「おおっ」
「すっげ……」
よく晴れた日の朝を少し過ぎた時間帯。道行く男のほぼ全員が、思わず振り返って後ろ姿に見とれている。直前にチラリと見えた尊顔は、一度でも目にしたならば眼福と言っていいだろう。
それらの男にとって惜しむべきは、全くと言っていい程に肌の露出もなければ、長いコートとロングブーツに加えて、白のローブによって身体のラインのほぼ全てが隠されている点だ。故に様々な“妄想”が広がるものの、やはり直に見定めたいと思うのが男としてのサガである。
念の為に付け加えるが、身体のラインと言っても見惚れる対象は筋肉ではない。とあることで有名な筋肉質な神、ガネーシャではない。
彼等が振り返った先に有るのは、姿勢よく整った足並みで歩みを進める一人の女性。それに似て、いかにも“お高い”と一目でわかる杖を持っているのも特徴だろう。
言い換えればその女性は、頭部と髪質、そして纏う雰囲気だけでもって、これらのような感情を生まれさせるほどの美貌を持っているということになる。単純な憧れの目線だけならば特に問題ないのだが、向ける対象が男であるために向けられる目線のなかには見過ごせないものがある。
一般的には“視姦”と呼ばれる舐めるような視線を多数向けられる緑髪のエルフだが、オラリオで暮らすなかで既に慣れたものであり、今更とやかく何かしら感情が芽生えるようなこともなかった。足取りや雰囲気を変えることなく、目的地であるギルドへと足を進めている。
早朝にダンジョンへと潜る冒険者たちは既に発った後であり、広大な冒険者ギルド内部も現在の人影はまばらであり閑散としている。様々な部署があるギルドだが、彼女は迷うことなく受付へと向かっていた。
「お、おはようございます、リヴェリア様!」
ハキハキとした態度、を超えて非常に改まって接客を行う職員の名はエイナ・チュール。メガネを掛けたショートヘアなハーフエルフの女性であり、ベル・クラネルの冒険者アドバイザーでもある人物だ。
実はこの女性、リヴェリアの元従者、現在では親友となっている女性がヒューマンとの間に授かった愛娘。その繋がりもあって、彼女とリヴェリアの繋がりも、他のエルフと比べて身近なものとなっている。
とは言っても、エルフからすれば雲の上な存在の王族というのがハイエルフであり、リヴェリアの肩書である。もちろん、この理はエイナにも適用されるものであり、エルフの血をひくものにとって例外は無い。
毎度の如く「畏まるな」と指摘されるエイナだが、どうやら一生かかっても治りそうにないとは本人の弁だ。もし一般人が国王から同じことを言われればどうなるか?誰もがエイナと同じ道を辿るだろう。
「そう畏まるな。ところで、少し時間はあるか?できれば個室で話をしたい」
「は、はい。それではこちらに」
チラホラと向けられる視線を背に、二人は受付の奥にある個室へと向かってゆく。遮音が利いたこの部屋は、話し声程度の音量ならば外部に漏れることなく会話ができる個室が複数並ぶエリアとなっていた。
「あまり、こういうものを頼むべきではないとは理解しているつもりなのだがな」
「い、いえ!私にできることでしたら、お力添えさせていただきます!」
内容を言う前に己の非を謝罪するような言葉に、エイナは何が来るのかと身構える。まさか、だからこそわざわざリヴェリアが足を運んだのかと考えると、猶更の事不安の感情が膨れ上がる。
それで、ご用件は?と、あくまで冷静に尋ねるエイナだが、リヴェリアの口元に軽さは無い。覚悟したはずの表情は険しくなり、ゴクリとつばを飲み込んだ。
「ロキ・ファミリアにおいて人を探している。ギルドが持つ資料で該当する人物が居たならば、可能な範囲で教えて欲しい。とは言うものの情報が少なすぎてな、しかし比較的、特徴的な装備だ」
性別は男、歳は恐らく青年。から始まった情報をメモに取るエイナは、相槌を打ちながらリヴェリアの話を聞いている。言葉通りの特徴的な装備は事実だが、生憎と冒険者ギルドへ訪れる者の数は無数と表記してもいいだろう。
砂漠から1つの砂粒を見つけるよりは簡単かもしれないが、似たような難易度だ。そのこともあってか彼女の記憶にも当該人物は残っておらず、リヴェリアに対して謝罪の言葉を口にしている。リヴェリアもそれを止めさせると、わざわざ個室へと案内してもらったワケを話し始める。
その口から出された“ソロ、もしくは少人数で52階層へと訪れていた”という情報に、エイナは目を丸くした。もしこれが同僚の口から出されたならば背中を叩いて笑い飛ばすところだが、相手が相手でしかも真剣な表情である。そのために、そんな表情でしか己の感情を表すことができないでいる。
もしこの言葉が事実ならば、リヴェリアが探している男性はレベル6、少し緩和したとしてレベル5以上ということになるだろう。第一級冒険者のなかにおいても一握りであるレベル5以上の冒険者のほとんどは顔や装備を見ればわかるエイナだが、先にメモした棘のある重厚な黒いアーマーの冒険者はヒットしない。
可能性として考えられるのは、レベル6あたりの冒険者が数人でパーティーを組んで新しい装備を実験している、と言ったような具合だろう。現に、時たま第一級冒険者が中層付近で格下のモンスターを相手に戦っていることもあるほどだ。
それでも今回のケースにおいては、場所が場所だ。52階層などという深層の更に奥へ進むならば、どんなファミリアでも事前に申請を行ってからアタックを開始する。彼女も記憶に残っているが、その時に深層へとアタックしていたファミリアはロキ・ファミリアただ1つだ。
「……特徴はわかりました。しかしお言葉ですが、到底信じられません」
結果として出てきた言葉が、これだった。どれだけ考えを巡らせても、似たような文言しか思いつかないのが現状である。
「エイナの気持ちも分かるさ。私とて、実際にこの目で見なければ微塵も信じていなかっただろう」
どこか腑に落ちない様子で語るリヴェリアは、ふぅ、と溜息をついて肩をすくめる。その流れで、もう1つの情報を口にしだした。
酒場でその男と一緒に居たと思われる、白髪の少年。同じファミリアだと青年も口にしていた相手であり、そちらについても情報が無いか探りを入れている。
――――うん?
