――――獲物だ。
ダンジョン52階層、片側2車線道路程の幅のある開けたエリア。3メートル程ある犬型のモンスターの群れは、一人で歩く冒険者を察知した。もっともこのエリアは水晶の影響によって明るい場所となっており、視覚での認知が可能である。
深層と呼ばれるこのエリアを一人で歩くなど常識で言えば自殺願望者に該当するのだが、そんなことをモンスターが分かるはずもなく、ただ獲物が来たと認知するのみである。5頭からなる群れは、気付かれぬようアイコンタクトで意思疎通を行った。
まずは、獲物を見る。首から肩まで覆う厚い首巻と思われるものを身に纏い、上半身・下半身共に重厚なアーマーと見て取れるものを装備している。獲物がキョロキョロと頭を動かしている様子は迷子となんら変わりは無く、目深なフードにより目元は見えず、鼻と口元が分かるのみだが男のように見て取れる。
メインである鎧が黒を基調とした装備となっているのだが、装備の色の変更システムがあれば、白を基調として濃い灰色を組み合わせる彼好みのグラデーションに変えていることなど知る由もない。彼の装備が黒いのは、好きで黒くしている訳ではないのだ。
そんなこともモンスターからすればどうでもいい、かつ知らないことであり、今はまさに獲物にありつくチャンスである。セオリー通りといえばそうなるが、冒険者の後ろ、5方向から飛び掛かることを決定した。
5頭が牙を向ける目標はそれぞれ両手両足、そして首。獲物の衣類には円錐型の鉄の棘があり防御と成しているのだが、大型の犬型のモンスターからすれば大して関係のない防御となる。52階層に住まうモンスターにとって、それはザラメの食感と変わりない。
リーダー格がゴーサインを出し、5頭は同時に距離を詰める。僅かに足音が響くものの、冒険者が放つ鎧の音や足音に比べれば無音に等しい。
時間にして、1秒程度。5頭は冒険者の部位に噛み付き――――
「ん……?」
呑気な声を出した彼が振り向く前に、ズドォンという重低音と共になぜか2メートルほど上方向に飛び上がった。もしくは身体が四散するゲーム特有の死に方であり、噛み付いた瞬間に報復ダメージにより絶命している。飛び上がった身体は、力なく地面に叩き付けられていた。
その死体を足先でつつく彼は、死体の中にキラリと光る部分を発見する。インベントリにあった適当な片手剣で切り開くと、拳より二回り小さいくらいの僅かに光る丸い石が、ゴロリと音を立てんばかりの様子で出てきたのであった。
他の4頭からも同じように見つかっており、彼はインベントリに仕舞うと何事もなかったかのように歩き出す。亜空間ともいえるソレは容量制限こそあれど、戦闘の邪魔にならない便利な存在。
そして彼の行動は、何か分からないドロップ品はとりあえずインベントリに突っ込むというハクスラ民のテンプレだ。なお、その手の代物はなかなか手放せないというオチまでがセオリーである。
ある意味ではダンジョンと呼ばれる、どこぞの駅の地下百貨店街に迷い込んだ時のように、彼はしきりに周囲を見渡す。相変わらず理由は不明なれど明るさはソコソコのものがあり、視界において不都合はないものの明らかに洞窟の類が続いている。
「何アレ、何なのアレェ!?」
人間らしき怒号にも似た悲鳴が聞こえてきたのは、そのタイミングであった。洞窟に反響してハッキリとはしないが、どうやら前方から聞こえてくるようである。
声に混じって軽い地響きも発生しており、彼が居るエリアに近づいてきていることは読み取れる。タカヒロは念のために2枚の盾を軽く構え、迎撃の態勢を取った。
「誰かいるぞ!」
「うえっ!?人!?」
女性が3人、自分に向かって逃げている。光景を目にしたタカヒロは、そのような単純な結論を内心で抱いた。
少女は片や腰上ぐらいまでのブロンドヘアーであり胸部と太ももの外側を防御する程度のライトアーマーと長剣を身に纏っており、表情は落ち着いていると言うよりは薄いように見える。かたや褐色で黒髪、幼いと表現できる少女は下着と見間違うかのような布地の少ない服を着ており、目も口も本当に慌てている様子を見せていた。
