酔っ払い同士で行われた口喧嘩は暫くしてお開きとなり、場所は“
ペットと戯れるベルやリリルカの一方、読書に耽る一般人二名、今日の鍛錬を振り返りつつ時折タカヒロやベル、レヴィスに対して質問を行う新米達など、過ごし方は様々だ。先の4人も、問いが向けられた際はしっかりと答えている。
今回だけではなくヘスティア・ファミリアにおいては必要に応じて議論する事が多く、例え誰が相手だろうとも話し合える空気を作ったのはタカヒロとベルの二人だ。双方ともに「これはどうだろう?」などと大雑把な方向性を口に出す事はあれど、基本として、上の立場から決定を行うことは珍しい。
だからこそ問いを抱いた者はしっかりと考え、自分の意見を固めるのだ。下の者達にとっては大切な事であり、時たまタカヒロが口にする“心中の正義”を抱き、何かの為に戦う意思を根付かせる。
「――――みんな、ちゃんと考えてるね」
「そうですね」
『?』
ランクアップして二級、一級冒険者と育った時、何のために戦うのかと迷う事がない為に。それが仲間の為や、愛する者の為だったならば、どれだけ素敵な事だろう。
アイズ・ヴァレンシュタインの為――――だけではないが、彼女の横に並び恥じないよう強くなる。その為に戦うのだという少年は、スキルが発現した事も合わさって、飛躍的に強くなった。
アイズと恋仲にあることは知っているヘスティア・ファミリアのメンバーは、ベルがこの理由を抱いている事も知っており、スキルについては知らないものの「これが惚気パワーか」と恐れおののく程。それでも実際に目の前で急成長している人物がいる為に、両方の意味で羨ましく思っている者もいるのが実情だ。
そんな空気に、アルコール臭というメスが入れられる。
「たっだいまぁ、だぜーっ!」
「うわっ。神様、飲みすぎですよ」
『
ベルやジャガ丸が一瞬で分かる――――ジャガ丸については感じ取ったままだが、それほどのアルコール臭を漂わせて帰宅した神ヘスティア。コレを女神と呼んでよいのかはさておくとしても、自分たちの主神であることに違いはない。
それでも、状況が理解できるかとなれば話は別だ。アルコールに漬かっているから上機嫌というわけでもなく、明らかな怒りの感情が見えるために、全員が、何かあったのだと察知する。
そんな疑問については、ヘスティア自らが答えてくれた。竈にダイナマイトをくべるかの如く、全員を広間へと集めたのち、唐突もない一文を発している。
「みんなぁ、聞いてくれえー!ボクは、ロキと、
「ええっ!?」
「なんですって!?」
突発的な衝動だからこそ、何故そうなったかなどヘスティア・ファミリアのメンバーに伝えられているワケがない。ヘスティア・ファミリアのメンバー達は輪をかけて何事かと騒めきだすも、誰一人として理由が分からないのが実情だ。
「ヘスティア様、何があったのですか!?ほ、本当に、ロキ・ファミリアと
「ああ、そうさ!」
『
ヘスティアの発言を受け、ファミリアのメンバー全員は互いに顔を向け話し合わずにはいられず、相変わらずジャガ丸は何も分かっていない。普段、母なる優しさで自分達に接してくれた主神を信じているからこそ生まれた“信仰”は、本当に事が起こるのだという印象を与えてしまっている。
オラリオでは珍しく、別ファミリアだというのに非常に親密な仲だった。何か訳ありかと目論んだ皆だが、団長のベル、そしてタカヒロの“お相手”がロキ・ファミリアに居るだけで、何かしら金銭的な関係があるとも伺えない。
団員僅か二名、それも冒険者登録されているのは片方だけという時代に起こったロキ・ファミリアとのイベントは、相手の名誉を守ることもあり、今の新人達には伝えられていないのだ。
新たに入った団員達も、それを深掘る事はしていない。どうせタカヒロが何かやった結果なのだろうという100点満点中90点の答えは出ており自己採点も済んでいる為に、どこか腑に落ちてもいるのだろう。
そんなベルとタカヒロについては、もとより本当に争いが起こるなど欠片も思っていない。少し前に生じた目玉焼き戦争については例外とはいえ、今回の一件についてはヘスティアとロキの2名から突発的に生まれたものだと見抜いていた。
それは、平和を愛するヘスティアを良く知るベルとて同じ。だからこそ白髪の二人の眉間には力が入っており、これがヘスティアとロキに多量の酒を浴びせた結果だと直感的に感じ取っている。
二人にとっても、僅かに良しと受け取れるはずもない。二人の状態を端的に言えば「げきおこ」一歩手前であり、例えヘスティアが相手でも、相当の謝罪がなければ許さない程だろう。
