その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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176話 過去を力に変えて

 

――――ということで、その木刀を見せてくれ。

 

 それが、タカヒロという男が抱いていた結論(正義)だった。神々宜しく、超が付くほどの特定条件に限っては、己の欲望には何かと忠実な男である。

 内心、ものすごーく木刀のようなモノを手に取ってジックリ眺めたいタカヒロ(装備キチ)。リュー・リオンの問いに対して彼なりながらも真面目に答えを返していた一方で、内心では彼女が持っていた木刀が気になって仕方がないのだ。

 

 実のところ、リューが帯刀している二振りの小太刀は彼女のモノではない。目の前の墓に眠る今は亡き仲間から託されたモノであり、本当の得物は、長い木刀のような逸品だ。

 

 しかし、傍から見れば只の木刀であることも変わりは無い。高い攻撃力と頑丈さ、魔法の効果を増幅させる効果を持つ逸品だが、やはり見た目は只の木刀と表現する者が大半だろう。

 

 リューも「見せるだけならば」と、木刀を手に取って渡している。タカヒロもガントレットで傷を付けぬよう超が付くほどの丁寧さで扱うあたり、その辺りはヘファイストス宜しく対応を徹底している。

 此度は許可を取っていないために、振り回すようなこともしていない。上から見下ろしたり掲げて下から覗き込んだりと、骨董品を扱うかのような格好だ。

 

 

「見事な木刀だ。……欲しいな、これ」

 

 

 ところでこの男、見境なく全種類の武器防具に興味を示しているワケではない。実は、リヴェリアが持っている10億ヴァリスもする杖には全くもって興味を向けていないのだ。

 理由は単純であり、単にバカの二文字が付くほどの高額素材を使っただけの武具には興味を示さないのである。そのような“高性能”なだけの武具ならば、その上位互換をいくつも持っているためだ。

 

 その点において、リューが持っている木刀は素材が素材だ。“大聖樹の枝”という見たこともないモノが素材であるために、興味スイッチがONへと切り替わってしまっている。

 ヴェルフが作る鍛冶師の気持ちがこもった物や、ヘファイストスが作る特殊なエンチャントの武具とは違った逸品。しかし見た目が木刀であろうとも、青年からすればコレクションへと加えたいことに間違いはない。

 

 Affixこそ付与されていないが、“魔法攻撃力に関する全ダメージ上昇”がついた武器などタカヒロとて目にするのは初めてだ。“エレメンタルダメージ+n%”という効果は知っているし付与されたアイテムもいくつか持っているが、その上位互換と言えるだろう。もっとも、“全ダメージ+n%”という更なる上位互換もあり、彼はそれを幾つも所持しているのだが、たとえ下位互換であろうとも希少さが最も大切なのである。

 それはさておき、物珍しさが一入(ひとしお)であることは揺るぎない。故に、先程呟かれた一言だったのだが――――

 

 

「いけません」

 

 

 凛とした口調を特徴とする彼女の回答は、シンプルなものだった。

 

 

「……」

「悲しげなお口元をされても、いけません。この木刀は、由緒ある大聖樹の枝から作られた逸品なのです」

 

 

 だからこそ装備キチが欲しがっている点はさておき、リュー・リオンの言う通りだ。この長めの木刀は、修学旅行先の地点において500円ポッキリで売られているような量産型の木刀とはワケが違う。

 七年前における闇派閥との戦いの時に手に入れた、彼女の故郷“リュミルアの森”にある大聖樹の枝。何故か闇派閥が持っていたこの素材を使って、ゴブニュ・ファミリアにてワンオフで作成された木刀なのだ。

 

 そのために、いくら心の闇に対する答えを貰ったとはいえ、おいそれと譲渡できるものではない。大聖樹を守護する“()り人”の一族として生まれた彼女にとっては、家宝になり得る逸品と言えるだろう。

 もっともタカヒロとてダメもとで聞いただけで、流石に貰えるとは思ってはいない。丁寧な動作でリューへと返すと、溜息交じりに独り言を呟いている。

 

 

「……なるほど、仕方ない。ハァ、機会があれば頼んでみるか」

「はい?」

 

 

 なんのことだか分からないリューだが、呑気に溜息を溢す彼に考えを向けている余裕もなくなった。敵ではないと分かってはいながらも、彼女の表情は一瞬にして険しくなる。

 

 ガサガサと茂みをかき分け、ゆっくりと現れる異端の存在。彼女のトラウマであるジャガーノート、テイム済みであるジャガ丸もまた、18階層へとやってきていたのだった。

 

 ちなみにどうやってバベルの塔に入ったかというと、タカヒロが事前に50階層へと配送済み。95階層産+αのジャガ丸ならば単身で登ってくることは造作もなく、街中を出歩くことで人目にもつかなかったと言うワケだ。

