その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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恒例


191話 新人歓迎会

 

 ヘスティア・ファミリア。知る人ぞ知るオラリオで最もヤベー要素が揃った新米ファミリアにおいて、本日、一名の入団式と紹介が執り行われた。

 

 

「皆さん、初めまして。もしかしたら、お会いした事のある方もいらっしゃるでしょう」

 

 

 豊饒の女主人では基本として口数少なかったリューだが、それは今においても同じ事。とはいえ極端に無愛想ということはなく、物事を端的に話すと表現すれば妥当だろう。また、己が豊饒の女主人で給仕していた事については触れなかったが、もし知った者が居たとしても、問いを投げる事はない。

 彼女が“疾風のリオン”である事は、既にヘスティア・ファミリアにおいて知れ渡っている。一方で彼女が指名手配されている理由、端的に言えば闇派閥への復讐とそれがもたらした効果についても説明・質疑応答がなされており、誰しもが疑義を残していない。

 

 無論、そのような処置を行うよう言い出したのはタカヒロだ。彼やレヴィスとは違いオラリオにおいてリューは有名の為、知らないところから突然と漏れるよりはと先手を打った格好である。

 冒険者ギルドに登録する形式の正式な入団はもう少し先になるが、背中の恩恵(ファルナ)はヘスティアのものへと書き代わっている。恩恵を与えておきながら登録しないのは如何となるが、既に約2名の前例がいる為に誤差の範囲だろう。一般人として扱えば、ギルドが定めた決まり事に対しても問題は無い。

 

 

 ともあれ、このような過程を経て、リューは何事もなく入団を果たす事となる。

 

 

「しかしレベル4ってのも凄いけど、エルフってのも珍しいよな」

「言えてる。最近じゃエルフってだけで、どのファミリアでも引っ張りだこだからねぇ」

「同胞の入団を心より歓迎します。是非とも、ご指導ください」

「あ、はい。こちらこそ、頑張ります」

 

 

 迎える側にも気負いは見られず、エルフ達は相手が先輩という事で敬意を払っている程だ。

 

 軽く囲まれる状況に困惑するリュー・リオン、近接対人対応スキルはあまり高くないらしい。早い話が若干の人見知りである。

 

 

「それじゃーリオン君。このあと、皆で“歓迎会”をやるらしいぜ!いやー、ボクとしても美人のエルフな眷属が増えて嬉しいよ。冒険者としても一流って聞いてるぜ?皆への指導も、宜しく頼むよ!」

「えっ、あ、はい。ありがとう、ございます……」

 

 

 何かを察知していたヘスティアは、誉めるだけ誉めて防空壕(自室)へと退避する。超が付くほどの善神ですら、どうやら手に余るらしい。恐らく今頃は、全てを忘れて優雅な午後のティータイムに耽っているのだろう。

 しかしこの行いによって、結果としてタカヒロの秘密の一つを知らないままとなる。現実と向かい合わない事は簡単だが、問題を先延ばしにしているに過ぎないどころか、悪化させる可能性を秘めているのだ。

 

 

 一方で。場に残った先輩たちの反応は、皆同じ。

 

 

 漫画で示すならば「キラーン☆」とでもイントネーションが付属されそうな、目の光り具合。レベル1から3、ついでに言えばベル・クラネルも含めて怪しく光る瞳と心は、“送迎付きの歓迎会”という、ヘスティア・ファミリアにおける新たな“常識”に基づいたモノだ。、

 何事かと少し身を引くリュー・リオンがチラリと目を配ると、タカヒロだけは普段と何も変わらない。その横で互いに何かを言いたそうに身体を向かい合わせにしているレヴィスとジャガ丸はスルーするとして、タカヒロが通常運転だった為に、不思議と彼女の心も落ち着いてくる。

 

 

 過去を打ち明けた、18階層での出来事。予想外の戦闘も生じたが、おかげで彼女は、過去を乗り越えるための一歩を踏み出すことが出来たのだ。

 まさか、答えの一つを貰えるとは思っても居なかった。直後に出された“木刀”に関する要望については絶対に譲れないものの、それでも、感謝の念が尽きることは無い。

 

 

 燃料の尽きた機械に、燃料そのものを補給してくれたかのよう。だからこそ、リュー・リオンは再び走り出す事ができたのだ。

 

 

 幸せな時間に揺られ、夢を信じた。かつて仲間と共に焦がれた二度と忘れない情景に、色が灯る。

 これから紡ぐ新たな物語において、あの時の悲劇を繰り返さない為に。かつて仲間と共に焦がれた情景は、強くなるという戦うべき活力へ。

 