そして最後尾は、他二人より一際美しく顔とスタイルが整った女性。尖った長耳と奇麗な緑色の髪が特徴の凛とした目付きのその女性は濃い緑色がベースの膝下まであるロングコートに白いローブ、茶色のロングブーツに身を包む魔導士らしい外観であり、杖をもって息苦しそうに走っている。
そんな3人組のうち褐色の少女が発した声に対し、タカヒロは左手に持つ盾を前から後ろに動かしている。「ここは任せて逃げろ」と言っていることが読み取れるため、3人の表情が少しだけ明るくなった。
目の前の人物は、誰だか分からない。何やら身体の周りを無数のナイフらしきものがグルグルと回っているが、そこを気にかけている余裕は全くなかった。
はて、こんな人は“ファミリア”に居ただろうか。目の前にいる人物は“集団”や“家族”と言った意味を示すソレに属している人だったかと疑問を抱くのが、3人で共通している第一印象である。
それでも、こんなところ。ダンジョンにおいて前人未到直前である52階層に居るのは彼女達が所属する“ロキ・ファミリア”の人物だけだ。故に仲間の誰かだろうと勘繰り、自分たちの背中を預ける選択をする。
「気を付けて、酸を浴びると装備が溶けるよ!あなたも早く逃げて!」
「少しだけ足止め、お願い……!」
「すまない、必ずポーションは用意しておく!」
「了解した」
表情がそのまま口調に出たような会話が交わされ、女性3人は奥の通路へと消えてゆく。間髪入れず、3人が来た後ろからは大量の芋虫が……
そこに居た彼を轢き殺そうとして、やはり全滅する結果となっていた。汚い花火、第二弾の幕開けと終わりである。「いいかげん見飽きたな」とタカヒロが思うも、それはさておき……
「……はて、そう言えばどこかで見たような」
先ほどすれ違った3名を知っているはずがないのだが何故だか見たことがある印象を抱いた彼は、悩んでいても仕方ないと呟いて溜息をついて、彼女達が走り去った方へと踵を返す。
ま、いつかは追いつくだろう。とりあえず人が居たことに安堵して呑気に考え、まるでハイキングの気分で迷宮に迷いながら、時折現れる階段を昇るのであった。
『■■■――――!!』
「……チャンピオン級、と言ったところか」
すると2度目の階段を登ったところで視界が開けた時、雄叫びにならない声が響き渡る。辺り一面には準備半ばで撤退したかのような野営の跡があり、破壊し尽されているものの、そこそこ大規模な集団が居たことが伺える。立つ鳥跡を何とやらとは言うが、そんな風情とは程遠い光景だ。
50階層に来たタカヒロに向かって雄たけびを上げるは20メートルはあろうかという巨体の上半身こそ人の姿に似たソレだが、下半身は明らかに芋虫の類である。直感から、タカヒロは、今まで倒した……というよりは突っかかってきて勝手に自爆した芋虫は、コレが母体なのだと確信した。
彼が分類するモンスターのランクとしては、チャンピオン級。下から2つ目の格付けであり、普通のモンスターと比べて各種の能力は非常に高い。この上となるとヒーロー級、ボス、ネメシス、ウルトラユニークと存在しているが、ボス級以上は稀である。
先程のつぶやきに気づいたのか、相手は金切り声と共にこちらへと向かってくる。とても女王とは呼びたくもない醜悪な姿である上に、どこから声を出しているのか全くもって不明であるモンスターだ。
それに追従し先行する、さきほどから青年にカミカゼを行ってきた芋虫と同型の群れ。そんな集団の特攻を眼前にして、なお微動だにしない人間を目指したモンスター様御一行は――――
「■■■■■――――!!」
目の前の人間が発する空気の震える雄叫びを浴びて、全てが疾走を止め。反射的に、後ずさりしてしまっていた。
