その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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193話 異端は、どっちだ

 ヘスティアにとって新たな眷属となった、リュー・リオンに対する洗礼……もとい、歓迎会が行われた数日後。ヘスティアを経由して、タカヒロはウラノスから呼び出しを受けていた。

 会合の場所はいつもの通り、ギルドの地下に位置する祭壇のような空間となる。こうも他人が入り乱れているならば魔石灯ぐらいは取り入れた方が良いのではないかとタカヒロは思うも、他人の家に置かれている家具に口出しできる権利は持ち合わせていない。

 

 そんな場所へ向かうための地上の大通りは、バベルの塔へ向かうラッシュの時間帯こそ過ぎたものの、活気に満ちた光景は相変わらず。目的こそ人それぞれなれど、各々が日々の暮らしを謳歌(おうか)している。

 

 いつもと変わらない光景を流し見ながら、活気というバックグラウンドミュージックを、なんとなく意識しながら。タカヒロは、横を歩く一人の少年に対して、これから向かう場所に居る神の事を紹介していた。

 

 

「そのような神様が、オラリオにはいらっしゃるのですね」

 

 

 此度においてはウラノスからの要望により、団長であるベル・クラネルも同様となっている。闇派閥の件ならばタカヒロのみかヘスティアへと伝えられる為に、此度においてはタカヒロも理由が分からない。なお実の所、ヘスティアだけは事情を先に伝えられている裏がある。

 ともあれ、ギルドの地下へと辿り着くまでには多くの時間は要さない。相も変わらず暗く広大な空間に映える灯の下へと歩みを進めた二人は、並んでウラノスと対面した。

 

 

「よく来てくれた。持て成しはできないが、ゆっくりしてくれ」

 

 

 壇上に鎮座する椅子に腰掛け、ウラノスは普段と同じく静かな、しかし重厚な口調で白髪の二人を出迎える。続けてベル・クラネルの事は知っていると告げて簡潔な自己紹介を行い、フェルズがそれに続いている。

 これに対して元気よく自己紹介を行うベルに対し、二人の評価は好印象。とはいえ持ち得る偉業の数々は、もしも主神ならば胃痛の種になるだろうと察し、ヘスティアに対して同情している。

 

 

 そのようなやりとりも、あまり時間は要さない。当たり障りのない話を数分程して無音の時間が訪れた時、ウラノスは本題に入るべく口を開いた。

 

 

「ところで……」

「ああ、50階層に待機させている」

 

 

 タカヒロが言葉の終わりと共に軽く手首を持ち上げると、魔力とは異なるエネルギーが彼の横に出現する。リーク電流が発するスパークのような閃光が瞬くうちに2-3回にわたって出現したかと思えば、現れたのは高さ4メートルはあろうかという紫色の大きな光。

 早い話がワープポータル、通称“リフトポイント”である。オラリオにおいては西部とダンジョン50階層に固定出現ポイントが確認されており、タカヒロが出現させた移転先に対してデメリットなく転移できるという特出した能力の一つだ。

 

 

「……それが、“リフト”と呼ばれている能力か」

 

 

 話には聞いていたウラノスだが、こうして目にするのは初めてとなる特異な光景。神々がこれを説明したならば「ワープポイント」と説明する以外に想像できない光景が、常識の範囲に収まらないことは明白だ。

 魔術師だからか、フェルズも興味深げにリフトポイントを見つめている。そんな二人を不思議そうに見ているベル・クラネルだが、ベルにとっては、そう珍しいものでもない為に仕方がない。

 

 

 そして返事を待たずして、リフトから出現する一つの姿。リフトそのものが紫色の光を発している為に、ジャガーノートを象徴する紫の姿は、一層のこと不気味さを(かも)し出す。

 とでも表現すれば格好がつくが、実のところは“ペット役”。出現したジャガ丸はタカヒロの僅か斜め後ろに寄り添い、初めて訪れる場所でも落ち着いた様相を見せている。

 

 

 ウラノスに呼び出された対象の残り一名、ジャガーノート。リュー・リオンの件で18階層へ移動した時と同じ手法だが、今回はダンジョンの逆走は必要ない。

 それでも白髪の男二人と共に来ないのは、いくらギルド公認の許可印があるとはいえ、真昼間から街中を散策するには、その存在は目立ちすぎる為。見る者が見たならば、どれほどに“ヤバい”存在かは、一目見ただけで分かってしまうのだ。

 

 他にも理由は色々とあるものの、何せ飼い主もペットもイレギュラーの塊だからこそウラノスは取り扱いに細心の注意を払っている。そしてタカヒロにしろベルにしろ、ダンジョン50階層を経由してモノが移動される点について、どちらも疑問に思う様相を呈していないのだから猶更だ。