 

 己の前へと歩み寄るは、団長ベル・クラネル。少年らしい屈託のない笑みから、次の一文が発せられた。

 

 

「それじゃーリューさん。ちょっとだけ、目を瞑ってください」

 

 

 何か花束でもプレゼントされるのだろうか。そんな乙女のような事を考えるリューだったが、突如、トンと背中を押される事となる。

 

 意外な対応を受けて、何事かと目を見開く。すると眼前には、灰色の木々に囲まれた世界が広がっていた。

 

 

「ど、ど、どこなのですかっ、此処はっ!?」

 

 

 整った顔と濁りのない瞳が、湧き出る困惑と恐怖に耐えられない。普段は落ち着き据わった声もまた、らしくもなくオクターブが上がっている。

 

 もはやヘスティア・ファミリアの“裏の裏庭”となる50階層へと到着(リフト)したリューは、深層奥地の階層が発する、死と隣り合わせの状況を想わせるような感覚を初めて感じ取っていた。

 かつてタカヒロに向けられた言葉に対するカウンターは、未だ終わりを見せていない。こうしてヘスティア・ファミリアへと入ってしまったが故に団欒(イベント)から逃れる事は出来ず、リアルタイムでメンタルをゴリゴリと削り取られている。

 

 しかし、そう泣き言を溢してはいられない。何故ならば、彼女の前に居るレベル1やレベル2が、平然とした顔でピンピンとしているのだ。あろうことか、雑談に花を咲かせている程である。

 だからこそ、レベル4の終盤である己が深層の気配に負ける事など許されるだろうか。ましてや彼女の種族は誇り高きエルフであり、駆け出し達の前で、そのような失態を晒す事などあってはならない。

 

 

「クラネルさん、勝負です!!」

「へ?」

 

 

 生まれ出る幾らかの冷や汗こそ隠せそうにないが、迫りくる恐怖を跳ねのける――――ことはできず、落ち着く気配も見られない気持ちを白兎へとぶつける事となった。

 “疾風”だけに、事の手配は迅速に。そんなワケから生まれた二つ名ではないものの、状況は、ベルとリューが模擬戦闘を行う方向で決定する。

 

 

=====

 

 結論から言うならば、途中でジャガ丸がどこかへ向かい暫くして戻って来る事こそあったものの、今回の模擬戦闘はリュー・リオンにとって大きな収穫となっただろう。他のファミリアでは在り得ない、例えレベル4とて多くを学ぶことが出来る環境が、ヘスティア・ファミリアには揃っている。

 レベル4。ヘスティア・ファミリアにおいては上から3番目、なお冒険者としてギルドに登録されている面子からすれば団長ベル・クラネルと同等トップという、間違いなく高い戦闘力。もう少し詳細に語るならば、リュー・リオンとはレベル4において後半のステイタスを所持している。

 

 

 しかし現実に起こった戦いは、明らかに差がみられる足運びだった。

 

 

「っ――――!!」

 

 

 己の戦いを見せるどころか、どうしても攻めきれない。力・速度・技巧と様々な要因が絡んだ結果、リューは後手に回る一方の戦いが展開される。

 

 

「リオンさん、押されてるな」

「流石は団長、対人戦闘じゃ一段とキレが違う」

 

 

 過信が人を弱くさせる事など承知している半面、レベル4になって自惚れていなかったかとなれば、嘘になる。彼女のどこかにあった蒸発しかけの水滴のような心の驕りは、今この時において彼女が流す冷や汗へと変わっている。

 ともあれ、多少なりとも芽生えてしまう驕りの心は仕方がないだろう。第一級と呼ばれる一歩手前、レベル4。そこへと辿り着いた、全ての冒険者が通る道に他ならない。

 

 ましてや相手は、言っては失礼だが“急造”と呼べるスピードで成長してきた、冒険者になって1年にも満たない新米の類。

 嘘をまかり通すとは思えない為に、確かにレベル4としてのステイタスこそあるだろう、しかし経験則、即ち持ち得る技巧については“職歴相応”だと、リュー・リオンは手合わせの前から思っていた。

 

 

 しかし――――

 

 

「フッ!」

「!!」

 

「すげぇ。団長今、咄嗟に逆刃に持ち替えて打ち込んだぞ」

「その次に繋げる為か、なるほど……」

 

 

