その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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207話 死妖精(フィルヴィス・シャリア)(1/4)

 

 朝焼けの中に闇が残り、オラリオの市街地を明暗に切り分ける。毎朝必ず全人類を歓迎する太陽だが、光がある以上は闇と言う存在が生まれるのもまた大自然の(ことわり)だ。

 一般的には、裏で動く者について“闇の者”と表現することが多いが、それは基本として、闇に紛れるようにしてコソコソと動く為。コソコソせず行動が大胆な者については、大抵が“悪党”と名づけられる表現だ。

 

 切っても切れない関係にある光と闇、相反する二つの存在。伝記などにおいては“正義”とも書かれる前者については、今オラリオ市街地を駆けている者も何度か耳にしたことがある。

 かつて存在した、正義を掲げるファミリアの存在。黒髪をたなびかせオラリオを疾走するフィルヴィス・シャリアは、今のオラリオにおける正義の存在であるロキ・ファミリアの動きを警戒していた。

 

 

「――――っ、油断した……!」

 

 

 主神ディオニュソスが、己の知らぬところでロキ・ファミリアに呼び出された。冷たい反応かつ“裏の事情”を知らぬディオニュソス・ファミリアの者に対して何とかして食い下がり聞き出した一言は、彼女の心に大きな焦りを生み出している。

 ディオニュソスが“圧倒的”と言える手札を揃えていることは、フィルヴィスも知っている。故に此度の呼び出しについても相手に余裕を見せているのではないかと、彼女は心配の心を抱いていた。

 

 なんせ彼女は、相手方にいるであろう“イレギュラー”の存在を知っている。計画が思い通りに進んでいないことが心理に影響しているのか、いくらディオニュソスに掛け合っても「気にしすぎだ」と流されるだけに留まる内容。様々な情報を集めているディオニュソスは、そんな存在など“在り得ない”と思っているのが実情だ。

 相手にするだろう群衆で注視すべき戦力は、英雄が生まれる街オラリオでなければ育たない。即ち此処で育つならば必ずギルドに登録されるという固定観念が、ディオニュソスの視野を大幅に狭めている。ベル・クラネルという“イレギュラーの一例”が既に存在してしまっている点が、楽観視に拍車をかけているのだろう。

 

 

 18階層でフィルヴィスが対峙した、謎の鎧姿を持つ騎士の存在。いくら調べても情報の一切も転がっておらず、未だ全てが謎というベールに包まれる一方で、彼女自身では手も足も出ないと分かる程だ。

 

 

 ほんの数日前に行った鍛錬においても、僅かにレフィーヤの反応が変わっている点も気になっていたフィルヴィス。彼女とて心の奥底でこそ鍛錬を楽しんではいたものの、そもそもにおいて近づいた理由を忘れていない。

 故に怪しまれていないかと、常日頃からレフィーヤが見せる反応には人一倍に気を配っていた。そして少しでも怪しいところがあれば警戒して必要と思われる対策を考える点は、主神ディオニュソスが見せる対応との大きな違いと言えるだろう。

 

 

 しかし相手の本体は、天界におけるトリックスターの異名を持つ神。まさか昨日の今日で真正面から呼びつけるなどとフィルヴィスには想像もついておらず、故に対策などできはしない。

 もちろん呼び出された理由など知る由もないが、だからこそ彼女の直感が最大限の警告を鳴らしている。出立した時間を聞く限りは既に何かしらの事が起こっているだろうが、それでもディオニュソスの傍に居るべくオラリオの市街地を掛けている。

 

――――やはり妙だ。喧噪の欠片もなく、人の気配が全くない……!

 

 オラリオとは外周を高い外壁に囲まれており、結果として建物の密度が非常に高い。それゆえに、人気のない場所など本当に限られている。

 しかしフィルヴィスが進む地区においては、居るはずの住民の気配が全くしないのだ。故に彼女が抱く不安は輪をかけて積ることとなり――――

 

 

「っ!?」

 

 

 そして、とあるエリアへと到達した時。見開く紅の瞳に映る、己の行く手を阻む集団が何者か、彼女にとっては痛い程に分かる者であった。

 遠目からでも分かる、エルフによって構成された多数の集団。その中、最前列に居る二人については、彼女にとって、現在最も目にしたくはなかった存在だ。

 

 

「……リヴェリア様、レフィーヤ……」

 

 

 己の身が地獄に落ちようとも、決して忘れることは無いだろう二人の存在(エルフ)。ロキ・ファミリアどころかオラリオにおいて最も有名なエルフと言って過言ではない師弟の存在は、彼女が目にするだけでも眩しいほどの存在だ。