聞き入るうちに、エイナは口に出されるそれらの特徴に疑問を投げてしまいそうになる。片眉は無意識のうちに下がっており、尊敬する相手の口から出てくる特徴は、自然ととある少年の顔を思い起こさせる。
白い髪、真っ赤でクリッとした瞳、身長は160㎝程度、ギルドで配布されていると思われる初期装備のライトアーマー。
何かと彼女が気にかけており、その無茶ぶりに数回の雷を落としたことのある少年。ベル・クラネルと、そっくりなのだ。
しかし、彼女が知る少年は常に一人でダンジョンへと入っている。当初はコボルト一匹を討伐した程度で花のような笑顔を振りまきながら報告してきたカワイイ弟の様だったが、最近は、やけに落ち着いた対応を見せている。
パーティーを組んでいる様子もなければ、事実ならば恐らくしてくるであろう「パーティーを組みました」的な報告も受けていない。時折午後から向かう光景を見ることがあるが、その際も一人きりだ。
また、彼が所属するヘスティア・ファミリアはつい半月ほど前に発足した零細ファミリアであり、登録されている冒険者はレベル1のベル・クラネルだけだということも知っている。本人の口からも、先の説明にあったような男性が居るとは聞いたことがない。
そこでエイナは、似たような少年なら知っている、程度のニュアンスに留めて回答を行った。そして自分が少年の担当であることを告げると、リヴェリアは「世間は狭いな」と確定事項のように回答してしまうが、その冗談がエイナのツボにはいってしまい失礼ながらもしばらく笑いが止まらなかったのは余談である。
なんせこのリヴェリアというハイエルフは、広い世界を見るためにエルフの里を飛び出している。そんな彼女が先の一言を発するのだから、家出の理由を知っているエイナにとっては意外にも程があったのだろう。それに対してやや不貞腐れてツンツンする態度を見せるリヴェリアに対して内心では「可愛らしい」と思いつつ平謝りするエイナだが、しばらく彼女の機嫌は直らなそうだ。
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「なるほどなー。けっきょく数日たっても連絡こーへんから動いとるけど、流石ギルドやな。全くの収穫無し、ってわけでもないんやな」
「偶然だが、そんなところだ。52階層での謝礼、ミノタウロスの一件に関する様々な謝罪。風化する前に、早く見つかるといいのだが」
「せや、はよー見つけんとあかん。せやかてギルドに問い合わせたのも裏ルートや。ドチビん所に居るとしたかって、ホーム見つけるだけでも時間かかるで……いっそ神共に招集かけたろか」
「零細ファミリアは多いからな……。しかし、事のあらましを彼等が主神に話をして居たら、正直に答えるかは怪しいぞ」
「うっ、せやな……」
ホームへと戻って先ほどまでの情報を報告するリヴェリアに、ロキがお茶を注いでいる。今回の探りの発端は、例の師弟コンビを見つけるために、彼女の主神であるロキが段取りを行ったものであった。
一方で、ロキはロキでレベル6の冒険者の情報を漁っている。主に神様ルートで集めていたのだが、当該人物は掠りもしない。むしろ、誰だそれはと聞き返されるのがほぼ全てという状況だ。
もっとも、聞き返されているのにはワケがある。
「そもそもが無理あったんや……黒いトゲトゲの鎧はともかく、レベル6以上なんて居るだけで噂になるし神ならほぼ全員顔と名前を覚えとるわー……。52階層の件は色んな意味で口に出せへんし、困ったもんやわ」
「酸を吐く芋虫というイレギュラーに加え、52階層へのソロでの到達だ。後者に関しては、まさに偉業と言って良いだろう。それでも、神の力とやらを使えば、そんな偉業もできるのではないか?」
「できるやろな。せやけど、そんなの使った瞬間に一発でバレる。ヘスティアなら余計に有り得んわ」
ふむ。と呟き、リヴェリアは紅茶をすする。ロキ曰く「頭使いすぎた」ということで用意されたミルク入りアッサムという紅茶のほのかな甘みは、遠征帰りの処理も含めて酷使しすぎた脳に染みるようだ。