 刃が猛り、刃が躍る。見事に裏切られた己の心に生まれる焦りを示すかの如く、二本の刃は休むことなく跳ね続ける。

 交わるたびに鳴り響く甲高い金属の音色は止むことを知らず、広い階層へと木霊を残して駆け抜ける。もしもレベル1や2の冒険者が目にしたならば、たった二人による鍛錬と思うことは無いだろう。

 

 信じられないが、絶対的なステイタスにおいても負けている。更に輪をかけて信じられないが、持ち得る技量すらも圧倒的に負けている。

 舞い踊る二本のナイフが残す軌跡は、間近で見る程に柔らかく美しい。これではどちらが“疾風”かと疑義を持つも、そんな二つ名を気にする余裕など一秒たりとも残っていない。

 

 

「ハアッ!!」

「ッセイ!!」

 

 

 持ち得るスキルの一つ、“精神装填”(マインド・ロード)。攻撃のタイミングで任意に精神力(マインド)を消費することで、消費量に応じて力のアビリティを強化する彼女固有のスキルだ。

 持久戦には向かないが、少し格上の敵とも渡り合える強力なスキルの一つだろう。発現したのは随分と昔である為に、持ち得る効能の幅や精神力(マインド)との関係は、手足のように分かっている。

 

 

 それでも――――

 

 

――――っ!“精神装填”(マインド・ロード)を、使っているのに……!

 

 内心で、そう呟いてしまう。あろうことか、普段より多大な消費をしているというにも関わらず、相手が放つ一撃と同等の威力なのだ。

 リューを狙うどちらかの刃は、狙い済ます精密機械の如く、常に彼女のウィークポイント。言うなれば、攻撃時に生じる隙の一点を付いてくる。だからこそ無理な体勢で防ぐ他になく、力を入れることが難しい。

 

 無理をして反撃したと想えば、振るうわけではなく置いているのかと想う程のナイフに“流される”。結果として生じてしまう彼女の隙を相手が狙わないはずもなく、結果としてリューは更に大きなマインドを消費して対応せざるを得ない。

 “攻撃は最大の防御”という言葉を体現したかのような、剣撃の雨。かと言って単純な豪雨ではなく、一撃一撃で意味が違うが故に、ベルの攻撃は初見に近いリュー・リオンは、猶更のこと不利だろう。

 

 

 一方で、以前のジャガーノート戦においてリューの戦い方を見ていたベル・クラネル。広い目を持つ少年は、当時必死になってジャガーノートと戦っていた彼女を支援する為に、ベル本人もジャガ丸と戦いながらリューの戦闘力や癖を観察し見抜いていた。

 だからこそベル・クラネルは、鍛錬と分かりつつも無理に勝利を狙わない。己のステイタスに驕ることなく確実な勝利を得る為に狙っているのは只一点、精神枯渇(マインド・ダウン)による相手の“自滅”だ。

 

 攻撃を的確な位置と威力で当て、相手の攻撃を真正面から防ぐことは少なく、完全な受け流しはできないとしても的確にいなし、乱戦となれば相手の身体まで利用して的確に立ち回る。

 故にベル・クラネルは、ソロでの連戦という過酷な状況下においても無駄な力と体力を使わない。

 

 そして教わった内容は基礎であり、例え一対一の状況だろうとも応用できる。対峙する相手が一名か多数かの違いであり、此度においても少年は、持久戦において最も重要なことを実践することができていた。

 

 もっとも、それを“舐めプ”と呼ぶには語弊がありすぎる。スキルや魔法を含めたリュー・リオンの戦闘スタイルは、“疾風”と呼ばれる程の短期決戦型。

 力と力のぶつかり合い。真向から当たっては、簡単に勝つことはできないだろう。だからこそベルは持久戦へと持ち込むスタイルであり、リューもそれを感じ取ったからこそ、無理をしてでも攻めてしまう。

 

 

「くっ……!」

 

 

 湧き出る疲労に、整った顔が歪む事を隠せない。精神枯渇(タイムリミット)は近く、純粋な疲労だけを見てもピークに達している。

 決して負けない、負けたくないという気持ちが紙一枚で身体を支えている状況だ。この辺りの火事場の馬鹿力は、彼女が一流の冒険者である証だろう。

 

 

 それも、5分ほど続いた時。全く痛みの生じないベル・クラネルの一撃が、彼女の首筋を優しく撫でた。

 

 

 ナイフの背とはいえ、それは鍛錬だからこそ。これが実戦ならばどうなったかとなれば、火を見るよりも明らかだろう。

 パタリと仰向けに倒れる、リューの姿。荒げる息を隠す余裕もなく、彼女はベルを見上げ、敗北を宣言する。

 

 

