その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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194話 異端児と異端人

 

 ダンジョン20階層における、オラリオの歴史においても千載一遇と呼べる歴史的な出会い。なんだか異端度合(レベル)の自己紹介に発展しつつあったものの、ここで空気がリセットされる。

 発起人は、ここまで案内しておきながら空気と化していたフェルズ本人だ。割り込みを入れるにしても至難の業とはいえ、会話を正常なベクトルへと戻すべく奮起する。

 

 

「と、ともかく先ずは、互いの自己紹介を……」

 

 

 なお、力強さは非常に小さい。ともあれ、よどんだ空気の入れ替えについては成功したようで、まずは自分からと言わんばかりに、リザードマンのモンスターが口を開く。

 

 

「オレっちは“リド”、見ての通り“リザードマン”だ」

「私は“レイ”、“セイレーン”です。始めまして、ベル・クラネル」

「は、始めまして……。冒険者でヘスティア・ファミリアの団長、ベル・クラネルです」

 

 

 異端児の代表と言える存在のリザードマン、名を“リド”と名乗ったモンスターの第一印象は気さくと受け取れる事だろう。想定にしていなかった展開を前にオドオドとした様子を見せるベルだが、この反応ですら、本当の一般人からすれば異常と言える。

 なんせモンスターとは、見かけたならば殺す対象。そこに救いの類は一切なく、これは遥か昔から行われ続けてきた、ある種の伝統とも言える行いだ。

 

 

 一般的ではない一般人2名が口にした簡易的な内容に続いて自己紹介が終わったリリルカは、再び地図を見つめている。この場所が特殊な場所であることを認識したこともあり、事情を知っているだろうフェルズに対して包み隠さず問いを投げる。

 

 

「フェルズ様、この場所は安全地帯(セーフゾーン)のように思えます。ですが地図に記載されていないのは、やはりギルドが……?」

「ああ、その通りだ」

「ギルドが、モンスターを庇っている……?」

 

 

 ベルが抱いた疑問も、尤もな内容だ。本来のギルドとは、ダンジョンにおけるモンスターを討伐する冒険者を“支援する組織”である。

 もしこの現実が安易に公の場へと出たならば、向けられる非難は相当のモノがあるだろう。ベルやリリルカはその事に気づき、だからこそ此度は極秘なのだと腑に落ちる事となるが、納得できたかとなれば話は別だ。

 

 先程は自己紹介こそ終えたものの、姿かたちは明らかにモンスター。そもそもにおいて彼等のことをギルドがどのように認識しているかすら分からない状況では、状況の整理も難しい。

 

 

「で。この摩訶不思議なモンスター共は何者で、ギルドは何を企んでいる」

 

 

 そのように考えていたのはレヴィスも同様で、彼女らしくストレートな質問を投げかける。今となっては隠すつもりもないらしく、フェルズはリド達が置かれている立ち位置を説明した。

 

 曰く、ダンジョンの内部における一般的なモンスター、つまり冒険者がいつも対峙している存在からすらも命を狙われる。そしてまた、冒険者からも同様に狙われているとの内容だ。

 後者については、意図的かどうかをさて措くとしても、当然と言えるかもしれない。見た目的には一般的なモンスターと全く区別がつかない程の為に、もしも紛れ込んでいた場合や連続戦闘の途中で相対したとしても気付くことは難しい。

 

 

「彼等の存在がいつより発生したかは、定かではない」

 

 

 ウラノスですら把握しきる事が出来ていなかった、ダンジョンにおけるイレギュラーの一つ。そして見つけてからも“排除”を行うことなく、こうして匿う様相を見せている。

 

 

「我々は、彼等の事を異端児と呼んでいる。全てが明らかになっていないダンジョンにおいても、極度の特異的な存在(レアモンスター)に分類される程の希少さだ」

ほう……?(.。゚+.(・∀・)゚+.゚)

 

 

 そんな彼等の紹介に含まれていた、禁句に該当する表現の一言。自称一般人の片方が、条件反射的な回答とヤル気を見せてしまった。

 

 これに対し――――

 

 

「ダメですよ師匠、ウラノス様の紹介です」

ほう……((´・ω・`))

 

 

 釘刺し役、ベル・クラネル。尊敬する師匠と頼れる父親役に値する人物が、こと幾らかのパターンに該当する時は暴走する事実ついて熟知済み。

 その者、ダンジョンで色々とやらかした前科も数知れず。特に前回の一件(寒中水泳)は斜め上が過ぎる事もあり、判断はベル任せとなるものの、リヴェリアから密かに“釘刺し”の依頼が行われていたのだ。

 

 息子に言われている為か、タカヒロはゴリ押しの気力も薄れたようだ。オラリオで過ごしているうちに、求めるモノが変わっている証拠の一つだろう。

 なお、もしも静止の発言者がリヴェリアならば露骨にスネるが、此度はベルの為に口調がションボリの反応。一瞬だけ立ち上がった“ヤル気”に反応して身体を震わせた異端児ご一行だが、直後、ほっと胸を撫で下ろしている。

 

 

