その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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187話 動き出す者達

 

 60階層付近で行われた、長く辛く険しい戦いが終わりを告げた翌日。各々の部屋で突っ伏している者が多いものの、第一級と呼ばれる冒険者たちは流石の回復力を発揮している。

 全力での戦闘を行うには程遠いものの、日常の業務ならば支障はない。例外としてレベル4のベルは完全に復活しているのだが、こちらについては規格外の範囲内だ。

 

 さっそく朝一でロキ・ファミリアは魔石分の幾らかを換金しに行ったらしく、おかげさまでギルドは朝から大混乱。続いてロキを始めとした幹部一行が、ホーム“竈火(かまど)の館”でぐったりとしているヘスティアを見舞いに来ていた。追い打ち以外の何物でもない。

 とはいえ各参加者に幾らかを分配しても資金の調達には十分だったらしく、さっそく動きを見せるようだ。武器や防具については昨日の今日で出来上がることもない為に、“追々”と言った所だろう。

 

 注文住宅を発注する際と同じ、と表現するには少し無理があるが、注文があって初めて、鍛冶師は各種素材を仕入れる事となる。そして既存の注文を処理したのちに、ようやく作成・検査、納品と動くのだ。

 此度の品質は第一級冒険者が扱うような代物のために、素材の入手難易度は輪をかけて強くなる。どこぞの自称一般人にストックされている素材については、事が大きくなりそうとのことで、極少量を除いて使われていない。

 

 ならば中古品は?となっても、そもそもとして第一級冒険者の為に作られる武器など、オラリオ全体の流通量からすれば、極少数。故に中古としても1ファミリアにおいて一振り二振りがあるかどうかで、かなり使い込まれているのが現状だ。

 つまり頭数を揃えるにしても心もとないどころか全く足りていない上に、品質もお察し。ならば、少し時間と費用は掛かれど全てを新造した方が最も最適と言えるだろう。

 

 

「なるほど。それで、全てを新規で発注するのですね。考えたくもないなぁ……」

「正直言えばウチもなぁ……せやかて探索型ファミリアやし、しゃーない事や」

 

 

 そんな話を聞いている新米ファミリアの団長、ベル・クラネル。何をどれだけ、とは聞いていないものの、あのロキ・ファミリアの面々をカバーする品々ということで、机の対面に座るベルは苦笑を隠せない。

 その横で「思い切ったな」「こうするしかあるまい」とでもアイコンタクトしている未来の夫妻は、いつも通りの運転だ。自分のデスペレートの何十倍もする金額になる事は分かっているアイズも、あまり顔色がよろしくない。

 

 

「ぎょーさん使うたで。〇〇億ヴァリスや」

「うわー……」

 

 

 その金額、ヘスティア・ファミリア予算の数百倍。ついでに言えば、数日前に稼いだ日給額。もうちょっと言うならば、ベルの隣に座る男が持ち得る総資産額における数百万分の1程度。

 具体的な金額を耳にして思わず手で口を押さえるベルだが、無理もない正常な反応だ。もしも他のメンバーが耳にしていれば、桁が違う金額を前にして、思わず口を開いてしまう事だろう。

 

 ついでに言えば参加者のステイタスも軒並み高い上昇量だったようで、それらの点も含めて、改めてロキやフィンからタカヒロに対して謝礼の言葉が述べられている。面と向かって言われ慣れていないのか、捻くれ者は相槌だけを行って眼前の紅茶に手を伸ばした。

 

 そんなこんなで場は一段落しており、暇とは無縁なロキ・ファミリア一行は、二人だけを残して帰っていった。残った女性の二名が誰であるかは、今更名を書き込むまでもないだろう。

 ある意味では、この4人で過ごせる事こそが、男二人にとって何よりの“報酬”だろう。少し広めなベルの部屋で、さっそく団欒タイムの続きと洒落込んでいる。

 

 

 話の内容は、いつもの如く世間話が大半だ。アイズの新しい剣についても「どうなるんだろう」と疑問と期待が半々の様相を見せるベルに対し、「見当もつかない」類の内容をリヴェリアが答えている。

 直後に話題はタカヒロが貸し与えている剣の内容となっており、本当に丈夫とはアイズの感想。いつまで使うかについては、新しい武器を衝動買いするわけにもいかないだろうから、暫く継続と言うことで話がついている。

 

 

