その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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205話 エニュオは誰だ

 猛ることなく静かに燃え続ける松明が、地下室と言う闇に朱色の灯りと熱気を灯す。いつもは静かな様相を崩さない部屋なのだが、今日は複数名の声が残響となって響いている。

 とはいえ、最近では珍しくもなくなった光景とも言える。オラリオの防衛を目的とした会談が、秘密裏に行われているというワケだ。

 

 

「――――っちゅーワケや。どやろか、ウラノス」

「……確定的な証拠は無いが、限りなく黒、か」

 

 

 ディオニュソスが闇派閥の一員ではないか、というロキの推察。もしもこれで裁判を起こしたところで有罪となる確率は低いかもしれないが、全く無関係の判決となることはないだろう。

 ウラノスも推察を受け入れており、暫くは“知らぬ存ぜぬ”を装い泳がせる方向で決定した。基本的にディオニュソスと会っているのはロキであり、天界のトリックスターと異名を持つ彼女ならば、応対についても問題は無いだろう。

 

 

 一方で、その後しばらく続いた、ロキ・ファミリアによる調査結果。オラリオの郊外で見つかった数か所の怪しい扉の場所も判明し、纏めて一斉に破壊する計画で秘密裏に事が動いているらしい。

 人数の多さもさることながら、実力者に優れたロキ・ファミリアだからこそ出来る芸当。ウラノスの指示でヘルメス・ファミリアがバックアップに回っている為に、まさにサポートは万全だ。

 

 

 防衛側の戦力を用いて大きく動く理由には裏がある。ウラノス陣営が抱えている切り札、その中で最も強力な一枚から相手の眼を逸らし、隠し通す為でもあったのだ。

 糸のような目でチラリと横目見るロキの視線の先には、戦いとは無縁と言えるワイシャツ姿の自称一般人。横ではジャガ丸がフェルズに対して爪を向けており挨拶(威嚇)の姿勢を崩さないが、タカヒロ曰く「じゃれ合い」らしい。命がけのエクストリーム・ドッグカフェである。

 

 ともあれジャガーノートという存在がダンジョンの免疫機構という未知の存在を知ったロキは、そのような事実があったことに対して目を見開いて驚いたほどだ。話を聞かされた当時は目を見開いて意識を手放していたヘスティアとは、まさに対照的である。

 なお、それをテイムするという更なる規格外については双方揃ってスルー安定。何をどうやって事を成したのか明るみにしてはいけないと、本能が警告を発して“神回避”を披露しているのだ。世の中には、秘密にしておいた方が良い事もある。

 

 

 そんな話はさておき、話題の中心は闇派閥へ。ヘルメス・ファミリアが集めてきた情報――――流石にレヴィス以上の情報は全くないが、そちらも併せて議論されている。

 最もホットな話題としては、“エニュオ”なる存在が誰かと言う点だろう。実質的な敵の頭であるだけに、人物像だけでも把握する必要があるのは明らかだ。

 

 

 なお結論としては、全くもって進展なし。協力関係にある二人の神は、双方ともに顎に手を当てて上を向いた。

 

 

「むむむ。そうか。そっちも、進展は無いようだね……」

「せやかて、えーかげんに目ぼし付けんと、えーように動かれてまうで。エニュオっちゅーのは結局誰なんやろか」

「うーん、全く想像にもでき」

「自分だ」

 

 

 そんなロキの疑問とヘスティアの苦悩に対して、まさかの人物が回答を示す。腕を組んだままのタカヒロは静かに、そして仏頂面のまま、繰り返し口にした。

 

 

「自分が、エニュオだ」

「……嘘つけい」

「大嘘だぜ、タカヒロ君」

 

 

 謎ムーブに対して女神二人の物言いたげなジト目が飛び交うも、当の本人は仏頂面で、どこ吹く風。もしも本当なら“詰み”である為に、言葉が出された瞬間だけは、ロキの背中に悪寒が駆け巡っている。

 ヘスティアについては何事もないのだが、そこは彼に向ける信頼の差によるものだ。数名ながらも、神々から畏怖と同時に信頼を得ているのがタカヒロという男である。

 

 オラリオには居ないが、エンピリオンやメンヒル、ドリーグなども筆頭だ。オラリオにおいては、ヘスティアやヘファイストスが筆頭だろう。

 

 

 ウラノス?呼吸が止まりかけています。フェルズ?固まったまま動きません。ただのカカシでございます。ジャガ丸?止まったフェルズをツンツンしています。

 

 

 そんな二名は戦線離脱、ジャガ丸は腰を下ろしてタカヒロの椅子として戦線復帰。ともあれ何故、先の嘘発言があったかをヘスティアが問うと、嘘を見抜くことが出来る神の能力を使って、解決に向けた方法を意識して貰ったとのこと。

 ということで、エニュオが誰か分からないとなれば、オラリオの住人を全て集めて「エニュオを知っているか」との問いを投げ、「分からない」と言わせて炙り出すというゴリ押し具合を提案中。間違ってはいないが出来るかどうかとなれば否となる選択が、受け入れられることは無いだろう。

