食後暫くの休息を挟み、部隊は足並みを揃えて戦場へと舞い戻る。期待、不安、闘志など、各々が抱く感情は様々だ。
ブリザードが吹き荒れる極寒の地、超が付くほどの深層となる60階層に到達した地点。50階層より一瞬で到達した一行は、どのような戦闘を行うのかと、期待と不安が約半数。
各々が態勢を整えると、引率者より、各々に与えられる役割の説明が行われた。
「……えっ?」
各々で、多少は違えど。そのような疑問符が、全員が共通で抱いた感想であった。
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カーテンとは、向かいからの光や視線を遮る為のモノである。壁との違いとしては第一に厚みであり、容易に開閉できる事が特徴だ。
此処ダンジョン60階層においてもカーテンと呼べる代物は存在しており、それは59階層でも猛威を振るっていた極寒のブリザード。吹き荒れる雪の粒は視界を遮り、風が岩肌を吹き抜ける音は聴覚を奪っている。
このブリザードが猛威を振るう対象は、ダンジョンに住まう者も含まれる。訪問者と違って居るだけで体力を奪われることは無いものの、視覚と聴覚に影響があるのは同じ事。
故に、後ろから接近してきた者に気づかなかった。だからこそ、先制攻撃を頭の後ろに受ける事となり――――
『
ダンジョン60階層に住まうモンスター達は、激怒した。かくして氷の塊を投げつけてきた
鬼さんこちら、餌が逃げる方へ。後続が追ってきている事を確認したレヴィスは額に汗を浮かべており、息も既に上がりかけである。
探しに探してやっと見つけた、大規模な群れを持つモンスターの御一行。それらが誘導される先には、並の冒険者ならば驚愕の二文字を抱く光景が広がっていた。
それはまるで、超ド級の早食い、かつ大食いの双方を兼ね備える者が現れた厨房の様。そこに居る対象者食材を供給すべく、レヴィスは“釣り役”の一人としてダンジョン60階層を駆け巡る。
対象者がオカワリという呪文を口にする前に料理が出てくるならば、さして問題は無いだろう。食材と調理人の在庫が十分ならば、そのような対処も可能な筈だ。
しかしどうやら、食事する者は2チームとなるらしい。此度の提供対象は早食いファイターではなかったようだが、レヴィスはモンスターの群れと言う料理を提供すべく進路を変えた。
「今回は此方か。アマゾネス、処理しておけ!」
次の群れの捜索に意識を向け汗を浮かべるレヴィスより放たれたのは、無謀ともいえるキラーパス。押し付けられたパレードは盛況そのものであり、限定発売された新型ゲーム機に押し寄せる群衆の構図となっている。
狙いの品が“早い者勝ち”であることも、大きな要因の一つだろう。新たに見つけた冒険者を屠るべく、モンスターたちは奇声を上げながらダンジョンを疾走する。
「ちょっ、うええっ!?これ一人で!?ええっ!?」
選手交代とばかりに投入されたアマゾネス、ティオナ・ヒリュテ。すれ違いざまに去り行くレヴィスとモンスターの群れを交互に見るも、明らかに彼女一人で対処できる量を超えている。
「ティオナ、頑張、ろう……!」
「ぼ、僕も、援護します……!」
既に体力が尽きかけてヘトヘトのアイズと、まだ間一髪、最後の力は残っているベル・クラネル。明らかにキャパシティーオーバーと言える量のモンスターがパス・パレードされるのは、此度の60階層ではもはやお約束。
それでも身体は自然と戦闘に備えており、どう対処したものかと思考回路は悪戦苦闘。考える事も大事とはフィンの弁だが、先程まで釣りを行っていたティオナは狼狽える事しかできなかった。
とはいえ、オーバーしている分については処理役が仕事を行う。召喚されていたエンピリオンのガーディアンが駆け出し、余剰分を一撃のもとで処理するのだ。
とはいえ、どこかに皺寄せが来るのは
「そちら、あと何体いけますか!?」
「あ、あと3体ぐらいなら!」
まるで早朝の鮮魚店と見間違うかの如く、モンスターから魔石を摘出する作業が、そこかしこで進行中。僅かに空いたスペースに積み上げられるモンスターの数は、3の数倍はあるだろう。
「リリルカさん!次、そっちに死体どかすわよ!」
