その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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188話 支えてきた者

 

 オラリオにある、とある鍛冶場。既製品を展示販売するヘファイストス・ファミリアと異なり、オーダーメイドの武具に特化した鍛冶ファミリアが存在する。

 その名を、ゴブニュ・ファミリア。少し前までは“知る人ぞ知る”と呼ばれていたファミリアながらも、噂などで知れ渡り、今における知名度は高い部類と言えるだろう。

 

 基本として少し先まで製造予定が組まれており、基本として、飛び込みの依頼を受けることはない。少数精鋭のファミリアという点も影響しているが、職人気質の者達が集っている事が大きな要因の一つだろう。

 良く言えば“担い手が納得するまで作りこみ”、悪く言えば“コストパフォーマンス”で劣る。無論のことながら、同じ鍛冶師のランクと仮定した場合、仕上がり具合は頭一つ抜き出ている点が特徴だ。

 

 同業となるヘファイストス・ファミリアにおいては、余程の事がない限りは神自らが子の武器を鍛えることは有り得ない。神にとって“製造する”という行為そのものは容易いものの、それは子供達の“新芽”を潰す事に他ならないと、ヘファイストスは強く感じ取っている為だ。

 しかしゴブニュ・ファミリアにおいては、神自らが鉄を鍛えている。もっとも性能は周囲の子供たちの実力に合わせたものであり、抜きんでた性能を持ち合わせていないのが特徴だ。

 

 

 そんなゴブニュ・ファミリアのもとへと、少し大きな箱を持って訪ねてきたアイズ・ヴァレンシュタイン。熱気が残る一室で彼女の言葉を受けるは、一般的には老人と呼べる、髭を蓄えた男の神。

 

 

「そうか。お主自らが、決めたか」

「はい」

 

 

 鍛冶を司る神、ゴブニュである。鉄を打つ為に座る場所に腰掛けたままアイズを見上げ、淡々とした言葉を口にした。

 しかし此度にアイズが口にした内容は、いつか訪れるだろうと思っていた事。いや。彼にとっては、いつか訪れて欲しいと願っていた事でもある。

 

 

 とうとう決まったかと安心したかのような、ほんの僅かに見え隠れする安堵の心。そんな気持ちが載せられた声は、年相応の威厳のなかに優しさが溢れている。

 とやかく口にするつもりはないゴブニュだが、理由については気になるのが人情だろう。ゴブニュとは紛れもない神なのだが、ここオラリオにおいては、随分と人間味を帯びた一柱である。

 

 

「お主が振るう剣を誰が鍛えるかなど、ワシがとやかく言う事は無い。しかし、変わることになった経緯だけは教えてくれんか」

 

 

 そう言われ、アイズは今まで使っていたデスペレートを身体の前に出して鞘から引き抜く。予想していなかった光景に、ゴブニュの目が少し見開き、続けざまに細まった。

 

 

「折れた事が、理由じゃありません。切っ掛けには、なったけど……どうするか、悩んで出した、答えです」

「なるほどな。不壊属性(デュランダル)を持つ武器は、壊れることは無い。しかし――――」

 

 

 それが、オラリオという下界においての常識だった。ゴブニュという鍛冶を司る神が鍛えた一級品の剣であるデスペレートは、この属性(エンチャント)を持ち合わせている。

 

 

 しかし眼前のテーブル上に置かれているデスペレートはポッキリと折れ、メンテナンスと呼べる領域で修復が可能な状況とは程遠い。

 こうなってしまっては、最低でも打ち直しが必要だろう。不壊属性(デュランダル)を持ち壊れないはずの武器は、それほどのダメージを負ってしまっている。

 

 何れにせよ、鍛冶の神と謳われる己の目算が未熟だった事に変わりはない。しかし同時に、彼にとって、本当と言えるほどの誤算の類。

 

 

 だからこそ、下界と呼ばれる世界は面白い。このような事が起こるなどと、想定すらもしていなかった。

 

 

