朝食とは、人間が1日の活動を円滑に遂行するための栄養摂取。これを怠ったならば身体が必要とするエネルギー、主にブドウ糖の必要量を満たす事が難しく、判断力や集中力の低下を筆頭に、大なり小なり何らかの支障があるものだ。
朝食は王様のように、昼食は王子のように、夕食は貧民のように。この言葉が生まれた世界・時代においては医学・栄養学も含めてオラリオと事象が大きく異なるものの、
などと表現すれば仰々しいが、気負いする程までに意識するとなると余計なストレスを抱える為に推奨されることは無いだろう。人によっては朝食で食欲を満たす事を1日の楽しみとしている者もいるが、
食欲とは、三大欲求の一つである。朝一で可愛らしく鳴る事もあるお腹を満たす、その程度の感覚で十分だ。
「フンふふフーン♪今朝は何を食べましょうかね~♪トラトラトラ~、サンサンヨーン♪ポポポ~ン♪」
ここにも一人、地上で食べる朝食を楽しみにしている華奢なエルフの少女、レフィーヤ・ウィリディス。歌詞に疑義が生じる軽い鼻歌を流行らせた腑抜けの神が誰であるかは不明だが、鼻歌が生じる程に機嫌なのは、少し前に知り合った“黒髪の友達”と励む密かな鍛錬の成果が目に見えて現れている事が大きいだろう。
レベル的に第一級でこそないものの、実戦を伴った鍛錬をしている為に体力の消費量は凄まじい。だからこそ身体は回復で消費したエネルギーを求めており、こうして早朝の食欲に繋がっているのだ。
残る未解決の問題点を挙げるならば、今朝の食事は何を食べるか。流石のロキ・ファミリアとはいえ一食の献立は多くは無く3種類ほど。何日か後に同じメニューが出るパターンこそあるものの、カレー献立三日間保存の法則などが発動しない限りは基本として日替わりの為、飽きが来ることもないだろう。
「――――ムッ。ムムムッ、そう言えば~……」
一転して、頬を膨らませるしかめっ面。今日は、リヴェリアが主催する教導が行われる日付だった事を思い出す。ダンジョンや魔法に関する事ではなく、取りまとめて表現するならば、ファミリアの運営に関する内容が2時間ほどに渡って行われる想定だ。
だからこそ出席者も限られており、ヘスティア・ファミリアからはベルとリリルカ。ロキ・ファミリアからは、ラウルなど次世代の指揮官候補が参加する事となっている。
そしてベルと、例によってお邪魔する事となるタカヒロは、教導が始まる前の一足先に、ロキ・ファミリアの朝食に誘われているのだ。借りが溜まりすぎた事に対するフィンの発案であり、二人の“お相手”との場を提供する事でコツコツと返済するプランニングらしい。
はたして、完済までには何年を要する事なのやら。借りについては今後さらに増える可能性も否定できない為に、フィンといえど目を背けつつあるらしい。
そんな裏事情は知らないレフィーヤは、何やら食堂の雰囲気がおかしい事を感じ取る。止まった鼻歌と共に恐る恐る歩みを進めると、食堂からは、彼女もよく知る
「まだまだ自分の知らぬ事があるのは喜ばしい。だがしかし、こうも乖離があるとなれば問題だ」
「同感だ。いつか訪れる事があるとは覚悟していたが、やはり、お前と争うとなれば嘆かわしい」
――――えっ、何ですかこれは。
朝食、またの名を
一般的な夕食後~朝食までの約12時間を“断食”と呼ぶ事が適切か否かは、それこそ人によるだろう。いずれにせよ、火花を散らしている片割れが“ぶっ壊れ”だろうとも、食事の場の空気まで壊すことは間違っている。
「あ、アリシアさん、どうなさったのですか……?」
「レフィーヤ……」