「わかりました!ラウル様、もっと手早くお願いします!」
「いやいやいやどんだけ来るんスか!もうこっち解体間に合わないッスよー!!」
そこは寒さも吹き飛ばす程に熱気に包まれており、最も熾烈を極める戦場だった。もしも状況を耳にしたものが居たならば「バカバカしい」と鼻で笑う事となり、のちに光景を目にしたならば目を見開き、全力で謝罪を行うだろう。
綺麗な瞳からハイライトを消しつつ指揮を執るリリルカだが、もうこちらのキャパシティーも限界だ。ベルを除くヘスティア・ファミリアの総出+ロキ・ファミリアの数名において、普段のダンジョンにおける戦闘よりも厳しい戦いへと挑んでいる。
ドロップアイテムとは、同一の種類だろうとも、個体によって形はもとより大きさも様々である。例えば58階層にて一掃されたヴァルガング・ドラゴンがドロップする鱗などが顕著であり、基本として全長1.5m程ながらも、個体によっては2メートルに迫る程のモノもある。
とはいえ、だからこそ問題だ。此度は物こそ違えど物量は凄まじく通常のバッグパックに収まらない点は明らかであり、仮置きするとしてもスペースを占領する。するとモンスターを処理するスペース、一時ストックするスペースも減る為に、状況は悪化する一方なのだ。
保険に保険を重ねて大量に用意した各々のバッグパックは、開始2時間で破裂寸前の様相に仕上がった。午後の部は仮に14時スタートとしても残り6時間あり、単純計算とはいえ今の3倍のドロップアイテムが集まることになる。
残業のやりすぎでお金よりも休みが欲しくなる心理現象、それと似たような感情が一行を支配する。そこに転がる1つ1つが数十万ヴァリス単位というドロップアイテム、及びそれによって構成された大金の山なのだが、今の各々にはガラクタにしか映らない。
「ぐっ……ぬうっ……!」
元々がドロップアイテムについては興味がなかった者の一人、猛者オッタル。まさか数時間ぶっ通しで極寒の地を走り回る羽目になるとは思いもよらず、珍しく心が折れかかっている。
自分が今まで誇ってきたモノなど、何ら関係のない単純作業。だからこそ生まれ出る疲労感は一層の事強く、強者と言えるレベル8の身体を蝕み動きを大きく鈍らせていた。
そして猛者は、気付いた。今の自分は珍しく、心身ともに、過去一番に疲弊している。
ダンジョンの50階層を目指してソロキャンプを実行した時も、ここまでの疲労は生まれなかった。まるで細胞の一つ一つ迄の力を使い切り、それらが休息を求めていると言える程。
レベル7になって随分と永かったが、久々に感じる、気を抜けば嘔吐してしまうのではないかという息苦しさ。それでも手足を動かさねばモンスターに襲われる上、“仕事が出来なかった”というレッテルが貼られてしまう事になる。
即ちそれは、女神フレイヤの名を汚すに等しい。ならば絶対に遂行してみせると、猛者は己の心と身体に鞭を打つ。
とはいえ活力が生まれるだけで、体力が回復するわけではない。それでもなおモンスターの群れを引きつれダンジョンを疾走することが出来るのは、ド根性から来るゴリ押しだ。
極寒の地だというのに浮かぶ玉の汗が増えたことを彼自身も自覚している一方、つい数分前に数十体のモンスターを連れ帰った場所は、すぐそこだ。恐らくは残りの“釣り”担当者も、順次モンスターを送り込んでいることだろう。
しかし、現実は残酷である。戻ってきたオッタルの目に飛び込んできたのは、かつて己が抱いた絶望すらも上回る光景だった。
「ま、全く、居ない、だと……!?」
「遅かったな、待ちくたびれたぞ」
「オッタルさん
「ぐぬぬ……!」
「いやアーデさん何オカワリしてるんスか!?こっちの事考えてくださいッスよー!?」
本日5階層でロキ・ファミリアを相手に呟いた言葉を返され、身から出た錆と言わんばかりに項垂れる猛者オッタル。後ろに居たモンスターは全てパス・パレードされたのだが、もちろん数秒と持つ筈もない。
ダンジョン内部において自らモンスターを誘き寄せるなど、通常の思考からすれば愚の骨頂。しかし、この方法を選択している明確な理由があったのだ。