 しかし、実際にコレを目撃したからこそ、驚愕と混乱が生まれ出る。驚愕する点は色々とあれど、ペットを紹介するノリでジャガ丸を紹介された当時においてもそうだが、ウラノスからすれば、こうしてモンスターが忠誠を誓う動きを見せる事など想定外にもほどがあるのだ。

 

 

 そもそもにおいてモンスターとは、地上に住まう者達に共通する“敵”である。何のチョコ菓子とは言わないが“キノコ”を見つけた“タケノコ”のように、最後の一体すらも滅ぼすべき対象だ。オラリオの内であれ外であれ、この理は変わらない。

 万人に問いを投げれば、万人が同様の答えを返すだろう。親しい者をモンスターに殺された者ならば、モンスターを目にするだけで殺意が沸き上がる者も少なくない。

 

 

 だからこそウラノスは、此度においてベルとタカヒロの二人を呼び寄せた。ウラノス自身が行おうとしている事がイレギュラーの極みとも言えるレベルにある為に、あまり大々的に動くことなど出来はしない。

 ヘスティア・ファミリアという、主神の意に反して特殊な枠組みの中の範囲ではあるものの。そのイレギュラーを成し遂げた二人ならば、何か突破口があるのではないかと期待している。

 

 

「君達二人を呼んだのは、決して他の者にはできぬ頼み事があるからだ」

 

 

 白髪の片方は「また面倒事か」と思うも、一応はオトナである為に空気を読んで口には出さず。とりあえず相手の意見を聞く事とし、次の言葉を待っていた。

 

 

「君達は、そこに居るジャガーノートと」

「ジャガ丸だ」

「ジャガ丸です」

 

 

 二人から即座に入る、鋭いツッコミ。ジャガ丸自身も「違う」と言わんばかりに両腕を上げてプンスカモードである為に、妙な怒りが渦巻いている。

 ともあれ、それが良い方向に働くことなどありはしない。ウラノスはすぐさま訂正を行った。

 

 

「失礼した。君達は、私の予想を遥かに超えて、ジャガ丸と良好な関係にある」

 

 

 ペットを可愛がる事は、飼い主の勤めである。

 

 ではなく、ジャガーノートとは、曲がりなりにも“モンスター”と呼ばれる存在だ。ガネーシャ・ファミリアのように使役する事はあれど、その場合においても基本としては檻の中であり、監視も含めてガネーシャ・ファミリアの者が行動を共にする。

 そういった意味では、先のように50階層に放置、そしてそれを忠実に守るジャガ丸との関係は異端と言える。長年の課題をこうも簡単にやってのけた事に対して称賛を示したいところもあるが、成し遂げた者が普通から逸脱している為に“例外的に成功というパターンもあり”手放しでは喜べない。

 

 しかし幸いにも、“とある者達”を狙っていたイケロス・ファミリアは滅んでいる。なお事象については“美の女神がブチ切れた”という全くの想定外ながらも、結果的にはイケロス・ファミリアの全滅という最良に納まっている点は変わらない。

 そしてヘスティア・ファミリア、特にこの白髪の二名は、オラリオの治安を守る役目も果たしているロキ・ファミリアに対しても話を通しやすい。もしもの際にも融通が効く上に、なにより持ち得る実力については言わずもがなのお墨付き。

 

 

 過去一番と言える程に、条件は整った。ウラノスは、多少の胃痛(リスク)を覚悟しつつも、ここに可能性を見出し、とある事実を暴露する事を決意した。

 

 

 そもそもにおいて、オラリオの治安維持を担うガネーシャ・ファミリアが、何故モンスターを地上に運んでまでして催しを行うか。何故“怪物祭”と称してまで、モンスターを使った催しを開くのか。

 

 目的は、地上で生きる者がモンスターに対して抱いている脅威の意識を軟化させ、少しでもその存在を身近に感じさせること。それが、ウラノスという神が抱いている果て無き願いの一つなのだ。

 ジャガ丸という前例がある為か、白髪の二人に驚きの色は見られない。そしてウラノスとて全てのモンスターとの共存を望んでいるワケではなく、あくまでも、人に危害を加える気がない“特殊事例”が対象だ。

 

 

「ウラノス様。それって、テイムされたモンスターとの共存という意味でしょうか?」

「いや――――そうだな。君達ならば、“拒絶”する事はない筈だ。見てもらった方が、何かと信じられるだろう。フェルズと共に、20階層へと行ってくれ」

「20階層、ですか?」

 

 

 思わずベルが聞き返すも、確かに20階層とは、18階層や50階層などのように特別な場所“ではない”エリアとなる。アイズとペアでよく潜っていた階層である為に、森に覆われたフロアであることは、よく知っていた。