何せ、二人の“お相手”と一戦を交えなければならない状況の一歩手前を作られたのだ。それが物語の結末である事を考えるだけで、はらわたが煮えくり返るのも無理はない。
「と・に・か・く!ボクは覚悟を決めたぜ!皆も――――」
気配や前兆があったかとなれば、突然だった。しかし今回においては状況が状況である為に、普段は寛容な性格でも怒りが芽生えるだろうと、酒に呑まれていない者達は危惧していた。
付き合いこそ短いが、他の団員も、ヘスティアが争いを好むなどと想定もしていない。一方で争いになる過程はどうあれ、白髪の二人が黙っている想定は難しい。
各々の心に芽生えた危うさは形となって表れ、瞬く間にして静まり返った館内は、一瞬にして気温が5度も下がったのかと思う程にヒンヤリとした空気に包まれている。それが傍から見ていた者達の感想である為に、蚊帳の中にいる己の主神がどのような状況にあるかは想像が容易く、一方で見なかった事にしたい光景だ。
「――――ヘスティア」
「ヒッ」
オレロンの激怒、ここに発動。名を呼ぶだけという超短文詠唱は、恐怖で顔が引きつるという、とても女神が見せてはいけない類の崩れた表情を作り出す。
激怒が向けられるは、ヘスティア一名。さながら、飼い主に怒られる悪戯好きの子犬と言ったような、可愛らしい光景などどこにもない。酒に溺れて騒ぎに騒いだ年貢の納め時が、どうやら到来を見せたようだ。
オラリオの誰が相手だろうとも瞬殺できる実力を持つジャガ丸が震え出し、強者であるレヴィスやベルすらも怯え固まる、絶対の気配。練達の武人の手によって、研ぎ澄まされた槍の先が突き付けられるような雰囲気すらも遠く重く、一種の禍々しい気配すらも見せている。
一瞬にして吹き飛んだ酔いと共に、容赦のない現実がヘスティアを襲う。神ですら分かる“死そのもの”が、彼女の首筋に大鎌を沿えていた。
「経緯を話せ」
「……わ、わかったぜ、タカヒロ君」
あのタカヒロが激怒しているという、珍しいとはいえ全ての方面において最悪の状況。こうなってはヘスティアに手立てなどなく、事のあらましを全て素直に口にするしか道が無い。
言い表せぬ恐怖が神の身を襲うも、出た錆に反応しているだけだ。その為にヘスティアは、ロキに付き合わされて多量の酒を煽り、かの言い争いに発展したことを自白した。
よりによってこのタイミングかと、タカヒロは珍しくクソデカ溜息を披露すると共に心底呆れた表情だ。溜息はベル・クラネルにも伝染しており、こちらも珍しく神妙な表情を隠そうともしていない。
それは、他のメンバーとて同様だ。言いたいことは皆一つ、ダンジョンの深層で動く時のような結束力を見せている中、タカヒロが口を開いた。
「皆、聞いた通りだ。此度の
そもそもにおいてロキ・ファミリアと戦う意思が全くない者が呟いた、妙に意味ありげなイントネーション。何事かと次の言葉を待つ全員に対し、タカヒロは続けて、皆が納得するであろう内容を口にするのであった。
「つまり、ロキ・ファミリアと組んで、ロキとヘスティアを倒す戦いだ」
「ちょっと待ってくれよタカヒロ君?」
「なるほど!」
「ベルくん!?」
「ヘスティア様。今回ばかりは、あの時の言葉は無効ですよ」
「リリルカ君までかい!?」
なるほど確かに戦争だ、手は抜けない。と、ヘスティア・ファミリアの全員は戦いを承知した。タカヒロが示した謎解釈は受け入れられたどころか、むしろ最善の回答との見方を示している。
「神様。酔っていたとはいえ、今回は見損ないましたよ」
「グフゥ!」
追い打ちとして、神ヘスティアに大ダメージ。あの優しい優しいベル・クラネルが口にする罵倒とは、彼女にとってはレベル100が放つクリティカルダメージに匹敵する威力で届くのだ。
無論、この言葉が出るのは、ベルが相当の怒りを抱いているからに他ならない。タカヒロと同じく、護るべきものに剣を向けるような状況を作られたのだから、例え酒に溺れたことが原因であっても許すことは無いだろう。
この一撃がトドメとなり、神ヘスティアは綺麗に倒れ気絶状態。ピクピクと痙攣している為に、虫の息はあるのだろう。
「どうしますか?」
「軒先に吊るしておけ、死んだ場合は何とかする」
「分かりました!!」
ベルだけではなく、リリルカですらもブチギレ一歩手前。色々とあったとはいえ、親密な仲を築いてくれたロキ・ファミリアとの戦いなど、彼女とて御免被るに等しい行為。