 とはいえ神としては面白い一方で、鍛冶師としては、そうはいかない。何故こうなったかを聞き出し、己の成長もさることながら、再発を防止することが彼の仕事だ。

 聞けば鍛錬の最中だったとの事だが、もしも命を懸けた戦いだったならば死に直結する事は明白である。子供たちが鍛える一振りを大きく飛び越さぬよう、またアイズにとって最良となるよう調整を続けてきたゴブニュは、どのような経緯の果てにデスペレートが折れたかを気にしている。

 

 

「一体、何をした?いや……どのような攻撃を行った。何故、そのような事を行わなければならなかった?」

 

 

 ゆっくりとして落ち着いた、しかし力強い重みのある口調と瞳。纏う威圧とも呼べる雰囲気は、錬鉄の職人という名称に相応しい。

 なお傍から見れば、孫を本気で心配する祖父そのもの。そんなゴブニュに対し、アイズは普段の調子で、要点だけを淡々と口にした。

 

 ここ1年は、特に強敵との戦闘が多かったこと。折れた直前は、色ボケパワー――――もとい、魔力をデスペレートに乗せた一撃でもって、今までで一番の、それこそ絶対に勝てない強敵に立ち向かった事。

 

 なおゴブニュの脳内では、“今までで一番の勝てない強敵との鍛錬”とは即ち“猛者オッタル”と変換されてしまっている。此方には、例の一般人及びその同類(ファミリー)の名は届いていないのが現状だ。

 これは、ロキ・ファミリアやヘルメス・ファミリアを筆頭とした情報規制の賜物である。流石に自称一般人がバラまいた深層の素材については幾らかが流れてきているものの、ゴブニュは己が持つ常識から、ロキ・ファミリアかフレイヤ・ファミリアが出所と捉えているのだ。

 

 

「この剣には、何度も、助けられました。私は、詳しくないから……打ち直しをやって貰っていた事は、分からなかったけど……」

 

 

 ピクリと、無骨な眉が僅かに揺れる。アイズらしい口調から出された言葉は、ゴブニュにとっては衝撃的に等しいものだった。

 なんせ、下界に降りてきてこそいるものの、神である己が隠蔽した打ち直しを見抜かれたのだ。デスペレートの一件と合わせ、こちらも想定にしていない出来事である。

 

 

「ほぅ、驚愕じゃ。相当に、目利きのできる奴が居るとはな」

 

 

 抱く悔しさに反して、口元は僅かながらも吊り上がる。言葉の通り、それ程の者がここオラリオに居たのかと、喜びや嬉しさといった感情が顔を覗かせているのだ。

 しかしよくよく考えれば、ロキ・ファミリアに見抜ける者はおらず、ならば繋がりのあるヘファイストスかと一つの意見に辿り着く。そうなのかとゴブニュはアイズに問いを投げるも、答えは予想に反するものだった

 

 

「えーっと……」

 

 

 “お父さん”と表現したかと思えば“アレ”と言ったり、アイズの中で微妙にブレている“自称一般人”の表現方法。そして此度も、どのように言ったものかと悩んでいる。

 なんせ口留めの一環として、リヴェリアからの指示によってロキ・ファミリアでは情報規制が施行されているのだ。タカヒロの情報とは、ロキ・ファミリアにおける機密情報の一角なのである。

 

 がしかし、そこはリヴェリア宜しく“難しい言葉”で規制を言い表してしまったのが運の尽き。他の者ならば他の言葉に変換する事ができただろうが、受け取り手がアイズとなればそうはいかない。それでも「言ってはイケナイ」という事実だけは分かっている為に、クリティカルな内容だけは口に出すことは無いだろう。

 

 

「ふ、普通!冒険者じゃない、一般人!」

「……鍛冶師か?」

「違う」

 

 

 結果として、このように不透明な回答となっている。アイズに対して岩が風化したかのような呆れた表情が向けられてしまっているが、これをゴブニュに非があるとしたならば理不尽だろう。

 

 どう頑張ろうとも、普通の人が見抜くような事など出来はしない。加えて「冒険者ではない一般人」の部分が嘘ではないと神の固有スキルと言っても良い“嘘を見分ける能力”で分かった為に、ゴブニュの中で混乱が広がっている。