 そして他の同行者として、同じファミリアのリリルカとレヴィスがウラノスより指名された。冒険者ギルドから発せられる正式な通達こそないものの、半ば強制ミッションである旨をほのめかしている。

 

 ヘスティア・ファミリアの裏側の実力を無視したとしても、表側の実力を考慮すれば、例え結成1年とはいえ、既に簡易的な強制ミッションを受領しても不思議ではない。だからこそベル個人としては受けることを決め、フェルズと共に、一度ヘスティア・ファミリアへと戻っていた。

 なおジャガ丸は、再び50階層にて待機中。そして極秘ながらもヘスティア・ファミリアの中枢メンバーによって議論が行われ、少しだけ内容の、具体的には到達方法の改変があるものの、ウラノスからのミッションを受ける事で決定した。

 

 

 そして一行は、準備もほどほどに完了。そのまま20階層へと進行開始――――は行わなかった。ギルド地下からダンジョンへと直行していたタカヒロが20階層と50階層をリフトで繋げ、ジャガ丸を20階層へと輸送。

 更に続いては20階層とオラリオ西地区を繋げ、西地区で待機していたベル達一行を20階層へと送り届けている。リフトの話は聞いていたものの実際に目にしたフェルズに頭と胃袋が痛む感覚が襲い掛かる事になったのは、コラテラルダメージの一部だろう。

 

 

 ともあれタカヒロが居た地点は、20階層における人目につかないエリア。ここからは、フェルズの案内に沿って進むこととなる。

 

 

「フェルズ様。この先は何もない場所ですが、この道で正しいのでしょうか?」

「ああ、問題ない」

 

 

 地図と眼前の地形を交互に見比べているからこそ、リリルカの脳裏には疑問符が芽生えている。何もない場所へ向かった所でどうなるのかという純粋な内容と、一体何が待ち構えているのかという、恐怖と不安が混じった内容の疑問符だ。

 

 

「この先だ」

 

 

 とある一点を指さすフェルズ。しかしリリルカが言うには、公式に販売されている地図の上では“壁”になっている領域らしい。

 

 しかしフェルズが呪文の詠唱のような言葉を口にすると、バラバラと壁が崩れ去った。

 ダンジョンの内部に生じる壁とは違う、人工物の類。その先には、暗闇に包まれているものの、明らかな通路が存在している。

 

 

「むっ……見逃していたか」

 

 

 フードで見えないものの、露骨に眉間に皺を寄せるタカヒロ。19~21階層の調査の第一段階は終了したと認識していた彼だったが、この隠しエリアへ繋がる通路をピンポイントで見逃すという失態の為に無理もないだろう。

 なお一方で、この壁の向こうに居る者達からすれば何よりの幸運だったに違いない。もしも一戦を交える事となっていれば、全滅の結末は避けられないからだ。

 

 

 ともあれ、地図にすら“載せられていない”隠しエリアである事に変わりはない。フェルズというギルドの人物が知っているならば、冒険者の為にと載せられているのが本筋だろうと各々は捉えている。

 そのような場所へと歩みを進めるフェルズは手のひら――――ガントレットの一種ながらも、どうぞと言わんばかりに一行を向かえている。軽い身のこなしで先頭に位置を変えたレヴィスに続き、リリルカを護るようにジャガ丸が配置につきつつ、警戒しながら未開拓ゾーンへと足を進めた。

 

 

「下がれ。モンスターだ、数が多い!」

 

 

 レヴィスの叫びと共に、場が動いた。突如として多数、それも種類もまた豊富と言えるほどのモンスター達の雄たけびが木霊し、レヴィス達は咄嗟に武器を構える。

 

 

「何かしらの理由でフザケた威嚇をするのは結構だが、望まぬ犠牲への苦情は受け付けんぞ」

「しまっ!リド、彼等を試す真似は行うな!!」

 

 

 しかし実態を察知していたタカヒロの一言により、妙な空気へと変貌した。今の所は敵ではないと分かったからこその発言であり、今の状況において先制攻撃の大義名分がどちらにあるか理解したフェルズは、焦りを見せつつモンスター達を抑圧する。

 灯された数々の松明に照らされるは、レヴィスが口にした通り、数多と言えるほどのモンスター。人型、もしくは羽や尾などがあれどそれに準ずる者も居れば、完全なモンスター形状の者まで“モンスター”の粒度は様々だ。

 

 全てに一致しているとすれば、今この場に居るモンスター達は、人間に対して露骨な敵意を抱いていないという点だろう。だからこそレヴィスやベルも不気味に思っており、周囲を警戒しながら場が進む時を待っている。

 

 

 時を動かしたのは、蜥蜴人(リザードマン)の外観をもったモンスターだった。その横に降り立った、おしとやかな様相を示す人型の歌人鳥(セイレーン)らしきモンスターと共に、謝罪の為か少し頭を下げて“口を開く”。

 

 

「すまなかった、こんな物騒な出迎えになっちまってよ」

「えっ!?」

「モンスターが!?」

■■■■■(シャァベッタァァァ!?)