勿論リヴェリアとタカヒロの関係を知るヘスティア・ファミリアのエルフ達も“げきおこ”であり、リリルカを手伝う動きを見せている。こちらについてはロキ・ファミリア側も同じであり、争う気など欠片もない。
もちろん賛成者など一人としているはずもなく、しいていうならば、現在進行形でよく分かっていないジャガ丸が辛うじて中立だ。とはいえこちらも、飼い主が一言を発するだけで行動を決める事だろう。
「タカヒロさん、このあとはどうしましょう」
「酔っ払いの事だ、言いふらしてもいるだろう。暇に飢えた神々だ、無かった事にするのは難しい」
「ですが師匠。僕達は勿論ですけど、ロキ・ファミリアの皆さんも戦う気なんて無いと思いますが……」
「自分も同じ考えだ。そこで一つ、案がある」
吊るされたヘスティアの下で、タカヒロは考えを口にする。結果、「是非ともそうするべきだ」と言わんばかりにヘスティア・ファミリアの全員が賛同した。
回答が口に出された時、各々の瞳が怪しく光ったのは気のせいではないだろう。数分で目的達成の為の物資を配り終わったあと、タカヒロが続けて指示を出した。
「各位、グループを割り振る。まずリリルカ君、そして――――」
ヘスティア・ファミリアとしての始末をつけるべく、タカヒロはファミリアのメンバーを数チームに割り振った。ロキ・ファミリアには伝えられていないものの、非常に高い確率で賛同を得ると確信しての行動となる。
幸いにも交友関係が広いとは言えないヘスティアの為、少人数でも詮索は可能だろう。ミアハ・ファミリアやタケミカヅチ・ファミリアなどに派遣して、
そして最も怪しいヘファイストス・ファミリアについては、タカヒロ自らが参戦出場。このファミリアについては金よりも幾らかの素材をチラつかせる事が最も効果的であり、ヘファイストスもまた率先して情報の書き換えに参加してくれる事で決定している。
一方で、オラリオを西方向へと駆ける影が複数。ロキ・ファミリアの団長フィンは、リヴェリア、ガレス、アイズの3人を連れて、ヘスティア・ファミリアの拠点がある地区へと駆け込んできた。
道中、狙ってスタンバイしていたかの如き妙な位置で出くわしたフレイヤとオッタルに、これでもかと言わんばかりの憐みの目を向けられ。直後に手を合わせて合掌されたのだから、フィン一行の中で焦り具合は輪をかけて強くなっている。生憎だが、冥土の旅路をするつもりなど欠片もない。
「そろそろだ、戦いは無いって信じてるけど……」
「門、開いてるね」
夜だというのに開け放たれた正門は、来訪を予測していたかのよう。思わず門前で足を止めてしまうフィンだが、奇襲を僅かにも疑っていない上に“お隣さん”感覚のアイズは、三人を追い抜いて玄関前へと直行した。
今回ばかりはアイズの思い切りの良さに続く三人は、玄関先に居る人影にも気づいている。玄関前で誰かと触れ合うアイズに遅れて小走りで駆け寄るにつれて、風に揺られ空中に漂う影の正体を知る事となった。
「これは……」
「うーん、こっちもこっちで……」
「団員としては、同じ結論じゃのう……」
軒先に吊るされし、紐神式てるてる坊主。冷たい夜風に晒され星々の下で微かに揺れる白地に青いラインのコントラストが映える様は、“頭を冷やす”という言葉が相応しい。
色々と察したロキ・ファミリア3名は、てるてる坊主の下で苦笑しつつアイズとハイタッチしているベル・クラネルへと目を移す。武器も持たず、僅かにも戦意が見られない少年の姿は、ヘスティア・ファミリアの答えそのものだ。
更には、ヘスティア・ファミリアのホームで待機していたのはベル一人とジャガ丸のみ。持ち得る実力はさておき戦意を持っていないアピールの一つであり、意図はフィン達にも伝わっている。
「フィンさん、すみません。神様が迷惑を……」
「いや、気にしないで。こちらこそ同じだよ……」
結果としては、互いに「主神が迷惑を掛けました」ということでお咎め無し。相も変わらず何も分かっていないジャガ丸と触れ合うアイズに癒されながら、「困ったものだ」と、要らぬ苦労を分かち合うのであった。
「それで、実はですね……」
愚痴も済んだのち、先程タカヒロが口にした内容を伝えると、フィンたちも「妙案だ」と乗り気の模様。さっそく団員を派遣して、此方も各ファミリアへ口裏を合わせるつもりらしい。
此度の問題を解決するのは、一体誰か。後日ギルドより、
泥遊びだとでも思わなければ、やってられない盆休みでした。
皆さまも災害にはご注意を。