「そうだ、リヴェリア。露店で面白いものが売っていて、買っちゃった」

「面白いもの?なんだ、それは」

 

 

 衝動買い、の(くだり)で思い出したのだろう。ジャガ丸くんを除いてあまり衝動買いを行わないアイズが何を買ったのか全く想像がつかないようで、リヴェリアは疑問符で応えている。タカヒロやベルに視線を向けるも、双方からは「知らない」と言いたげな表情変化が返ってきただけだ。

 ゴソゴソと少し大きめのバッグを漁るアイズは、相変わらずの薄い表情。数秒後、彼女が取り出して自身の両耳にセットしたのは――――

 

 

「じゃーん。今の私は、エルフです。わ~↑が~→」

「アイズ!!」

 

 

 アイズらしく声のトーンは低めなものの、先の弁当自慢の仕返しと言うことで、黒歴史をも掘り起こしてリヴェリアを揶揄っている愉快な行動。勢い良く立ち上がるリヴェリアに対して笑いを見せており、じゃれ合う姉妹の様相だ。

 

 ということで彼女が衝動買いした代物は、ヒューマン用の“汎用的エルフの付け耳”らしい。素材は不明ながらも幾らかの弾力性はあるようで、アイズは親指で保持しながら人差し指を使って羽ばたかせるように動かしている。

 

 

 しかし、その一方。「確かに面白いな」と呟き感想を残すタカヒロの横では、また違った反応が見せられた。

 

 

「アイズさん、いけません」

「えっ」

 

 

 その口調は、とても据わった様相だった。僅かに目を見開きつつ眉間に皺を寄せる姿は、ある種、途轍もない程の覇気を(いだ)いている。

 ここまで感情が乗せられていないベル・クラネルの声も含めて、タカヒロとて初めて目にする程に珍しい。そして口調と連動するかのように表情もまた感情が籠っておらず、自ら押し殺しているかの様。まるで、襲い掛かる雄の様相と表現しても過言は無い。

 

 

「そのアイテムは、外してください。僕は今、冷静さを欠こうとしています」

「……そう、なんだ」

 

 

 女神フレイヤがアップを始めたようです。仕事ですよ都市最強冒険者(ちゅうかんかんりしょく)、猛者オッタル。二次被害が生じる前に食い止めるのです。

 そして育ての親に似たのか恋愛一直線となれば色気がムッツリ気味なアイズも「……いいよ」とでも口にしたかったようだが、頬を染めて愛らしい表情を見せるだけで口に出せる勇気を持つことはできなかったようだ。もしこれが二人きりだったならば、結末も変わっていただろう。

 

 と言う事でアイズは大人しく装備を外しているものの、相変わらず真顔なベルに対する反応に困ったのか、とりあえずタカヒロに手渡す。タカヒロもタカヒロで「どうするか」と数秒ほど考えた後に、やはりヘイトをパスする方向に決定した。

 

 

「入らんぞ」

「だろうな」

 

 

 結末が分かっていながら手渡し受け取ったペアは、阿吽の呼吸。人前で露骨に笑いあう事こそ普段からなけれども、互いに“おふざけ”の状況を楽しんでいる。

 そのうちリヴェリアがタカヒロの耳に押し当てて遊びはじめ、逆サイドから照れ隠しでアイズが参戦。一時的に見た目がエルフと化したタカヒロだが、もちろん中身の一切は変わっていない為に実感が無いようだ。

 

 なおベルからすると、そのアイテムは可能ならば仕舞ってほしいとの内容だった。先程の妙な反応もあった為にタカヒロが一時的に預かる事となり、インベントリに放り込まれている。

 

 ドアを挟んでいる為に曇ったヘスティアの声が聞こえてきたのは、そのタイミングであった。

 

 

「ベル君、ちょっと良いかい?」

「はい、どうぞ」

 

 

 ベル・クラネル、女神の声で、元通り。どうやらヘスティアも復活した模様であるものの、普段の元気さとは、どこか一線を画す様相。決して目の前の男二名が吸い取っているワケではない筈だ。

 ともあれ、何かしら慎重さが必要になるらしく、口調についても落ち着いた様相だ。やってきた理由についてベルも心当たりがあるようで、あれの事かなと、脳内で考えを浮かべている。

 

 

「例の彼女、やってきたぜ。まったく。悪いとは言わないけどさ。どうして君が連れてくる子は、いつもいつも女の子ばかりなんだい?」

「ぼ、僕に言われても……」

 

