相反する2つの行動の間に明確な区別がない。
左手に逆手で構えた剣で受け流したかと思えば、得物をクルリと180度回して踏み込みを見せ攻撃へと転じる、型に嵌らない自由な姿。攻撃においてもさることながら、それは相手の攻撃を防ぐ際に最も発揮されていると言えるだろう。
相手から放たれる攻撃の、物理的なベクトルを変えてしまう狡猾さが筆頭だ。そこから放たれるカウンターは、リヴェリアも何度か目にしたことのある光景に他ならない。
2レベルの差を引っくり返さんとばかりに少年が見せた、戦士としての確かな姿。かつてのアイズ・ヴァレンシュタインとの鍛錬において、ベル・クラネルが見せた一連の動きそのもの。
いや。正確に表現するならば、ベルが見せた不完全なモノの完成系、その一つ。
果てなき道、数多の壁を乗り越えた先にようやく辿り着けるモノであることは、彼女が見ても明らかだ。だからこそリヴェリアはベルに同情すると同時に、口にこそ出さないが鼓舞することとなった。
「タカヒロ、1つ良いか」
区切りがついたタイミングで、リヴェリアが後ろから声を掛ける。敵の対処よりも優先とばかりに身体ごと振り向いたタカヒロは、自然と敵に背を向ける事となる。
普通の者が行えば、なんと阿呆と言える行動だろう。隙ありとばかりに、比較的大きなサイのようなモンスター、“ブラックライノス”が突進と共に無防備な背中へと飛び掛かり――――報復ダメージによって爆発四散。得物が変わろうとも基本として報復ダメージましまし装備な点は変わらない為に、突っ立っていた方が処理速度が速い事実はお笑い種だ。
とはいえ、それは本人が最も分かっている。“殴られたら相手が死ぬ”という点を、さも当然と言わんばかりに気にもしない被害者、兼、加害者の両属性を持ち得るタカヒロに、目撃者のリヴェリアが問いを投げる。
「前々から気になっていたのだが、何故お前は、自らの……剣を使った戦い方を、“質の悪い”と表現するのだ?」
「ああ。昔、本格的に双剣で戦っていた頃は、毎秒辺り……そうだな。少し尾ひれを付けて表現すれば、今の5倍に迫る手数だったものでね」
「……」
リヴェリアにとっては今に始まった事ではないが、呆れて言葉も出ないとは、まさにそのまま。確かにそれ程までに差があるならば、質が悪いと表現しても差し支えは無いだろう。
とはいえ、今現在でも第一級冒険者ですら比較にならない手数を誇っている。その5倍という、普通ならば「有り得ない」とでも思考を抱きそうな内容に対して納得しているのは、常識が非常識に汚染されかけているが為。
剣を使っている時のタカヒロを普段と比べて“弱い”だの“強い”だの、で表現すれば、間違いなく、“途轍もなく弱い”。では何故タカヒロが普段のスタイルではなく双剣なのかとなれば、単に「時たま使う他のビルドは楽しい」から。スキル構成などはそのままなれど、かつての“ナイトブレイド”スタイルを満喫している。
此度の変更はレリックと右手左手の各種武器だけながらも、ダンジョンの51階層ならば問題は見られない。いざとなれば
なお繰り返すが、ここはダンジョン51階層。深層の更に奥深くということで、本来ならば超が付くほどの危険地帯。タカヒロは元からとして、リヴェリアもまた、常識が毒されかけている。
そんなこんなで1時間には満たない程度の時間が経過しており、一度50階層へ戻ってドロップアイテムを確認しようとリヴェリアが口にする。タカヒロも了承の返事を行い、二人して50階層へと戻ってきた。
収穫としては、全ての素材を合わせて「30個」と言った所。前回と比べて効率は非常に劣っているが、それは戦闘スタイルの違いによる処理速度が大きな要因だ。
そして、大きな要因がもう一つ。
「……やはり、ベル君の参加は必須となるか」
「ベル・クラネル?」
ポツりと出された言葉の意味は理解できないリヴェリアだが、それも仕方のない事だろう。よもや対象者のリアルラックそのものを向上させ、かつ物欲センサーを封じ込める最終兵器などとは想像にもできはしない。
ちなみにだが、もしもベル・クラネルが同行していればドロップ率は3割増し程度になっていた。彼が持つ“幸運”による補正とは、それ程までに
ともあれ素材については、一応は目標数を回収することに成功した。あとはポーションを作る為の水と言うことで、カドモスの泉へと立ち寄ってからの帰還となるだろう。
最近は誰かのせいでカドモスの表皮や、カドモスが守る泉の水が持つ値も下落傾向にある為に、以前よりは費用対効果が薄くなってしまっている。それでも普通ならば、来るだけで1週間はかかる場所にしか涌き出ない水であることにも違いはない。
と言うことで、カドモス・
具体的に何をするかとなれば、カドモス自体を無視して水を汲むだけ。あとは、頭に血が上ったカドモスがタカヒロを攻撃し、爆発四散するか飛びあがって戦闘は終了だ。
「水は汲み終わった。ハァ……帰ろう」
「?……ああ、そういうコトか」
確かにタカヒロは、ただ水を汲んでいただけ。カドモス君が勝手に怒り、勝手に攻撃し、勝手に死んだだけの物語だ。
例え言葉通りに“何もしていない”と報告したところで、何処にも間違いなどありはしない。しかし恐らく神々の嘘発見器も反応することは無いだろうと察したリヴェリアは、ヘスティアが抱えているであろう認識のズレについて察している。
不用意に爆発物を刺激した者が害を被る。当然の結果であり、フレンドリーファイアもまた同様だ。
火気厳禁、衝撃厳禁。危険物の取り扱いには、十分な注意が必要なのである。
そして歩く爆発物が水を汲んで気落ちしている点については、ただ表皮のドロップアイテムが無かっただけという事情。なお彼からすれば深刻な問題ながらも、こればかりは確定ドロップではない為に仕方がない。
色々と察したリヴェリアから向けられる翡翠のジト目も、今回ばかりは効果が無いようだ。相変わらずだと呆れる反面、「気落ちするな」と甘やかしたい衝動に駆られるのは、彼女が持ち得る面倒見の良さからくるものだろう。
ドロップアイテムの忘れ物がないかを確認し、リフトを出現させたタイミング。いつかと同じく誤って50階層へのリフトを出現させてしまった事もあり、タカヒロは、少し前にヘスティアから受けた言葉を思い出した。
確かにロキは、対闇派閥の戦闘においてオラリオで先陣を切っていると言えるだろう。しかしロキ・ファミリアにおいて実務を担っているのは、所属する第一級冒険者が大半だ。
だからこそ、そして百聞は一見に如かずと言うわけではないが、見てもらった方が早く分かりやすいとタカヒロは考えている。そして只の顔合わせでは釣ることが出来ない――――もとい、虚言の類と受け取られてしまう可能性もある為に、彼は抱いていた考えを口にした。
「ところでリヴェリア。また前回のような鍛錬を行うとなれば、そちらの二人は来るだろうか?」
「嗚呼、フィンとガレスか……全てを投げ出してでも来るだろう。前回の
「ああ、内容としては似通ったものとなるだろう。実は、参加者についてだが――――」