その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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181話 最高と最良

 

 職人の仕事とは、良くも悪くも気質に左右される傾向を持ち合わせている。職人と呼ばれる者の全てに該当する事はないものの、大なり小なり例外なく持ち合わせている事は確かだろう。

 判断基準が己にあるか、相手にあるか。いずれにせよ、「気に入らないから作らない」、「己の信条に反するから作らない」などという光景は、あまり珍しいものではない。

 

 

 かつてはこのような関係だった、アイズ・ヴァレンシュタインと椿・コルブランド。合意とならなかった互いの気持ちは、此度において、専属の契約と相成った。

 

 

 契約の内容は武器の製造やメンテナンスの全般を委託することであり、今回においては折れてしまったデスペレートの修繕、もしくは一からの新造。

 注文の詳細は追々で決めることになったものの、今までよりも強度のある、もう少し砕いて言えば“強い剣”という要望は伝わっている。椿についても幸か不幸か少し前にレベル10が扱う武器も作っている為に、何かと基準点の目星も付いている事だろう。

 

 

「――――さて。“言うは易し”、か」

 

 

 床上に置いた、ポッキリと折れたデスペレートを前にして、行儀悪く胡坐の姿勢で己の腿に肘をつき。椿は深く溜息を吐いて、どうしたものかと向き合った。

 手の込んだ手抜き――――と表現すれば製作者の神は怒るだろう。しかし実際の所、その神が持ち得る全力からすれば手抜きと言える状態にある剣、デスペレート。

 

 だというのに、椿からすれば破断面すらも芸術的だ。一切の無駄が見られない貴金属たちが織りなす階層は、鍛冶師ならばそれだけで数日は飲まず食わずで眺めて居られる自信があるだろう。

 改良点など全く持って想像できず、非の打ち所などありはしない。口に出しては失礼になるが、以前にレヴィスへと納品した大剣ですらも粗悪品と思えてしまう程だ。

 

 

 だからこそ、難しい。己にコレを上回る一振りが打てるのかと自問自答し、否という回答に辿り着く。

 単純な耐久力や攻撃力だけならば、金に物を言わせて高額な素材を掻き集めれば対抗する事も出来るだろう。そもそも彼女自身のプライドがそのような“手抜き”を許さない上に、絶対に対処法が露呈してしまう確信があった。

 

 

「戦士タカヒロが、そのような手抜きを良しとする筈も無かろうな……」

 

 

 バベルの塔で出会い、いつのまにかヘファイストス・ファミリアに顔を出すようになった、謎のヒューマン。素性の一切が不明と言って過言は無いものの、武具を見る目は己はもとより、下手をすればヘファイストスをも上回っていると椿は常々感じている。

 それは、ヴェルフからもたらされる報告からも伺える。納品前の得物を何度か目にしたことがあった椿だったが、タカヒロの些細な気づきをヴェルフの口から耳にして、初めて気付くことも過去数回。

 

 例え、“装備キチ”などと言われようとも。装備に執着し、装備を愛したからこそ持ち得る観察眼だ。

 

 彼が、装備に付与されているエンチャントを鑑定できることは、椿とて知っている。そしてヴェルフのナイフを見定めた時のように、例え絶対的な性能は低くとも良い品を選ぶ能力、俗にいう“見る目がある”事も承知済み。

 だからこそ、他の者、それこそ猛者オッタルをも騙せたとしても、かの者を騙す事など絶対に不可能。ヘファイストスに評価を貰う時に匹敵する覚悟でなければ、門前払いとなるだろう。

 

 彼と出会い、ヘファイストスが息を吹き返した事を、彼女は思い返している。時たま子供のようにはしゃぎ、時に練達の職人の表情(かお)を見せる姿は、椿がファミリアに加入してから未だ見たことのない主神の姿。

 己がアレを引き出せるのかとなれば、答えは否。鍛えた得物を誉めてくれることはあれど、それはどこか一歩離れた所から見せる、それこそ子供たちを見守る親の姿。彼の前で見せる姿とは程遠い。

 

 

「……いかんな。大事な時に、雑念だらけときた。まだまだ未熟よ」

 

 

 自虐する程に落ち込んでいても、鉄を打たずにはいられない。彼女自信が理論派でない事も影響しているが、大きな溜息を一度だけ見せると、近場にあった素材を手に取り炉へと向かう。

 

 迷い悩む心の内を、獲物として(かたち)にするかの様。到底ながら本番に使う素材の質とは程遠いものの、椿は何かを作りながら方向性を定めるらしい。

 

 

 獲物の造形は既に決まっている。多少の差は生じるだろうが、基本として元のデスペレートと同じ形、同じ重さ。無論、不壊属性(デュランダル)を用いた使い勝手も同様だ。

 それでいて、耐久力と攻撃能力は向上の必要がある。後者については最低でも現状維持であるが、前者については必須なのだ。

 

 

「……そもそもだな。あの不壊属性(デュランダル)が壊れたというのに、なぜあ奴らは気にも留めていなかったのだ」

 

 