内容は単純であり、モンスターを殲滅する速度が速すぎる点にある。移動しながらの狩りではサポーターチームの処理速度が間に合わない上に、モンスターが背後から襲ってきた際の対処も難しい。
加えて上記の方法では、鍛錬と言う側面の効果が薄くなる。これら様々な要素を考慮した結果、此度のような方式となったのだ。なお、残念ながら非一般人の範囲内で組み立てられたモノである。
ともあれ。かつてのように山を築くのが仕事と言わんばかりに敵集団を一撃で葬り去る光景は、味方すらも絶望の淵に叩き込む。タカヒロ一名に対してレヴィスやフィンを筆頭に10人体制でパス・パレードを実行するも、供給速度が全く追いついていないのだ。
「クッ、数が多い!」
釣りと呼べば単純作業かもしれないが、此処がダンジョン60階層ということを忘れてはならない。吹き荒れるブリザードは敵の接近を隠してしまい、釣りの最中に突発的な戦闘に見舞われることも少なくない。
走り回る為に疲れは溜まる一方であり、物理的な怪我ではない為にポーションから得られる効能も極僅か。栄養ドリンクに届くかどうかというレベルであり、少なくとも、体力の消費量には程遠い。
このように極限に疲れ切った状況下からの突発的な戦闘や、モンスターを釣る為に、ダンジョンの各地を走り回る。尋常ではない量のモンスターから魔石と素材を回収しつつ、周囲に気を配り、最も効率が良いペース配分を考える。それ等は今までに在り得ない、新たな経験そのものだ。
ということで、これらの行いもまた、しっかりと“経験値”としてカウントされているのだ。約二名を除いて各々が見せる必死な姿に御満悦なフレイヤは、もう片方のエンピリオンのガーディアンによって護られている為に安全地帯。
時折、可愛らしいクシャミを披露しているが、いくら厚着をして対策しているとはいえ生身には厳しい環境だろう。それでも光景から視線を逸らすことがないのは、彼女が望んだ情景であるが為に他ならない。
とはいえ、流石に限界というものは訪れる。釣り役として出ていった者達の半数がダウンした段階で一時休息となり、全員は再び50階層へと戻ってきた。
開始から、約3時間後の出来事。歩き続けた遠足のゴール地点でも元気な者が居るように、此度においても同様だ。ドロップアイテムの整理が行われる傍ら、タカヒロがジャガ丸を相手に実戦的な鍛錬を行っている。
あれだけモンスターを狩り続けてなお驚愕と言える動作を繰り返す光景に、呆れと尊敬という相反する感情が生まれるのは仕方のないことだろう。同時にジャガ丸の実力が丸裸にされており、各々はそちらについても驚愕の感情を抱いている。
ジャガ丸一体を相手にしたならば、全滅。フィンやガレスを筆頭にロキ・ファミリアの全員が同じ感想を抱いており、一方で、それ程の攻撃を見事に防ぎきる小手先に感動する。
実のところ暇つぶしと休憩時間も全員にとってプラスになる為にとられた行動なのだが、効果はてきめんと言ったところ。大の字に倒れる者や木陰に座る者など休憩方法は様々なれど、全員の視線が鍛錬へと向けられている。
お手本が両手に盾を装備している為に、そのまま真似をすることはできないだろう。しかし格上が見せる光景と自身のスタイルを結びつけることで、何かの閃きになればというのがタカヒロの本音であった。
休憩が始まり、乱れていた全員の呼吸も整った30分後。ひたすらに攻撃を敢行していたジャガ丸もスタミナ切れとなり、夏の暑い日に溶けた柴犬の如く、大地に向かって腹這いとなっていた。
「……師匠。それほどの戦いですと、どれほど継続する事ができるのですか?」
全員がふと疑問に浮かんだ、聞くに聞けない危険な内容。その点については抵抗が少ないタカヒロ一家のベル・クラネルは、打合せこそ行っていないものの、全員の気持ちの代弁者だ。
一言、「気にした事もなかったが……」と呟いたタカヒロは、リヴェリア宜しく右手を顎の下に当てて考える動作を見せている。暫くして回答が浮かんだのか、ベルが「まさか」と思っていた内容を口にした。
「適宜、数分程度の休憩も含めるならば、70時間程は実績がある」
「……あ、はい」