返されるは、憐みの瞳。容姿や性格など多くの要素で“お姉さん”キャラを発揮する彼女の行いという事も相まって、生まれ出る悲壮感の物量は多大である。
一体、何が起こったのか。目線の先で散る火花が生じた理由について考えをめぐらすレフィーヤだが、ふと、机の上に置かれた朝食の献立に目が移る。
暖かなコーンスープと共に、パンとサラダと目玉焼き。皿の周囲に置かれた調味料と合わせ、答えについては、当の本人である夫婦の口から発せられる事となった。
「目玉焼きに添い遂げる調味料は、太古より醤油と決まっているだろう!!」
「いいやアルヴの森に醤油など存在しない!塩だと相場が決まっている!!」
――――うわぁ、心底どうでもいい奴ですぅー。
世紀の争いモドキの起源を知って、生暖かい目を向ける魔法少女。横に並ぶアリシアと揃ってしまった“4000万ヴァリスを溶かしたような視線”は、先に居る翡翠の髪のエルフが自分たちの王族であることを見ないようにしているのだろう。
波乱狂乱が当たり前となるオラリオにおいては、ほのぼのとした内容なのかもしれない。誰も物理的に傷付くことなく争いが終わるならば、なんと理想的で空想の結末だろう。
しかし朝の一発目から行われるとなればメンタルに対するダメージは過大であり、同時に各々の食欲も低下中。オラリオにおいて最上位クラスの魔導士と推定ブッチギリで最強の戦士が目玉焼きの味付けで言い争う姿は道化としては面白いのかもしれないが、関係者となれば悩みの種だろう。
「師匠ー……」
そして、少し遅れてやってきたベル・クラネル。「朝一番から何をクダラナイ事で争っているんだ」と言ったような内容を口に出すことは出来ないが、朝食前で血圧が低くブドウ糖が不足しているのか表情には出てしまっている。
少年としては何かと珍しい、3時のおやつが無かった時に子供が見せるようなションボリ顔の為に、横に居るアイズの中で甘やかしたい感情と口に出したら面倒ごとが加速するという葛藤が戦いの真っ最中。それでも、どうやらソワソワとした動作は消しきれないらしい。
ともあれ、今の一言でヘイトを取ってしまったベル・クラネル。そんな少年に対して、リヴェリアが言葉を向けた。
「
何をどのようにして言えばいいのか。マトモに考える事こそが間違いなのだが、どうにも言葉が浮かばない為に、ベルは一つの事実を口にする。
「ぼ、僕はマヨネーズ派なので……」
瞬間、二人の目が僅かに細まった。
眉間にやや力を入れた表情は、真剣そのものと表現して過言は無いだろう。表情と共に据わった口調から、悟りの言葉が零された。
「
「考え直せベル君。そんな組み合わせを継続したならば、ズングリムックリになってアイズ君に嫌われてしまうぞ」
「そういう極端な事例を出されると色々と困るので止めて貰えると助かります……」
サンドイッチを全否定するような発言だが、そこを拾う者は居なかった。
恐らく少しベルが太ろうともアイズならば受け入れるだろうが、男としてのプライドが許す筈もなし。
がしかし、今この場においては関係のない話である。言葉に詰まったベルは、困った時の十八番と言わんばかりにアイズへとボールをパスする。
「えーっと、アイズは、目玉焼きに何をかけるのかな?」
「私は、じゃが丸くん」
ベルからの連鎖でアイズの十八番が炸裂、じゃが丸くんとは一体。聞いた僕が間違っていたと言わんばかりに目を細めて天を仰いでしまうベル・クラネルに、アイズが頬を膨らませ猛抗議。
なにせ、騒いでいる片方が自分たちの王族であり、もう片方は秘匿されているとはいえドライアドの祝福持ち。故にエルフたちは口出しの欠片も行えず、静かに状況を見守るほかに道がない。