敵の決意を弱め集中力を乱す、血の凍るような雄叫び“ウォークライ”。このスキルは、対象のHPを一度だけ3割減らし挑発と共にヘイトを自分に向ける、ウォーロードが使用可能なデバフスキルだ。
なお、HP減少量はモンスターが持つ耐性により変動する。加えてウォークライに関するパッシブスキルの効果により、彼の雄叫びには詠唱を強制的に中断させる効果も含まれていた。
更なる付加価値としてスキルレベル12において対象が与えるダメージを5秒間25%カットしたりもできる、タンク職にはなくてはならないスキルでもある。しかし敵が尻込みしたことはタカヒロにとっても想定外の珍事であり、逆に呆気にとられることとなった。このスキルには本来、威圧効果はないのである。
とはいえ彼が今居る世界は、ゲームではなく現実だ。ゲームにおいてはデータベースにないことは絶対に起こらないが、データに縛られない現実で付加価値が生まれているのである。
いずれにせよ、相手に出来た隙であるために彼はそのまま攻撃を開始。いつもの相手を屠る調子で、バッサバッサとなぎ倒す。傍から見れば2つの盾を使う変則的なスタイルであり、通常ならば防御専門の立ち位置だ。
しかし訓練を積んだウォーロードの手に渡れば、盾はただの破れぬ防御というだけではなく手ごわい武器でもある。メイスと同じように殴打、薙ぎ払うようにする使い方を見せており、掃除も終わって50階層に平穏が訪れた。
振り撒かれる爆発する光の粉も、どれほど高品質な武具をも溶かす強力な酸だろうとその男には通じない。しいて言うならば掠り傷程度ができるかどうかであり、致命傷には程遠い。
芋虫を相手にし出してからドロップアイテムが落ちないものの、彼の内心は上機嫌である。理由としては、先ほど逃走劇を繰り広げていた3人のうちの一人にあった。
「ポーションとやらを確かめてみたかっ、ん゙ん゙っ!……いかん、本物を見て燥ぎすぎだ。ともかく、あの緑髪のエルフに騙されたわけか」
内心では本物のエルフを目にできて喜びつつ、やや隠しきれていないが咳払いで誤魔化しつつあくまで表面上は冷静に。武器を地面に向けて浮ついた心を隠すためにどうでもいい内容を呟いた彼は、咳払いをして後ろを振り向いて再び前を向き、異常がないことを確認する。
しかし、先ほどの3名こそが彼の中では異常なことだ。ゲームにおいて、あのような自キャラもNPCも存在しない。
ましてや、エルフというものは種族からして存在していないのだ。そう思うと心境は一転して嫌な汗が頬を伝うが、とりあえず現状を確認するべきだと振り払った。
その後、彼は再び51階層から54階層付近をウロつくことになる。そして、地面から生えてくる掠り傷程度にしかならないウザったい火球砲撃や極彩色のイモムシが他のモンスターを襲っていたことはさておき、大きく気を落とすこととなった。
いくら敵を倒しても装備の類はドロップせず、いくらかの素材のようなモノが落ちる程度。装備集めの結果として世界を救った男にとっては、ドライアイスのような溜息が出てしまう現状だ。
先ほど抱いた嬉しさもどこへやら。どこかは分からないこのダンジョンに絶望し、戦う気力は完全に削がれてしまっている。
とはいえ、ここがどこであるか分からないのも事実である。先ほどマップ画面を見た際に、リフト可能ポイントとして登録されていたとあるポイント。チャンピオン級を屠ったフロアの他にあった見ず知らずの町らしき場所を選択し、人知れずダンジョンから退場していたのであった。
・装備
武器(左右各一か所もしくは両手)、頭、上半身、下半身、肩、手、足、ベルト、ネックレス、メダル、レリック、指(2か所)
の合計14か所。例えば頭と上半身、下半身の装備をシリーズ物で統一させるとセット効果を発揮するものもある。
各装備にはコンポーネントと呼ばれるものを付与することができ、その場合はコンポーネントの効果を得ることができる。
似たような付与品として別枠で”増強剤”という枠もあるため組み合わせは無限大。装備のデザインセンスは……人によるんじゃないかな。