その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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なんだかんだ200話です。ご愛読いただきありがとうございます。
本作独自の繋がりと独自解釈の組み合わせがありますが、せっかくの二次創作ですので、ご容赦ください。


200話 血の繋がり・温もりの記憶

 

「……えっ?」

 

 

 長い睫毛を伏せ、顔を逸らしたままのリヴェリアから発せられた一つの事実。たっぷり10秒ほどの時間をおいて、ベルが口から出せた言葉はそれだけだった。

 

 あのリヴェリアが、そのようなブラックジョークを口にするとは思えない。故に言っている意味が、全く持って理解できない。

 それが、ベルが抱いた本心である。思わず隣のアイズを見るも、言葉の意味は知っているのか、リヴェリアと似て顔を伏せてしまっていた。

 

 

 オラリオにおける、間違いのない“大罪人”。数多の命を奪った闇派閥に協力したという、“人類の裏切り者”。

 あくまでも一例だが、オラリオと言う広大な敷地の影において、そのような呼び名があることもまた事実だ。今ここに四人の関係があるように、そのこともまた、決して空想などではない事実である。

 

 

 助けを求めるように、隣にいるタカヒロへとベルは静かに顔を向ける。目に映る姿はいつもの仏頂面は眉間に少しだけ力を入れてリヴェリアを捉えており、今の発言が事実であることを感じ取っている表情だ。

 

 ベルとてオラリオへ来てから一年と経っていない為に昨今の騒動までは知らないものの、闇派閥程度の存在は知っている。故に、それに味方するという行動が何を指し示すかも嫌という程に感じ取れた。

 オラリオというこの街に災いをもたらす、間違いなく“悪”と断言できる程の存在。己が唯一覚えている家族と相違ない存在が闇派閥に味方していたなどという言葉は、ベル・クラネルにとって受け入れられるものではなかった。

 

 

「そ、そんな……嘘、ですよね、リヴェリアさん……」

「……」

 

 

 深紅の瞳から、フレイヤが見惚れた光が消えつつある。信用できる者からの言葉であることと純粋であるが故に、ベルは言葉の意味を素直に受け取ってしまうのだ。

 とはいえリヴェリアからしても、それは実際に起こったことである。かつてアイズを相手に思うことを正直に伝えてしまった時のように、此度も歴史は繰り返し――――

 

 

「落ち着け」

 

 

 繰り返すかと思われた歴史は、同じ結末をたどらない。彼女と共に歩む男の口から出された据わった口調による一言が静かに、それでいて力強く響いていた。

 斜め下を向いていたリヴェリアもハッとして顔を上げると、発言者はティーカップを静かに口につけていた。青年を見つめる三人の目には、その者が何事もなかった様相を保っているようにしか映らない。

 

 しかし、だからこそ頼りになることを知っている。恐らくは出してくれるであろう言葉の続きを、只静かに待っていた。

 

 

「まずは、リヴェリアが知っている話を聞いてみようではないか。ベル君が決定を下すのは、それからでも遅くはない」

 

 

 例えば武器・防具について、いくら他人が“強い”だの“弱い”だの評価したところで意味がない。自分が使ってみれば評価が逆転することなど、あまり珍しくはない光景だ。

 だからこそタカヒロは、いくらリヴェリアから出てきた言葉とはいえ全面的に信用せず、己の考えを残しておく癖がある。かつてリューの過去を耳にした時も、木刀に目が眩んでいたとはいえ、あのような回答を残すことが出来たのだ。

 

 

 そんなことはさておき、タカヒロの口調は先程までとは一変し、今度は諭すような様相へと変化している。言い終えるとチラリとリヴェリアを横目に捉え、発言権を彼女へと与えていた。

 リヴェリアも口に出してしまった手前、ベルが知りたいと願っていたアルフィアについて包み隠さず話すことを前置きにしている。ベルも表情に力を入れて、リヴェリアの顔を見つめていた。

 

