その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

169 / 255
168話 場所が場所だけに

 エイナ・チュールと契約した仕事を終えてから10日後。冒険者ギルドの職員の間で極秘に名前が浸透しつつある“暗算神(ヘルパー)”の隠れ二つ名を持つタカヒロは、リヴェリアの仕事を手伝うために、ロキ・ファミリアのホームである黄昏の館へとやってきた。

 とはいえ、私用で赴いたワケではなく仕事の類である。報酬の1つということで提供される豪華な食事もさることながら、彼女と共に居ることができる時間が何よりの報酬と言って良いだろう。

 

 

「タカヒロさん、いくら貴方でも浮気はいけませんよ!!」

「……はい?」

 

 

 しかしながら今回は、玄関扉を開けた瞬間にエルフ一同が総出迎え。その先頭に居たアリシアは、悪戯をした息子を怒るように頬を膨らませて“プンスカ”な様相だ。以前とは比べるまでもなく、接し方が崩れている。

 

 タカヒロからすれば、浮気をしていた記憶など全くない。他の女が絡んでいるとなればヘスティアとの買い出しか、ヘファイストスのところへとウインドウショッピングに行っている程度のもの。

 後者は例の新米鍛冶師と出来上がっていることが知られており、それは今やオラリオ全土に知れ渡っている。ヘファイストスについてはタカヒロと一緒に居ることがちょくちょく見られるも、恋愛のれの字もないことはヘファイストス・ファミリアでも有名だ。

 

 もちろん、その点もエルフ達は承知済み。しかしながら火のない所に煙は立たず、彼女達もれっきとした理由があるためにタカヒロを問い詰めている状況だ。

 

 

「とぼけてもダメですよタカヒロさん、ネタは上がっているんですからね!……え、えっと……メッ、ですよ!」

「……」

 

 

 やや腰をひねって人差し指を差す妙にノリノリな名探偵アリシアに対して、もしかしてアレのことかと、タカヒロは1つの事実を脳裏に浮かべる。決して浮気ではないのだが、確かに、そう間違えられても仕方のない行動と言えるだろう。

 ともあれそれは、青年が極秘に済ませようと踏んでいたステルス行動。故に回答としては普段の仏頂面のまま「知らぬ存ぜぬ」を通すだけであり、エルフ側からすれば埒が明かない。

 

 

 それでもって、先程は怒り方が分からずに“可愛らしいお叱り”を披露してしまったアリシア・フォレストライト。数秒遅れで羞恥の感情が沸き起こってきたらしく、後ろから突き刺さる同胞たちの視線を受けて燃え上がりつつあった。

 

 

「な、何か反応してください!!」

 

 

 赤面しつつエルフ耳と共に両手を上下に羽ばたかせる彼女だが、相変わらず表情すらも崩さないタカヒロが口を開くことは無い。通常ならばエルフスキーということで相応の反応にて応えていたかもしれないが、此度においては別の理由が上回る。

 

 相手が“ドライアドの祝福”持ちということで、彼女達エルフはあまり強気にもなれず。更には今までの信頼度合から、そこの青年が“いかがわしい”店を使用するなど思っていない。

 とはいえ、今居るメンバーの一部が“とある情報”から調査をしてみてタカヒロらしき姿を見かけたのもまた事実だ。故に裏は取れていると言っても問題はない程であるが、あくまでも状況証拠のみとも言えるだろう。

 

 

 そう。タカヒロが目撃されたのは、オラリオの東部にある歓楽街の“娼館エリア”。更には複数の店に入って、それぞれ20分ほどで出てくる姿も目撃されている。

 

 ここは文字通り娼婦と色々するエリアであり、ここら一帯を牛耳っていたイシュタルが不名誉な事故死を遂げてからはパワーバランスが崩壊中。ほとんどがアマゾネスで構成される娼婦達は、勢力を伸ばすために抗争を繰り広げているというワケだ。

 もっとも抗争と言っても乱闘宜しくドンパチではなく、強気な客引きによる男の取り合いと言えるだろう。これに乗っかり数日をかけて、タカヒロも様々な娼館を巡っていたというワケだ。

 

 

 しかし当然、それぞれの娼館を回って何が起こっていたのかを聞く勇気など沸き起こることは無い。故にエルフ達の聞き取り調査は、さっそく暗礁に乗り上げたというわけだ。

 

 張り込み調査の結果から、“目撃された場所”へは神ヘファイストスを筆頭に別の女性と行っているワケではなさそうだ。該当する大抵の時間帯において裏も取れており、事実と踏んでも間違いはないだろう。