 だからこそ基礎中の基礎である鍛冶師かと尋ねてみれば間髪を入れずに否定されており、此方についても嘘ではないらしい。それほどの者がここオラリオに居たかとなれど、ゴブニュの中で該当者が存在しないのは明白だ。

 

 

 見抜いたのが誰であるかは、鍛冶師としても神としても非常に気になる。しかしそれと同等以上に、アイズが携えている一振りに視線が自然と奪われた。

 彼女も視線に気づき、新しい剣をゴブニュに手渡す。彼は手に取って静かに30センチ程を鞘から引き抜くと、瞬きを含めた身体の動きを止めて見入っている。

 

 業火に焼かれた空気の流れる音が、聞こえるかのよう。パチパチと燃料が消えゆく音も含めて静けさに包まれる鍛冶場は、冬場の囲炉裏のような温かさを抱いている。

 

 

「――――見事、よい一振りじゃ」

 

 

 気づく者が居るかどうかと表現できるほど僅かに目を細め、口元の緩みに変える。神の一振りから比べれば例え絶対的な性能は低くとも、鍛冶師の塊が込められた一振りは、錬鉄の職人の目を奪った。

 

 そんな一言が、アイズにとっては嬉しかった。己が選んだ新しい鍛冶師が持ち得る力を褒められた事だからこそ、椿を疑うつもりはないが、間違っていなかったと安堵の心を持てるのだ。

 

 

 そして普段は鈍感なアイズながらも、ここ最近においては成長してきた事もあり、空気の境目を感じ取る。

 

 

 別れ――――いや。旅立ちの言葉を口にするのは、今なのだと。文面そのものは彼女らしく簡潔ながらも、両手を前で合わせ、規律正しい姿勢と共に口を開いた。

 

 

「今まで、本当に、お世話になりました」

「ああ、達者でな」

 

 

 背中に向かって下げられる頭から、ハラリと長い金の髪が垂れ下がる。言葉を背中で受け止めた男は口で返すも鉄を打ち続け、まるで興味を示さないかの様相だ。

 彼は面と向かって別れの挨拶を行うような神ではなく、そしてアイズが帰りやすい環境を作っている。新たな道へと彼女を送り出す側だからこそ、ゴブニュは、このような態度を見せているのだ。

 

 

 やがて扉が開く音が微かに聞こえ、一度だけ繰り返す。己以外の人気(ひとけ)が消えた工房で、ゆっくりと天井を見上げ、彼は小さく呟くのであった。

 

 

「5年とは、真、瞬く程度じゃのう」

 

 

 かつて己が剣を与えた一人の少女の旅立ち。ゴブニュが口を零したように、神々からすれば、5年の歳月など瞬くに等しい程度。

 しかし、一人の少女が成長するには十分な時間。かつてはモンスターを憎むことしかできなかった少女は、母親のように面倒を見てくれた一人と出会い、一人の少年と一人の何か、ソレが連れてきた一匹のモンスターと出会い、確実に成長を続けている。

 

 

「――――いかんな、気が逸れたか」

 

 

 直後に目に入ったのは、“今までお世話になった御礼の品”と言われ渡された少し大きな箱が一つ。中身を聞いていなかったが、この手の中身を訪ねる方が無粋だろうと結論に達しつつ、少し大きいその箱を手に取った。

 

 

 

「なっ、ぬっ!?」

 

 

 集中力の欠如により、気分転換もかねて丁寧な動作で開封したゴブニュは、叫びと共に目を見開いたままフリーズ体制へ移行。どうにも石像と化してしまい、動き出す気配が見られない。

 とりわけ初めて目にする素材、などという事はない。それでも、神にとって“瞬く間”に含まれる10年と少し前に、ヘラ・ファミリアとゼウス・ファミリアから買い取った素材が出てくるなどと、僅かにも予想する事が出来ただろうか。

 

 

 更には鮮度も第一級であり、どのようにして採取されたかは想像もつかない程だ。直後、混乱と共にヘファイストス・ファミリアへと突撃する事となる。

 なお、収穫ゼロ。ヘファイストスが何かを隠しているのは明らかだったものの、真相に迫る事は叶わず、詮索NGと言わんばかりに、追加で多数の60階層素材を渡され買収されるのであった。

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