「……本当にブレないな、お前は」

「タカヒロ様、流石に空気は読んで頂けますと幸いです……」

■■■■■■(怒られてるでやんす)

 

 

 皆の流し目と共にボロクソに叩かれる自称一般人は、逆ギレや八つ当たりをしない点はオトナな対応。もしもこの場にリヴェリアが居たならば、レヴィスと全く同じ言葉を口にしていた事だろう。

 持ち得る優しさからか言葉には出さないものの、ベルも首を縦に振って同意している。頬を僅かに膨らませており、明らかに抗議の意思を示している様相だ。

 

 

 男にとって四面楚歌、またもや満場一致の同意見。とはいえ彼に対して、その筋を曲げろと言う方に無理がある。

 

 

 その男にとっての、戦う理由の大きな一つ。心中の正義(メンヒルの意思(笑))は、そう簡単に崩れることなどありはしないのだ。

 

 

 ともあれ、本当に手を出されたならば更地になることは揺るがない。それこそ今すぐにでもダンジョンへと駆け出し、各階層を入念に調査して探し出すに違いない。

 無論、各地に居るだろう異端児からすれば、一方的にキラーから狙われるという体験型ホラー映画である。先のジャガ丸の呟きの後に「絶対にやめてくれ」と繰り返し念押しするフェルズに胃袋があれば、相当なダメージを受けていた事だろう。

 

 

「と、ともかく彼等は、地上での生活を望んでいる。そしてウラノスもまた、彼等との共存を望んでいる」

「はい。“地上への進出”、それが私達の共通の願いです」

 

 

 フェルズの言葉に、セイレーンであるレイが言葉を重ねて強調した。そしてどうやら、異端児と呼ばれる彼らは夢を見る事があるらしい。レイに続けて、リドが内容を口にする。

 

 

「夢を見るんだ。真っ赤な光が、デケェ岩の裏に沈んでいく光景をよ」

 

 

 しかしリドは、ダンジョンの中に生まれ堕ちて以降、今の今まで地上に出た事がない。口にした光景が“夕焼け”である事はフェルズから聞かされていたからこそ、自身は「以前は空が見える場所に居たかもしれない」と口にする。

 此処には、言葉を話すことが出来る者、出来ない者。人間の姿に近い者、モンスターの姿そのままの者など、分類するとしても単純には収まらない。しかしながらフェルズが言うには、地上への強烈な憧れ、執着とも表現できる程に強い感情は共通しているらしい。

 

 

「つまるところ、“汚れた精霊”と同じ目的か」

 

 

 発作的症状が収まったタカヒロから出された冷静かつ重い言葉に、フェルズの額に冷や汗が流れたような感覚が作られる。骸骨故に実際に汗が流れることは無いものの、今の一言は、それ程までに強烈だった。

 先の問題発言の次がコレかと呆れるレヴィスだが、彼女もまた、汚れた精霊を思い出して表情は険しいものがある。理由はどうあれ、目的が同じ事に違いはない。

 

 

 ウラノスが「ダンジョンで反転した」と表現した、汚れた精霊。その存在はタカヒロやロキ・ファミリアによって確認されており、伝説上の生き物ではない。

 そして、もう一つ。レヴィスの証言や歴代の書籍により、バベルの塔が出来る以前においては、数多の精霊がダンジョンへと潜っていたことも記されている。

 

 

 つまり、非常に大きな枠の視線で、二つの事実を合わせるならば――――

 

 

「根拠の欠片もない、あくまでも雑な仮説の範疇だが……ダンジョンで生まれるモンスターとは、かつて地上に居た精霊か」

「想像の域を出ない事は承知している。しかし……事実ならば、嘆かわしいな」

 

 

 思わず言葉を溢したレヴィス。かつては共に苦境を乗り越えてきただけに、何かと想う所があるのだろう。

 

 

「……戦士タカヒロ。汚れた精霊を、此処に居る異端児と同じと見るか」

「繰り返すが、雑な推察の域に過ぎない。しかし各々の存在が、地上を目指す行動を見せる点は同じだろう」

 

 

 推測と分かりつつもベルは言葉が見つからない。汚れた精霊の存在を知っている事もあり、タカヒロが示した推察に同意の感情を抱いているのだ。

 汚れた精霊については知らないリリルカに対して説明を行うと、彼女もまた、ベルと似た心境に変貌する。「雑な推察」と表現したタカヒロだが、完全に的外れという領域からは程遠い。

 

 確かに、かつて地上で暮らしていた精霊ならば。夕焼けの景色も、雨露に照らされる幻想的な光の情景も、目にしたことがあるだろう。

 それがどのような過程でモンスターとなり、外観も含めてどのような差が生まれるかについては推測すらも生まれない。そもそもにおいてモンスターの全てが精霊だと言うならば、通常のモンスターと異端児になる“住み分け”すらも全く不明の領域だ。

 

 

「さてフェルズ、話を戻す。要点だけを纏めると、異端児に対するウラノスの意向に賛同するか否か、という認識で宜しいか?」

「その通りだ、戦士タカヒロ」

 

 