 それは、青年の主神であるヘスティアにも当てはまる。青年が“とある場所”へと行って居る時間帯は、バイトかホームに居ることが確認されていたのだ。

 

 これについてはリヴェリアも同様であり、彼女と共に行動していたとは考えられない。だからこそエルフ達は躍起になっているのだが、ここにきて新たな女性の名前が候補に挙がった。

 ならば、まさかのアイズ・ヴァレンシュタインか。これが事実ならば最悪の事態は避けられないが、直接聞けるものでもない上にリヴェリアの耳にも入りかねないために、エルフ達は白髪の少年に直撃する。

 

 

「ぼ、ぼぼぼぼボクが何かしました!?」

「つべこべ言わずに洗い浚い吐きなさい!!」

 

 

 文字通りの鬼の形相で詰め寄る山吹色の少女、レフィーヤ。対ベル・クラネル特攻持ちということで、此度においては率先して駆り出されている。

 壁際に追い詰められたベルに対して右手で壁ドンする彼女は、左手の杖に攻撃魔法を準備中。普段の嫉妬が混じっている気がするが、きっと多分気のせいだ。

 

 しかし相手のベルが見せた様相は、瞳を伏せて潤わせ右手の甲を口元に当て睫毛を伏せる女々しい様相。そんな姿に一瞬だけドキっとしてしまったレフィーヤだが、相手の口からはロクでもない言葉が発せられた。

 

 

「アイズさん、ごめんなさい……僕は、レフィーヤさんに汚されちゃ」

「ふ、ふざ、ふふふざけた事を言うんじゃありません!!」

「今のレフィーヤさんに言われたくはないですよ!?」

 

 

 互いに火を吹き出さんばかりに顔を赤くしてダブルノックアウト。ベル・クラネルは自称今は亡き祖父(下半神)直伝のロクでもない文言で窮地を脱しようとするも、大火災に油を注ぐだけであった。お陰様で、ベルの中における祖父の株価はダダ下がりである。

 右手で壁ドン、左手の杖に発動直前の状態である追尾型攻撃魔法“アルクス・レイ”を突き付けられて、相手の後ろには多数のエルフ。もはや脅迫の域に達している状況ゆえに、何を問われるのか分からないが正直に答えるしかないかと腹をくくった。

 

 問い詰められた、指定された過去の日付におけるタカヒロの行動。しかしながらベルは日付の殆どをアイズやヘスティア・ファミリアのメンバーと過ごしており、正直なところ知らないのが実情である。

 嘘を言っている様子もないために、一方通行な押し問答も長くは続かない。故に今日は解散となり、翌日にタカヒロを尾行することが決定された。

 

====

 

――――やはり、多方面から見られているか。

 

 娼館エリアに居る時は普段と違ったフードを纏っているタカヒロ。昨日の今日ということで本日は更に別物にしており、そしてまた別のローブで外観の様相は隠している。見た目はともかく抜本的な変装の技術など無いために、青年ができることなど、その程度の内容だ。

 しかしながら、明らかに向けられる視線の量が以前よりも増えている。視線の主が誰かは分かっているが、ターゲットに気づかれては元も子もないために、タカヒロは東地区を出て黄昏の館へと足を向けた。

 

 案の定、入口にリヴェリアが待っている。表情は悲し気な様相を隠しきれておらず、話があるとの出だしでタカヒロを自室へと招いていた。

 先に部屋に入らせて鍵をかけ、小さなテーブル席にタカヒロを通す。己はベッドの端に腰かけており、距離は近いが同じテーブルにはついていない。元気が見られない表情のまま、リヴェリアは言葉を発した。

 

 

「……お前が、東地区の娼館エリアに入っていくところを見かけたという情報が、あがってきた」

「……誰から聞いた?」

「……最初は、ラウルだ。しかし、一部のエルフ達からも、お前らしき姿を見かけたと報告を受けている」

 

 

――――いやーアレはタカヒロさんッスわー、いやー間違いなくタカヒロさんッスわー。

 

 タカヒロ自身を知っており、かつあの時間帯に逆にタカヒロが目にしていた人物が高いためにある程度の予測はついていた。流石にここまで軽い調子ではないものの、ラウルがリヴェリアへと告げ口を行っていたのであった。

