その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

173 / 255
172話 少年少女の街中デート

 オラリオの大通りから外れた、路地裏とまではいかないものの静かな道。

 

 まだ茹り具合が収まらないアイズだが、心の底では過去一番に匹敵するほどの浮かれ具合。母親役だった女性宜しく、この手のイベントへの耐性などあるはずもなく、めっぽう弱いのが実情だ。

 それでも“甘ったるい”空気が漂う場所から抜け店の外に出た影響か、徐々に羞恥心も顔をひそめる。少し深く呼吸すると、脳裏がスッキリしたような感覚に襲われた。

 

 雲から顔を出す太陽に気付き、思わず目を細めて腕で隠す。ここがダンジョンではないことは、己を照らす明るい存在が証明していた。

 

――――なんで、だろ。強くならなくちゃ、いけないのに……。

 

 己がロキ・ファミリアへと入団し、剣を取ると誓った大きな理由。とあるモンスターを討てる程にまで強くなるために、全てを捨てた。

 その結果が“人形姫”と呼ばれるぐらいの機械的な行動であり、来る日も来る日もダンジョンに入り浸る。その繰り返しが正しいと、心の底から信じていた。

 

 

 そんな暮らしが変わったのは、相方と出会ったつい最近。少し前までは何があろうともダンジョンに入るという感情が全てだったが、どうやらその感情は、どこか知らぬところへと旅立ってしまったらしい。

 やみくもにダンジョンに潜っている時よりも、ここ2か月程に時たま行っている相方の師と鍛錬する方が強くなっていることは、ハッキリと分かる。そのために、強く成るという意味では目的は達成しているのかもしれない。

 

 それでも、モンスターに対する憎悪は消えそうにない。己の中にある黒い炎は無くなったが、モンスターを憎むスキル“復讐姫(アヴェンジャー)は未だ健在。

 このスキルは、モンスターを相手に攻撃力が飛躍的に高まるというアイズ・ヴァレンシュタインの切り札。ロキ曰く「歴代で最強出力のスキル」を誇る程であり、更には“エアリエル”と複合して黒い風を纏い使用することも出来る。

 

 結果として燃費は最悪ながらも“TruePoweeeeeer!!”によるゴリ押しが可能となるのだが、最大の欠点として、モンスター以外が相手ならば使う事はできない代物。かつて心の中には黒い風しか蠢いていなかったが、モンスターを相手にしている時以外は、白く澄んだ風が吹き抜けている。

 色はともかく彼女の心、メンタル面が変わったのは間違いのない事実だ。暗く閉ざされたダンジョンの世界から一変して、あの太陽の様に光が見えたのは、目の前の少年が手を差し伸べてくれたから。

 

 

 そして、少年を育ててきた父からも答えは貰った。

 今までの道は、間違っていなかった。大事なのはこれからだと、進むべき道も教えてもらった。

 

 

 気分が良い。心地よい。日々において踏み出す脚が、とても軽い。

 彼の姿を目にしたならば、自然と歩みを進めている。優しい人柄ゆえに年齢性別を問わず親しくしているが、数多の女性に囲まれていると、その光景が妙にモヤモヤして仕方がない。

 

 数日前に、この気持ちは何だろうかと、自問自答をやってみた。もちろん答えなど出てくるはずもなく、故に彼女はタカヒロへの相談とは別に、母親役であるリヴェリアのもとへとコッソリと訪れて聞いている。

 

――――いいか、アイズ。それが“恋”。お前は、ベル・クラネルのことが好きなのだ。

 

 穏やかな表情に、ややドヤ顔が混じる様相で口にしていたハイエルフ。ポカンとした表情しか返せなかったアイズだが、恋というシチュエーションを知らないために無理もない。

 それでもって、明らかにどこぞの大親友の受け売りであることは間違いない。もし仮にアイズが少しでも言葉の意味を掘り下げれば、オロオロとしだして斜め上の回答を返すだろう。膝枕の一件が、その悲しい事実を証明している。

 

 ともあれアイズとて無理やり恋バナに参加させられたこともあるし、身近にいるティオネが団長フィンに向けている想いも知っている。そして親友に自分の姿を重ねた母親役よろしく、アイズもまた己の姿をティオネに重ねて考えていた。

 

 嗚呼、あのような雰囲気が“恋”なのだなと。傍から見れば恋する者は相手しか見えていないようで「大丈夫か」と思えた光景だが、今の己がソレであるために容易に分かる。

 リヴェリアの言葉を思い出し、そのことを強く意識した影響だろう。そして抱く感情を、相手に向けたい、伝えたい自分の気持ちを、胸の内にしまい込んでおきたくない。

 

 故に――――

 

 

「ベル」

「なに?アイズ」

 

 

 一歩先を歩く穏やかな顔の少年に、声を掛ける。振り返って名前を呼んでくれた少年の瞳に映るのは、ほんの少しだけ首をかしげて目を細め、花の笑顔を浮かべる愛しい人。

 そんな姿の者がベルを視界にとらえて目を細めるとほぼ同時に、もう一名。ベルの数歩後ろにある建物の影から勢いよく飛び出してきた、山吹色な人物(エルフ)の少女は――――

 

 

「あ―っ!また貴方はアイズさんと」

「――――大好き!」

 

 

 To be continued...