 否定した場合のペナルティこそ提示されていないものの、向けられている意図の度合いが「賛同してくれ」という域に達しているのは、ベルやレヴィス、リリルカも気付いている。ジャガ丸だけは分かっていないが、ペットである為に問題ない。

 とはいえ、この依頼は将来的にヘスティア・ファミリア全体へと広がることは見えている。だからこそ皆はベルに対して視線を送り、回答を待っていた。

 

 何か不備があれば、師匠が口出しをしてくれるはず。少年故に、まだまだ難しい事は分からないベル・クラネルだが、自身が抱く考えを口にした。

 

 

「僕としては、賛同します。恐らく、師匠やリリ、レヴィスさんも同様でしょう。ですがヘスティア・ファミリアとしての回答は、もう暫く時間をください」

「分かった。ファミリアとしての回答となれば、主神や仲間達への説明も要る。内容の度合いからしても、仕方ないだろう」

 

 

 フェルズが差し出した右手を、ベルが受け取る。フェルズが骨であることは知っていた為に「引っ張ったら取れたりしないよね?」と呑気な事を内心で考えているが、逆に言えば、そのような思考が生じる程に気負いはない。

 

 

「ところでフェルズさん。彼等もモンスターということは、魔石を食べるのですか?」

「ああ。その辺りは、一般的なモンスターと相違ない」

「でしたら……」

 

 

 チラリと師を見上げる視線は、異端児たちの役に立ちたいという優しい心。そんな無垢な瞳を向けられたこともあり、タカヒロは塩漬けとなっている魔石の数々を取り出した。

 なお物量についてはお察しで、ダース単位を軽く飛び越す程のものがある。どこから取り出したのか見当もつかないが、そんな事を消してしまう程の光景によって意識そのものが逸らされていた。

 

 

「す、すげぇ……」

「こんな大量の、しかも、上質な魔石ばかり……」

 

 

 取り出された量は、人の数名が軽く埋まる程の山。口には出されないが全てが50階層より先で採取されたモノであり、上層に住まうモンスターにとっては、強くなるために喉から手が出る程に欲しい逸品の数々だろう。

 

 

 とはいえこの行為は、間接的ながらもタカヒロが協力することを示した証でもある。コレを本当に受け取っていいのかと勘ぐってしまい顔を合わせるリドとレイ達だが、産出者タカヒロは手のひらを示して「どうぞ」と言わんばかりの意向を示している。

 そうとなれば異端児たちは、感謝はすれど拒否の回答を示すことなど在り得ない。今回の供給だけでどれだけ強くなるかは言わずもがなであり、かつ、彼等が最も大切とする行動の範囲が飛躍的に広がるのだ。

 

 

「タカヒロ、と言ったな、ありがとう。これでオレっち達も、もっと深い所まで進むことが出来る」

「本当にありがたい事です。彷徨っている仲間を見つけ、安心させてあげたいのです」

 

 

 そうは言うものの、ダンジョンとは下層へと進む程に階層あたりの面積が広くなる。

 

 

 

 おかげさまで58階層を更地にした約2名+同行者リリルカの心にグサグサと突き刺さっているのだが、自業自得なので仕方なし。

 

 

 

 そして――――

 

 

「師匠。深層に居る、リドさん達のお仲間の探索は出来ないですかね?」

 

 

 異端児たちを想う優しい優しい少年、ベル・クラネル。のちに訪れるであろうロクではない結末が脳裏を過り、フェルズとリリルカの胃がキュッと締まった。

 悪気の類は一切なく、純粋な優しさを根底として発せられた少年の言葉。これを遮ることが出来る者など居る筈がなく、先の二人を筆頭に、タカヒロとレヴィスも総スルー。

 

 問いを投げられた本人に至っては、先程の失態がある為に拒否の選択も選びづらい。むしろ、マトモな感覚ならば名誉挽回と言わんばかりに為に動くだろう。

 

 

「そうだな――――」

 

 

 案の定、どうしたものかと真面目に悩む仕草を見せている。顎の下に軽く手を置く仕草がリヴェリアと似てきた点について知る者はおらず、一方でリリルカは、どのような爆弾が飛び出すかと気が気でない。

 穏便に収まるはずがない。今まで数々の危行を目撃してきたリリルカを筆頭に何が飛び出すかと考えを巡らせ、危惧していた者達の想像力に応えるかの如く、タカヒロは“解決策”を口にした。

 

 

「――――ジャガ丸、出番だ」

■■■(オッケイ)

 

 

 ――――聞こえますか、ヘスティア様。最悪の展開です。

 

 

 見えぬと分かりつつもダンジョンの天井を仰ぐ、ヘスティア・ファミリアの小さな一般人。ヘスティアが返事をするならば全力で止めてくれとでも言うだろうが、発端がベルの優しさであると知ればヘスティアとて過去一番に苦悩するだろう。

 ベル・クラネルの優しさを否定するなど、善神ヘスティアが出来る筈がない。故に、この先に待つ運命を迎える他に道が無いのだ。

 

 

 進むが地獄、留まるも地獄、もちろん退路など在りはしない。ならばいっそのこと、激流が荒れ狂う茨の道を進んでみてはいかがだろうか。

 


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