 

 

 ゴリ押し具合を提案するタカヒロは一方で、マトモな思考も抱いている。フィルヴィスが闇派閥で、その主神のディオニュソスもまた闇派閥に関する疑惑が強くなっているのが現状なのはロキとヘスティアも知るところ。

 一方で現状の情報収集網となれば手詰まりである為に、ディオニュソスがエニュオという疑いを行ってみる他に道は無い、という内容だ。もちろん根拠なんて一切なく、思いついたままの発言と表現しても過言は無いだろう。

 

 

「ん~、ディオニュソスなぁ……」

 

 

 最近は何度か顔を合わせているものの、「根底としては、どないな神やったやろかー」などとロキは呟きつつ、あまり知らない類であったことを思い返していた。だからこそ“灯台下暗し”だったとしても、在り得るだろうと結論を導き出す。

 もし仮に、ディオニュソスがエニュオだとロキは脳内で仮定する。資金についてはイシュタル・ファミリアが担当していたとして、ならば闇派閥を含め、それらを動かす事がエニュオの仕事だと結論付けた。この点は、エニュオが誰であろうとも変わりはない。

 

 ならば、それが“出来る”程の知略が居る。偶然が積み重なって出来てしまうような内容ではなく、それこそ素人では不可能だろう、過去に経験したことのある者だろうと考えながら、ロキは口元を手で覆っていた。

 ちなみにイシュタルがエニュオだったという線については、ロキやウラノス達も可能性として残している。こちらについては死人に口なしということで、ディオニュソスよりも情報が少ない為に行き止まり、むしろ現状ではこの二択しかないのが実情だ。

 

 

 そもそもにおいてエニュオとは、“都市の破壊者”。ギリシャ神話に登場する殺戮および戦闘の女神で、オリンポス十二神とも関係のある存在である点は神々も承知している。

 ディオニュソスが当該の神話に絡んでいる一方で、イシュタルはメソポタミア神話の出身。だからこそ神々は無意識のうちに、自然とディオニュソスへとウェイトを傾けている。

 

 当時のオリンポスにおいては、簡潔に言うならば“代表者の12神”を決めるという規定があった。ガントレットの更新時にタカヒロが参考にしたオリンポス神話であり、このオラリオの地においても何名かが顔を揃えている。

 

 タカヒロが絶対女神として認定してしまったヘファイストスを始め――――始めというワケではないのだがヘファイストスもメンバーに含まれており、ロキとウラノスの下っ端となり扱き使われているヘルメス。いつか喧嘩を売ってきたアポロン、そしてヘスティアがタカヒロの知るところだ。

 ここでヘスティアがデメテルが居る事とアルテミスも地上にいた事を伝えており、ロキがポセイドンもオラリオ郊外に居ると付け加えている。かつてゼウスとヘラが居たとなれば、オリンポス・メンバーのほぼオールスターと言って良い集結具合だろう。

 

 

 そしてヘスティアは、過去を懐かしむように目を閉じんてウンウンと唸っている。神話が違うために首を傾げるロキに対し、オリンポス十二神について口にしたいことがあるらしい。

 

 

「あの時ディオニュソスは、十二神に選ばれなかった事について酷く落ち込んでしまっていてね。だからこそ、このボクが!十二神の地位を、彼に譲ってあげたのさ!」

「……お前さん、ただサボりたかっただけやないか?」

「にゃにぃ!?」

 

 

 キシャーッ!とでも言うべき声と共にツインテールが荒ぶり、両手を上げてロキに対して威嚇中。表向きには否定しているが実は正解であり、“ぐうたら”具合が顔を出していたというワケだ。

 それはともかく、結果としてヘスティアの座にディオニュソスがついたらしい。そしてヘスティアは、再びご隠居の生活を始めたというワケだ。

 

 そこまでして十二神の座に就いたのは、何かしら意図的なことがあったのか。探偵へとジョブチェンジしたわけではないが、ジャガ丸に腰掛けるタカヒロは、今得ている情報から考えを巡らせている。

 そんな最中も話は進んでいたようで、話題の中心はディオニュソスの過去。ヘスティアが呟いた文言に対して、ロキが問いを投げていた。

 

 

「ほー?ディオニュソスは、純粋な神と神に生まれたってワケやないんか」

「うん。ディオニュソスの母は人間で……って言っても只の人間じゃなくて、その母親は、“カドモス”の娘なんだよ」

「……」

 

 

 推理中に思わず席を立ちあがったタカヒロは、言葉を耳にして固まってしまう。たった一文の中に色々と情報量が多すぎる為に、今までの話など全て吹き飛んでしまった。ジャガ丸も立ち上がり、移動を始めている。

 

 ちなみにだが此度の話に登場した“カドモス”とはギリシャ神話における登場人物であり、51階層で犠牲になっているカドモス君とは無関係。続けざまにヘスティアがそのことを口にしたために、あらぬ誤解が生まれることはなかった。

