その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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202話 見直す過去・見上げる過去

 

 

――――また、会いたいな。

 

 

 レベル4の後半である悪魔兎(ジョーカー)ではなく、14歳の少年が心に浮かべて当たり前と言える気持ち。アイズの柔らかい手とはまた違うシッカリとした手に己の手を握られる感覚は薄れてしまったが、目を閉じれば思い返すことができる程には暖かさが残っている。

 

 

 少年の記憶に残る、唯一の親族(母親)。本当の母親でないことはベル本人が最も分かっているが、それでもアルフィアという女性がそのポジションに居ることは揺るがない。

 リューが話してくれた結末を聞けば、死んでいる可能性の方が圧倒的に高いのは明らかだ。くどいとは自覚しながらも、ベルは希望が幻想で終わり現実を受け入れる時に備えて、そう何度も自分に対して言い聞かせている。

 

 

「リヴェリア。大抗争に関係していなくとも、アルフィア伯母さんの情報は、他には無いのか?」

「そうだな……ではリュー・リオン。お前は、三大クエストのことをどこまで知っている?」

「ベヒーモスでしょうか、リヴァイアサンでしょうか」

「後者だ」

「リヴァイアサンとの戦いですと――――」

 

 

 かつて有名だったアルフィアの情報は、リヴェリアもいくつか持っている。その中の一つ、三大クエストの一つとなるリヴァイアサンとの戦いについての情報が口に出された。

 もっとも質問形式ということで、答えたのはリューだ。冒険者ならば知らない者はいない程、三大クエストと呼ばれるものは有名な内容なのである。

 

 ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアの連合軍で挑んだ、太古の戦いの再現。二つのファミリアは見事リヴァイアサンを打ち取り、元々が有名だったものの、輪をかけて世界中に名をはせることとなる。

 

 

「その通り、今では幾つかの書物にも書かれている内容だ。しかし実は、大団円の結末とはならなかったらしい」

「そうなのですか、リヴェリア様」

「ああ。大団円から漏れた中に、トドメを刺した“静寂”の一件も含まれている。戦いが終わった直後から、戦線に現れなくなったらしい事もな」

 

 

 もっとも当時、ロキ・ファミリアはリヴェリアも傍観する程の戦力がなかった為に見たわけではなく情報だけだ。ともあれ、その情報を知る者もまた非常に限られているとの内容が付け加えられていた。

 しかし、理由まではリヴェリアも耳にはしていない。元々がヘラ・ファミリアとの関りがなかった為に、その辺りの詳細な情報までは下りてくることがなかったようだ。

 

 考えられる要因としては、先程リューが口にした内容。アルフィア自身の口から洩れたものだが、彼女の身体を蝕んでいた病と考えるのが最も妥当な線だろう。

 三大クエストの一つ、リヴァイアサン。巨体に恥じない耐久性の高さは容易に想像できるものがあり、繰り広げられたであろう死闘によって病が悪化したという内容だ。

 

 そのことを口にするタカヒロだが、リヴェリアもアルフィアが病に侵されていた点は知っており、妥当だという言葉を残している。続けざまに、かつてゼウスとヘラ・ファミリアの者達が、何度も“次世代の英雄”に期待することを口にしていたと語るリヴェリアは、アルフィアの想いを連想させるかのような内容を告げている。

 

 

「ではリヴェリア様。“静寂”は、彼女が“悪”と貶されると知りながら、私たちに……。ですが何故、そのような真似を」

「自分で自分の殻を打ち破ることができれば最良だが、“強くなれ”と言われただけで“強くなれる”ならば、誰も苦労することはないだろう」

 

 

 リヴェリアの代わりに口を開いたタカヒロだが、それは話を聞く四人が納得できる内容だった。特に今ここにいる四人は命を懸けた苦労の果てにランクアップを続けてきたため、猶更である。

 では何故アルフィアがタカヒロのように教師のような立ち振る舞いを行わなかったかとなれば、教えている時間が“残されていなかった”為。手っ取り早いと表現しては語弊もあるだろうが、だからこそ、彼女の中では一つの選択肢として存在していたのだろう。

 

 事実、リヴァイアサンを討伐してから過ぎた時間は、彼女の中に巣食う病魔の成長を後押ししている。吐血する類のものとなれば、一般人ならば激しい運動が厳禁となる事が多く、その状態で死闘を繰り広げれば悪化しても不思議ではない。

 リヴァイアサンとの戦いの後に行われた決戦、15年前の黒竜討伐戦闘においては病気を理由に参加しなかったとなれば、7年前まで生き残っていたことにも理由が付く。しかし実際は病に蝕まれていた事、そして三大クエストにおいて終止の一撃を与えた事は、オラリオにおいて極一部が認知する程度となっている。