 そんな些細な事を上回る行動を連発する“イレギュラー”が近くにいるからです。と誰かが言った所で、椿は納得しないだろう。

 今の考えは、己が挑む試練から目を背ける一言だ。何故折れたかについてを考えることはあったとしても、周囲の反応など関係ない。

 

 僅かに首を振って、目を細める。再び己の未熟さに嫌気がさす椿ながらも、どうにも打開策が浮かばない。

 

 

「ウダウダと居ても進まぬな。ここは一度――――」

 

 

====

 

 

 時間は1日ほど流れ、お昼時。とあるカフェの個室で椿が待っていると、ウェイトレスが、オラリオでは有名な一名を案内してきた。

 

 

「すみません椿さん、遅くなりました」

「おお、誤差の範疇だ気にするでない。手前こそ突然とすまんな、悪魔兎(ジョーカー)

 

 

 アイズ・ヴァレンシュタインの事を知る為には、本人――――のアイズ語は難しい点については椿も理解している。次点としてロキ・ファミリアの幹部やタカヒロが挙げられるが、此方についてはハードルが低いとは言えないだろう。

 だからこそ、こうして敷居の低いベル・クラネルがセレクトされている。少年の率直な性格はヴェルフから聞いていた為、アイズのことを知るという椿の目的に対しては適任だ。

 

 

「ほう。“剣姫(けんき)”のスキルは、魔力を剣に乗せているのか?」

「あくまでも、横で見ていた感じですけどね。スキルですし、あんまり踏み込んで聞くのも、ちょっと……」

「嗚呼、なるほどな」

 

 

 そのスキルが生まれた根底は、決して明るい話題ではない。事実を知っているからこそベルは踏み入っておらず、椿に対しても間違ったことは口にしていないが、この程度の回答となっている。

 しかし受け取り手の椿としては、“二人はファミリアが違うために踏み込めない”と勘違い。ヘスティア・ファミリアとロキ・ファミリアの二つには壁と言う壁が存在していないのが実情ながらも、情報規制により周囲には伝わっていないのだ。

 

 

「しかし……今のままでは、突破口が見えんのだ」

 

 

 鍛冶の神に打ってもらった剣と別れ、自称“たかだか一介の鍛冶師”を選んだ一人の少女。この選択は、その鍛冶師にとって、相反する大きな二つをもたらした。

 片方は、少女が持ち得る期待と信頼が椿に与える嬉しさという感情。その反面、必ず応えなければならないという大きなプレッシャーが圧し掛かる。

 

 本人は今の今までは気にしたこともなかったが、椿・コルブランドとは、オラリオにおいて最も優れた鍛冶師の一人と呼ばれるほど。鍛冶を司る神々は比較対象に入っていないが、プレッシャーに拍車をかけることに変わりはない。

 アイズ・ヴァレンシュタインやロキ・ファミリアとは、オラリオにおいて名の知らぬ者はいない程。だからこそ此度の一振りは、やがてオラリオにおいて名が轟く事になる。

 

 

「どうしたものか」

 

 

 伸し掛かる重圧は、溜息となって零れ落ちる。アイズの戦闘方法について情報を集めたかった椿だが、いつのまにか内容は己の不安へと変わっていた。

 

 

 こんな――――と言えば失礼だが、己より二回り以上も年下の少年に愚痴をこぼしたところで変わらない。そもそもにおいて、このような愚痴をこぼすために呼びつけたのではない。

 互いの年齢が逆ならば、もしくは特別な仲ならばまだしも、そのような関係とは程遠い。自身が思う以上に気負いしていたかと自覚と共に反省し、目を伏せ瞑る動作にて非礼を詫びた。

 

 

 

 が、しかし。相手は善神ヘスティアをもって“優しさの塊”と言わしめるベル・クラネル。弱音を口にしているのが女性ということもあり、何とかしてあげたいという気持ちを抱いていた。

 答えを口にできるほど偉くはないが、幸いにも、方向性の一つは示すことができるかもしれない。そのように考えた少年は、自身が抱いている考えを、ゆっくりと口に出す。

 

 

「師匠からヴェルフさんの武器を紹介して貰って、学んだ内容になるのですが……最善が、最良とは限らないと思います」

 

 

 ――――最も強い武器こそが、最も世間一般で持たれるべき武器である。

 

 

 希少さや使用者への適正、価格など様々な要素を度外視した、この理論。基づいて武具を選んだならば、ベル・クラネルが持つべき、いやオラリオにおける全冒険者が持つべき武器は、神々が作成した“チート級”となるべきだろう。

 そうなったならば、大半がダンジョンの上層を苦労せずにクリアする事だろう。同じことを考えるベルと椿だが、やはり同じく、そのような手法で“強さ”を得ることはできないと考えている。

 

 

 ならばそもそもにおいて、“強さ”とは何か。あえて具体的に示すならば、武具の性能ではなく担い手の技術や適応能力だと、ベル・クラネルは身をもって学んできた。

 愚直に学んできたからこそ、格上と呼ばれる敵の数々を相手に勝利を重ねている。その道が間違ってはいないと痛い程に分かる上に、オラリオにおける強者の数々に認められる冒険者として名を残すことができている。

