数日後、場所はヘスティア・ファミリアのホーム、昼食後。少しアドバイスが欲しかったベルが、食後にタカヒロへ質問を行い回答を得た直後の出来事だった。
「師匠、最近リヴェリアさんと上手くいっていないのですか……?」
「ん?何故そうなる」
ベルがそう思うのも無理はない。タカヒロとリヴェリアは基本としてインドアであり、二人で出かける時も人気のないエリアかつ互いのファミリアの者に知られぬようコッソリと行っているのだ。
だからこそ、ベル・クラネルは「うまくいっていないのでは」という感情が芽生えたのである。口にしたのは純粋な少年だからこその心からの感情であり、本気で二人の関係を心配している。
というのが、決して悟られぬよう取り繕っている表向き。つい数日前に知る事となった二人暮らしについて興味津々、第二の親から色々と学ぼうとしている少年ベル・クラネルである。
もちろん、表向きの心配など完全に杞憂だ。二人している時は互いにデレ度合マックスであり、もし二人を知る者が目にしたならば瞬時に「別者」と回答する程のものがある。
流石にそれを口にはしないが問題ないと回答するタカヒロは、ベルとアイズの関係こそどうなのだと言葉を返した。その瞬間にふやけた顔になるベル・クラネルは、両手を頬に当ててクネクネしつつ、少し興奮気味に口を開く。
「実は昨日、昨日……!」
――――とうとう、彼女とキスでもしたのだろうか。
そんな初心なことを考えるタカヒロだが、男女の仲がある限りは誰もが通る道だろう。ぶっちゃけた話、いきなり「子供ができちゃったんですけど」などと相談されない限りは問題ない。
いや、それとは別にもう一例。どこで何かが致命的に間違って相手が
そんな話はさておき、この世界に“保健体育”の教育があるかなど、タカヒロの知ったことではない。もしなかったとしても、やることをやれば出来る可能性があることは、知能ある人ならば自然と知っているのだから不思議なものだ。
時たまキスをしたら子供ができるなどと公言する者もいるが、それは例外中の例外だ。文字通り都市伝説クラスだが、手を繋いだら子供ができると考えている人もいるらしい。自分で自分の手を握ったら、自分のクローンができるとでも言うのだろうか。
そんな話もさておき、ベル・クラネルが持ち得ている知識レベルは、聞きづらい事もありタカヒロとて認知していない。アイズ・ヴァレンシュタインとの関係がどこまで進んだのか気になりつつも、モジモジしているベルからするに、一歩進んだ関係となったことは読み取れる。
己が一人のハイエルフを愛するように、一人の少女を愛するベル・クラネル。そんな少年が、彼女と共に今居るポジションは――――
「手を繋いで、一緒に歩けたんです!!」
花の笑顔で、そんなことを報告する初心だった。誰が見ても聞いても、呆れるぐらいに純粋で初心だった。
「あ、あれ。どうしたんですか、師匠……」
「……いや、その。ベル君で、安心した」
「?」
君はここ2-3ヵ月の間、何をしていたのかな?