 

====

 

 

「……ベル」

「……はい」

 

 

 時は少し流れ、約5分後。

 

 少年は思わず、慣れ親しんだ敬語で答えてしまう。それを咎める余裕もないアイズ・ヴァレンシュタインだが、仕方のないことだろう。

 とりあえず“ソレ”を放置するわけにもいかないので二人で運んで近くのベンチに座り、その横の空きスペースに二人して腰を下ろしている。鳥のさえずりが聞こえてくる程度で、周囲に人気は無いようだ。

 

 

「……えーっと、その……」

「……口にするのは、恥ずかしいですけど。僕も大好きだよ、アイズ」

 

 

 いくらか普通の少女らしくなってきたとはいえ、己の想いを上手く表現できない不器用な少女。己の想いの言葉をどう受け取ったか知りたい少女は、此度においては余計な問題が挟まったこともあり、上手く聞くことができずにいた。

 だからこそ、少年の方から歩み寄る。その結果が今の言葉であり、頬を赤めながらも、ニッコリとした少年らしい無垢な笑顔で応えるのだ。

 

 ただでさえ年上キラーなムーブをする少年の全力を受けたならば、どうなるか。くすぐったい胸の奥を意識するほどに黄金の目は見開き、鼓動は足早に打ち鳴らされる。

 今もらった言葉が嬉しくて嬉しくて、思わず飛びついてしまいそうになる程に独占欲が強くなる。公衆の場ということで抑えている己の理性は、キャパシティーオーバーの直前だ。

 

 もっと相手のことが知りたい、自分のことを知ってほしい。もっと自分のことを好きになってほしく、どうやったらそう思ってもらえるのかと、初心ゆえに無い知識を総動員して考える。

 そのような感情が心を支配し、どうにも収まる気配は見られない。緩む頬もまた戻りそうにないものの、心地よいのだから不思議なものだ。今までにも何度か経験したことのある感情ながらも、明確な言葉をもらった此度は輪をかけて強さが増している。

 

 

 が、しかし。それが続くのは“平時であったならば”という仮定である。

 その問題点を放置しては、絶対に厄介なことになる。今ここにおいては約一名の処理をどうするかが優先と考え、ベル・クラネルは咳払いと共に問題を口にした。

 

 

「……コホン。えーっと……そこで伸びてる(エルフ)は……どうしましょう」

「……困る、よね。どうしよう」

「ちなみに……いつもは、どうしているんですか?」

「……」

 

 

 続いての問題に関する問いを投げられるも、答えはまるで浮かばない。特例としてどうしようか悩むも、案すらも全く出てこない。

 一方でアイズが見せた花のような笑顔と、自分に向けて言ってくれたのだという自己暗示。この二つからくる錯覚によって、鼻血を垂れ流しながら地面に後頭部を打ち付け放心している彼女、レフィーヤ・ウィリディスの処遇をどうするか決めるのに、あまり時間は残されていないのが実情だ。

 

 ――――邪魔者は、放置で、いいよ。

 ――――仲間は、放置、できないよ。

 

 アイズ・ヴァレンシュタインの中で生まれる、相反する二つの感情。実のところベルも同じ心境であるために、より身近な彼女に逃げ道を求めていたというわけだ。

 もっとも根っこが純粋な少年からしてみれば、前者の選択は推奨されない。また、そんな性格を知っているアイズも同様に、前者を選択する勇気が持てずにいた。

 

 だからこそ、二人揃って意識が戻るまでは傍にいるという選択肢をとっている。もっとも応急処置以上のことをしないのは“おこ”モードであるためなのだが、それは仕方のない事だろう。

 ぶっちゃけた話、なんで出てきたのか、なんで倒れたのかなど、ベル・クラネルにとってはどうでもいいことだ。せっかく髪飾りをプレゼントしたこともあって街中デートを楽しもうかと思っていたところに、水を差された格好である。

 

 

 ふとここで、少年の脳裏に疑問が浮かんだ。そもそも此度のリヴェリアのお誘いはヘスティア・ファミリアにおいて秘密裏の事項であり、ロキ・ファミリアにおいても同様だろう。

 加えて広大なオラリオにおいて、それも大通りからは外れている地点において出くわすことなど稀である。ならばなぜ、このようなピンポイントでバッティングしたのだろうか。

 