 故にレフィーヤ本人から向けられる悲しみと絶望の混じった表情が、フィルヴィスの心に刺さる。レフィーヤの口にしたいことが嫌と言う程に分かってしまう彼女もまた眉間に皺をよせたのだが、まさかの存在を目にして再び目を見開くこととなる。

 

 そんな二人の前に移り立ち塞がる、絶対に越えられぬ防壁。存在こそは知っていたフィルヴィスがオラリオ中を探し回っても手がかりの一つも掴むことが出来なかった存在は、先の二人とは違った意味で彼女の記憶に焼き付いていた。

 

 

「お前は……!」

「……対面するのは18階層以来と、言ったところか」

 

 

 フードに隠れながらも発せられた据わった声について、フィルヴィスは聞き覚えがある。ロキ・ファミリアへと出入りしていた時に何度か耳にしたことがある、落ち着きの中に力強さがこもる特徴的と言える声だ。

 レフィーヤに誘われ、あのリヴェリア・リヨス・アールヴが“お相手”と職務をこなす現場を覗き見ていた彼女。その現場においてタカヒロとリヴェリアは軽く言い合いをしていたのだが、そんな時においても青年の落ち着き具合は感じ取れたほどだ。

 

 

 そして、もう一つ。今目にしている鎧の姿は、18階層において彼女自身が襲い掛かった姿と酷似する。

 当時の18階層は暗闇であり明確には覚えていないが、纏う雰囲気は間違いなく同一だ。一撃でもって到底ながら敵わないと判断し、迷うことなく逃走を選択したほどの相手である。

 

 

 突破は不可能であり、恐らくはどこかに潜んでいるであろう人員を筆頭に、相手の頭数も考慮すれば逃走も叶うことは無いだろう。退路・進路共に後がない状況だ。

 故に宝石のような赤い瞳を際立たせる顔に皺が生まれ、唇は噛み締められる。予想に反する者から玲瓏な言葉が掛けられたのは、その時であった。

 

 

「問いを投げよう、フィルヴィス・シャリア。お前は、闇派閥の一員で間違いないな?」

「……ええ。ご推察の通りです、リヴェリア様」

 

 

 その気になればタカヒロを突撃させて、数秒もかからずして終わらせることもできただろう。同じエルフと言う同胞が理由かどうかは誰にも分からないが、リヴェリアはフィルヴィスに問いを投げた。

 フィルヴィスもそれに答えたことで、ここに問答が成立する。故に終わるまでは自分が手を出すべきではないと判断して横に移動するタカヒロだが、これには裏の理由がある。

 

 スキル“妖精嗜好《エルフ・プリファレンス》”が発現する程のエルフスキーということもあって、基本としてエルフと敵対することを望んではいないのだ。故に穏便に済ませることが出来るならば、それは彼にとって最良なのである。

 もっとも大半の事例において、彼の選択とは誰かしらへのコラテラルダメージが纏わりつくものはご愛敬。また相手がエルフといえど、いざ戦闘となれば容赦はしないことを付け加えておこう。

 

 

 リヴェリアが行った複数の問いに対し、フィルヴィスは隠すことなく正直に答えている。態度もまたリヴェリアを王として敬拝しているようなものとなっており、非常に紳士的と呼べる様相だ。

 

 さながら、王に仕える騎士の如く。二人を全く知らぬ者が見たならば、このように表現するだろう。

 

 だからこそ、今この場に揃っている者には疑問符が芽生えていた。闇派閥とは基本としてオラリオの壊滅を目論んでおり、7年前の例のように、手段を問わない内容が特徴だ。

 だがしかしフィルヴィスからは、そのような気配は全くと言って良い程に感じ取れない。何かしらの理由があって闇派閥の立場に居る、言い方を変えれば“協力”しているような状況と表現すればシックリとくるだろう。

 

 

「ではフィルヴィス・シャリア。お前は、オラリオを滅ぼしたいワケではないのだな?」

「……」

 

 

 疑問符を抱いたのはリヴェリアも同様であり、だからこそこのような問いを投げている。

 

 最も重要となる問いに対してフィルヴィスが抱く気持ちで答えるならば、回答は肯定の類となる。事実彼女とて、かつての仲間、そしてレフィーヤと知り合ったこの街がなくなることについて、良い思いは抱いていない。

 しかし肯定の類を返すということは、ディオニュソスの思惑に反することとなる。ならば、己が抱く戦う理由に反することとなるのは明らかだ。

 

 彼女にとっての大切な存在であるレフィーヤやリヴェリアと敵対することになると分かっていても、武器を取る決意を抱いた少女。心中に掲げる理由は、主神ディオニュソスの役に立つ為。

 周囲が事実を知ったならば、そこまでするのかと口にする事だろう。しかし周囲にとって味方である存在にも、コレと似たようなベクトルを持っている者が一人いる。

 

 