 ラウルも最初は背格好や立ち振る舞いが似ていると思った程度で、確証はなかった。しかしそこで“客として来ているであろう者の人数カウント”に対して真剣になりすぎたタカヒロが戦闘中の気配を僅かながら見せてしまい、59階層の時と同じ気配を察知したラウルが確証を得ていたという流れである。

 

 

 やはりそれかと、タカヒロは溜息交じりに問いを投げた。否定しないのかと更に表情が暗くなるリヴェリアだが、彼女は基本としてタカヒロという男を信用している。

 絶対に、何か別の理由。それこそ(やま)しくない理由で赴いていたのだと信じているが、一方で万が一にも“そういう”目的だった場合の恐怖に抗っている。

 

 そして口には出さないものの、実は本日においてはリヴェリアも尾行に加わっており容疑者を目視していた。普段とは違うローブで今は脱いでいるとはいえ、明らかにタカヒロであったことは間違いない。

 だからこそ、どちらかと言えば後者の心が強くなる。不安と悲しみも芽生えてしまい、とはいえ男ならば仕方が無いのかとも考えてしまい、どうにも言葉が出てこない。

 

 

「こればかりは、信じてくれと口にするしか示しようがないのだが……娼館エリアを巡っていたことは事実だが、行為に及んだことは一度もない。そして――――」

 

 

 だからこそ、男から言葉を発する。立ち上がりつつ発せられた言葉は長い耳の近くまで近づいており、ふと顔を上げたリヴェリアの前に、相手の据わった表情が見えている。

 向けられる左手の平は、忠誠を誓うように青年自身の胸に。一方で右手でリヴェリアの両手を優しく掴み、表情に力を入れて、青年は心からの本音を口にする。

 

 

「お前以外の者に(うつつ)を抜かすことなど、万が一にも在り得ない」

 

 

 更には、ここにきての“お前”呼び。親しい者に対しては“君”ではなく“お前”と砕けて呼ぶリヴェリアからすれば、相手の様子も相まって嬉しさが爆発する程の内容だ。ちなみに“者”と明言しているのは、“物”(装備)に対して前科があるために他ならない。

 それはさておき、不安に関する全てを吹き飛ばすタカヒロの言葉。胸の奥底をくすぐられる感覚は、相手を求める初心で乙女な感情を地表へと溢れさせてしまう代物と言えるだろう。

 

 だったら抱きしめてくれと言わんばかりに、彼女は両手を広げ。それに応える相手の胸に顔をうずめながら、彼女は相手の温もりを感じている。

 しかしながら、ならば何をしていたのかが気になるというのが人情だ。相手の胸元に顔を当てているためにくぐもった声ながらも、リヴェリアは事の真相を訪ねて回答を耳にした。

 

 

 会計処理を手伝った際に目にした、故神イシュタル、そのファミリアの納税額。それに疑問を持ったながらもイシュタル・ファミリアは既に壊滅しているために、当時の事情を知る娼婦に金を渡して相場などの情報を集めていたというのが真相だ。

 結果としては、疑問が確信へと変わる程のものがある。あくまでもざっくばらんな計算とはいえ、割り出したイシュタル・ファミリアの収入から比べると、どう頑張っても申告されている収入額が少なすぎていたのだ。

 

 

「まさか、イシュタル・ファミリアが闇派閥に対する資金を……!?」

「自分は、そのように捉えている」

 

 

 オラリオの地下に作られているダンジョンの情報は、ロキ・ファミリアにも流れている。そこから二次・三次と拡散はされていないのだが、疑問の1つとして、どうやってそれほどのダンジョンを掘れる資金源を確保していたのかが議題にあった。

 リヴェリアは、すぐさまタカヒロを。ついでに事の様相を壁の向こう遠くから見守っていたエルフ連中+ラウルも引き連れて、そのことをロキに話しに行っている。

 

 

 ロキの執務室で青年が取り出したのは、ビッシリとした数値が書き込まれている羊皮紙の数々。あくまで途中経過ながらも、見慣れぬ者からすれば目にするだけで頭が痛くなってくる程の物量だ。

 これはギルドで目にしたイシュタル・ファミリアの前回の納税額と、そこから予測される“報告された”収入額。一方で東地区で娼婦の相場とファミリアへ収める額などの相場、そしてイシュタル・ファミリアの人気ぶりを調査した結果から予測される“本来の収入”との比較であった。

 

 

「こりゃ歴然やな……実は金が消えてく先も分からへんのもあって、以前から関与が噂されとってな。それに加えてここまで乖離があれば、連中の関与は確定と言ってええやろ。色々あったのは耳にしとるけどお手柄やで、タカヒロはん」