 

 

 ならば鍛冶師における、とある一例。そもそもにおいて、その“最も強い剣”を打てる鍛冶師以外は、存在自体が無用の長物なのか。

 

 

「椿さんでしたら、答えはお分かりでしょう。僕がオラリオに来て色々と学んだ中で、最も大切と言えるかもしれません」

「……そうか。いや羨ましい、手前も同じ思いだ。お主は、本当に大切なことを学べておるのだな」

「アハハ。貰ってばっかりで、本当に申し訳ないんですけどね」

 

 

 数秒の時間を要さずに二人が出す答えは明白であり、“そうではない”。

 例え絶対的な実力は下だろうとも、関係のない事項。同じファミリアの仲間達と切磋琢磨し、己の武器を使ってくれる冒険者と共に高みを目指す鍛冶師は存在する。

 

 

 それは駆け出しの冒険者にとって、最も大切な存在だ。かつてヴェルフと出会い、彼の武具を使っているベル・クラネルは、その事をよく知っている。

 そして、もう一つ。椿がスランプに陥っている一つの理由であり、ヘスティア・ファミリアに入ったからこそベルが学ぶ事のできた内容が存在する。

 

 

「他の人と比べて自分の“度合”を知る事は、大切な行いだと思います。でもそれって、上を見たらキリがないんですよね」

 

 

 遠ざかっていると知りながら、ベル・クラネルが追っている一つの背中。本人が“(しつ)の悪いお手本”と吐き捨て、その更に上が存在する事を口にしていた一つの姿。

 

 

 掴もうとする距離は、見上げ瞬く星より遥か遠く。陽炎の如き不確定な存在は、見惚れはすれど、足跡すらも見えはしない。

 

 

 されど見上げるごとに強く光ると感じる一つの星は、間違いなくベル・クラネルの道標だ。トレーニングや実戦を含め、師から教わったことを守り通している理由の一つである。

 

 

 

「嘆いたところで、僕が変わることはありません。例え教えと違う所に辿り着いても、それは僕が築き上げたモノがあるからこそだと学びました。だから――――」

 

 

 

 故に行うは、己が行う事の出来る“精一杯”。来る日も来る日も、恐らくは冒険者を引退するまで続くだろうと、少年は茨の道を見据えている。

 道そのものは違えど最も身近なお手本としては、彼女がよく知るヴェルフ・クロッゾ。彼はベルと己の間にある質の差を理解したうえで、なんとかしてやると毎日の如く足掻き続けている。

 

 

 時には神や他者からヒントを貰うなど、他人の力を借りる事もあるだろう。しかしそれらを己の糧として取り入れカタチにする力とは、鍛冶師本人が持ち得る成長の力に他ならない。

 

 

「アイズが自分で選んだのですから、アイズにとっての最良の武器は、椿さんが鍛えたモノ。椿さんの渾身を籠めた一振りが答えであると、僕は思います」

「――――はっ、なるほど」

 

 

 椿の中で、先の思い返しが、今再び脳内に流れる。己が尊敬し敬拝する鍛冶の神、あのヘファイストスですらも、ここ最近は苦悩を重ねながら鉄を鍛えていたではないか。

 

 ならば自分自身も、ただひたすらに上を目指して足掻くだけ。幸いにも道標は近くにあり、腕を磨き続ける事について、迷う事はあれど、違えることは無いだろう。

 

 

「しかし、気持ちが良い。いやいや、愉快だ愉快だ」

 

 

 口を開けてケラケラと陽気に笑う姿は、いつもの彼女だ。そこに迷いは欠片もなく、瞳に宿るはオラリオ最高の鍛冶師としての自信と気合。

 胸の内に猛る炎は、ゆらゆらと情景を映し出す。まるで駆け出しの時のように懇々と湧き出る創作意欲は、いつの間にか彼女の中で少し薄れてしまっていたものだ。

 

 

「大変、参考になった。感謝するぞ、“悪魔兎(ジョーカー)”」

「お役に立てたのでしたら、何よりです。アイズの武器、よろしくお願いします」

 

 

 遠くを見る彼女の姿を目にして、ベル・クラネルの表情も自然と和らぐ。この後すぐにでも試作が開始されることだろうと考え、この呼び出しが長引かないよう、ベルは会計を済ませるべく伝票を手にして立ち上がった。

 

 

「任せておけ、死力を尽くす。お主も、ヴェル吉の事を宜しく頼むぞ。しかし、これは手前が預かる」

「え、いや、でも」

「冗談ではない、お主に払わせる事などできるか!」

 

 

 続いて椿も立ち上がり、先手でベルが手に取った会計伝票を奪い取る。そこは深層での戦闘経験があるレベル5の鍛冶師であり、ベルの油断も相まって奪還に成功していた。

 

 そのようなやり取りで微睡んだ空気だが、気持ちは別。互いに軽く手を上げて別れた二人は、それぞれが歩む道へと戻っていく。




ワチャワチャ前の真面目パート

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