 そう考えた時に、街の一角にある気配に気が付いた。

 

 

「っ――――そこか、ファイアボルト!」

 

 

 もし仮に街の人に当たったとしても衣服に傷すらつかないであろう、カイロの暖かさレベルのファイアボルト。しかし射出速度は一流のものがあり、50メートルほど先にあった街灯に命中して消え去った。

 今の一撃で、アイズも気配に気づいたのだろう。表情には力がこもっており――――と思いきや、瞳からハイライトが消えている。

 

 

「……出てきて。次は、建物ごと、()くよ」

「……」

 

 

 好奇心は猫をも殺すとは、まさにピッタリの言葉だろう。今の今まで悶えたりニヤニヤしたりしながら光景を見ていた連中の首に、死神の鎌が添えられた。

 アイズから発せられる闘気を通り越した明らかな殺気を感じて苦笑するベル・クラネルだが、全面的に相手が悪いために擁護するつもりは欠片もない。少年もまた、先ほどの空気を壊されて良い気がしないのも影響していることだろう。

 

 観念したのか、ゾロゾロと出てくる出てくるロキ・ファミリアの野次馬達。そのなかには明後日の方向を見て口笛を吹く主神ロキも混じっており、おかげさまでアイズから黒い炎が出かかっている。

 ストッパーのベル・クラネルは、何とかして宥めようと必死の様相だ。これがもし師匠ならばクソ度胸で頭を撫でるか肩を抱き寄せて強制的に停止させていたのだが、少年は未だそれほどの勇気は持ち合わせていないようだ。

 

 

 ということでロキを相手に事情聴取が開始され、何故こんなところにレフィーヤが居たのかが明るみに出た。陰からコソコソ見ていていイイフンイキを阻止するために飛び出したのはいいものの、ものの見事にカウンターを食らった格好というオチである。

 流石にこれ以上アイズを怒らせるとマズイということで、ロキ・ファミリアはレフィーヤを回収して戦略的撤退を決定している。この停戦協定を破ることがあれば、間違いなく内戦となるだろう。

 

 最終的に最もヤベー二人の人物(パパとママ)が敵として出てくることとなれば、状況は最悪の言葉を上回る。ロキ・ファミリアの全員が出張った所で、物理的にも言論的にも勝機の欠片もありはしない。

 ロキ・ファミリアのメンバーにとって、まさにラスボス。興味本位でついてきた団長フィン・ディムナは、そのことを感じ取って親指が震えに震えている。

 

 

 

 邪魔者が居なくなって互いにベンチに腰かけるも、ソワソワと落ち着かない。互いに何かしら口にしようと意を決したようにピンと背筋を伸ばすが、最後の一息が足りないのか再び背を丸くしてしまっている。

 原因が先のやり取りにあるのは、言わずもがな。いつかの打ち上げで一緒に居たい感情を伝えたことはあったものの、ああして明確に好意を伝え合ったのは今回が初めてなのである。

 

 

「そ、そうだアイズさ……アイズ。ちょっと早いけど、夕飯も一緒に食べない?」

「っ!……うん、行こう!」

 

 

 緊張から敬称付けになりかけたが、今は過去最高に匹敵する上機嫌さ故に彼女判定では合格範囲。しかし次の言葉を掛けられた為に、そちらに考えを向けている余裕はないようだ。

 

 

「行きたいお店は、ある?」

「えっ。っとー……」

 

 

 突然として話を振られるアイズ・ヴァレンシュタイン。正直なところ“らしい”お店なんて全くもって分かっておらず、顔を背けて記憶の底から知っている店をほじくり返す。

 その実、9割ほどは“ジャガ丸くん”の専門店。流石の彼女とて今回のシーンにおいてそれらの選択肢を候補に入れることは無く、残っていた1つの店の名前を口にした。

 

 結局、二人がやってきたのは酒場である“豊饒の女主人”。ソコソコのイベントにおいてベル・クラネルが関係している場所であるために、此度の選択で選ばれたことによって少年は何か運命的なものを感じてしまっていた。

 ともあれ、提供される食事が美味しいことは保証済み。平均的な相場から比べると少し高額であることは知っているが、二人にとっては問題のない程度のものだ。

 

 

 何よりも。今は大切な相手と、同じ時間を過ごしたい。

 

 

 当たり前のように差し出された少年の手を、少女が手に取る。

 それ以降は上品さも何もなく、重ねあった手を互いに握る程度だったながらも。寄り添う二人は、好きな料理嫌いな食材など他愛もない話を続けながら、活気あふれる街中へと消えていった。

 




原作の構成員だと大乱闘になるので某さんには謹慎して貰います()

そして忍び寄る足音。どなたかの運命や如何に

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。