 まずリヴェリアは、そろそろ8年前になる昔に起こった暗黒期の全体像を駆け足で語っている。闇派閥による大規模な奇襲から始まり、オラリオの冒険者が総力を挙げて反撃した内容に続き、ダンジョンから這い出ようとした黒い竜型のモンスターを撃破したことによる収束。

 話を聞く限り、ダンジョンで2回程相手をした黒龍とはまた違った存在であるために興味がそちらに傾きかけたタカヒロだが、メンヒルの意思でもって元の方向に捻じ曲げている。一通り概要の説明が終わったところで、闇派閥が随分と昔から活動している点が気になったようだ。

 

 そもそもにおいて闇派閥とは、大小を筆頭に様々な悪を内蔵した、無数の“悪”と言える存在の集合体だとリヴェリアは口にした。目的のためなら手段を問わず、犠牲を問わず、傍若無人の振る舞いを見せる集団のことである。

 千年と言う長き時間にわたってオラリオに君臨し、活躍の影で秩序も守り続けてきた二大ファミリア、ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリア。これらが存在した頃から活動を続けている組織であり、オラリオにおける裏のファミリアと表現することもできるだろう。

 

 

「“静寂”の二つ名を持つアルフィアとは、その片方。ヘラ・ファミリアに属していた、レベル7の冒険者だ」

 

 

 ゼウスとヘラ。かつて三大クエストの二つに挑み撃破し、最後の一つ黒竜に挑んで敗れ去ったことは、書物だけの情報ながらタカヒロとベルも知っている。

 自分の伯母がそれほどの強者だったのかと驚愕にまみれるベルだが、それも仕方のないことだろう。ふざけた威力の超短文詠唱やリヴェリアの魔法すらも防いでしまう障壁など、新たな事実を知るたびに驚愕もまた大きなものとなっていた。

 

 しかし驚きつつも受け入れることが出来ているのは、輪をかけてフザケた存在が横に居る為。確かにソレと比べてしまえば、アルフィアすらも可愛いらしいものだ。

 

 その点はさておき、リヴェリアとアルフィアとでは所属しているファミリアが全く違う。そのために、リヴェリアが知る情報もあまり多くはないのが実情だ。

 知っているのは必然と漏れてしまうレベルや偉業・魔法に関する程度のものであり、スキルについては情報すらも流れてくることはない。今のヘスティアとロキ・ファミリアの関係でさえスキルについては基本として伏せられているとなれば、機密さを窺い知ることが出来るだろう。

 

 

「ともかく、その圧倒的に長けた才能こそが、彼女の強さの(みなもと)と言っても過言ではないだろう。故に彼女は、“才禍の怪物”とも呼ばれていた程だ」

「才禍の怪物とは、随分と大層な二つ名だな」

「正式な二つ名ではないのだがな。しかし私と同じ魔導士でありながら、レベル7の前衛職と同等の剣を振るえた程の代物だ。これは噂話程度だが、数回目にしただけでモノにしてしまう程らしい」

 

 

 曰く、ベル・クラネルの“ファイアボルト”を上回る超短文詠唱。それでいて威力は51階層の平均的モンスターを即死させる程だと言うのだから、文言だけ耳にすればチート以外の何物でもない。

 中衛の職業が護衛対象とならなくて良いだけで、どれだけパーティーへの負荷が減るかは語るまでもないだろう。そのような意味でも“並行詠唱”は重要とされているのだが、ともあれタカヒロは、別のことに気が回っているようだ。

 

 

「……なるほど。それ程の者と同じ血筋ならば、ベル君が持ち得る類まれな才能にも納得だ」

 

 

 別の方向と言っても明後日の方向ではなく、ベルに関した内容であった。言い回しはさておき、タカヒロをもってすら「異常」と評価するほどの成長速度を持っていることは事実である。

 母親からは優しさを、父親からは――――恐らくは何かを受け継いでいるはずであるベル・クラネルだが、それだけではなかった。その先代が持ち得たのであろう隠れた才能を、しっかりとその身に抱えている。

 

 ちなみにタカヒロの発言は、アルフィアが闇派閥に味方していたという言葉から遠ざける意味もある。その事実を見なかったことにするつもりはないが、ベルの心に余裕を持たせるための誘導だ。