 

 

 経緯はどうあれ、そこの捻くれた男が用意していた、最強のモンスターとして分類される一つ、ジャガーノート。リュー・リオンのトラウマであり、討つべき敵。

 今更ながらもジャガーノートのことについて詳しく聞いたリューは、目の前のジャガ丸は、自分達を殺したジャガーノートとは別個体であると判断している。判断材料、サラっと口に出され耳にした「60階層から随分と潜った先」が何処であるかはスルーしたが、その判断は正解だ。

 

 

「君の心に残っている最後の復讐は、ジャガーノートに対するモノだろう。だが、ジャガーノートが持ち得る特異性を考慮するならば、このジャガ丸が無関係とも言い切れない」

「……はい。そして、私は絶対に勝てない。あのジャガ……丸より弱かった、かつてのジャガ―ノートにも……」

 

 

 ジャガ丸は怯えるリューを横目見つつ、ベルの足元へと近づいていく。見た目の話を除外すれば、構ってほしそうに近づく猫の様だ。

 ベルも両手を前へと出し、ジャガ丸の頭を撫でるなどして対応中。驚異的な光景にしか映らないリュー・リオンだが、先日にもっとオカシな光景を目にしている為に、特に表情に出すようなこともない。

 

 

 そして、もう一人。猫と兎の二名が行う“じゃれ合い”を見ていたアイズは、意を決して声を掛けた。

 

 

「じゃ、ジャガ丸。わかる、かな?」

『……?』

 

 

 可愛らしく首を傾げるジャガ丸と、連動するアイズ・ヴァレンシュタイン。まるで鏡のような動きだが、何が“分かる”のかが分からないベル・クラネル。アイズ語は難しい。

 

 

「ジャガ、丸!」

『!』

 

 

 言葉は二つだけ、しかし即・意気投合であった。右腕と右前足が前へと出されてクロスされ、続けざまに逆側が交わされ、最後にハイタッチらしき何かで締めくくっている。

 

 あのアイズ・ヴァレンシュタインがモンスターと仲良くなるという、まさかの光景。ロキ・ファミリアの者が見ていれば、目を疑うような一幕であったと言えるだろう。

 

 ともあれ、善は急げ。モンスターが嫌いだと言っていたアイズが、せっかくジャガ丸と仲良くなれるチャンスなのだから、ベル・クラネルは動きを見せる。

 ジャガ丸の頭の後ろへの乗り方を説明しており、アイズと二人またがって一帯を走り回っていた。後ろから回された手と背中に彼女の温もりを感じながら、二人プラス一名の世界に入っている。

 

 

「……で。君は、どうする?」

「乗りません」

 

 

――――そう来るか。

 

 ポンコツエルフ、斜めの上の回答である。

 

 

「そちらではない。あの宿敵をどうするかと、聞いている」

「……。うまく、説明ができないのですが……例え、もし仮に私が勝てるとしても、あのジャガ丸を討つことは、間違っていると思います」

「なるほど」

 

 

 勘違いとはいえ対峙した、かつての敵であるアイズ・ヴァレンシュタイン。誰よりもモンスターを憎み嫌っていたはずの彼女は、ああして己の殻を破っている。

 

 ジャガーノートと触れ合うことで乗り越えるか。かつての死地でジャガーノートを召喚し、皆と一緒に倒すことで復讐とするか。

 乗り越え方は人それぞれであり、彼女がどちらを選んでも、もしくは全く違う答えが出ても、タカヒロは咎めるつもりはない。出される答えは、リュー・リオンが抱く正義の一つなのだ。

 

 やがて、走り終えたベル達が戻ってくる。噤まれていたエルフの口が静かに開いたのは、そのタイミングであった。

 

 

「クラネルさん、ヴァレンシュタインさん」

 

 

 空色の目が、真っ直ぐで力強い瞳が、二人を捉える。酒場の時とは打って変わった表情を前にして、ベルとアイズの二人も表情に力が入る。

 恐らくは出されるであろう。先程の問答から出された、彼女の答え。二人は、その答えを成すために応援してあげたい気持ちを抱いている。

 

 

「私と一緒に……“ジャガ丸”と、戦ってくれませんか」

 

 

 模擬戦方式という言葉は口にされなかったが、全員はそれを理解している。傍観者のタカヒロはジャガ丸を呼び寄せており、相手に聞こえないように手加減具合を指示していた。

 ともかく、それがリュー・リオンの出した答えだった。だからこそアイズとベルは応えるべく準備を行っており、抱く戦意の高さは実戦そのもの。

 

 両者はリューの前に立ち、守るかのようにして背中を向ける。見据える敵から片時も目を逸らすことなく、恐らくは出されるであろう開始の時を待っていた。

 

 

――――っ、脚、が……。

 