「私の……負け、です」

「ありがとう、ございました」

 

 

 暫くは立ち上がることも出来ないだろう己に引き換え、目の前の少年はどうだ。息こそ荒さが伺えるものの、持ち得る闘志は開始前と変わらない。それどころか、集中力については増していると思える程。

 落ち着きをもって見直せば、相手が放ってきた一手のほぼ全てが最適と言えるだろう。そんな事が可能なのかと疑義が生じると同時に、そんな手もあったのかとリュー・リオンは気付きに至る。

 

 あえて下品に表現するならば、バケモノか。対人戦闘に特化している点については偶然とはいえ、ベル・クラネルが見せたスタミナ管理と技巧の高さは、疾風のリューと恐れられた凄腕の冒険者に対し、それほどまでの印象を植え付けたのだ。

 

 

「……見事だ、クラネル」

「お疲れ様です、ベル様」

 

 

 己が戦闘をしているかのような真剣な眼差しを向けていたレヴィスも、思わず称賛の言葉をかけてしまう程。続いてリリルカや他の団員からも、労いの言葉が向けられる。

 

 新たにヘスティア・ファミリアへと加わった者達にとって、この戦いは眩しすぎるものだった。冒険者ならば誰しもが一度は憧れる道を通る連続攻撃の雨、更には第一級冒険者、此度においてはレベル4同士による打ち合いなのだから無理もない。

 

 手に届くのではと感じる程に眩しい、彼等にとっての一等星。ベル・クラネルが繰り広げた鍛錬の光景は、冒険者の心を震わせる。

 無論、受け取り手はヘスティア・ファミリアのメンバーだ。ベルがどれだけの苦労を積み重ね技巧を身に着けたか、歩んでいる棘の道の険しさもまた、嫌という程に感じ取っている。

 

 

 ベル本人とて、嫌と口にする事は絶対にないだろう。しかし、文字通り嫌という程に学んできた師の教えは、少年が見せる軌跡(メモリア)の中で確実に花を咲かせている。

 技巧とは、ステイタスの上において咲く花そのもの。スキルの影響によって驚異的なステイタスの伸びを見せるベル・クラネルではあるものの、持ち得る技巧の高さと積み重ねてきた偉業の数々は、紛れもなく本人の努力から生まれたモノだ。

 

 幸せな時間に揺られ、貰ってばかりの日々を大切にし。幸せな時間を築く、そんな夢を信じ続ける少年の軌跡。

 

 まだまだ14歳という事もあり、決して大きくはない少年の背中。それを横目で追うリューの視界に、かつてのトラウマが映り、近づいてきた。

 しかし此度は、理由が大きく異なっている。手に持っているモノは彼女が今一番に求めていると示して過言は無く、例え飼い主の指示だったとしても、向けられる優しさは、彼女にとって暖かい。

 

 

「……あり、がとう。ジャガ丸」

■■■■(良いってことよ)

 

 

 ハラリと顔の部分にタオルを落とし、続けざまにポーション瓶を手渡すジャガ丸。どのようにして割ることなく手に持っていたのか疑問が芽生えるリューだが、ジャガ丸の優しさの前では些細な事だと言葉は胸にしまった。

 

 ともあれ、鍛錬はこれで一区切り。戦いの場が空いた事とベルに焚きつけられた事もあり、レヴィスはジャガ丸へと声を掛ける。そしてどうやら、ジャガ丸もまた同じのようだ。

 

 

「よしジャガ丸、次は私達の戦いだ」

■■■■■(かかって来いや)――――!!』

 

 

 剣と爪を互いに向け合い、二名の戦士は士気高々に戦いを宣言する。交差する戦意は周囲の新米達を後ずさりさせる程のものがある一方で、新米達は、ヘスティア・ファミリアにおいて上位二名がどのような戦いを繰り広げるか興味津々だ。

 例え目に映らない程だったとしても、何か一つでも得てやろう。普段の鍛錬は勿論、ロキ・ファミリアの上位陣と行う内容においても、彼等は常に貪欲なのである。

 

 

「では自分も出るとしよう」

■■■(どうして)……』

「……」

 

 

 なんの脈略もない輩が発する参戦の宣言。ジェットコースターのような乱高下を辿る戦意が、ジャガ丸とレヴィスに襲い掛かる。

 “出鼻をくじく”とは、このような事を示すのだろう。先の戦いに焚きつけられたのは彼とて同じらしく、ガチャリと鳴る鎧の音色が無常を纏い、50階層に響いていた。

 

 

 

 

それは人知れず行われていた、もう一つの出会いの影で。


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