 例えば自作した文書についても同様のことが言えるのだが、時間をおいて見返してみると当初の意図とは違って受け取れてしまう場合がある。感情においても似たようなことは起こるものであり、それを願っての対応なのだ。

 

 

 事実。今の一文は、ベルにとって嬉しい言葉だった。

 

 

 もう、両親の顔は覚えていない。唯一記憶にあるその者は肉親でこそなけれど、自分と血の繋がっている人物だ。自分に“母のぬくもり”を与えてくれた、掛け替えのない人物だ。

 故にベルにとっては、間違いのない家族である。そんな人が闇派閥に加担していたはずがないと信じて口を強く噤むベルを見てはいないものの、リヴェリアは続きを口にする。

 

 

「“全てが嫌になり絶望した。故に闇派閥と組んでオラリオを滅ぼし、神時代に幕を下ろす。”そんな理由で、“静寂”は闇派閥へと加担したのだ」

 

 

 かつてのオラリオで久方ぶりに対峙した時、アルフィアが口にした言葉の全容だ。

 少し険しい表情で口に出したリヴェリアは、表情を崩す様子はない。当時においては“落胆一つで都市を破壊する道理など無い”と表現したリヴェリアは、今でも同じことを思っている。

 

 

 オラリオで起こった大抗争の概要も分かり、そのアルフィアなる人物の概要程度は把握できたタカヒロ。そして同時に、7-8年前ならばアイズも居たはずだと思っているが、その点が口に出されることはない。

 今こうしてオラリオがあり、青年の横にはリヴェリアがいる。ならば当時における戦いの結末は、言われるまでもなく明らかだ。

 

 重い口調と共に聞いてみれば予想とは少しズレており、アルフィアとの決戦を行ったのはリヴェリアではないという内容だった。どうやらリヴェリアも、その者達から概要を聞いた程度のものらしい。

 

 かつてオラリオに存在した、正義を掲げる特徴的なファミリア。当時を思い返すように、リヴェリアは誰から聞いたのかを口にする。

 

 

「“静寂”の結末は、アストレア・ファミリアの者から聞いていた」

「アストレア・ファミリアって、リューさんの!?」

 

 

 驚きと共に口にしてしまって、ベルはハッと口を手で覆った。時すでに遅く、タカヒロから物言いたげな視線が飛んでいる。

 5年前に闇派閥が起こした騒動、及び残りを一掃するためにロキ・ファミリアも動いていた為に、リヴェリアも当時の情勢は知っている。復讐という形で“疾風のリオン”が暴れに暴れ、結果として“お尋ね者”になったことも同様だ。

 

 故に今のベルの発言は、ギルドのブラックリストに載っている“疾風のリオン”との関りを匂わせ……そして手で口を覆ったことで確定させる内容だ。

 

 が、しかし、当時のリューは“疾風のリオン”という二つ名で通っている。仲間内からも“リオン”と呼ばれていたこともあり、リューの名前は僅かにも広がっていないのが現状だ。

 当時においては、覆面にて顔の下半分を隠していたことも大きいだろう。故にリヴェリアはリュー即ち疾風のリオンだと結びつきができておらず、結果としてはセーフとなっている。

 

 ともあれアストレア・ファミリアは一人を除いて全滅したとされており、「リューとは誰だ」と言われた場合、このままでは話がこじれる。そう察したタカヒロは、リヴェリアが口を開く前に言葉を発した。

 

 

「さて、色々と情報が出てきたが……ベル君、最も重要なことだ。君は、アルフィア伯母さんのことを信じているか?」

「……」

 

 

 微かながらも脳裏に残る、幸せだった日々。

 同じ女性でも、一緒に居るアイズとは違った意味で好きな女性。母親の愛を知らないベルだからこそ、そう思ってしまうのも仕方のない事だった。

 

 

「確かにアルフィア伯母……アルフィアお義母さんは、口調も態度も厳しかったことは確かです。理由は……恐らくは病気だったのかと思いますが、そんなに永い間、一緒に居られなかったことも確かです」