ただの夫婦喧嘩だと割り切って楽しむロキ・ファミリアの者達も、揃って苦笑気味の表情にて応援中。何の騒ぎだと様子を見に来たベート・ローガはクソデカ溜息と共に頭の後ろをかきつつ二度寝へと戻ってしまった為に、止められるとしたらロキぐらいの者だろう。
更なる
「チンケな争いじゃのう。フィン、お主は加勢せんのか?」
「うーん、僕はケチャップ派だし……」
「なんじゃ子供臭い。ワシはウースターソースじゃ」
「は?(ヘル・フィネガス)」
「ぬおっ!?」
いや別に男だけではなく、もちろん女性にもあるだろう。加えてケチャップon目玉焼きを否定された程度――――と記載したならば、更なる一波乱が生まれるだろう。
価値観とは人それぞれ。装備を否定したならば生まれ出る天の怒りがあるように、どこに地雷があるかは踏んでみるまで分からないのだ。
膨らむ
楽しみ具合は昼食も夕食も同様だが、その点についてはご愛敬だ。彼女から溢れる若々しい元気とは、比例してエネルギーを消耗する。
しかし今は、どうにも朝食が始まる気配が見られない。更には、フィンとガレスまでもが言い争いを始めてしまう始末となっている。
もしも何かの拍子で、あちらとこちらのバトルが合体してしまったならば、熱量は更に上がる事だろう。ティオナは相手に届かぬ小言を口にしつつ、アイズ宜しく頬を膨らませて可愛らしく抗議している。
「団長達まで何やってんのさー。朝ごはん、冷めちゃうよ~」
「ああ~、言い争う団長も素敵だわ……。目玉焼きにケチャップ、味の好みまで私と同じなのね」
「えーっ……」
妹ティオナの記憶にある限り、ティオネが目玉焼きにケチャップをかけていた記憶はない。先程のフィンの発言によって、脳に記憶されている己の好みの情報が書き替えられたのだろう。
暴走特急姉号。こんな状態になった姉にツッコミを入れてもマトモな答えが返ってこない為に、ティオナはスルー安定。しかし残念ながら、相手のティオネから問いが投げられてしまった。
「そう言えば、ティオナはどうなの?」
「え、胡椒だけど?」
「は?(
「ちょっ!?」
行われた姉妹のじゃれ合いは、難癖以外の何物でもないだろう。子供臭いと貶されたフィンならばまだしも、こちらは単に姉妹の好みが異なっていたというだけの話だ。
どうやら、回答がケチャップでなければ
「お前さんら、朝から元気やなぁ……」
バトルフィールドにおいてはダントツで年上となる神ロキ、頭をかいて呆れつつの本馬場入場。平和と呼べるクダラナイ言い争いを前に、持ち得るお祭り騒ぎ好きの血が騒いでいるのかは不明である。
ともあれ3か所で生じていた言い争いのヘイトを彼女が取った事実は変わりなく、それぞれの場所から顔と目線が向けられる。
「食事に限った話やないが、好みなんて人それぞれやろ?健康な範囲で好きなのを食うたらええやんけ」
ロキにしては珍しく、マトモな回答。好きな調味料をかけて食べるのが一番と、回答としても珍しくオトナなものだった。
各々にとって回答は腑に落ちるものだったらしく、各々は渋々とした表情を見せながらも言い争いの声を静める。どこか燻った気配が漂っているものの、それは持ち得る負けず嫌いの気持ちから生まれるものだ。
しかし「ならば」と、とある事が気になったフィン・ディムナ。興味本位で口にしたこの一言が、消えかかっていた場に油を注ぐことになる。
「じゃぁ、ロキは何をつけているんだい?」
「目玉焼きやろ?そないな調味料なんかつけへん、そのまま食うとるわ」
その後。かれこれ5時間にわたって調味料の素晴らしさを皆から説かれ、ゲッソリとやつれたロキがいた。
《 トラ・トラ・トラァ! 》
《 了解!・了解!・了解! 》