「参考になれば幸いだ。しかし浮気だの何だの言われなければ、もう少し正確なデータが取れたのだがね」

 

 

 ジロリとエルフ一行に顔を向けるタカヒロだが、連動するようにして全員に顔を逸らされた。青年からすれば明らかに冤罪であり、直後、エルフ一行は深々と頭を下げて謝罪している。

 それはさておき、問題は既にイシュタルが天に還っている点だろう。故に問い詰めると言う選択肢は取れそうになく、事故死だったものの、それこそ死人に口なしの状況だ。

 

 

 間違いなく、裏で何かをしていたであろう金額の用途不明金。故にロキ・ファミリアは今後そちらについても探る方針となり、ここにタカヒロの仕事は終了した。

 

 

 

 

 となれば、残る用事を処理するだけだ。

 

 

 

 

「ところでだな、ロキ」

「ん?どないしたんや?」

 

 

 僅かながらに、空気が変わる。珍しくタカヒロが怒っている事を理解できたのはリヴェリアだけながらも、どうにも彼女すら口を挟める気配とは程遠い。

 

 会話を始めたタカヒロだが、次の言葉が出てこない。口調やロキを相手にした投げ掛けと相まって全員の視線を集め終わったタイミングで、分かりやすい事実を報告した。

 

 

「ロキ・ファミリアも同じ調査をしていたのか?自分が赴いていた地区で、6回ほど、ラウル君を見かけたが」

「ふごっふ!?」

 

 

 突然の超音速カウンター・キラーパス(ストライク)、威力は過去最高にぶっちぎりの強さを誇る剛速球。続けざまに周囲に居た者全員のヘイトを一瞬にして集めるハイ・ノービスは、これまた一瞬にして背筋が凍えあがった。

 そこの装備キチに習ったワケではないが、ローブでキッチリと姿は隠していた。外で勧誘を受けた時も声のトーンは変えていたし、ローブを羽織るのも黄昏の館を出て別の場所で行っていたために、気づかれる要素など無かったはずだ。

 

 しかし結果は、対象期間において全てを見られていたという御覧の有様である。ラウルもまたタカヒロが居たことについては一度だけ気づいていたが、己が居ることを告げる訳にもいかずスルーしていた。

 とはいえ、そんなことはどうでもいい。ここで己がどのような返事をするかで、むこう数十年の運命が決まると言っても過言ではない。スキルの1つも発現していない存在とはいえ、後輩から向けられる目が尊敬となるか軽蔑となるかは、今この時にかかっている。

 

 

「そ、そそそうッスよタカヒロさん!俺も前々から、イシュタル・ファミリアは怪しいと踏んでたんッス!!いやー奇遇ッスね~!」

 

 

 その言葉に対し、もっとも怪しい瞳を向けているのは主神ロキに他ならない。子は親に嘘を吐けないという神の力が無駄に発揮されており、その結果の表情だ。

 ロキは口にこそ出して居ないものの、今の言葉の全文が嘘であることを見抜いている。その様相が周囲に伝染し、ラウルはあっという間に孤立無援となってしまった状況だ。

 

 もちろんタカヒロからすれば、不名誉な情報をリヴェリアに伝えられた事に対する仕返しに他ならない。ご機嫌は斜めを少し通り越しており、故に正確な回数が口に出されている。

 もしもこれがリヴェリアに対して何も伝えられていない結果で終わっていれば、男同士の秘密協定ということで口に出されることは無かっただろう。ラウルとしては、完全に墓穴を掘った格好だ。

 

 

「そうか。では聞くが、平均滞在時間2時間弱の間に何か情報は得られたか?」

 

 

 しかし、この“おこ”な青年。相手を逃がすつもりは、全くもって無いらしい。実の所は裏でフェルズが活躍しており、監視役は二人居て滞在時間までバッチリというのが真相だ。

 ここまで実態が露呈していては、ラウルとて返す言葉が見つからない。故に、オラリオにおいて場から逃げだす際に最も万能な言葉を口にした。

 

 

「……まぁいいや、サァ、ダンジョンに行くっすよ!」

「ちょい待ちや」

 

 

 ラウルと同期である黒髪の猫人“アナキティ”が、何故だかこの場に召喚され。容疑者タカヒロは冤罪と言うことで解放され、新たな容疑者に対する尋問が開始されるのであった。

 




■「まぁいいや、サァ行くか。」
⇒とあるF-16乗りが使う万能用語。しかし装備キチには効かなかった。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。