問題は例の少年と青年だけではない。芋虫に溶かされた装備の被害額は考えたくもない値段に跳ね上がり、借金の必要まではないものの、しばらく遠征どころかファミリアとしての大規模な活動も危ういぐらいだ。折れた場合と違って今回は全て溶かされているために、素材の回収すらもが不可能なのである。
思い返して二人で溜息を吐いていると、トコトコと足音を立ててティオナがやってきた。割り込みづらい空気だったのか、壁からひょっこり顔を覗かせて様子を伺う動作を見せている。
その姿は、いつものティオナらしくない。溢れんばかりの元気さは影を潜めており、何かを心配しているかのような表情を見せている。
ロキとリヴェリアが話を聞くに、どうもアイズの様子がおかしいとのことである。ロキが「どうおかしいんや?」と尋ねた際の回答が「ダンジョンに行こうとしない」という通常ならばぶっとんだ内容となっているのだが、三度の飯よりダンジョン修行と言わんばかりに入り浸るアイズ・ヴァレンシュタインの場合は、確かに異常と言えるだろう。
そして「確かにおかしいな」と言わんばかりに納得してしまうオトナ2名。リヴェリアに至っては不可思議だと口にしている程である。幼い頃から彼女を知っているからこそ、主神と母親は真面目に心配してしまうのだ。
「ま、ここは
「誰が
そして交わされる、お約束とも言える、このやりとり。主神ロキとリヴェリアの日常ともいえるのだが、やり取りの本懐に「アイズを頼むで」というトリックスターの心配と照れ隠しがあるのを知っているのは、ロキ・ファミリアにおける古参の3人ぐらいだろう。
アイズはホームにあるソコソコの広さの中庭に居るとのことで、リヴェリアはそちらへと歩いて行く。近づくにつれて噴水の音が細やかな音色を奏で始めており、目的の人物はその前にあるベンチに腰かけて噴水を見つめていた。
数秒ほど眺めたものの、リヴェリアは歩みを止めることはない。静かに近寄るようなこともせず、カツカツと靴の音を立てながら近づいている。
話しかける時は、ストレートに。不思議な内容ではあるものの、これがリヴェリアとアイズの間で交わされた約束なのだ。
回りくどいことはせずに、持ち得る球は直球一本。彼女の目線においても明らかに気落ちしているアイズの顔を見ながら、ロキ・ファミリアの母親は相談に乗ろうとばかりに歩み寄る。
「どうした、アイズ。何かあったのか?」
「リヴェリア……」
頼りになる彼女を見て、すこしホッとしたような。僅かながらも、アイズの表情に変化が生まれる。
「あ……おかえり。用事、済んだんだね」
「ああ。所用でギルドへと行っていた」
二人を知らない人が見れば、似つかない姿ながらも親子なのだろうと捉えるその光景。片や悩みを抱える少女であり、片やそれを解消しようと奮闘する母親の様相だ。
いつもと変わらず薄い表情ながらも、言葉を交わすことでリヴェリアには強く伝わる。アイズは何かしらが原因でひどく落ち込んでおり、同時にとても悩んでいる。
口に出された内容は、5階層で起こったミノタウロスの一件であった。襲われていた少年を助けたと思えば、その少年に逃げられた話である。
手を出したことが間違っていたのだろうか。ポカンとしたのち、別人のように変わって逃げだしてしまう人の顔。なお、単に見惚れすぎて赤くなっていただけであるがその点については知る由もない。
怖がらせてしまったのかと考え、落ち込んでいた。現に、数日経った今日も何をする気も生まれずに、朝から中庭で思いに耽る時間を過ごしている。
(……あのアイズが、強くなること以外に意識を向けるとはな)
嬉しい事には嬉しいがなんとも複雑な心境となったリヴェリアは、先ほどギルドで得た少年の情報を口に出す。もしその少年が気になるのなら、冒険者ギルドの受付嬢エイナ・チュールを訪ねるようにと念押しすると、アイズは勢いよく立ち上がった。
「リヴェリア、ギルドに行ってくる!」
返事を聞く間もなく素早い動きで、アイズ・ヴァレンシュタインは駆け出していく。立ち上がって行動を起こした少女の背中を、母親は優しい顔で見送っていた。
ちょっとだけ積極的なアイズたん。
原作と違って膝枕イベントがスキップされていますが、どこかで使っていきたいです。
追記
リヴェリアがホームに戻ったところに描写を付け加えました。