 

 アイズから向けられる物言いたげな瞳を見ないようにしつつ、頭の後ろに手をやって苦笑対応。ベル・クラネルの十八番であり、これをされると、ヘスティアも溜息で返すしか道がない。

 とはいえ、受け入れるにしろ拒否するにしろ、ファミリアとして応対しないという選択肢を取るワケにはいかないだろう。リヴェリアとアイズも黄昏の館へと戻ることとなり、見送った二人とヘスティアは、そのまま執務室のような場所へと足を向けた。

 

 

「改めまして、リュー・リオンです。御面倒を、お掛けします」

 

 

 そこに居たのは、かつての戦いで疲れ切った一人の戦士(エルフ)。今の彼女にとって最も必要なものは、道を見失い冷えてしまった心象(こころ)を温める事。

 戦う理由を心中に掲げて新たに旅立つ為に、温まることが必要だと言うならば。炉の女神が治める家の中心で温まる事こそが、最も適した方法の一つだろう。

 

 幸いにも、そこには信頼できる者も在籍している。どさくさに紛れて告白紛いの言葉を向けてしまった白兎はさておき、もう片方の白髪のヒューマンは、根底の動機はどうあれ、彼女自身に答えを授けてくれた人物だ。

 要所だけを抜き出した、歯切れの良い凛々しい口調の余韻が僅かに部屋に残っている。エルフらしい立ち振る舞いと言える行いは、そこだけを見れば模範的なエルフと言えるだろう。

 

 ともあれ、それらについてはベルも察する事が出来ている。ヘスティアも含めて同様であり、だからこそ、二人はその点について、了承以外の口を挟まない。

 他の項目については、特に問題点は見受けられない。所々に「他のファミリアでも良いのでは?」という回答が混じっているものの、これについては誰しもが当てはまる割合だ。

 

 

「私が今よりも強くなる為には、ここヘスティア・ファミリア以外には、在り得ないと思います」

「……」

 

 

 確かに、短期間で過半数がレベル2になれる程の成長を見せているヘスティア・ファミリアならば、高レベル帯の成長も見込めることが出来るだろう。

 とはいえ、意味合いが大きく異なっている。勿論リューとしては、己に答えを授けてくれた者の下ならば、という意味合いだ。

 

 彼女とて、ヘスティア・ファミリアの団長がベル・クラネルであることは知っている。事のついでに、例の不審人物が副団長と思っていることだろう。

 しかし生憎と副団長はリリルカ・アーデとなっており、タカヒロは冒険者ですらない一般人。冒険者でないことは薄々察していた彼女だが、どうやら役職者ですらなかった事は想定していなかったようで、僅かに目を見開いて驚いていた。

 

 

 だとしても些細な事象に留まり、彼女がヘスティア・ファミリアに入りたい意思は変わらない。ヘスティアが主体となってヒアリングを進める過程において、リュー個人の範疇とはいえプランニングが明らかとなった。

 

 

「じゃぁ、今すぐに改宗(コンバート)というワケでもないのですね」

「はい。勝手重ねで恐縮ですが、酒場での引継ぎが終わりましたら、此方(こちら)でお世話になる想定です。ですので、もう暫くは、向こうで暮らす事になるでしょう」

 

 

 彼女なりのケジメだろう。心身共に数年にわたって世話になった、それこそ彼女にとっての“炉”が仕切る、賑やかな酒場。

 そこを去るというのに、昨日の今日で「はいサヨウナラ」など、誇り高きエルフが許せる筈があるだろうか。少なく見積もっても暇な酒場ではない為に、出来る限り業務に支障が生じなくなるまでは、動くつもりもないらしい。

 

 

「結成間もないヘスティア・ファミリアで、今すぐに戦力になることが出来ず、申し訳……あ、いえ、しかし……」

 

 

 そう。普通ならば最も問題視される事の一つなのだが、リューは言葉の途中で実態に気づいたらしい。

 

 

「そうですね……。戦力だけを見れば、既に過剰な程ですので、その辺りは大丈夫かと……」

「そうだね。ホント、過剰戦力もいい所さ」

「なる程、確かに」

 

 

 リューの言葉に対する二つの返答。三人揃って、顔と視線が、一人の男へと向けられた。

 

 

「……自分に顔を向ける理由は?」

「自然と向けてしまったよ」

「そうか、足りないならば」

「いやいやいやコレ以上はいいからね!?絶対だぞ!?」

 