 神々の家系図としては、カドモスの娘であるセメレーが身篭った子供だ。相手が誰かとなれば某下半神(ゼウス)となるのだが、これは神話における日常なので詳しくは省略する。ともかく、その子供がディオニュソスである。

 

 しかし一方で、此度の会話においては“神と人間との間に子が生まれること”を神が口にしたという現実も生まれている。「会ったのは随分と前だぜ」などと口にするヘスティアだが、神々基準である為にウン万年で済むかどうかも怪しい程だ。

 とはいえ子供が生まれる点についてロキも否定していない以上は事実なのだと考えるタカヒロだが、今現在はあまり重要ではないだろう。どこぞの赤髪の鍛冶師が耳にしたならば喜びそうである内容の為に、此度の点は土産話としては上等だ。

 

 それにしてもヘスティアは随分とディオニュソスの事について詳しいなと内心で思いながら、タカヒロは表情こそ変えないもののヘスティアの言葉に耳を傾けている。確かに内容から判断するだけでも、この場において最もディオニュソスに詳しい者と言えるだろう。

 最近は様々な情報を交換しているロキとはいえ、あくまでも表面上だけのやり取りだ。“駆け引き”と言い換えても差し支えのない会話を、当時の状況も交えて説明するロキだが、やはり上辺の内容しか口にすることが出来ていない。

 

 

 ヘスティアによるディオニュソスの紹介文においても、クリティカルに迫る内容までは出てこなかった。しかしポツリとヘスティアの口から言葉が零れ落ちたのは、結局のところ重要なことは分からず仕舞いかとタカヒロとロキが考えた時だった。

 

 

「でも、ロキの言い分からするに、ディオニュソスの病気は治ったみたいだね」

 

 

 敵である可能性が高いと知りつつも、まるで自分や身内の病気が治ったかのような晴れ顔で。嘘や冗談を言っているようには到底見えない表情で、ヘスティアは先の一文を口にした。

 

 

 ピタリと、華奢な身体が固まった。僅かに目を開くロキは、真っすぐヘスティアへと顔を向けている。

 

 

「……ディオニュソスが、病気、やて?どういうことやヘスティア。自分、何言うとる」

「へ……?」

 

 

 身長差があるために互いに上と下を向いて視線を合わし、同じように片眉を歪めて首をかしげている。どうにも二名の中で、ディオニュソスという存在に剥離があるようだ。

 ロキやフレイヤは全く別の神話において登場する神の為に、ディオニュソスの過去を知らなくとも仕方ないだろう。黙っていたままでも伝わらないかと考えたヘスティアは、自身がそのような言葉を出した経緯を説明し始めた。

 

 

「ロキ、知らなかったのかい?てっきりボクは、君達が“殺し合いを企てていた似た者同士”だから――――」

「ちょい待ちや、せやから何を言うて――――」

 

 

 もしもロキがディオニュソスを簡潔に表現するならば、“優男”。周りに対して、特にオラリオに住まう子供たちに見せる紳士さは、ディオニュソスが持ち得る人気の一つになっている。

 それらについてはロキも知っている範疇で、彼女が知るディオニュソスからは、ヘスティアが口にした内容の傾向は欠片も見られなかった。“天界のトリックスター”と呼ばれ、相手の裏を読むことに長けているロキですら、想像すらもつかない程に。

 

 ヘスティアが口にした「病気が治った」とは、ロキが口にしたディオニュソスの内容からは癇癪さが伺えなかったからだ。そもそもにおいて、あのディオニュソスが“他の神とつるんでいる”という事実が、ヘスティアにとっては疑問だった。

 天界に居た当時のロキも相当と呼べるほどに荒れており、大人しくなったのは下界へと降りてきてからの事。故に根底としては双方ともに気が合うのかとばかり思っていたヘスティアだが、ここにきて見事に考えを否定された格好だ。

 

 ヘスティアが口にした“病気”とは、天界で殺し合いを企てていた点ではない。殺し合いを企てた“理由”にあり、単純にツマラナイ事情から癇癪を起していた点だ。

 当時だけではなく、以前から癇癪沙汰は繰り返されていたらしい。ヘスティアは全く口にしないが、オリンポス十二神をディオニュソスへと譲ったのは、当時も癇癪さが垣間見えた為に争いへと発展することを“怖れた”点も含まれている。

 

 

「あの時のディオニュソスは、本当に怖かった。“争いに巻き込まれる神を見て、喜んでいた”ぐらいだよ」

「……ウチが言えた口やないが、相当やな」

 

 

 つまるところ。ディオニュソスの何処が悪いかとなれば、頭の病気と言えるだろう。死ななければ治らない、現代医学すらも匙を投げる不治の病である。

 「よくいる神じゃん」とでも言いたげなタカヒロは、ケアンの神々が見せた奔放(フリーダム)さに毒されている為にそのような考えも仕方なし。約一名が抱く呑気な考えを他所に、ロキとヘスティアの問答は続いてゆく。


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