 

 

「それらの点については、知らない者の方が多いがな」

 

 

 様々な驚きから僅かに目を開いているリューが、静かに頷く。彼女とて冒険者になって以降、大抗争が生じた際に知った事実だからこそ、今や知っている者を探せとなれば難しい。

 

 

 ところで、それとは別に。今の話を聞いたアイズは、思う所があるようだ。

 

 

「リオン、さん。リヴェリアは、その時も、“静寂”と戦ったの……?」

「え?」

「なにっ?」

「アイズ……?」

 

 

 何故、リヴェリアが戦ったことになるのか。それもあるが、なぜリューに問いを投げるのか。続けて疑問符が口に出てしまったベルやリヴェリアですら、そんな回答しかできなかった。

 

 

 

 誰しもが、脳裏で“何が分からないかが分からない”という疑問符を浮かべる中。何故だか全てが理解できてしまったタカヒロだけは、とある“勘違い”に気付いたようである。

 

 

「アイズ君。“リヴェリアさん”ではなく、“リヴァイアサン”。かつてダンジョンから地上へと這い出した、水中を泳ぐ大型のモンスターだ」

「……」

 

 

 タカヒロの言葉を受け、明後日の方向に視線を向けたアイズは人差し指で前髪をクルクルとカール状に。どうやら図星であり先の発言を取り消したいようだが、そうは問屋が卸さない。

 

 

「「……えっ?」」

「……アイズ、話がある」

 

 

 予想の斜め上にも程がある間違いながらも、まさかの正解。最近は年頃の反応を見せているとはいえ、天然少女炸裂と言える光景だ。まさかの結末に、リューとベルもアイズへと顔を向けて「えっ?」とハモり具合を見せているのは仕方のないことだろう。

 強烈に物言いたげな翡翠の目線が冷や汗ダラダラなアイズへと向けられており、事実を知ったベルもフォローできずに苦笑するしか道がない。両サイドに逃げ場のないアイズは身体をベルに押し付ける様に逸らしており、向けられる鋭い視線を耐えようと必死である。

 

 リューに至っては、何も言うことも反応する事もできはしない。先程までの空気に戻ることはできなさそうだが、出るべき議題は全て出たと思われる為に問題は無いだろう。

 

 そんな事を考えながら、リューは眼前の微笑ましい光景に目を向ける。四人が二つのファミリアに居るという事実は、到底ながら信じることができない程だ。

 内容が内容だけに少し殺伐としているが、仲睦まじいことに変わりは無い。壁とアイズに挟まれ潰されどこか幸せそうなベルの姿は見ないこととするリューながらも、“人形姫”と呼ばれた頃を知っている彼女からすれば、ここまで表情豊かなアイズの姿を見るのは初めてだ。

 

 そして、その対面は輪をかけて驚く程のものがある。今にもテーブルを飛び越えんばかりの勢いを見せるリヴェリアの首根っこを掴む仏頂面のタカヒロという、エルフからすれば理解不能の構図であった。

 それでも、二人の気さくな仲は感じ取れる。彼女からすれば高貴でしかなかったリヴェリアがこうも砕けるなど、よほど相手に気を許していなければ在り得ないという事は容易に分かるものだった。

 

 

――――まるで、本当の家族のようですね。

 

 

 突如としてオラリオに現れたタカヒロのことはよく知らないリューだが、他三人についてならばある程度は知っている。だからこそ本当の家族でないことも知っているが、どうにも目の前の四人が家族に見えて仕方がない。

 目にしていると、思わず口元が緩みそうになってしまう。先程まで話をしていた7年前の大抗争では在り得なかった日常、4人で築き上げてきたのだろう当たり前の幸せが、ここには確かに存在している。

 

 

 一方で。ベルが願った奇跡とは、誰かが信じるからこそ起こるものに他ならない。

 例え信頼できる者から「悪党」の類と言われようが、それでもアルフィアを信じた一人の少年。その少年が“幸運”持ちであったのは、何かの因果によるものだろうか。

 

 

 それとも。病弱の身体でもって最後まで我が子を愛したと同時に、己に対して真摯に接してくれた“姉”の身体を案じていた、優しい女性が授けたものか。

 

 

 

 答えは、この場に居る誰にも分からない。

 

 

 

 ともかく、今の場において目の前のリヴェリアから逃げるためにアイズが必死なことは明らかだ。ベルとリューの首根っこを掴むと「ごちそう、さまです!」と呟き、わき目も振らずに街中へと疾走し消えてゆくのであった。