 答えを得ても、分かってはいても。一歩を踏み出すというコトは、非常に大きく重いものがある。

 だからこそ、リューの足が上がらない。いくら意識をしていても、染み付いてしまった本能(トラウマ)が、ジャガーノートとの戦いを拒否してしまう。

 

 

 ならば、後ろから背中を押してやるか。そう考えたタカヒロは、最後の言葉を口にした。

 

 

「敗北とは悪い事ではない。人は失敗してこそ学び、対策し、成長する生き物だ」

「っ……」

「だが同時に、同じ過ちを幾度となく繰り返すならば無様とも言えるだろう。さてどうするリュー・リオン。今目の前で、君に手を差し伸べてくれた者たちが、かつてのモンスターに挑もうとしているぞ」

 

 

 結果は、火を見るよりも明らかだ。あのジャガーノートは、かつてのソレよりも圧倒的な強さを秘めている。

 いくらレベル4の“悪魔兎(ジョーカー)”だろうが、レベル6の“剣姫(けんき)”だろうが。攻撃の構えを崩さない出で立ちを見せるアレは、目の前に立つ者たちに圧倒的な絶望を振りかざす。

 

 目にするだけで恐怖がこみ上げ、手が震え、足がすくみ、腰が引ける。擦り減った心の分だけ表情は強張り、抗うようにして歯を食いしばって足腰に力を入れているが、少し触れれば崩れ落ちてしまうだろう。

 これが鍛錬の一端であることなど、出会った頃から忘れていた。かつてのトラウマと向き合う今の彼女は、五年前の27階層という場所に立っている。

 

 

 脳裏に響く、先ほど耳にした据わった声。人は失敗してこそ学び、対策し、成長する。

 昨夜見た、懐かしい夢を思い出す。それは記憶にある三人に謝るためではなく、目の前にある、乗り越えるべき壁を倒すため。

 

――――やらせない。もう二度と、自分を大切にしてくれた人に傷の一つも付けさせない。

 

 歯を食いしばる理由は、己を立たせるためではなく全力で立ち向かうために。強張る表情は己を保つためではなく、己が抱くトラウマを乗り越えるために。

 リューが、その足を一歩前に出したタイミングだった。

 

 

起動(テンペスト)――――復讐姫(アヴェンジャー)

 

 

 旋毛風の如く黒く禍々しい風が生まれ、通常時の魔法とは比べ物にならない程の破壊力を発揮する。二つのスキルを連結させて使うという、ある意味では彼女が持ち得る必殺技だ。

 その風を纏った際に放てる攻撃の威力は破格の代物であり、超硬金属(アダマンタイト)の盾を一撃で粉砕する程。消費するマインドは非常に激しく燃費は最悪だが、それに見合う威力は確実に備えているのだ。

 

 

「アイズ……」

 

 

 アイズは、自分が抱え向き合っていくと決めた心の闇を、ベルに打ち明けたことがある。それで嫌われてしまうならば黙っていればよかったが、区切りを付けたこともあって、隠し事はしたくなかった為の行いだ。

 

 モンスターを憎むスキル“復讐姫(アヴェンジャー)”。大切な人をモンスターに殺されたアイズが抱える、リューと同じ心の闇。

 傍から見ても、今にも飲み込まれそうなほどの強い憎しみが感じられる。彼女を中心に発生していた旋毛風の如く黒く禍々しい風は、それだけで並大抵のモンスターを倒すことが出来るだろう。

 

 しかし、普段よりも出力が弱い。何故ならば、この複合詠唱によって生まれる効果は“憎悪の丈により効果が向上”となるからだ。

 つまり今のジャガ丸に対して憎悪を抱いていない為に、かつてよりもずっと低い効果しか発揮できていないのだ。これでは、消費するマインドに対して得られる効果は非常に効率が悪いものとなる。

 

 

 もちろん、それはアイズとて理解している。だからこそ、ひっそりと行っていたタカヒロとの鍛錬において得た発展型のスキルを、ここで初めて使うと決めたのだ。

 

 本当に最近得たという事もあり、それは、ベルに示す為だったかもしれない。もしかしたら、ベルが手を差し伸べたリューに対し、悩んでいるのは貴女だけじゃないと示すと同時に、ベルは私の者だと威嚇する為だったかもしれない。

 

 どちらにせよ、アイズ・ヴァレンシュタインが得た新しい力であることに違いはない。スッと少し深く息を吸い込んだアイズは力のこもった表情で、複合詠唱の“続き”である次の一文を口にした。

 

 

 

 

「――――属性変換(コンバージョン)英雄冀求(アルゴノゥト)

 




属性変換:GrimDawnにおける装備効果の一つ。例えば物理→火炎40%の変換が発生する場合において物理100ダメージを放つと、物理60火炎40の攻撃となる。

ヒント:118話の最後
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