興味が浮かんだ少年は、廃人に聞いた事そのものが間違いである。てっきり尾ひれを付けて24時間かと思えば斜め上を行く数値が返され、ベルも並の返答を行う事しかできなかった。
勿論のこと二徹・三徹でのモンスター狩りなど、オラリオの基準には存在しない。額に手を当てるリヴェリアに気付く者は誰も居らず、バタンキュー状態のジャガ丸を気遣っているアイズは、そもそも聞いてすらいないようだ。
そんな中、おもむろに口を開いたのはリリルカ・アーデだ。どうやら、現在における途中経過を公表するらしい。
そう言えば主目標はドロップアイテムの収集だったなと、全員が手紙の内容に思いを馳せる。なんだか約一名のヤベー奴がソロプレイしている会場になりつつあるが、気にしなければ済む話だ。
「実は前回、これらドロップアイテムの収集を行っておりまして……それぞれの単価について、ヘファイストス様に訪ねておりました」
「うん?これらのアイテムが、既に地上に出回っているのかい?」
「いえフィン様。まだ出回ってはいないようで、予想の価格になります。まずこちらが――――」
次々と口に出される数十万ヴァリス単位の価格を聞いて、数人が思わず吹き出している。少し色を付けて100万ヴァリスという金額だけならば大したことは無いものの、問題は物量だ。
前回の釣りではベルとタカヒロの二名だけだったものの、此度は釣り役だけでも10名を基本チームとして構成されている。故に集まるモンスターの量は凄まじく、幸運持ちも居る為に、ドロップ量も前回同様。故に――――
「もし仮に全てヘファイストス様の価格で売却でき、そして数はあくまで目算ですが……嗚呼、魔石も目算として、これだけで、50億ヴァリスに達しているでしょう」
インフレどころの騒ぎに収まらない金銭感覚、もはや
これが計算上で少なくとも残り2回は繰り返されるのだから、単純計算で収入は150億ヴァリス。疲労の為に効率が落ちる事や供給過多による相場の下落を考慮しても、100億ヴァリスは堅いだろう。
ちなみに各ファミリアへの分配としては、ヘスティア、ロキ、フレイヤの順に6:3:1となる。これは参加人数や貢献度に応じたものであり、全員が協議・納得した上での配分だ。
仮に3セットを終えたロキ・ファミリアへの分配が30億ヴァリス相当だったとして、参加人数で頭割りしても一人当たり2億ヴァリスは超える事になる。無論のこと、過去最高をぶっちぎる程の時給であることは揺るぎない。
アイズがソロで3000万ヴァリスを貯めるのに1週間ほど掛かるのだが、このレートは無論のこと、24時間の殆どをダンジョンで過ごしていた彼女基準。そう考えれば、約13時~22時の所要時間9時間で割り算するところ、此度の時給2222万ヴァリスがどれ程のものか想像することが出来るだろう。
かつてベルとリリルカとの3名で時給800万ヴァリス程を叩き出した事があるので数字だけを見比べればインパクトが薄いかもしれないが、ロキ・ファミリアの取り分が3割であることを忘れてはならない。
分配比率6割というのは3の2倍と言う事を考慮すれば、もう語るまでもないだろう。これらを暗算できる者はタカヒロぐらいなのだが、ヘスティア・ファミリアのルーキー達に対して「一人頭、最低でも1億ヴァリスが報酬金額」とアッサリした口調で告げた所、全員が“ただの案山子”と化している。
そんなこんなで呆れ言葉も出ない一行は、誰にも盗られることは無いだろうと素材を50階層に放置して再び60階層へ。今回の釣り役に選ばれたベルが偵察に出向いたのだが、どうやら重大な問題があるようだ。
「師匠ー、敵がいないですー……」
リポップ待ち?だったら潜ればいいじゃない?
ということで、
それからは、疾風怒濤の時間が過ぎていった。結局のところ時価相当で約140億ヴァリス相当を荒稼ぎした一行は、
そして各々が活動を再開した翌日の早朝にはステイタス更新が行われ、何事もなかったかのような日常へと戻っている。その中に含まれると思われる一名、オラリオにおいて最も新しいファミリアの一つである主神は――――
「ねぇ、タカヒロ君?ちょっと、いいかい?」
どうやら物申したい事がある模様。様々な理由から“こめかみ”と“胃”をひくつかせる、竈の女神が居たとか居ないとか。