 

 

 言葉と共に目を見開いて、リリルカやベルが驚くのも無理はない。対外的にはただモンスターの叫び声となるジャガ丸の反応は、誰に理解されることもない。

 ともあれ各々は警戒こそ解いていないが、それは常識の範疇だ。何せ此処はダンジョンであり、如何なるイレギュラーが生じても不思議ではない。

 

 

「モンスターが言葉を発することは無い、などという道理はあるのか?」

「知らん」

 

 

 しかし一方で、全くと言って良い程に反応を見せておらず心身共にポーカーフェイスを貫くレヴィスとタカヒロ。二人して少しだけ顔を動かして視線を合わせると、互いに思っていたであろう内容を口にしている。

 

 

「ありますよ?」

「ありますね」

「そうか」

「ほう」

 

 

 ツッコミ役となっているベルとリリルカに対して数秒で納得したタカヒロだが、これには明確な理由がある。対象はモンスターではなくオラリオにも存在しないが、この点について語ることは無く口を閉じた。

 また、納得しているのはレヴィスも同じ。かつての地上においても言葉を発するモンスターなど見た事がなかったのは同じだが、俗に言う“ジェネレーションギャップ”かと思うも、どうやら思い過ごしだったらしい。

 

 

「ず、随分と変わった、地上のお方達ですね」

「ああ……。オレっち達を見ても、驚かないんだな」

 

 

 ツッコミ役は、もう一名プラスアルファ。異端人と出会った異端児は、異端と言える対応を前にして勢いを失ってしまっている。

 モンスターと呼ばれる自分達が会話した事に対してこそ驚きは見られたが、こちらから敵意を向けなければ平然とした態度を見せている。かつて受けたことのない穏便な対応だからこそ、モンスター達が困惑するのも無理はない。

 

 それに加えて、完全にペースを持って行かれている状況だ。こればかりはフェルズも予想していなかったらしく、会話のノリに付いて行くことも出来ていない。

 

 

「驚きはしていますが、そうですね……今まで何度も、強烈なのを見てきたので」

「強烈?」

 

 

 チラリと師を横目見るベル・クラネル、即座に苦笑いを発動してヘイトが向かないよう退避行動。しかし言葉を発するモンスターからの問いが止むことは無く、苦笑をそのままに口を開いた。

 

 

「僕からすれば、こちらの師匠の方が異端ですから」

「そうですね」

「違いない」

■■■■■(そーだそーだ)

 

 

 息ピッタリのベル、リリルカ、レヴィス、ジャガ丸の漫才カルテット。オマケついでにフェルズも首を大きく縦に振っており、満場一致で異端認定されたタカヒロである。

 

 

 が、しかし。タカヒロもタカヒロで、現在同意している者達に対して口にしたい事があるようだ。

 

 

「リリルカ君を除いて、君達こそ大概だと思うぞ?」

「えーっ!?」

「むっ」

「なにっ」

■■■■■■(∑(=゚ω゚=;)ガビーン)

 

「……何故でしょう。仲間外れにされたというのに、この生まれ出る安堵の気持ちは」

 

 

 自称ではなく本当に嘘偽りのない一般人からすれば、“ぶっ壊れ”と彼等の異端具合は、ドングリの背比べと呼べる域。恐らくヘスティアが居れば、ツインテールを上下に振り回すレベルで頷いている事だろう。

 そして当然ながら、リリルカ・アーデは名実ともに一般枠。突出した指揮系統能力は目を見張る所があるものの、今ここに居る他のメンバーの前には霞んでしまう。

 

 

 ウラノスが抱く理想に到達する為には、道のりは険しく長い事だろう。しかし第一段階として、こうして嫌悪の感情が芽生えることなく達成された会合は、紛れもなくウラノスの胃痛の種であるヘスティア・ファミリアだからこそ成し得た内容だ。

 

 

 やや話が脱線しているものの、嫌悪さを生まれさせない為と考えれば必要経費。決して“毒を以て毒を制す”的な事ではないと己を納得させるフェルズは、今の結末に対して不満はないと己自身を納得させる。

 

 

 オラリオ始まって以来の歴史的な交流は、始まったばかり。まだ互いの自己紹介すら終えていないものの、もう暫く続けられる事だろう。

 




マック Vs マクド

フアイッ!

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