などとは口には出せず、流石に呆れ顔で溜息を吐くタカヒロ。もしかしたら己がロケットスタートの速度のまま進んでいるのかと不安を抱いたが、決してそんな事はない筈だと勝手に納得している。
曰く、女の子は良いぞ。
曰く、ハーレムは良いぞ。
曰く、オラリオでハーレムを作れ。
そんな事ばかりを口にしていた、どこかの山奥で暮らしていた時の下半神。今現在においては謀反を見せているベル・クラネルだが、これらの点はさておくとしても、最も問題な点が存在している。
ようは女性については色々と教え込んでいたのは良いが、女性とそんな関係になるためのイロハを教えていない。最も肝心なところがスポッと抜けており、「やれ」とだけ口にして“やりかた”を教えない、最も悪い上司の実例と言えるだろう。
とはいえ何分、その手の事には疎い装備キチ。それでも何かアシストしてやった方がいいのだろうかと考えて、今日は黄昏の館で業務に励んでいる相方リヴェリアの下へと足を運んでいた。
「……実は今朝方、まったく同じことをアイズが報告してきた」
「……そうか」
さて、どうしたものか。二人してそう思うも片や子育て経験なし、片や恋愛
二人して内心その結論に辿り着き、互いに逃げるように紅茶に手を伸ばす。続いて「口が忙しいから何か言って」と言う理由を作るために焼き菓子に手を伸ばし、最後のクッキー一枚を取り合っている。力の入れ過ぎで割らない辺り、双方共に“器用さ”は高いらしい。
菓子関係で言うならば、基本としてケーキやパフェなどの甘い物は食べないタカヒロだが、焼き菓子は例外的に好物だ。フルーツやジャムでコーティングしたようなものではなく、バター味やチョコチップなど、オーソドックスな物を好んでいる。
これらは紅茶やカフェオレとも相性がいいために、いくらかのストックがある程だ。万人受けする組み合わせが意外と高評価らしく、新生ヘスティア・ファミリアにおいても同じものが来客を相手に出されていたりする。
それはさておき、花の笑顔で喜びを口にしていた少年少女の純粋さは大人組には眩しすぎるものがある。己二人は今や“濃い口”な関係にあるだけに何かアドバイスできないかと悩むも、答えは何も出てこない。
何とかして二人の仲を接近させるには、どうするべきか。そもそも手を出さない方がいいのかなど、割と真面目に議論が交わされている。
なお、忘れてはいけない。議論している双方共に、そちら方面は素人なのだが。
ちなみにタカヒロ的には、ある程度の“後押し”は必要ではないかという意見を持っているらしい。何故かと理由を尋ねたリヴェリアだが、その回答は的を射たモノとなっていた。
「あの二人はデートと言いつつ、フル装備でダンジョンに行きかねないだろ……」
「そのような事は――――」
アイズが見せてきた過去の行動を思い返す。そして、リヴェリアが導き出した結論は――――
「……何故だタカヒロ、否定できない」
「そこは頑張って否定してやれ」
そう口にしながら溜息をついたのはタカヒロであり、横に居たリヴェリアも眉間を抑えて同意している。なにせ今の今まで己が世話してきた少女なだけに、行動は手に取るように分かってしまっていた。
しかし残念。その実、既に4-5回は似たような事が行われている。
今日も今日とて同様だ。軽くクシャミが出たベルとアイズは、噂されているのかと考えて、ダンジョンの一角で顔を合わせ首を傾げた。
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――――少しばかり下準備をして、4人で街を巡ってみよう。
それが、大人二人が導き出した最終的な結論だった。確かに、二人の様子を窺う点においても安牌と言える選択だろう。
ここのところは4人でどこかへ出かけるような事もなかった為、久方ぶりに“そうしたい”気分になったこともある。互いに1つのイベントを計画しているタカヒロとリヴェリアの根回しもあるために、二日後の予定で決定となった。
そして時は二日後となり。ちょっと小物のアクセントも加えて気合十分なベル・クラネルと共に、タカヒロは待ち合わせ場所への移動を開始した。
冒険者でごった返す“バベル・ラッシュ”の時間帯を過ぎた頃であるために、街が抱える活気は朝夕のモノには及ばない。それでも流石はオラリオということで人の波は凄いが、今の二人にとって相手の姿は一瞬にして見つけることができる程だ。
互いに私服だが、今までとは違って完全なおニューの代物。それぞれのファミリアにおいて所属する者ですら、その姿を見るのは初めてとなる。