「それ程までに昔から、重い病に侵されていたのか……!」

 

 

 ベル・クラネルは知っている。あの短い時間という幸せな裏で、アルフィアが行う咳の動作に微量の鮮血が混じっていたことを。

 思わず驚愕の声を上げたリヴェリアだが、反応を見せる者は誰もいない。彼女もまた「すまなかった」と詫びを入れ、聞き入る姿勢に戻っている。

 

 

「でも、怪我をして泣いていた僕を、抱きしめてくれました。一緒に手を握って、夕焼けの山道を歩いてくれました」

 

 

 ほんのりとベル・クラネルの脳裏に残る、忘れたくない、当たり前の幸せ。実親でないことは分かっていながらも、どこか母を想わせた雰囲気は、今もベル・クラネルの情景に一筋の光を残している。

 

 

「優し、かった……」

「そうか」

 

 

――――ならば疑い、事実を調査すべきである。

 

 それが、タカヒロが出した一つの答えだ。ベルの表情にも力が戻っており、アイズも安堵の表情で見つめている。

 

 手がかりが残されているかどうかは分からないが、結果としてアルフィアが悪だったならば。受け入れたくはないかもしれないが、ベルも一区切りをつけることができるだろう。

 まだ幼いベルはそこまで察することが出来ないため、教育もかねて、タカヒロはそれらのことを口にする。悲しげな表情までは戻らないものの目の光が消えなかったベルは、静かに頷いて返事とした。

 

 

「しかしタカヒロ、何故そのような考えに至ったのだ」

 

 

 一方で、リヴェリアの疑問も尤もと言えるだろう。もし彼女が己の発した言葉を耳にしたならば、到底、タカヒロのような考えは生まれないだろうと思っている。

 もちろん、タカヒロとて考えなしに口にしていたワケではない。タカヒロはリヴェリアが口にしていた暗黒期に関する内容にも耳を傾けていたが、一番は発生時期にあったのだ。

 

 

「ベル君が最後にアルフィア伯母さんを見たのが七年前、そしてリヴェリア達が戦ったのも七年前。暗黒期の結末とベル君の記憶から時系列を想定すると、ベル君が最後に出会ったのは、大抗争が起こる前、ないしは直前のことだろう」

「まさかタカヒロ、では“静寂”は……」

「オラリオを破壊しようと企む者、己の身勝手な考えで都市一つを滅ぼそうとする虚け者。とのことだが――――」

 

 

 リヴェリアが察した通りだ。アルフィアは大抗争へと参加する前に、甥のベル・クラネルが住む山奥へとわざわざ会いに行き、短期間なれど触れ合った事になる。

 

 ――――全てが嫌になり絶望した。故に闇派閥と組んでオラリオを滅ぼし、神時代に幕を下ろす。

 先ほどリヴェリアが口にした、このアルフィアの言葉とも釣り合わない。だからこそタカヒロも、次の一点について大きな疑問を抱いている。

 

 

「ダンジョンを管理するオラリオが滅んだならば、当時のベル君にも相当な危険が及ぶことは明らかだ。彼女が根からの悪だと言うならば……例え親族が相手とはいえ、先にベル君が口にした素振りを見せるとは思えない」

 

 

 ベルは言われてからハッとして気付いたものの、最初に抱いた疑いが確信へと変わってゆく。もちろん闇派閥に味方した理由を筆頭に、事の真相は闇の中であることに変わりは無い。

 

 それでも、師が気付かせてくれた一つの理由。それは己の伯母――――もとい、アルフィアお義母さんを信じるには十二分と言える理由。

 ある意味では、オラリオの古参冒険者に蔓延る“アルフィアは悪”という考えに対する戦う理由。少年が進む戦士の道と同じく、それは決して平坦な道ではないだろう。

 

 

 それでも、じっとしては居られない。7年前の最後に対峙したのであろうエルフに事の真相を聞くために、ベルは豊饒の女主人へと足を向けた。

 


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