 

 

 

====

 

 

 

 時は遡り七年前、オラリオで発生した全ての動乱が終わりを迎える直前の時。極一部に灰色が混じる黒髪を持つ一人の男の神が、二人の神を前にして怪しげに口元を歪めている。

 ギラリと月明りに照らされ銀色に光るは、裁きの(やいば)。“正義”を掲げるアストレア・ファミリア、その主神が持つに相応しい(つるぎ)と言えるだろう。

 

 

 七年前の、隠された真実。それを知る、たった二人の神。

 オラリオにおいて今でも“絶対悪”と語り継がれる、悪神“エレボス”。

 

 

 その実、停滞していたオラリオの時計を進めるために悪となることを選択した。例え我が身の名声が地に落ちようとも、未来へと希望を繋ぐため。

 全ては、“約束された(とき)”を迎える子供たちの為に。オラリオ全ての者に憎まれ、恨まれることを覚悟していた一人の神は、舞台の表から消える際、最後にこう口にした。

 

 

 ――――憎まれる事こそが悪の本懐。俺は最後まで、“邪悪”を貫き続けるさ。

 

 

 かつて、そう口にした“悪党”は。盟友(ヘルメス)に対してさえ一つの事実を隠し、最後の最後にコッソリと神威(かむい)を使い。宣言通りに、悪者のまま送還されていた。

 

 

 

 未来を想い絶対悪となった、地下世界を司る神。基本として子を想い未来を案じる、優しい悪党。

 

 

 

 

 そんな存在の神様が――――“彼女”が垣間見せた母としての寂しさを、見逃すはずがなかったのだ。

 

 

====

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれから七年、か」

 

 

 オラリオでもダンジョンでもない、“とある森”の近くに位置する地方の森林地帯。50メートルに達する個体も見られる木々に生い茂る木の葉が掠れる程に小さく、しかし透き通った声が風に流れた。

 

 誰よりも強く、誰よりも美しく、誰よりも静かな声。かつて一人のエルフの少女がそのように評価した、凛とした旋律が同調する女性の声だ。

 

 冴えた銀の糸が降り注ぐかのような、木々の切れ目から微かに覗く月明り。そんな幻想的な情景に負けぬ少しウェーブのかかった長い銀の髪が優しく流れ、彼女の頬を優しく撫でる。

 見上げる緑と灰色のオッドアイを持つヒューマンの女性は、過去を脳裏に浮かべて目を閉じ――――いつも通り閉じたままだったことを思い出した。

 

 

 10年程前より続く、病の痛みと戦う辛い日々。神威(かむい)を受けたとはいえ未だ形を保つレベル7の身体に呆れる一方、己を蝕む痛みに耐えることが罪滅ぼしなのだと、甘んじて受け入れる日々を過ごしている。

 

 

「こちらでしたか、今宵は冷えます。明日の演習もさることながら、お身体に障りますよ」

「……ああ、差し支えては申し訳が立たない。そろそろ、戻るつもりだ」

 

 

 足元にまで伸びる程の、黒いゴシックドレスのような服装の一部が闇に紛れる。そんな女性を迎えに来たのが、とある村に住まう名もなき魔導士だ。

 恩恵を刻まれていないその者は、月を見上げていた女性に魔法のイロハを習っているらしい。聞けば理由は明らかにされていないが、色々な街を渡り歩き、似たような事を行っているとの事。

 

 

 その女性は少しでも罪を滅ぼし、“望む者”と再会する資格を得る事ができるならばと。もうかつての力の1割も出せなくなったとはいえ、各地を回り、持ち得る“才能”を使って教師のような役割を全うしているのだ。

 

 

 

 

 

 

 とある男が「キモ可愛い」という理由で呼び出し連れて帰った、ジャガーノート。そこから様々な者達を巻き込んで縁が生まれ、事態が進み露わになった、一つの真実(過去)

 

 

 こちらの物語が流れ着く先は、優しく見守る月にも分からない。

 




もともと本作ベル君の成長速度(技術の吸収面)については、当時は全く不明だったベル父から受け継いだという設定になっていました。
そこに暗黒期のイベントが始まり、まさかの父側のどんくささが露呈……した代わりに、アルフィアという魅力的なキャラも登場し、退場も記載されていました。
本作は、家族というワードが一つのテーマ。どうするかと考えた結果、闇派閥には圧倒的な絶望を。そしてエレボスにはちょっとだけ悪党になってもらい、このようなオリジナルになりました。
・プロット設定:@2020/12/01

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