そんなこんなで、始まる前から惚気具合は上昇中。
ベルとアイズが先に歩き、すぐ後ろに大人二人がつける構図。こうして、家族ぐるみのお出かけが始まったというワケだ。
なお当然ながら、その実“家族ではない”。誰一人として血の繋がりがある者はおらず、関係性を述べるならば養子を取ったシングルマザー、そしてファーザーとそれぞれの連れ子。
それでも、傍から見れば4人家族と思えるような雰囲気と言って良いだろう。約一名ほど仏頂面のまま周囲警戒を厳としている為に変に近寄ってくる者も居らず、その者以外はどう頑張っても目立ってしまうが、特に気にした様相を見せていない。
「タカヒロ、寄りたいところがあるのだが」
「分かった。実はな、ベル君……」
“新作じゃが丸くん”の文字に惹かれて、アイズが少し離れたタイミング。タカヒロはベルに、入れ知恵を行った。
ショッピング街でウインドウショッピングを楽しみつつ、集団が向かう先に決めたのは、一つのアクセサリー店。何故だか緊張した面持ちになっているベルだが、真相はいまだ不明だ。
「アイズ君、迷子になるなよ」
「あ、待って……!」
そんなこんなで辿り着いたアクセサリー店にて、ベルがアイズに対して、控えめな大きさながらも淡い紫色の5枚花の髪飾りをプレゼントするなどして雰囲気はイイカンジ。なお、集合した時に小物類を身に付けていなかったアイズを見て、タカヒロがベルに行った“入れ知恵”だ。
ともあれそんな事情を知らないアイズからすれば、嬉しさが爆発しかねないシチュエーション。鏡に映る薄く染まり緩んだ頬は、アイズ自身が鏡で見るのも恥ずかしい程のモノである。
プレゼントしてもらった淡い紫色の5枚花、“ペラルゴニウム”の髪飾りに優しく手を当て。リヴェリアですら今までに見たことのない花の笑顔を向けるアイズ・ヴァレンシュタインに、ベル・クラネルの心は一撃でノックアウトされるのであった。
花言葉は、「あでやかな装い」・「決心」・「篤い尊敬」。少年が持ち得る相手への気持ちと覚悟を示すものであり、“エンジェルアイズ”という別の名前を持つ花は、まさに彼女にピッタリと言えるだろう。
ところで。なぜそんな花の髪飾りがピンポイントで置いてあり、ピンポイントでベルが選び、今日に限ってアイズは髪飾りを身に付けていなかったのか。
それはもちろん、光景を見守っていた二人の親が根回しをしていた所詮である。流石にベルもペラルゴニウムに別の名前があることは知らされていなかったようで、追撃とばかりにタカヒロが口にすると少年少女は茹っていた。
そんなイベントをこなしている内に随分と時間が経ったらしく、時刻は昼食時を過ぎた頃となっていた。昼にするかというタカヒロの言葉で、一行は店のある場所へと足を向ける。
場所は、前回エイナに案内された個室付きのカフェレストラン。あの時はランチタイムも過ぎた頃だったために軽食のみのメニューだったが、ごはん時となればソコソコのボリュームへと成長する。
洋風はもちろんのことフレンチからイタリアン、それぞれに似た何かの料理。タカヒロが以前リヴェリアと訪れたことのあるレストランと違って可愛らしいイラストが添えられているために、ある程度の目星が付くのが特徴だ。初心者にもわかりやすいということで、エイナ・チュールが選んだ理由がわかる気がするとはタカヒロの心境である。
ところで問題は、“どのようにして二人の仲を接近させるか”という点だろう。互いに初心で男側が奥手であるために、そう簡単にはいかないはずだ。簡単な料理を食べ終えたが、成果としては雑談に華を咲かせた程度である。
だというのに、そこのハイエルフ曰く「問題ない」とのことらしい。二人に聞こえぬよう何を用意したのかと耳打ちしたタカヒロに対し、リヴェリアは相手の耳元で、万全だという出だしと共に内容を口にした。
「男二人、女二人の四人で伺うから、例の飲み物を用意してくれと根回しをしたぞ」
「……大丈夫なのか、その言い回しは」
「何故だ?数日前だが
ここでタカヒロの直感が発動し、ロクなことにならない結果を予測している。控えめなドヤ顔を披露する相方が可愛いので眺めることに意識を向け、何とかなるかと自問自答し予測される結果を葬り去った。
丁度良く店員がやってきたらしく、ノックの音が木霊する。もし己の想像していることが現実となれば、恐らくは悶える相手の顔が見れるだろう。だからこそ、知らぬ存ぜぬの態度を通すのだ。