 

 第二眷属と主神による問答、ここに終了。恒例のカウンターが展開され、ヘスティアは建築神ターゴの如く、全力でフラグを築く事となった。

 

 

「話を戻すぞ」

「あ、はい」

 

 

 残る項目は、彼女が持ち得る“戦う理由”。例えヘスティア・ファミリアが止まり木だとしても、ベルやヘスティアが強く気にすることは無い。

 しかし、ヘスティア・ファミリアで何を成すかとなれば話は別だ。仲間として迎える立場にあるベルは団長として、しっかりと聞き取り、判断を下す義務がある。

 

 ヘスティア・ファミリアで、何を成すか。ベルが口にした質問から数秒たって、リューは静かに口を開いた。

 

 

「ヘスティア・ファミリアに所属している同胞は、私にとっては“良い意味”で、エルフらしくないと聞き存じています」

「どういう意味ですか?」

 

 

 ――――エルフとは頑固であり気質が高く、それでいて他種族を見下し、排他的に接する種族である。

 

 これは、世間一般の評価を少し強めた言い方だ。されど声を大きくして否定できない現実もあり、リヴェリアが同胞たちに対して最も好ましく思っていない点の一つである。

 リューもまた、リヴェリア程ではないものの、エルフが持ち得る欠点の一つとして把握していた。とはいうものの、彼女自身もその傾向がある為に、徹底的に否定するような言動は見せていない。

 

 そんなエルフが、ヘスティア・ファミリアでは違和感なく他の種族と手を取り合うのだ。これは街中でも同じであり、故にオラリオのエルフの間では、何かと有名な存在らしい。

 理由は色々とあれど、一番の原因は、中層の入口ぐらいまでしか知らなかったルーキー達が突然と50階層へ突っ込まれたイベントだろう。死を彷彿とさせる環境においての本能は、くだらないプライドよりも仲間との協調性を優先する。勿論、リューがこれを知る切っ掛けは無い上に、開催は秘匿されているのはご愛敬だ。

 

 

 とりあえず、原因そのものはさておくとして。ヘスティア・ファミリアのエルフと自身を重ねたリューは、その光景が羨ましく映ったのだ。

 

 

 もう二度と届くことはないかつての光景は、どのようにして空色の瞳に映っただろうか。

 

 

 かつてオラリオの治安を守るために居た彼女が、当たり前と感じ。失いたくないと地下で願い、取りこぼした過去と未来。

 現実とは残酷である。本当に大切なものとは、失ってから気付くことも少なくないのだ。

 

 

「それはかつて、アストレア・ファミリアで、私の掛け替えのない友人たちが残してくれたものです」

 

 

 しかし、育て方が分からない。かつての元気な団長達ならば知っているだろうが、不器用なリューでは方向性すらも分からない。

 だからこそ彼女は、エルフらしくないエルフが居るヘスティア・ファミリアで学びたいのだ。リュー・リオンが持ち得る、彼女だけの戦う理由に他ならない。

 

 

「主神からの命令は、成し遂げることが出来ない様だな」

「――――はい、残念ながら」

 

 

 皮肉交じりに、タカヒロはリューに発破の言葉を掛ける。彼女は結局、主神から授かった最後の言葉、正義を捨てる事は出来なかった。

 

 

 それでも――――

 

 

「私は、仲間達から貰った想いをここで育て。もう一度、アストレア様のもとで咲かせ、根付かせたいのです」

 

 

 認可について、ヘスティアとベルの返答は一致する。こうして、今すぐとはいかないものの、リュー・リオンがヘスティア・ファミリアに加わった。

 

 

 

 

 

 ところで、リューが活動を再開する点においての最大の問題。以前、一度さておかれた、彼女に対して掛けられている懸賞金については――――

 

 

「ああ、その点は任せておけ」

 

 

 空気は凍り、全ての視線は約一名へ。各々は言いたいことはあるものの、どうにも言葉にするのが難しい。

 

 

「……タカヒロ君、何をするつもりだい?」

「まだ何も?」

 

「……クラネルさん。もしかすると、私の責任でしょうか」

「う~ん……。動き出したら、何かが起こるでしょうね……」

 

 

 綺麗に纏まったはずの場が、破壊される。例によって苦笑でスルーするベルの横で、オラリオにおいて一番ヤベー奴が起動しつつあるのだった。




備考:一度さて置かれた話⇒175話

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