 主神の為に役立ちたいだけであって、決してオラリオを壊滅させたいワケではない。

 装備や素材等が欲しいだけであって、決してモンスターを壊滅させたいワケではない。

 

 

 こうして並べてみれば、長さと太さこそ随分と違うものの、どちらも同じベクトルだ。そこにあるのは犠牲になるのがオラリオの住人なのか、モンスターや数名の胃袋なのかという違いだけ。

 

 

 だからこそ、己の想いは譲れない。加えて彼女はディオニュソスという男の存在に依存してしまっており、アイズが抱えるような不安定さ、言葉を換えれば“闇の面”を抱えている。

 その実、不安定さはアイズを上回ると言って良いだろう。彼女の精神を根底から壊してしまう程の悲劇は、並大抵の冒険者とて耐えることのできない代物だ。

 

 一方で、同年代のエルフという友に対して先輩の冒険者として教導を行うという面倒見の良さ。彼女もまた一般世間としては“少女”の類であり、故に同年代・同胞との楽しい暮らしに焦がれない事など在り得ない。

 

 二つの狭間で揺れ動く、不安定な彼女の心。根底としては摩耗した心が安らぎを求めていただけであり、手段としてはあまり重要ではなかったのだ。

 だからこそ今こうして目の前に突き付けられ、ならば取捨選択を行うことに対して躊躇する。長い睫毛は伏せられ口は強く噤んでおり、顔は自然と斜め下の地面へと向けられていた。

 

 

「……分かりません」

「……そうか」

 

 

 故に出された回答は、不透明な内容だ。それに対するリヴェリアの回答も気持ちを汲んでいるのか、フィルヴィスが抱く考えを尊重するかのように棘がない。

 しかし同時に、それ以上は言葉が続かない。一方でこれ以上、リヴェリア・リヨス・アールヴが己と言葉を交わすことについて良くないと思うフィルヴィスは、自虐の言葉を口にする。

 

 

「私は穢れています。リヴェリア様、どうか御身を穢さぬためにもこれ以上は――――」

「自ら穢れたと喚くのは結構だが、ならば抱く誇りすらも否定している。例え世界の全てを敵に回すと理解していながらも“主神の為に戦う”と誓ったその理由、自身にとっては輝かしいモノではないのか?」

 

 

――――それとも、単なる自分の買い被りか。

 

 

 突然と発せられた据わった口調の言葉が、場を貫く。そんな言葉を受けたフィルヴィスは目を見開いて口を僅かに開けたまま、青年のフード越しにあるだろう瞳を見つめていた。

 後ろに控えるエルフ一行の関心もまた、タカヒロという男に注がれている。何かしら理由あっての発言であることは読み取れるが、理由という面においては不透明のままだ。

 

 

 例え敵でも戦う理由は立派であると、その男はフィルヴィスという戦士を評価している。これはかつて、オッタルと対峙した際にも見られた傾向だ。

 だからこそフィルヴィスも、困惑と言う感情を浮かべてしまう。そしてまた、己をプラス方向に評価してくれる者などいないとも決めつけてしまっているのが実情だ。

 

 

 一方で。彼女もまた、“気高い”と称されるエルフの一人。だからこそ本音としては、先のような言葉を貰えて心から嬉しく思っているというエルフらしいツンデレ具合。

 もっともそんな心境を表現できるはずもなく、行えぬほどに大きな闇を心身共に抱えている。自分自身の身を“穢れている”と表現する最も大きな理由の一つであり、エルフらしく細い身体、その肩に重く圧し掛かる重荷そのもの。

 

 

 だからこそ。彼女の本心は、助けて欲しいと、手を差し伸べて欲しいと願ったのだろう。

 怪人へと堕ちた時に一度だけディオニュソスから手を差し伸べられた過去、彼女の心は自身でも気づかぬうちに、その再来を望んでいる。だからこそフィルヴィスは、告白するかのように、いくつかの事実を口にした。

 

 

「だがそれでも、この身が穢れていることに変わりはない!私は――――、私は……!」

 

 

 告げられる真実、彼女の罪。5年前に起こった“27階層の悪夢”において鳩尾(みぞおち)の部分に魔石を埋め込まれ、怪人と言う存在に成り果てたこと。その時にディオニュソスに手を差し伸べられ、仕えるのだと決めた事。

 そして主神ディオニュソスが、野望を叶えるために己の眷属に飲ませた“神酒(葡萄酒)”。その酒による酔いが冷めてしまった冒険者を、その手でもって(あや)めたこと。

 

 

 誰一人として動くことはなく、少女の告白へと長い耳を傾ける。目を背けたくなるような様々な内容の果てに、多数の困惑と苦悩の表情が生まれたのであった。





書きたい事を書いていたら長くなりました。
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