「お待たせいたしました。カップル様用のドリンク、“2つ”でございます」
「!?」
「言わんこっちゃない」
根回しをしたつもりのハイエルフ、墓穴を掘るの巻。そりゃ男女がそれぞれ二人なんて言えば自然と“ツーペア”と予測することができるわけで、こうなる未来も見えていただろう。
エルフのセオリーなど投げ捨てデレッデレでベッタベタな関係になっているリヴェリアだが、この手の“少女”染みたイベントにはめっぽう弱い傾向がある。此度においても例外は無く、耳の先まで真っ赤に染めて固まっていた。
ごゆっくり~!と楽し気な言葉の気配と共に、店員はドアを閉め消えていく。2つの大きめの容器にストローを2本ずつ入れた合計4本が氷と共に揺れ、誰も何も口に出せない空気が個室の全体を支配する。
これを頼んだのは
そう言えば今回のお出かけは、リヴェリア・リヨス・アールヴが発端であったことを。誘われる直前に、己が師に対してアイズとの関係を話したこと。
つまり、今回のお出かけイベントは。己とアイズの関係を進展させようと、二人が企んでいたのだということを。
が、しかし、その実KENZENな男子14歳。アイズ・ヴァレンシュタインとの距離がさらに近づくならばと内心ではウェルカムであり、1つの容器に二本刺さっているストローに目を奪われている。
ぶっちゃけた話、ものすごく実行したい。まさにThe.恋人と言えるシチュエーションを前にして、少年の中に眠る雄の本能が焚きつけられてしまっているのは仕方のない事だろう。
とはいえ、相手はどう思っているのだろうか。そう考えて相手の瞳を捉えると、何やら微かなドヤ顔となっている。
その実、ベルからの目線を「アイズさんが答えて!」と受け取っている。そして母親に負けない純粋無垢な少女アイズ・ヴァレンシュタインは、正解と信じて疑わない内容を口にした。
「2本のストローを使って、効率的に飲むんだね」
「そうくるか」
「あ、アイズ……」
違う、そうじゃない。無言のまま茹っている母親を差し置いて、こっちもこっちで驚きの純粋さを発揮していた。
片方だけ使うんだというタカヒロの言葉を受け、アイズは言葉のままに普通に飲む姿勢を見せている。自然と前かがみになる程に何やら随分とストローが短いなとは感じているが、その他については特に疑問を抱いていない。
ふと
目と目が合う。互いの鼻先は触れ合わんばかりに接近しており、
3秒後。アイズ.exeはドリンクの飲み方を理解して再起動を完了して耳まで真っ赤に染め上げると、お目目グルグルで、退路も無いというのに背もたれに向かって後ずさりしていた。
「こ、こんなの!無理、無理……!!」
イントネーションこそ正常運転ながらも、見せる反応は今までにないものがある。どこかのポンコツハイエルフを思い起こさせる反応を目にして
攻めると強いアイズも、攻められるシチュエーションには弱いらしい。しかし残念ながら、その飲み方が正解なのだ。
両手を前に伸ばして手を広げ、顔を背ける。しかし十数秒経っても周囲の反応が無いために片眼を開いてチラリと見たアイズの瞳には、まさかの光景が飛び込んできた。
なんと、タカヒロとリヴェリアの姿が個室から消えていたのだ。まさかのシチュエーションにオロオロとするアイズだが、対面でストローの片方に口を付けている赤面したベルの姿しか存在しない。
この点は、タカヒロが見せた機転である。どうせ茹っているだけで何もできないポンコツが居るぐらいなら、このまま二人で堪能したうえで午後は何処か食事へ誘うよう、ベル・クラネルに即席のアドバイスをしていたのだ。
ちなみに、カップル用のドリンクはもう1つが手つかずで残されている。いつかのフラワー工場宜しく開始ゼロ秒で戦力外となっていたポンコツハイエルフは、画策しておいて己がそれを実践する勇気はなかったらしい。
それはさておき、こうなってはアイズも年貢の納め時。今この場に居るのは己の他にベル・クラネルだけであるために、羞恥も少しは収まってきた模様。
しかし。だからこそ、相手の一挙手一投足に集中してしまうわけで。
「アイズ。嫌、なの?」
「っ……!」
上目な感じでオネダリするように、ベル・クラネルから放たれたトドメの一撃。二人きりであるために呼び捨てとなっていることもあって、“
その後は口数少なく、悶えに悶えつつ容器2つを呑み切った二人の
支払いはタカヒロが終えていたようであり、予算の在庫も十分だ。エスコートするかのように差し出された少年の手の平に、少女は優しく己の手を重ねるのであった。